痛みを識るもの   作:デスイーター

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鈴鳴第一⑥

「那須隊長の射撃により、別役隊員が緊急脱出……っ! 那須隊長を追った鈴鳴第一の二人でしたが、那須隊長の『トマホーク』によって来馬隊長敢え無く緊急脱出……っ! 一気に戦況がひっくり返ったぞぉ~」

「…………こりゃあ、おったまげたなァ。一体、今のはどういうカラクリだァ?」

 

 画面を見ていた弓場は、国近の実況を聞きながら唖然とした表情を浮かべている。

 

 それはそうだろう。

 

 那須のバイパーのリアルタイム弾道制御技術は、弓場も知っている。

 

 ログ以外で見たのは初めてだが、変幻自在なその軌道は弓場としても大したものだと考えていた。

 

 だが、今回のこれはどう考えてもおかしい。

 

 確かに、那須は障害物をものともせず、複雑な軌道のバイパーで相手を狙い撃つ。

 

 障害物の影から雨あられと飛来する那須の弾丸は、彼女自身の機動力も相俟ってかなりの脅威である。

 

 しかし、今弓場が問題視しているのはそこではない。

 

 那須は、あろう事か複雑な地下街の通路を迂回させる形で、全面と背面、双方からの奇襲を敢行していた。

 

 射手のトリガーは、弾速・威力・射程を自由にチューニングする事で、その性質を変化させられる。

 

 弾速や威力を限界まで抑えれば、確かに射程を大幅に伸ばす事は可能だ。

 

 しかし、それでも限度はある。

 

 幾ら射程を伸ばせると言っても、威力が皆無では直撃させたとしても意味はない。

 

 威力が残っていても、弾速が遅すぎれば当てられない。

 

 故に、最低限の威力と弾速を確保した上で、正確に射程距離を計測して射撃を行う必要があった。

 

 那須はそれを、まるで実際に目で見ているかのような精度で行ったのだ。

 

 射程が許すギリギリの距離を迂回させ、充分な威力と速度を持った弾丸を放つ。

 

 道中の障害物や戦闘で発生した瓦礫に当たれば全ての計算が狂ってしまう為、MAPの全体図だけではこの射撃を成功させる事は出来ない。

 

 地下街の構造を知り尽くしていなければ、不可能な芸当だ。

 

「おい国近ァ、おめェーはどうやらこのカラクリを理解出来てるみてェーだなァ。悪ィが、説明してくれや」

「んふふー、いいよー。此処で説明せずにいつするんだ~って感じだしね~」

 

 国近はほんわかした笑みの中に怜悧な知性を宿し、その口を開いた。

 

「弓場さんは、どうしてあんな射撃誘導が出来たんだ~って事が疑問なんだよね?」

「あァ、普通ならMAP選択権のなかった那須隊があんな真似が出来る筈がねェ。ありゃあ、どういう事だ?」

「ま、そうだよね。()()()()()()では、無理だったよ」

 

 国近の言い回しに弓場は疑問符を浮かべ、すぐにハッとなって目を見開いた。

 

 気付いたのだ。

 

 彼女が、何を言おうとしているのかを。

 

「…………まさか国近ァ、あいつ等は……」

「そうだよ~。那須隊はねぇ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ~。那須隊の皆が、地下街をずっと走り回ってたのはその為だね~」

 

 ────それが、答え。

 

 MAP選択権を持たず、事前にMAP情報を知る事が出来なかった筈の那須隊が、何故此処まで高度なオペレートが出来たのか。

 

 それは単に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけなのである。

 

 那須や茜がこれまで隠密に徹しながら地下街を走り回っていたのは、全てこの為。

 

 地下街の構造を完全に把握し、那須のバイパーで広域を纏めて射撃制圧圏内に入れる為だったのである。

 

 那須のバイパーによる制圧射撃は、オペレーターの小夜子との合わせ技だ。

 

 幾ら那須が優れた空間把握能力を持つとはいえ、離れた────────視界外の対象を狙う為には、オペレーターのナビゲートが必須である。

 

 小夜子としても、毎回の如く行っているオペレートである為、作業自体には慣れていた。

 

 しかし此処まで高精度の遠隔射撃を実現出来たのは、彼女がこれまでに培った技術の賜物だろう。

 

 七海が加入して以降、小夜子は自らの能力を磨き続けた。

 

 その原動力が叶う事のない恋慕だとしても、小夜子が腕を鈍らせる理由にはならなかった。

 

 小夜子の献身は、本物だ。

 

 たとえ叶う事のない初恋だとしても、七海(好いた男)の為なら心身を賭して全霊を傾けられる。

 

 それが、小夜子の強さ。

 

