痛みを識るもの   作:デスイーター

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鈴鳴第一⑤

「おぉっとぉ、地下での戦闘を嫌い地上へ向かった七海隊員、出入り口をエスクードで塞がれており袋小路……っ! 万事休すか……っ!?」

「…………流石に、()()かこいつァ」

 

 弓場は画面を見ながら、思わずそう溢した。

 

 エスクードは、耐久力に定評のあるトリガーである。

 

 使用者のトリオン量に関係なく一定の耐久力を保持しており、その強度はアイビスの狙撃すら防ぐ程だ。

 

 このエスクードを破壊出来るとすれば旋空弧月かスラスターによる加速を得た斬撃だろうが、生憎それが可能なのは追い詰めた側の村上であり、追い詰められた側である七海ではない。

 

 少なくとも、七海が普段使用するトリガーセットでこの(バリケード)トリガーを破壊出来るものは存在しない。

 

 試した者はいない為未知数ではあるものの、メテオラを撃ち込み続ければ破壊出来る可能性はなくもないだろうが、あの閉所では幾ら七海でも自分を巻き込んでしまいかねない。

 

 そもそも、村上と来馬はすぐそこまで迫って来ているのだ。

 

 無為な行動をしている時間は、七海には無い。

 

 絶体絶命、とはまさにこの事だろう。

 

 弓場の眼から見ても、今の七海は()()に限りなく近い状況だった。

 

「ううん、そーとも限らないと思うわよ?」

 

 ────だが、その弓場の見解に小南が待ったをかけた。

 

 小南は贔屓している七海が窮地に陥っているにも関わらず、平然としていた。

 

 先程まで感情剥きだしで一喜一憂していた少女と同一人物とは、思えない程に。

 

「……へェ、じゃあおめェーは七海が此処から逆転できると、そう思うのか小南ィ?」

「当たり前じゃない。確かに太一の()()()は大したものだったけど、一つ忘れてる事があるわ」

「そうだねえ~。そろそろ、()()も終わっただろうしねえ~」

 

 小南の言葉に追随したのは、意外な事に国近だった。

 

 国近はいつもの緩いオーラを発しつつ、ふにゃっとした笑みを浮かべている。

 

 だが、その眼はA級一位部隊のオペレーターとしての、冷徹な観察眼のそれだった。

 

「準備だァ? そりゃ一体、何の事だ国近ァ?」

「んふふ~、すぐ分かると思うよ~。ね? 小南ちゃん」

「そうね。ようやく、アンタが何を察したかも理解出来たし。ま、それで正解でしょ。つまるところ、これは────」

 

 少女二人の会話に弓場が首を傾げる中、小南は画面を見据え、告げる。

 

「────玲達に、時間を与え過ぎたって事よ」

 

 

 

 

「よし……っ! いいぞ太一……っ! これで()()だ……っ!」

 

 来馬は生来の彼の性格からすると珍しく、好戦的な笑みを浮かべて地下街を駆けていた。

 

 前回の敗戦から自分達の部隊の強みと弱みを見詰め直し、新戦術を習得しB級上位まで上がって来た。

 

 そして、ROUND1で完敗を喫した七海を、今度は自分達が追い詰める事が出来ている。

 

 来馬の両攻撃、村上の技術向上、太一の献策。

 

 そのいずれかが欠けていれば、此処までは来れなかった筈だ。

 

 今度こそ、勝つ。

 

 そう意気込んで、先行する村上の背を頼もしく思いながら通路を駆ける。

 

 もう、村上に守られるばかりの自分ではない。

 

 きちんと隊の銃手としてチームに貢献し、村上の助けになれている。

 

 その事が、来馬はこの上なく嬉しかった。

 

 今までは、村上に守られてばかりであまり役に立っていたという実感がなかった。

 

 自分達のチームが「村上頼りのチーム」と揶揄されていた事も、知っていた。

 

 けれど、それは事実だった。

 

 NO4攻撃手である村上の強さに頼り切った、彼ありきのチーム。

 

 村上が落ちれば、最早それまで。

 

 それが、これまでの鈴鳴第一だった。

 

