「一度は村上隊員に追い込まれたかに見えた七海隊員、咄嗟の機転でメテオラを起爆させその隙に乗じて脱出……っ! 勝負は仕切り直しになったぞ~っ!」
「今のはうめェな、やるじゃねェか七海ィ」
国近の実況と共に、一部始終を見ていた弓場はニヤリと笑みを浮かべる。
片腕のハンデをものともせず七海を追い込んだ村上の動きも大したものだったが、七海の機転はそれを上回った。
その事を、素直に称賛しているのだろう。
「むむ……」
一方、七海が撤退に成功したというのに小南の顔色は優れない。
今しがた使われたばかりの相手の斬撃の通り道にメテオラを置いて起爆させるという戦法は、以前小南が七海にやられたものと同じだ。
尚、あの時と違って相打ちにならなかった最大の原因は、小南と村上の
村上はレイガストを盾としてどっしり構えて堅実な攻めをする守備的な攻撃手であり、攻撃よりも防御に重きを置く戦法を取る。
一撃で切り崩すよりも、レイガストによる防御で相手の隙を作り、そこから切り返す
無論、攻撃速度が遅いワケではないが、そこまで突出しているというワケでもない。
逆に、小南は防御をそもそも考えない極限まで攻撃に特化している攻撃手だ。
双月というワンオフトリガーを用いた斬撃は、相手に防御という選択肢を許さない。
一撃でカタを付ける以上、全力で刃を振り抜くのが小南の攻撃方法だ。
当然そのスピードは通常の攻撃手の比ではなく、シールドを貼ろうがメテオラごと問答無用で両断される以上、あの模擬戦で七海が落ちるのを防ぐ事は不可能だった。
今回は七海が予めメテオラを起爆させるつもりで準備していた上、村上もレイガストで七海を押さえつけながらの不安定な体勢での斬撃だった。
結果として七海はシールドでの防御が間に合い、レイガストと密着状態にあった村上は咄嗟にそれを拾い上げ防御に成功したワケである。
ともあれ、あの模擬戦での相打ちの事は小南にとっても割と最優先で払拭したい類の雪辱である。
その時の事を想起して、難しい表情をしていた小南であった。
一方、そんな小南の事情など知らない国近は小南の様子に疑問符を浮かべつつも、己の仕事を遂行すべく口を開く。
「これで仕切り直しだね~。これから皆どう動くと思う?」
「東サンはどう動くかまだわからねェが、七海は恐らく東サンの索敵をしながら機会があれば準備を整えた上で村上に仕掛けるだろうな。さっきみてェな場所じゃなく、もっと有利になる所を選んでなァ」
「そうね。多分、七海ならそう動くと思うわ」
弓場の意見に、小南もそう言って追随する。
これでも、小南と七海の付き合いは長い。
七海のやりそうな事は、ある程度見当がつくのが小南だ。
全てが分かるワケではないが、少なくとも赤の他人よりは何倍も七海の事を知っている。
四年間の付き合いは、玲奈の関係もあってそれなりに濃密だったのだから。
「七海は基本的に慎重に動くけど、チャンスを逃す程鈍くないわ。東さんから再び狙われるリスクがあっても、むしろ東さんを釣り出す好機と捉えて突っ込む筈よ」
「あぁ、蛮勇は褒められたモンじゃねェが、七海は蛮勇と武断の境界はきちっと弁えてやがる。迂闊な事はしねェだろうが、機会があれば仕掛ける筈だぜ」
それに、と弓場は告げる。
「これまで、那須隊は七海と熊谷以外は碌な動きを見せてねェ。一番隠れられると厄介な二人組が、此処に至るまで隠密に徹してやがる。こりゃあ、なんか仕掛けるつもりなのは間違いねェだろうぜ」
「確かに。玲達ならなんかやりそうだわ」
弓場の言う通り、これまで那須隊の中で姿を見せたのは熊谷と七海のみ。
那須と茜は一度も戦闘に参加せず、姿さえ見せていない。
二人はバッグワームを使っている為、他の隊の者達は彼女達が何処にいるか全く掴めていない筈だ。
七海の戦闘にも参加しなかった事を考慮するに、何かの
「那須隊長も熊谷隊員も、バッグワームを着ながら地下街を歩き回ってるねー。何かを探してるのか、もしくは……」
「もしくは、何よ?」
「んふふー、なんだろうねえ? わっかんないな~」
国近は煙に巻くような物言いで、笑みを浮かべる。
その笑みを見て、小南は国近が何かに気付いた事を察した。
だが、今此処でそれを言うつもりはないらしい。
こういう
こうなった時、無理に聞き出そうとしても無駄骨に終わる。
どの道、この試合が終わるまでにはネタバラシされる類の事なのであろうから。
「さーて、ちなみに
国近は笑みを浮かべたまま機器を操作し、未だに姿を見せていない隊員達の居場所を割り出した。