 今の那須隊の実力は、彼女の献身あってのものだ。

 

 戦闘員だけが、チームなのではない。

 

 彼女を含む()()揃って、初めて那須隊と呼べるのだ。

 

 国近は、小夜子の友人である。

 

 ゲームを通じて育んだ交流なれど、多少なりとも彼女の事は知っている。

 

 小夜子が努力して積み重ねた、オペレートの技術の向上に関しても国近は知っていた。

 

 他ならぬ彼女が、小夜子のオペレート技術の向上に一役買ったのだから。

 

 学業は壊滅的な国近であるが、そのオペレート技術はボーダー内でも随一だ。

 

 伊達に、A級一位部隊のオペレーターをやっているワケではない。

 

 唯我尊(おにもつ)を抱えながらA級一位の座を堅持出来ている一因には、間違いなく彼女の功績がある。

 

 小夜子はそんな彼女のオペレート技術を直で見て、貪欲にその技術を学んでいったのだ。

 

 国近はあまり指導が上手い方ではない為、見た技術を自分のものにする為に親交のある橘高羽矢(他のオペレーター)との技術交流を通じて腕を磨いた結果が、今の小夜子の高精度なオペレートに繋がっている。

 

 今回の高難易度なオペレートを成功させられたのも、そういった努力の成果だ。

 

 自分の弟子同然の小夜子が部隊に貢献している様子に、内心ほくほく顔の国近であった。

 

 態度で丸わかりな出水や太刀川(七海の師匠)奈良坂(茜の師匠)と違い、いつもニコニコしていて内心を悟らせない為表に出てはいないが、実は国近も弟子(小夜子)には相当甘かった。

 

 今回の実況も、その実小夜子の活躍を話したいが為に受けたという理由も大きい。

 

 七海や茜(自分達の弟子)の活躍を語りたいが為に解説を引き受けた、奈良坂や出水(弟子馬鹿)達と良い勝負である。

 

「結構難易度高いオペレートだから、相当努力して技術を磨いたんだと思うよ~。オペレーターは活躍が表に出難いかもだけど、きちんと部隊に貢献してるんだから。皆、オペレーターのありがたみをもっと知った方が良いと思うな~」

「…………そうだな、肝に銘じとくかァ」

 

 弓場は国近のなんとも言えない言葉の()に自分の隊の気の強いオペレーターの姿を重ねつつ、感慨深げにそう言った。

 

 ランク戦でクローズアップされるのは戦闘員の方だが、その戦闘員が十全に能力を活かす為には、オペレーターの助力が必須である。

 

 オペレーターがいなければ相手の位置情報の解析や接敵警報(アラート)、MAP解析すら行えず、裸一貫で荒野に放り出されるも同然だ。

 

 戦闘員(自分達)が戦う為には、オペレーターの存在が不可欠。

 

 そんな当たり前の事を、改めて思い知った弓場だった。

 

 オペレーターを蔑ろにした事などある筈もないが、これからはもう少し気を遣った方がいいかもしれない。

 

 ふと、そんな事を思った弓場であった。

 

 もっとも、後日それを実践したところ「具合でも悪いのかおめー」と妙な心配をされる事になったのだが。

 

「ともかく、これで鈴鳴第一は鋼さんを残すだけね。玲の射撃包囲網も完成したし、後は時間の問題かしら?」

「ま、確かに厳しい状況だと思うよ~。村上くんは片腕だし、ダメージも結構喰らってる。このままだと、那須さんに削り殺されてお終いって事も有り得るかな~」

 

 二人の言う通り、太一と来馬の脱落により孤立無援となった村上は、一気に窮地に陥った。

 

 来馬の銃撃の援護もなく、機動力に優れる七海を片腕で相手をしなければならない。

 

 足も熊谷のハウンドで削られている以上、このままでは削り殺されて終わるのが目に見えている。

 

「────いや、そうとも限らねェと思うぜ」

 

 ────だが今度は、その見解に弓場がそう告げ待ったをかけた。

 

 弓場は眼鏡を光らせながら、鋭い視線で画面を睨んでいる。

 

「確かに、鋼は見るからに追い詰められた。此処まで持ってきた、七海達の手腕は大したもんだが────」

 

 だが、と弓場は不敵な笑みを浮かべた。

 

「────おめェーら、鋼を舐め過ぎだ。さっきも言ったろ? 追い込まれた時の鋼は、怖ェーってな」

 

 

 

 

「来馬先輩……っ! く……っ!」

 

 村上は助けられなかった隊長が光の柱となった光景を見て、拳を握り締めた。

 

 来馬を守るのは、村上の絶対の行動原理だ。

 

 たとえ負けても死なない仮想空間での戦闘であったとしても、それは変わらない。

 

