痛みを識るもの   作:デスイーター

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鈴鳴第一⑦

『那須先輩、通路が埋まりました。新たに瓦礫も増えたので、このままでは援護が届きません』

 

 小夜子の報告を聞き、那須は一瞬顔を顰めた。

 

 しかし今やるべき事は、予想外の展開に歯噛みする事ではない。

 

 速やかに、次の策を講じる事だ。

 

「分かった。『トマホーク』で吹き飛ばすわ。弾道と威力の再計算、出来る?」

『勿論です。七海先輩の観測情報から、瓦礫を吹き飛ばすのに必要な威力も算出しました。那須先輩は合成弾の準備を』

「了解」

 

 那須は小夜子から送信されたデータを元に、合成弾の作成を開始する。

 

 村上に肉薄されないよう、充分に距離を取った事が仇となった。

 

 確かに、トマホークを使えば通路を塞ぐ瓦礫を吹き飛ばす事は可能だろう。

 

 だが、トマホークを合成し、最短距離で放ったとしても、どうしたって着弾までには時間がかかる。

 

 合成弾を使用するには両攻撃(フルアタック)の状態にならざるを得ない以上、下手に相手に近付くワケにも行かない。

 

 だからこそ距離を取っての射撃包囲網を敷く事を選んだのだが、村上の地形破壊による物理的な射線の遮断によりそれが完全に裏目に出た。

 

 片腕片足を失い、少なくないトリオンを失っている筈なのに、その脅威は今も尚那須隊に圧を与えている。

 

 NO4攻撃手、村上鋼。

 

 前回は弱みを突く形で封殺した相手だが、その実力は本物だ。

 

 イレギュラーな状況にも、充分以上に対応出来ている。

 

 来間との連携もかなりのものであったし、個人技に至っては言うまでもない。

 

 前期でも、散々苦しめられた相手だ。

 

 侮る事などあろう筈もないが、ある程度の楽観もあったのは確かだった。

 

 その認識は、改めなければなるまい。

 

 彼は、村上は、不利な状況に追い込んだ()()では容易に崩せない相手であると。

 

 前回はたまたま、地の利と自分達の戦術の()()()()の要素が上手く噛み合っただけだ。

 

 村上は既に、集団戦での七海の動きを()()()いる。

 

 無論、七海もあの時から成長しているし、手の内を全て学習されたワケではない。

 

 だが、村上にはその学習の()()を極限まで高めるサイドエフェクト、『強化睡眠記憶』がある。

 

 ()()()()()という条件から一度の戦闘の中での動きを即座に覚えられる事はないものの、その性質上今回のような()()ではこの上なく有利に働くサイドエフェクトだ。

 

 これまで七海がなんとか戦えていたのは、彼自身の成長も然る事ながら、村上が東の狙撃で片腕を失い、熊谷の射撃で片足がほぼ死んでいるからだ。

 

 しかし、それだけのハンデを背負って尚、村上は七海相手に互角以上の戦いを繰り広げていた。

 

 今、村上と七海は閉鎖空間で正真正銘の1対1。

 

 村上が寸断した通路の幅は、些か()()()()

 

 七海のメテオラの威力では、あの場で自分を巻き込まないようにする事は不可能だ。

 

 そも、今の村上が七海にメテオラを使う隙を与えるとも思えない。

 

 一手間違えば、即座に落とされる間合い。

 

 そんな状態でメテオラを使う程の余裕を、あの村上が与える筈もない。

 

 先程のメテオラのキューブに当てる策も、二度目は通用すまい。

 

 同じ手で勝てる程、村上という男は甘くないのだ。

 

 そんな()()()手を取った瞬間、彼の弧月はこちらの身体を両断して来るだろう。

 

 故に、恐らく那須の援護は()()()()()()

 

 勝つにしろ負けるにしろ、そう長くかかる筈もない。

 

 那須のトマホークが着弾する頃には、きっと決着が着いている筈だ。

 

(それでも……っ!)