 だが、今は違う。

 

 隊の全員がきちんと勝利に貢献し、エースの村上をしっかり活かし切れている。

 

 だからこそ、B級上位まで駆け上がって来れたのだ。

 

 まだ、自分達は先を目指せる。

 

 故に、此処で因縁の相手である七海を倒す。

 

 他ならぬ、自分達の手で。

 

 一歩一歩、地面を踏みしめ駆けていく度に、そんな想いが走馬灯のように駆け巡る。

 

 それはきっと、村上も一緒だろう。

 

 強くなった鈴鳴第一が、七海を落とす事で前回の雪辱を晴らす。

 

 この戦いは、その為の舞台だ。

 

 必ず、勝つ。

 

 その想いが、胸の奥から湧き上がる。

 

 あと、数歩。

 

 次の曲がり角を超えれば、袋小路に追い込んだ七海と接敵する。

 

 来馬が、銃を構えた。

 

 村上が、盾を握り締めた。

 

 七海の姿が見えた瞬間、攻撃を開始する。

 

 最大限の警戒を以て、村上は曲がり角を超えた。

 

「────メテオラ」

 

 そこに、七海のメテオラが飛来する。

 

 分割なしのメテオラのトリオンキューブが狙うのは、村上ではない。

 

 メテオラの向かう先は、天井。

 

 間違いない。

 

 天井にメテオラを当てる事で、あの時のように崩落を起こし瓦礫で通路を塞ぐつもりだ。

 

「スラスター、オン」

 

 だが、そうはさせじと村上がレイガストを手放し、スラスターを起動。

 

 スラスターの加速でメテオラと接触したレイガストは、そのまま七海の方に飛んでいく。

 

(────旋空弧月)

 

 このままメテオラが誘爆しても、七海のシールドであれば防がれるだろう。

 

 だからこそ、次で仕留める。

 

 村上は鞘から弧月を抜刀し、音声認証なしで旋空を起動。

 

 七海がメテオラの爆発から逃れる為にシールドを張った瞬間、斬り払う。

 

 それを避けられても、来馬の銃撃で詰み。

 

 獲った。

 

 村上は、そう確信した。

 

 

 

 

「そうはいきません」

 

 作戦室で小夜子は、隣に座った熊谷と共にキーボードを打ち続ける。

 

 そして、解析した情報を送信し、告げる。

 

「────観測情報、解析完了。全区画、構成把握。弾道制御ナビゲート、OKです」

『了解』

 

 小夜子の言葉に、答える声があった。

 

 涼やかな、それでいて力強い声。

 

 それは、紛れもなく────────自分達の隊長、那須の声であった。

 

 

 

 

「な……っ!?」

 

 レイガストに吸着したメテオラが、七海に向かう。

 

 しかし、それは七海に届く事はなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()が、的確にメテオラのトリオンキューブを射抜いたからだ。

 

 視線を向ければ、その先には壁に足を付けた七海の姿。

 

 その踏みしめている壁面には、僅かな罅が入っている。

 

 間違いない。

 

 地面や障害物を通して、スコーピオンを放つ技。

 

 ────『もぐら爪(モールクロー)』。

 

 その刃が、メテオラを起爆させた瞬間だった。

 

「く……っ!」

「うわ……っ!」

 

 『もぐら爪』で射抜かれたメテオラは、七海に近付く前に起爆。

 

 通路を、巨大な爆発が席巻した。

 

 メテオラの爆発は周囲の壁を抉り、天井を軋ませ無数の瓦礫が降り注ぐ。

 

 天井から離れた場所での起爆であった為、通路を塞ぐ程の崩落には至らない。

 

 だが、舞い上がる土煙で、七海の姿を村上達は見失っていた。

 

 しかし、それならば七海の姿が視認出来た時点で来馬の銃撃と共に『旋空弧月』を放てば良い。

 

 どの道、七海は此処から逃げられないのだ。

 

 焦りこそ、七海にとって絶好の好機。

 

 落ち着いて、()()()()()()()()()()仕掛ければ良い。

 

 いつも通りの()()の姿勢で、村上は『弧月』を構えた。

 