その全隊員の配置図は小南や弓場の視界にも飛び込んできており、三人の視界が一点に集中する。
「これは……」
「────ぶつかるぞ、こいつァ」
『なんとか逃げ切った。後は予定通りに頼む』
『分かったわ。くまちゃんと茜ちゃんもお願い』
『はいっ、了解ですっ!』
「うん、了解」
仲間との通信を終え、熊谷は息を吐いた。
分かっていた事だが、このMAPは情報量が多い。
見通しが悪い上に視界が狭く、バッグワームを使ってしまうといつ何処から相手がやってくるか分からない。
その性質上ほぼ遭遇戦になり易く、不意に落ちるといった展開も充分に考えられる。
故に、曲がり角を曲がる度に相手と遭遇しないか緊張する、といった事を何度も繰り返していた。
だから。
「────旋空弧月」
「……っ!」
──────その一撃に反応出来たのも、そういった警戒の賜物だった。
曲がり角の向こうから放たれた、『旋空弧月』一閃。
熊谷はそれを、咄嗟のジャンプで躱す。
「ハウンド……ッ!」
「……っ!」
そしてすかさず、ハウンドを射出。
無数の光弾が、相手に、村上に迫る。
「────」
だが、村上は弧月を床に突き立てると腰に差していたレイガストの鞘を抜き放ち、そのままシールドモードを展開。
ハウンドの射撃を、全弾防ぎ切った。
しかし、それで充分。
熊谷はその間に着地し、腰の鞘から『弧月』を抜き放つ。
そして、正面から村上と向き合った。
「……村上先輩……」
「色々と面倒な事になったが、こっちも必死なんでな。悪いが、逃すつもりはない。仕留めさせて貰うぞ、熊谷」
右腕を失いながら、その圧は健在。
熊谷はNO4攻撃手、村上鋼と対峙した。
「此処で熊谷隊員、村上隊員とエンカウント~……っ! 遭遇戦が始まったぁ……っ!」
「此処で、熊谷が鋼に捕まったか」
実況席で、弓場は難しい顔で画面を眺めていた。
その隣では小南もハラハラした様子で状況を見守っており、その反応は子供を見る親のそれ。
なんだかんだ、微笑ましい光景が展開されていた。
「これはちィと厳しいなァ。熊谷は七海と違って、機動力はそう高くねェ。しかも鋼には、『スラスター』がある。振り切るのは難しいだろうなァ」
「やっぱり、熊谷ちゃんだと村上くんの相手は厳しい? 今の状態も含めてさ」
「ああ、厳しいな」
弓場はハッキリとそう告げ、間髪入れずに喋り出す。
「熊谷も、腕自体は悪くはねェ。受け太刀の技術は充分評価出来るし、ハウンドも仕上げて来ている。加えて言やァ、今の村上は片腕だ────だが、それだけで上を取れる程、村上の壁は薄くはねェ」
弓場は険しい目つきで画面を見据え、告げる。
「確かに、片腕で防御をしつつ片腕で攻撃するいつものスタイルは出来なくなってやがる。けどな、そもそもの
そう、村上にはサイドエフェクト『強化睡眠記憶』によって積み上げて来た膨大な
その技の冴えは言うに及ばず、様々な戦術・戦法を、文字通りその身に刻み込んでいる。
村上の経験の中には、当然熊谷との戦闘の経験も入っている。
ハウンドの習得で若干戦闘スタイルが変化したとはいえ、根本の守備重視の戦い方が変わったワケではない。
片腕がない事に油断していると、あっという間に持っていかれてしまうだろう。
「正念場だなァ、気張れよ熊谷。此処で耐えられるかどうかで、大分変わるぞ」
「ハウンド……ッ!」
熊谷がハウンドを生成し、村上に向かって放つ。
無数の光弾が、村上へ向かって襲い掛かる。
「────」
それを、村上は前に出てレイガストを振るい、防御。
ハウンドによる攻撃は、敢え無く弾かれる。
「やああ……っ!」
だが、それで充分。
熊谷はハウンドを囮にする形で村上に肉薄し、下段より弧月を振るう。
「く……っ!」
しかし、村上はそれをも防ぐ。
レイガストを一旦手放し、すぐさま弧月を抜刀。
熊谷の振るった弧月を、受け太刀で防御する。
「ハウンド……ッ!」
だが、村上の防御が堅い事など百も承知。
熊谷はすかさずレイガストのない方向から、ハウンドを撃ち放つ。
片腕となった村上の腕は、今現在弧月を握っている。
レイガストは、熊谷が今しがた放ったハウンドの正反対の方向にある。
つまり、これを防ぐには。
「────シールド」
────どちらかのトリガーをオフにして、シールドを展開するしかない。
村上は、襲い来るハウンドをシールドで防御。
瞬時のトリガー切り替えを、一切の迷いなく選択した。
(ここ……っ!)