 

 だが、だからと言ってトマホークを撃たないという選択肢は有り得ない。

 

 爆撃が来ないと分かれば、村上は腰を据えて七海を仕留めにかかる筈だ。

 

 そうなれば、七海に勝ち目はない。

 

 確かに村上のトリオンは熊谷の与えた傷のお陰でかなり減っているが、即座にトリオン切れに陥る程ではない。

 

 トリオン切れになるよりも、村上が七海を仕留める方が早いだろう。

 

 勝機があるとすれば、今この瞬間。

 

 村上に、()()()()()()()()事だけだ。

 

 守りに長けるという村上の性質上、長期戦になればなる程村上は有利になる。

 

 腰を据えた村上の防御は、生半可な攻撃では打ち崩す事は出来ない。

 

 故に、近接戦等で村上を倒す為には。

 

 ────村上に、()()に転じさせるより他はない。

 

 幸い、今の村上は片腕だ。

 

 レイガストでの防御と、弧月での攻撃。

 

 普段はその両方を使いこなす村上だが、片腕で出来るのはどちらか一つ。

 

 これまで曲芸じみた動きで攻防を上手く切り替えて対応してはいるものの、普段より防御の厚みが減っている事は間違いない。

 

 故に、此処は手堅くトマホークを撃ち、何が何でも村上に()()させる。

 

 そうする事でしか、村上と近接戦を強いられた七海が勝つ可能性は無いのだから。

 

(お願い、玲一……っ! 勝って……っ!)

 

 那須は合成弾を作成しながら、天に祈る。

 

 努力の、結実を。

 

 七海の、勝利を。

 

 少女は、少年の勝利に懸けたのだから。

 

 

 

 

「…………」

「────」

 

 村上と七海は、狭い通路の中で睨み合う。

 

 七海の腕からは、スコーピオンが。

 

 村上の左腕には、弧月が。

 

 それぞれの刃を、煌めかせている。

 

 閉鎖空間での、1対1の決闘。

 

 好敵手同士の、一騎打ち。

 

 村上も七海も、どちらも後がない。

 

 七海が此処で落ちれば那須隊の勝率は著しく低下するし、村上も鈴鳴第一の最後の一人になった以上此処で落ちるワケには行かない。

 

 那須隊は二点、鈴鳴第一は一点。

 

 まだ、それだけしか得点出来ていないのだから。

 

 しかも、まだ最大の難敵である東は無傷の状態で地下通路の何処かに潜んでいる。

 

 この決闘が、この試合の分水嶺。

 

 そうである事は、間違いなかった。

 

 故に、負けるワケにはいかない。

 

 ただ、試合の勝敗だけの話ではない。

 

 好敵手として、そして親友として。

 

 目の前の相手に、負けたくはない。

 

 その想いは、二人共同じなのだから。

 

「────旋空弧月」

「……っ!」

 

 先に動いたのは、村上だった。

 

 旋空を起動しての、一閃。

 

 横薙ぎの一撃が、七海を襲う。

 

「────」

 

 だが、七海も大人しくそれを喰らう筈もない。

 

 グラスホッパーを起動し、即座に跳躍。

 

 壁を、天井を、瓦礫の上を足場とし、一瞬にして村上の背後へ回り込む。

 

「……っ!」

「甘い」

 

 しかし、背後を取った程度で崩れる程、村上の防御は薄くはない。

 

 すぐさま弧月を逆手持ちに切り替えた村上は、振り向きざまに弧月一閃。

 

 振り下ろされた七海のスコーピオンを、一息に叩き斬った。

 

「────」

 

 無論、それで終わりではない。

 

 七海はすぐさま右足で蹴りを放ち、足先からスコーピオンを展開。

 

 二の太刀により、村上の胴を狙う。

 

「……っ!」

 

 だが、村上はこれにも対応。

 

 弧月を反転させ、即座に迎撃。

 

 七海の足から伸びたスコーピオンは、村上の弧月に受け止められた。

 

「────」

 

 その時点で、七海は即座に離脱を選択。

 

 グラスホッパーでその場から跳躍し、壁面に着地。

 

