痛みを識るもの   作:デスイーター

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鈴鳴第一③

「…………」

 

 村上は今しがたまで熊谷がいた場所を一瞥し、溜め息を吐く。

 

 熊谷が捨て身で放った弾丸は、確かに村上に届いていた。

 

 少なくない数の風穴からトリオンが漏れ出しており、東に狙撃された右腕のダメージも含めれば、時間経過によるトリオン漏出量は無視出来ないレベルになるだろう。

 

 最早、長期戦は望めない。

 

 自分の隊に貢献する為には、一刻も早く点を獲る必要があった。

 

 …………だが、わざわざ相手を探す必要はない。

 

 漠然とだが、分かるのだ。

 

 あいつは、自分の好敵手は、()()()()()()()()()()()()()()()だろうと。

 

 それは、計算に基づく予測等ではない。

 

 強いて言うならば、戦士としての直感。

 

 否。

 

 親友としての、()()だった。

 

 だから、その行動に根拠はない。

 

 ただ、確信があった。

 

 村上はレイガストを拾い上げ、それを背後に叩きつけた。

 

「……っ!」

「来たな、七海……っ!」

 

 そのレイガストが、無音で忍び寄っていた七海の刃を受け止める。

 

 七海はそれに対して驚く様子もなく、その場から飛び退いて村上と対峙した。

 

 村上同様片腕の七海は、唯一残った右腕に短刀型のスコーピオンを携えている。

 

 そして村上は左腕でレイガストを構え、七海を油断なく見据えている。

 

 互いに片腕が欠落した二人の好敵手は、再び戦いの時を迎えた。

 

 

 

 

「熊谷隊員、惜しくも村上隊員に敗れ緊急脱出……っ! しかし捨て身の攻撃で村上隊員を削り、負傷した村上隊員の元へ七海隊員が急行……っ! 事態は急展開を迎えているぞお~……っ!」

「どいつもこいつも、中々厳ちィ奴等じゃねェの。ったくよお」

 

 国近の実況と共に、弓場は好戦的な笑みを浮かべてそう告げた。

 

 村上と熊谷の攻防は、それだけ見応えがあった。

 

 技と技の応酬、隙を突き合い、一瞬のチャンスを逃さず攻撃に移る。

 

 まさに息もつかせぬ攻防であったし、弓場の眼から見ても二人の技術はかなり高いレベルにあると感じられた。

 

 レベルの高い攻防を直で見られたのだから、ストイックに強さを求める弓場としては興奮せずにはいられないのだろう。

 

「村上が強ェのは勿論だが、熊谷も巧かったなァ。村上に片腕っつうハンデがあったとはいえ、あそこまで喰らいつけたのは大したモンだ。相当、練習を重ねたと見える」

「しかも、最後の最後まで諦めずに一矢報いたからね。くまちゃんも、中々のモンでしょ?」

 

 フフン、と小南は得意気に胸を張る。

 

 実はこの少女、このランク戦の前に熊谷の鍛錬に付き合っているのだ。

 

 無論小南に何かを懇切丁寧に教えるような器用さはない為実戦形式で文字通り身体に叩き込んだのだが、その成果が出ているようで嬉しいらしい。

 

 先程とは違って純粋に熊谷の活躍を喜んでおり、自分が公平であるべき解説の立場である事など忘却の彼方だ。

 

 だが、小南を此処に呼んだ時点でこうなる事は彼女を知る者であれば誰しもが推測出来た事だ。

 

 なにせこの少女、身内贔屓の解説をしたのは一度や二度ではないのだ。

 

 それでも解説の場に呼ばれるのは旧ボーダー時代からの戦闘経験に基づく観察眼と、その人柄を買われての事である。

 

 解説は普通、どちらか一方のチームに肩入れする事はあまり推奨されないものだが、明確に禁止されているワケでもない。

 

 そも、この程度の事は大なり小なり今までもあったのだ。

 

 人付き合いがある以上完全に公平(フラット)な視点を持つ事は難しく、ましてや此処にいる者の大半が未成年だ。

 

 小南ほど露骨ではなかったにしても、特定のチームを贔屓するような発言をしたのは何も彼女だけではない。

 

 単に小南は、表現が他の人より派手なだけだ。

 

 似たような事が今までにもあり、それが黙認されて来た以上、小南の言動を諫める者は誰もいない。

 

 弓場もそんな小南の様子に苦笑しつつ、返答を告げる。

 

「あァ、ハウンドを覚えて間もねェってのに大したモンだ。随分、優秀な指導を受けたと見えるなァ」

「そうでしょそうでしょ、実はね」

「熊谷さんには、出水くんがハウンドの使い方を叩き込んでたからね~。むしろ、このくらいはやって貰わないと困るかな~」

 

 意図してか否か、小南の発言に被せるように国近が熊谷がハウンドを短期間で覚えたカラクリを暴露する。

 

 自分の台詞を乗っ取られた小南はぎぎぎ、と国近の方を振り向いて睨みを効かせるが、国近は何処吹く風だ。

 

 全く悪びれもせず、ほら解説解説、と急かして来る。

 