熊谷は、それこそを待っていた。
村上が今シールドを貼る為に解除したのは、恐らくレイガスト。
弧月を解除すれば、そのまま熊谷の斬撃が通ってしまうからだ。
故に今、此処で勝負をかける。
「……っ!」
熊谷は弧月の刃を傾け、村上の弧月の刀身を受け流す。
ブレードが滑り、僅かに村上の体勢が崩れる。
「ハウンド……っ!」
そして、熊谷の周囲にトリオンキューブが展開。
ハウンドの群れが、村上に再び牙を剥く。
(────旋空弧月)
更に、熊谷は発声認識なしで『旋空』を起動。
下段からの振り上げによる、旋空弧月を放った。
ハウンドの射撃で、仕留められれば良し。
たとえシールドでの防御が間に合ったとしても、旋空であればその上から叩き斬れる。
獲った。
熊谷は、そう確信した。
「上手いな、くま。けど────」
観戦席にいた太刀川は、映像を見て一人呟く。
その言葉は、純粋な称賛があった。
だが、それだけではない。
確かに、熊谷の技術や戦法は大したものだ。
以前よりも着実に、力を付けているのが見て取れた。
だが。
だが。
「────鋼は、追い込んだ時の方が怖いぞ」
「────旋空弧月」
「な……っ!?」
────────村上は、その一歩上を行く。
自身の置かれた状況を正確に認識した村上は、迷わずシールドでハウンドをガード。
更に、刀身を受け流され地面に突き立っていた弧月を、旋空を起動しながら一閃。
弧月を持つ熊谷の右手首を、一瞬で断ち切った。
その手首ごと熊谷の手を離れた弧月は地面に落下し、旋空での攻撃は不発に終わる。
「が……っ!」
そして、村上はその隙を逃しはしない。
振り抜いた弧月を逆手に持ち直し、一閃。
熊谷の身体を、袈裟斬りにした。
『警告。トリオン漏出過多』
機械音声が、熊谷の限界を告げる。
勝負あり。
熊谷の技術を、村上の技巧が上回った。
誰の目にも分かる、完敗である。
「流石っすね、村上は。けど────」
だが、それに異を唱える者がいた。
それは今の太刀川の呟きを隣で聞いていた、出水の声。
彼は熊谷が致命傷を負った様子を見て、笑みを浮かべていた。
「────熊谷さんは、ただじゃ落ちねーよ」
「ぐ……っ!?」
それは、
村上の身体に着弾したそれは、紛れもなくハウンド。
致命傷までは至らないが、少なくない数の風穴が空き、トリオンが漏れ出している。
特に左足は穴だらけで、最早機敏な動きは望めない。
自らを囮とした、捨て身の一撃。
それは、確かに村上へと届いていた。
村上は自分に無視出来ないダメージを与えた熊谷の姿を、見据える。
「あたしもやるもんでしょ? 村上先輩」
笑みを浮かべてそう告げる熊谷に、村上は思わずため息を吐きながら苦笑した。
それは、相手を認める、称賛の笑みだった。
「…………そうだな。してやられた。ある意味じゃ、完敗だ」
「そりゃ嬉しいわね、ホントに────さて、後はよろしく頼むわね。皆」
『戦闘体活動限界。
そして、機械音声が熊谷の脱落を告げる。
熊谷は晴れやかな表情で、戦場から離脱していった。