 自分は、来馬隊長の人柄に惹かれて鈴鳴第一のエースをやっているのだ。

 

 その来馬を守る事こそ、村上にとっての全てだ。

 

 これは決して、誇張ではない。

 

 来馬は確かに個人の戦闘力が突出しているワケではないし、指揮能力もお世辞にも高いとは言えない。

 

 だが、村上が来馬を慕うのは、そんな表面的な部分ではない。

 

 来馬の持つ生来の優しさと、底知れない器の広さ。

 

 鈴鳴支部に配属されたのは別段自分が希望した事ではなかったが、今では鈴鳴こそが自分の居場所だとハッキリ言える。

 

 おっちょこちょいな太一も、そんな太一を見て溜め息をついてばかりの(こん)も、大切な仲間である事に違いはない。

 

 鈴鳴第一は、来馬を中心に回っているチームだ。

 

 太一がうっかりミスをして、それを今が咎め、来馬が笑みを浮かべながら後始末を行い、自分がそれを苦笑しながら手伝う。

 

 そんな支部での日常が、村上はたまらなく好きだった。

 

 表情が変わらない為傍目からは分かり難いが、村上はとても情深い。

 

 だからこそ、この部隊を勝たせたいと、強く思った。

 

 来馬の為に、仲間の為に、剣を振るう。

 

 そこに迷いなどなく、躊躇いなどあろう筈もない。

 

「…………まだだ」

 

 村上は、自分が今来た道に立つ七海を見据え、告げる。

 

 自分は、追い詰められた。

 

 先程までは追い詰める側だった筈が、今ではそれが逆転している。

 

 熊谷にやられた傷口から流れ出したトリオンは、今も尚減り続けている。

 

 このままでは、那須の弾幕に削り殺されて終わりだろう。

 

 長期戦は、最早望めない。

 

 だが、那須に狙われたままでは、そもそも戦いにすらなりはしない。

 

 ならば、どうするか。

 

(一時的にでも良い。那須の射撃を、封じなければ)

 

 那須に狙われたままでは、満足に剣も振るえない。

 

 逃げた所で、足の削れた自分が逃げ切れるとは思えない。

 

 故に。

 

 故に。

 

 答えは一つ。

 

(この場を、他の場所から()()する……っ!)

 

 想起するのは、自分がこれまで戦って来た数々の好敵手。

 

 その中でも、随一の男。

 

 太刀川慶。

 

 『旋空弧月』を自由自在に使いこなす、ボーダートップの攻撃手。

 

 攻撃手としての、一つの完成形。

 

 幾度も戦い、そして敗れた剣の王。

 

 その剣を、その斬れ味を、思い出す。

 

 サイドエフェクト、『強化睡眠記憶』。

 

 それは、相手の戦いを()()()事が出来る能力(ちから)

 

 太刀川の剣術、その全てを再現する事は、今の自分では不可能だ。

 

 だが。

 

 だが。

 

 その一部だけであれば、再現は出来る筈である。

 

 否、しなければならない。

 

 この苦境を。

 

 この局面を。

 

 自分の力で、乗り切る為には。

 

 猿真似では、終わらせない。

 

 己の全霊を以て、彼の剣の記憶(太刀筋)を現実にする。

 

 迷っている、時間はない。

 

 最短最速。

 

 己の肉体を駆使して、その斬撃を解き放つ。

 

「旋空────」

 

 居合一閃。

 

 鞘から抜き放った『弧月』を振り抜き、前面の天井に斬り込みを入れる。

 

「────弧月」

 

 そしてそのまま身体ごと回転し、二閃。

 

 後方の天井に、斬り込みを刻む。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ……っ!!」

 

 雄叫びと共に、三閃。

 

 前方と後方、今しがた斬り込みを入れた場所の外側へ、再度旋空の斬撃を飛ばす。

 

 一瞬にして無数の斬り込みを刻まれた天井は、崩落。

 

 無数の瓦礫が積み重なり、村上と七海のいる場所は残骸の壁により分断された。

 

 一瞬の、絶技。

 

 連続して旋空を放ち、的確に天井崩しを行った。

 

 その結果として出来た、瓦礫の闘技場(バトルフィールド)

 

 そこに立つのは、七海と村上(二人の好敵手)

 

 今此処で頼れるのは、己の身体と技術のみ。

 

 七海は、那須の援護を受けられず。

 

 村上も、退路は自ら切り捨てた。

 

 正真正銘、決戦の場。

 

 積み重なる残骸に囲まれた二人は、すぐさま己の剣を執る。

 

 村上は、弧月を構え。

 

 七海は、スコーピオンをその手に宿す。

 

 一騎打ちの舞台が、今此処に整った。

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