痛みを識るもの   作:デスイーター

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東隊⑤

「緊急脱出したのは、鈴鳴第一村上隊員……っ! 東隊長の横槍をものともせず、一騎打ちを制したのは七海隊員だあ~……っ!」

「良い1対1(タイマン)だった。七海も鋼も、流石だな」

 

 弓場は感慨深げにふぅ、と息を吐き、眼鏡をギラつかせた。

 

 タイマンが何より好きと豪語するこの漢からして見ても、今の一騎打ち(サシ)は見応えがあったのだろう。

 

 熱い戦り合いを見て、傍から見ても満足気な弓場であった。

 

「しかしマンティスたぁ、良ィ隠し玉を用意して来たじゃねェか七海の奴ァよ。流石、カゲの弟子なだけはある」

「実際、マンティスを見る機会も多かった筈だしね。七海なら、あのくらいは出来るわよ」

 

 弓場も小南も、口々に七海の技巧を称賛する。

 

 最後に勝負を決めたマンティスという隠し玉は、それだけインパクトの残るものであり、影浦の固有戦術であったそれを習得した七海の努力の程は言うまでもない。

 

 二人が称賛を口にするのも、無理からぬ事だろう。

 

「けどあれ、どういうカラクリなのかな~? マンティスって確か、こう、びゅいーんって鞭みたいに伸びる感じじゃなかったっけ?」

「ありゃあ多分、自分の腕を地面に見立ててもぐら爪(モールクロー)の要領でスコーピオンを繋げたんだろ。だから厳密には、マンティスの変化版ってェ事になる」

 

 弓場の言う通り、七海が今の攻防で使用したのは厳密にはマンティスの変化版にあたる。

 

 自分の腕の断面を抉り込むように蹴り穿ち、足先からスコーピオンを伸ばして腕に生えていたスコーピオンと連結。

 

 そのままマンティスの技術を用いて、刃を伸ばした。

 

 先程七海が行った奇襲のカラクリは、こういう事だ。

 

 マンティスといえば、影浦の使う鞭のような軌道が目に焼き付いている者も多い。

 

 普通にマンティスを使うだけでは、影浦とも戦い慣れている村上には迎撃される可能性があった。

 

 だからこそ、七海はマンティスの技術を用いた変化版のそれで不意を突き勝利に繋げたのである。

 

「ま、そうとしか考えられないわよね。しかし七海の奴、幾ら吹き飛ばされた腕とはいえ自分の腕を躊躇いなく串刺しにするあたり流石というかなんというか……」

「そのあたりの思い切りの良さも、七海の持ち味だろ。相変わらず、中々のタマァしてやがんなあいつは」

「太刀川さんに訓練で斬られまくって、慣れちゃったんじゃない~? 最初の頃なんか微塵切りだったしね~」

 

 懐かしいなあ、と過去を想起しながらのほほんとえぐい事を口にする国近に、小南と弓場は思わず閉口する。

 

 二人とも戦いの場となればバッサバッサと敵を薙ぎ倒す戦闘員だが、国近の口調で笑顔のまま「微塵切り」などと言われると何か妙に怖い。

 

 ふと、国近の底知れなさが垣間見えた二人であった。

 

「でも、七海くんも凄いけど鋼くんも凄かったよね~。片腕片足であそこまでやれるとか、中々出来ないよ~」

「それが出来るから、あいつはNO4攻撃手なんだよ。他の厳ちィ連中と戦り合って得たその地位は、伊達じゃあねェんだ。東さんの狙撃と熊谷の射撃で負傷してなきゃあ、やられてたのは七海の方だっただろうぜ」

「ま、七海の持ち味は正面切っての斬った張ったじゃないしね。自分の持ち味を活かして勝ったんだから、そこは褒めるべきよ。むしろ、熊谷さんももっと褒めたげても良いと思うわ」

 

 あれがなきゃ、流石に七海もやばかっただろうしね、と小南は言う。

 

 確かに、熊谷が自身が落とされる事と引き換えに村上に与えたダメージは、七海の勝利に大きく貢献していた。

 

 あの一矢がなければ七海は機動力が死んでいない村上と戦り合う事になり、更に状況は厳しくなっていた筈だ。

 

 村上も死んだ片足をカバーする為にスラスターを多用したりしていたが、それでも普段より動きが鈍っていた事は否定出来ない。

 

 むしろ、鈍った機動力をしても尚、七海を追い詰めた村上の技量の高さが伺い知れる。

 

 更に言えば、熊谷が村上へ与えたダメージの大きさから、村上に対し明確な()()()()を意識させたというのも大きい。

 

 時間をかけ過ぎればトリオン切れで敗北する可能性があった以上、村上の頭には常に()()()()に対する焦りが過っていた筈だ。

 

 それが村上を攻めへと転じさせ、七海が付け入る隙を作ったという面はあるだろう。

 

 熊谷が報いた一矢は、決して無駄ではなかったワケだ。

 