 分かってはいたがこの少女、中々に良い性格をしているようだ。

 

 釈然としないものはあったものの、この手の輩にまともに対応しても疲れるだけなのは目に見えている。

 

 小南は気分を切り替え、顔を上げた。

 

「なんにせよ、片足を失った状態で七海と戦り合うのはきついでしょ。くまちゃんのお陰で、七海が大分有利になったわね」

「いや、そうとも言えねェんじゃねェか?」

 

 七海の有利を告げる小南に、弓場が待ったをかけた。

 

 その言葉に反応し、小南が胡乱な眼を弓場に向ける。

 

「なんでよ? 弓場ちゃんは、まだ七海が不利って言いたいワケ?」

「不利とまでは言わねえが、まだ()()()ってェやつがある」

 

 なにせ、と弓場は続ける。

 

「あいつ等がいるのは、狭い地下通路だ。普段のような機動は封じられるし、あんなトコでメテオラを連発すりゃあ生き埋めだから得意のメテオラ殺法も使えねェ。七海が有利な状況たァ、ちィと言い難いんじゃねェか?」

「むむむ……」

 

 小南は正論を向けられ言葉に詰まるが、やがて何かを思い出したようにポン、と手を叩いた。

 

「でも、今の鋼さんは片腕しか使えないのよ? さっきみたいな真似は早々出来ないでしょうし、得意戦法が封じられてるのは鋼さんも一緒よ。そりゃあレイガストは中々割れないでしょうけど、守ってばかりじゃ勝てないわ」

「ま、だろうな。その点に関しちゃあ、俺も同感だ」

 

 だが、と弓場は続ける。

 

「鋼が、その程度の事を分かってねェと思うか? あいつは、あの場で七海を迎え撃つ事を選択した。なら、それ相応の()()ってェのがある筈だぜ」

 

 そう、片腕を失ったハンデは、常時両腕を攻防に用いていた村上の方が明らかに大きい。

 

 レイガストは確かに高い耐久力を持っているが、()()()()()という性質を持つ以上、携行して戦わなければ意味がない。

 

 そして、シールドモードのレイガストに攻撃能力は皆無だ。

 

 守ってばかりではじり貧になるのは避けられず、万が一にも七海と那須の合流を許せばROUND1の焼き直しになりかねない。

 

 攻撃の手を欠いては、不利になるのは村上の方なのだ。

 

 ブレードモードへのシフトチェンジがあるが、スコーピオンという奇襲に最適なトリガーを所持している七海相手に防御をがら空きにするのはリスクが高い。

 

 それは、村上も分かっている筈だ。

 

 だが、それでも迎え撃つと決めた以上、そこには明確な()()がある。

 

 そう確信した弓場は、食い入るように画面に目を向けた。

 

「始まるみてェだな。鋼も七海も、根性見せてみろや」

 

 

 

 

「────」

 

 先に踏み込んだのは、七海だった。

 

 七海は地を蹴り跳躍し、壁を、天井を足場とし、縦横無尽に駆け回る。

 

 その姿、まさに蜘蛛の如し。

 

 あっという間に村上の背面に降り立った七海が、スコーピオンの刺突を放つ。

 

「ハァ……ッ!」

「……っ!」

 

 だが、村上はそれに即応する。

 

 身体を回転させ、レイガストを背面に向けて突き上げる。

 

 レイガストの上の窪み部分でスコーピオンの刃を捉え、跳ね上げた。

 

 七海の右腕から、スコーピオンが弾かれる。

 

 そして、武器を失った七海に対し、村上はレイガストを地面に突き立て弧月を抜刀。

 

 ブレードトリガーによる一撃が、七海に迫り来る。

 

「────」

 

 だが、七海に慌ての色はない。

 

 七海は即座に弾かれたスコーピオンを破棄し、小型の鋏のような形状のスコーピオンを腕から展開。

 

 凝縮し強度を上げたスコーピオンによって、村上の斬撃を受け止める。

 

 そしてそのまま足を蹴り上げ、足先から伸ばしたスコーピオンで村上を貫かんとする。

 

「……っ!」

 

 それに対し、村上は即座に弧月を地面に突き立てレイガストを蹴り上げる。

 

 蹴り上げたレイガストが七海の足先から伸びたスコーピオンに衝突し、鈍い音が鳴った。

 

「スラスター、オン」

 

 だが、村上の追撃は終わらない。

 

 蹴り上げたレイガストを左手でキャッチすると、即座にスラスターを起動。

 

 七海にレイガストを押し当てたまま、シールドバッシュを敢行する。

 

「く……っ!」

 

 このままでは先程のように壁に押し付けられると悟った七海は、自分の側面に展開したグラスホッパーに身体を押し付け、跳ね飛ばされるようにして村上の突撃から離脱。

 

 勢いのついた状態で壁に向かって弾き飛ばされるが、足先にスコーピオンを展開しそれを壁に突き立てる形で激突を防ぐ。

 

 そして、七海にシールドバッシュから離脱された村上の身体は、そのままシールドごと壁に衝突────────すると思いきや、その直前にスラスターを解除し、壁を蹴りつけて方向転換。