 いつでも、攻撃に移れるように。

 

 いつでも、仕掛けられるように。

 

 いつ、七海が来ても良いように。

 

 ()()の体勢を、取った。

 

 取って、しまった。

 

「……っ!? 来馬先輩……っ! が……っ!?」

「太一……っ!?」

 

 ────獲物を追い立てる狩人に、魔女の火がその脅威を知らしめる。

 

 背後から飛来した、無数の光弾。

 

 正確に来馬を狙ったその弾丸を、柱の影から飛び出した太一が身代わりとなって被弾。

 

 全身に風穴が空き、一瞬にして致命傷を負う。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出』

 

 無慈悲な機械音声が、太一の脱落を告げる。

 

 光の柱となって、太一がその場から消え去った。

 

「太一、く……っ!」

 

 その光景に、来馬は思わず拳を握り締めた。

 

 …………元々、狙撃に必要なトリオンすらエスクードに注ぎ込んだ太一には、この試合で狙撃手として戦う事は不可能だった。

 

 来馬は自発的な『緊急脱出』を勧めていたが、太一はいざという時来馬の盾となるべく近くに隠れていた。

 

 その結果いち早く背後からの奇襲に気付き、その身を犠牲に来馬を守ったのだ。

 

 来馬を庇った事に、理由などない。

 

 ただ、そうしたいから太一は来馬の身代わりになったのだ。

 

 強いて言うなら、既に戦えない自分が残るより、来馬を生き残らせた方が良いという判断もある。

 

 しかし、光弾の主────那須は、容赦など微塵もするつもりはなかった。

 

「く……っ!」

 

 再び、通路の奥から無数の光弾が飛来する。

 

 村上は『弧月』をその場に突き立て、落ちていたレイガストを回収。

 

 来馬はシールドを張り、その隙を埋める形で村上がレイガストを展開。

 

 飛来する光弾を、なんとか防ぎ切った。

 

「────」

 

 だが、忘れてはならない。

 

 一度守勢に入った事で、自由の身になった者がいる事に。

 

 彼は、七海は、スコーピオンを手首の断面から展開し、村上に斬りかかる。

 

「……っ!」

 

 村上は、レイガストを回転させその斬撃を防御。

 

 未だ降り注ぐ光弾は、来馬の固定シールドが防ぐ。

 

 しかし光弾の数が多く、来馬のシールドには既に幾つもの罅割れが入っている。

 

 だが、シールドではブレードトリガーの斬撃は防御出来ない。

 

 レイガストでなければ、七海の斬撃は防げない。

 

 故に。

 

 村上が選んだのは、()()()()

 

 一瞬だけレイガストを手放し、即座に弧月を引き抜く。

 

 そして、スコーピオンを振り下ろす七海に斬撃を見舞った。

 

「────」

 

 サイドエフェクトでその攻撃を感知した七海は、紙一重で攻撃を回避。

 

 しかしその代償として、一旦村上から距離を取る。

 

 村上にとっては、それで充分。

 

「来馬先輩、那須さんを追いましょう……っ!」

「うん……っ!」

 

 村上は来馬の同意を取り、その場で反転。

 

 来馬を庇いながら、光弾が迫って来た方向へ駆け出した。

 

 …………今の射撃は、間違いなく那須のバイパーである。

 

 つまり、あの光弾の先に、彼女がいる筈だ。

 

 七海を追い詰めたこの地形を捨てるのは惜しいが、このまま那須を放置すればじり貧になる。

 

 故に、有利地形を捨ててでも那須を追う。

 

 それが、二人の選択だった。

 

 戦略としては、間違っていない。

 

 那須のリアルタイム弾道制御による変幻自在のバイパーは確かに脅威だが、その制圧力の反面火力には欠ける。

 

 レイガストという堅牢な盾を持つ村上にとって、近付く事さえ出来れば那須は容易に落とせる相手だ。

 

 更にこのMAPでは那須の得意とする機動戦をするだけの広さがなく、普段のように機動力で翻弄する戦法を取る事は出来ない。

 

 だからこそ、村上達は那須を追った。

 