 そのまま壁面を足場とした、三次元機動を展開。

 

 再び、村上の背後を取る。

 

「ワンパターンだな」

「……っ!」

 

 しかし、それは村上に読まれていた。

 

 村上は振り向きすらせず、弧月を横薙ぎに振るう。

 

 紙一重でしゃがんでそれを躱した七海は、即座にバックステップで距離を取る。

 

「チェンジ、ブレードモード。スラスター、オン」

 

 だが、それすらも想定の上。

 

 一瞬で弧月を納刀した村上は、ブレードモードに変化させた『レイガスト』を持ちスラスターを起動。

 

 そのまま、噴射装置の加速を得て七海へ突貫する。

 

「……っ!」

 

 スラスターで加速の付いた斬撃は、シールドであろうと防御不可。

 

 即座に回避を選択した七海は、壁面を足場に跳躍する。

 

 防御が不可能な以上、上へ逃げるしかない。

 

 それは、七海にとっては当然の選択。

 

 だが。

 

 だが。

 

「────旋空弧月」

「……っ!!」

 

 ────その回避行動は、読まれていた。

 

 村上は空中でレイガストを手放し、その場に着地。

 

 居合い抜きのように弧月を抜刀し、旋空弧月二連。

 

 拡張斬撃が、致死の刃が、上へ逃げた七海へ降り抜かれる。

 

「く……っ!」

 

 七海は無理やり身体を捻り、なんとかその斬撃の合間を掻い潜る。

 

 しかし、その代償として体勢は崩れ、空中で格好の的となる。

 

「────旋空弧月」

 

 無論、その隙を村上は逃しはしない。

 

 三度、旋空を起動。

 

 旋空弧月の斬撃が、宙に放り出された七海を襲う。

 

 その斬撃に、防御は意味を為しはしない。

 

 回避すら、空中ではままならない。

 

 ならば、どうするか。

 

 どうするのが、正解なのか。

 

 七海は、己の思考回路を駆使してその解答を導き出す。

 

 防御────却下。防御の上から叩き斬られる。

 

 回避────困難。下手な回避機動を取れば、次こそ攻撃を避ける術はない。

 

 故に。

 

 残された答えは、一つ。

 

「────ッ!!」

「な……っ!?」

 

 ────最短最速の、()()

 

 七海はその場でグラスホッパーを踏み込み、村上へ向け突貫。

 

 旋空の刃で脇腹を斬られながらも、最小限のダメージで村上へ向かって刃を振るった。

 

 旋空は、ブレードを拡張するトリガーである。

 

 そしてその最大威力を発揮するのは、刃の()()

 

 その突破力はシールドでの防御を許さず、堅牢なエスクードだろうと容易に斬り裂く。

 

 だが。

 

 だが。

 

 そんな破壊力の高いトリガーなれど、活用者が多くない理由は明らかだ。

 

 拡張した巨大なブレードを扱う難易度も勿論だが、それに加え。

 

 ()()()()()()()()が、ある。

 

 旋空は、中距離での攻撃で真価を発揮するトリガーだ。

 

 それは何故か。

 

 その攻撃力の殆どが、刃の()()に宿っているからだ。

 

 旋空はその性質上、遠くにいる相手にこそ最大の威力を発揮する。

 

 ブレードの長さを調節すれば近距離にも対応可能だが、一度刃を伸ばしてしまった以上。

 

 ────その瞬間に懐に入られれば、それは致命的な隙となる。

 

 故にこそ、七海は攻撃を選択した。

 

 防御は、不可能。

 

 回避は、ジリ貧。

 

 ならば残るは、()()のみ。

 

 決死の一撃が、七海の振るうスコーピオンが、村上へと振り下ろされる。

 

 既にブレードを戻すには、時間が足りない。

 

 シールドも、グラスホッパーで勢いの付いた状態であれば叩き斬れる。

 

 回避不能の、致死の一撃。

 

 七海の拵えた蠍の毒針が、己が好敵手へ肉薄する。

 

 

 

 

『東さん』

「了解」

 