 

「スラスター、オン」

 

 そのまま逃げた七海へ向け、シールドバッシュを再度敢行する。

 

 しかし、離れた状態からの突撃など、七海が喰らう筈もない。

 

 七海は慌てる事なく、即座にグラスホッパーを展開。

 

 村上の突撃から、離脱を図る。

 

「────旋空弧月」

 

 だが、村上はその場でスラスターを解除し、レイガストを地面に向かって突き立てた。

 

 そして、先程地面に突き立ててあった弧月を拾い上げ、即座に旋空を起動。

 

 グラスホッパーを用いて跳躍した七海へ向け、拡張斬撃が襲い来る。

 

「────」

 

 対して、七海は極小のグラスホッパーをその場に展開。

 

 それを蹴りつけるようにして、村上の旋空を躱す。

 

 そしてそのまま天井に着地し、更に跳躍。

 

 三次元機動を展開し、一瞬にして村上の背後を取った。

 

 スコーピオンを振り上げ、それを村上に突き立てんと迫る。

 

「……っ!」

 

 だが、その程度で村上の防御は崩れはしない。

 

 村上はすぐさま弧月を逆手持ちに切り替え、スコーピオンを受け太刀。

 

 そのまま旋空を起動し、斬り上げる形で七海の両断を狙う。

 

 無論、七海もそのまま攻撃を受けはしない。

 

 サイドエフェクトで攻撃を感知した七海は即座にグラスホッパーを展開し、跳躍。

 

 村上の側面へ移動し、すぐさまスコーピオンを手に斬撃を放とうとして────。

 

「……っ!」

 

 ────サイドエフェクトが感知した()の攻撃に反応し、シールドを貼りながらその場から後退した。

 

 そして、次の瞬間。

 

 通路を覆う()()が、七海に襲い掛かった。

 

「…………っ!!」

 

 七海は即座にスコーピオンをオフにし、両防御(フルガード)でシールドを展開。

 

 銃撃の雨を、二重のシールドを以て防ぎ切る。

 

「────旋空弧月」

 

 だが、七海を襲うのは銃撃だけではない。

 

 村上もまた、旋空を起動し七海を狙う。

 

 旋空は、切断力が高いトリガーだ。

 

 シールドだろうと耐久力が高いエスクードだろうと、容易に切り払う。

 

 故に、旋空相手に()()は意味を為さない。

 

 旋空相手に有効なのは、回避一択、

 

 だが、銃撃の雨が降り注いでいる現状、シールドを解除する事は出来ない。

 

 故に。

 

 七海は、体捌きだけで紙一重で旋空を躱す。

 

 旋空の接触地点、それをサイドエフェクトで読み切っていたからこその回避技術。

 

 だが。

 

 だが。

 

 七海にその程度の芸当が出来る事は、村上は百も承知。

 

 そして。

 

 前回の試合と、決定的に違う点が一つある。

 

 それは。

 

 集団戦での七海の動きを、村上が既に()()()いる事だ。

 

 サイドエフェクト、『強化睡眠記憶』。

 

 その真価は、()()の時にこそ発揮される。

 

 前回の雪辱を、村上は忘れていない。

 

 来間を散々狙われ、最後には纏めて吹き飛ばされ脱落した、苦い敗北の記憶。

 

 その敗戦の経験が、村上を強くした。

 

 想いだけの話ではない。

 

 かつては忌み嫌っていたサイドエフェクトの恩恵を十全に用いて、対策した。

 

 単発の、普通の攻撃では七海を捉える事は出来ない。

 

 ただ囲むだけでは、その技巧の前に翻弄される。

 

 故に。

 

 故に。

 

 求めたのは、七海が()()()()()()()()()()()での一撃。

 

 全ての条件は、今此処に整った。

 

 村上は、『旋空』の軌道を腕の捻りだけでその場で変更。

 

 紙一重で回避した七海の右手首を、『旋空』の刃が斬り落とす。

 

「……っ!」

 

 村上の刃が、その技巧を以て七海に届く。

 

 その痛打により、七海は即座にこの場の不利を確信。

 

 シールドを一枚解除し、多少の被弾を許しながらもグラスホッパーを用いて跳躍。

 

 相手の銃撃の射程から、ギリギリで離脱した。

 

 已む無く両防御(フルガード)を解除した事により、防ぎ切れなかった銃弾によって七海の身体には無数の風穴が空いている。

 

 村上のそれ程ではないが、トリオンの煙が傷口から漏れ出ている。

 

 ROUND3以来となる、明確な七海の被弾だった。

 

「────」

 

 そして七海は、自らにその弾痕を撃ち込んだ相手を見据える。

 

 視線の先、村上の後方。

 

 そこには、()()()()()()を両手に構えた来馬の姿。

 

 かつての試合では、抵抗を許さず仕留めた相手。

 

 しかし彼等は、敗北を糧に強くなった。

 

 村上と来馬。

 

 成長した『鈴鳴第一』の二人が、敗戦を経て磨いた刃を七海に見せた瞬間だった。


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