 放たれる光弾をその道標とし、那須に肉薄せんと駆ける。

 

 無論、七海もそんな自分達を放置はしないだろう。

 

 故に来馬には背後から追って来る七海を牽制して貰い、村上が那須の弾幕をガードする。

 

 そのフォーメーションを以て、那須を追い立てる。

 

 状況は複雑化したが、まだ勝ちの芽がなくなったワケではない。

 

 那須さえどうにか出来れば、今度こそ七海に詰めをかけられる。

 

 その想いが、彼らの足を進ませた。

 

『鋼くん、バイパーは正面の道から来てるわ。きっと、その先に那須さんがいる筈』

「分かった。すぐに向かう」

 

 そうしているうちに、道が十字路に差し掛かる。

 

 オペレーターのナビゲートに従い、村上と来馬は正面の道を突き進む。

 

 その先にいる、那須を追って。

 

 居場所さえ分かれば、こっちのものだ。

 

 そう考えて、村上は逸る心を抑えながら後ろを駆ける来馬の様子を一目見ようと振り向いた。

 

「……っ!?」

 

 だからこそ、気付いた。

 

 ()()()()()()、光弾の存在に。

 

「来馬先輩……っ!」

「うわ……っ!」

 

 村上は咄嗟に来馬の服を掴むと、自分の方へ引き寄せる。

 

 そしてレイガストを構え、光弾を、バイパーをガードする。

 

 バイパーの威力そのものは、射撃トリガーの中でも一際低い。

 

 その応用性こそが武器であり、火力自体はそれ程でもない。

 

 無論、硬いレイガストの盾を貫通出来るような威力はなく、来馬のシールドと合わせれば防ぎ切れる。

 

 村上は、そう目算した。

 

 その分析自体は、正しい。

 

 (オペレーター)の解析が間違っていた原因は気になるが、今はとにかく()()()()()()()()を防ぐ事こそが肝要。

 

 ────本当に、光弾が来るのが背後から()()であったのならば。

 

 本来であれば、気付くべきだった。

 

 那須を追っている二人を、グラスホッパー持ちの七海が()()()()()()()()理由を。

 

 このタイミングで那須が脱落すれば、七海は一気に窮地に立たされる。

 

 なのに、身体を張っての妨害も、メテオラでの牽制もない。

 

 グラスホッパーを持っている以上、七海が二人に追いつけない、という事は有り得ない。

 

 ならば何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか。

 

 全ては、この瞬間。

 

 二人を、()()へ追い込む為である。

 

「……え……?」

 

 ()()に最初に気付いたのは、来馬だった。

 

 何気なく先の通路へ目を向けた来馬の視界に、()()()()()()無数の光弾が飛び込んで来た。

 

 その異変に反応し、村上も来馬の視線の先を見た。

 

 そこには確かに、こちらに迫る無数の光弾があった。

 

 前と後ろ、全くの逆方向から飛来した光弾が、今彼らに牙を剥く。

 

「く……っ!」

 

 村上はシールドを展開しつつ、レイガストを前面に向ける。

 

 全ての光弾は防ぎ切れないが、致命傷だけは防げる。

 

 そう考えての、防御。

 

 しかし、それは。

 

 この状況では、一手足りなかった。

 

「が……っ!?」

「……っ!?」

 

 ────村上のレイガストを避ける形で、光弾がシールドへ着弾。

 

 着弾した光弾は、その場で()()()()()()()

 

 一点に集中された連鎖的な爆発が、来馬を飲み込んだ。

 

 無論それは、バイパー単独で起こし得る事象ではない。

 

 その弾丸の名は、『変化炸裂弾(トマホーク)』。

 

 メテオラとバイパーを合成させた、那須の得意とする合成弾である。

 

 来馬は合成弾を見抜けず、その爆発に飲み込まれた。

 

 また、やられてしまった。

 

 そんな想いを胸に、来馬は自身の敗北を悟る。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出』

 

 機械音声が、来馬の脱落を告げる。

 

 標的を追い込んだ筈の狩人が、魔女の火を浴びた瞬間だった。


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