 ────だが、此処にその好機を利用せんとする者がいる。

 

 オペレーターの報告を受けた男は、大型狙撃銃アイビスを構えた東は。

 

 瓦礫の壁に銃を向け、その引き金を引いた。

 

 

 

 

「……っ!!!」

「……な……っ!?」

 

 ────その一撃は、瓦礫の向こうから飛来した。

 

 攻撃モーションに入った七海は、その一撃を避けきれず。

 

 右肩が被弾し、スコーピオンを生やした右腕が宙を舞う。

 

 更にその狙撃はそのまま村上の右足に着弾し、膝から下を吹き飛ばした。

 

 右腕を失い、刃を喪失した七海

 

 右足を失い、完全に機動力が死んだ村上。

 

 想定外の光景に絶句する村上だったが、すぐさまこれが好機と悟る。

 

 些かしっくり来ない結末だが、戦場に卑怯などという言葉を持ち込む事こそ間違いだ。

 

 両足は死んだが、まだ剣を振るう事は出来る。

 

 刃を失った七海を仕留める事は、まだ可能だ。

 

 瞬時に頭を切り替えた村上は、ブレードを戻した弧月を構え、七海へその刃を振り下ろす。

 

(────旋空弧月)

 

 更に、音声認証なしで殆どブレードを伸ばさぬまま旋空を起動。

 

 もし、七海がスコーピオンを生やして受け太刀でもしようものならその刃ごと断ち斬れる。

 

 これで、詰み。

 

 村上は、勝利を確信した。

 

「────ッ!!」

「な……っ!?」

 

 ────だが、次に取った七海の行動に、村上は絶句せざるを得なかった。

 

 七海は体幹だけで空中での姿勢を切り替え、斬り飛ばされた自身の右腕を、()()()()()()()()()()

 

 スコーピオンを生やしたままの、右腕を。

 

 刃の生えた腕が、村上の左腕に突き刺さる。

 

 それにより、村上の斬撃の速度が僅かに、鈍る。

 

 その瞬間、この隙を。

 

 七海は、決して逃さなかった。

 

「ハァ……ッ!!」

「……っ!」

 

 発破と共に、七海は村上の腕に突き立てた自身の右腕にその蹴りを叩き込む。

 

 このまま、腕を斬り落とす狙いか。

 

 そう考えた村上はすぐさま弧月を握り直し、旋空で七海を斬り払わんとした。

 

「……な……?」

「────」

 

 ────だが、七海の攻撃はその時既に()()()()()()

 

 村上の腕に突き立った、七海の右腕から伸びたスコーピオン。

 

 その()()()()()新たな刃が生え、村上の胸を貫いていた。

 

「これは……っ!」

 

 少々変則的だが、間違いない。

 

 これを、この刃の名を、村上は知っている。

 

 七海の師の一人であり、自身の好敵手でもあるB級上位の隊長の一人。

 

 影浦雅人が得意とする、スコーピオンの発展形。

 

 ────『マンティス』。

 

 影浦()から学んだ刃が、七海(弟子)の手で村上に届いた瞬間だった。

 

「……やられたな……カゲが師匠なんだから、そいつを使えてもおかしくはなかった…………完敗だよ、七海」

「いえ、紙一重でした。でも、次があるとしても負けません」

「はは、言ってくれる。塩を送った甲斐があって、何よりだよ」

 

 村上はそうぼやきながら苦笑するも、その笑みは何処か晴れ晴れとしていた。

 

 七海と正面から戦い、そして負けた。

 

 横槍など、言い訳にもならない。

 

 この場の勝者は、間違いなく七海である。

 

 それは誰が見ても明らかな、戦いの結果であるのだから。

 

『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 そして、脱落の時が訪れる。

 

 機械音声が村上の敗北を告げ、此処まで奮闘を重ねた少年は、光の柱となって戦場から消えていく。

 

 一瞬遅れて瓦礫の壁に着弾する『トマホーク』の轟音が、その光を掻き消していく。

 

 七海と村上、二人の好敵手の一騎打ちは、その時終わりを迎えたのだった。


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