「…………でも、あの東さんの狙撃には度肝を抜かれたわね。なんで、瓦礫越しにピンポイントで七海達を狙えたのよ?」

「多分、瓦礫の隙間からスコープでずっと見てたんじゃないかな~? 東さん、瓦礫であの通路が埋まってすぐに近くまで来てたし、隙間から戦いを覗き見てチャンスを狙ってたんだと思うよ~」

 

 確かに、国近の言う通り東は村上が天井崩しを行った直後に瓦礫の傍にやって来ていた。

 

 瓦礫にも隙間は多少なりともあった以上、そこからスコープで様子を伺う事は不可能ではない。

 

 だが、一つの隙間から見える程度の情報量では、正確な相手の位置を取得する事は難しい。

 

 目まぐるしく位置の変わる二人を同時に狙えるタイミングを計るには、一方向からでは情報が足りないのだ。

 

「ん~、確かに片っぽだけだと難しいかもね~。じゃあ、()()()()()なら?」

「え……? あ……っ!」

 

 国近の指摘に、小南も()()()に気付く。

 

 その様子を見てにこりと笑いながら、国近は告げる。

 

「やってる事は、前回と一緒だね。()()()()()()()()()()()。東さんはただ、それを実行に移しただけなんだよね」

 

 

 

 

「……ふぅ……」

 

 村上の緊急脱出を見届けた七海は、那須のトマホークによって吹き飛ばされた瓦礫の壁の向こう側を、先ほど狙撃が来た方角を見据える。

 

 あの狙撃は、サイドエフェクトが感知してから着弾までほんの僅かしか時間がなかった。

 

 攻撃を思い切り振り抜いた直後であった為に反応が遅れ被弾してしまったが、逆に言えばそれだけ近くから東は狙撃を敢行した事になる。

 

 恐らく、まだそう遠くには行っていない。

 

 今なら、まだ追いつける。

 

 両腕を失ってしまった七海だったが、まだ両足は生きている。

 

 その最大の持ち味である機動力は、死んでいない。

 

 弧月であればいざ知らず、七海が扱うのは()()()()()()()()()()()()()という特徴を持つスコーピオンだ。

 

 両足が残っているのならば、まだ充分戦える。

 

 戦力減は免れないが、それでも戦えないワケではない。

 

 東の隠密能力は、ずば抜けて高い。

 

 たとえサイドエフェクトで狙撃を察知出来るのだとしても、技量や立ち回りだけでそれを当てて来るのが東という狙撃手の怖さだ。

 

 事実、七海はROUND3の時を含め四度も東の狙撃による被弾を許してしまっている。

 

 七海に狙撃を当てられた狙撃手は、後にも先にも東だけだ。

 

 そんな相手を、侮れる筈などない。

 

 完全に見失わないうちに追跡し、仕留める。

 

 東を攻略するには、今という好機を置いて他にはなかった。

 

 故に、七海は足に力を籠め、東を追う為駆け出さんとする。

 

「……っ!」

 

 ────だがそこに、サイドエフェクト(攻撃感知)が警鐘を鳴らした。

 

 反射的にその場を飛び退けば、七海のいた場所に拡張されたブレードが横薙ぎに振り抜かれた。

 

 先程まで、幾度も目にした光景。

 

 しかし、今度は()()()が違う。

 

 無論、技量では村上の方が圧倒的に上である。

 

 だが。

 

 だが。

 

 ことこの状況に至っては、ある意味村上以上に厄介な相手である事は間違いない。

 

 一分一秒も無駄に出来ない、この状況。

 

 この場で足止めを喰らう事は、それだけ勝機が遠のくに等しいのだから。

 

「……っ! 奥寺か……っ!」

「東さんは、追わせません。足止めさせて貰います、七海先輩」

 

 ────そう言って『弧月』を構えるのは、『東隊』攻撃手奥寺常幸。

 

 比翼連理の片割れが、相方の想いを背負い七海の前に立ち塞がった瞬間だった。

 

 

 

 

「此処で奥寺隊員が七海隊員を急襲~……っ! さあ、面白い事になって来たぞ~……っ!」

「……奥寺か。そっか、あいつが東さんの観測手になっていたのね」

 

 七海の前に現れた奥寺を見て、小南は得心する。

 

 東があの狙撃を成功させられたのは、逆方向から瓦礫越しに得た観測情報を奥寺がオペレーターを通じて送っていたからだ。

 

 そして今、逃げる東を追わせまいとする為にその奥寺が剣を取って七海の前に立ち塞がった。

 

 つまり、奥寺の存在があるからこそ、東は狙撃を敢行したのだ。

 

 殿を任せるに足ると、彼を信じて。

 

「けど、あいつに七海の相手が務まるワケ? 奥寺は確かに小荒井と組んだ時はかなりまあまあだけど、一人だけだとまあまあ止まりよ?」

「確かに、普段ならあいつ一人には七海の相手は荷が重い。けど、今の七海は両腕がダルマ状態だぜ? あの状態なら、むしろ七海の方を心配すべきじゃねェか?」

「あ……」

 

 弓場の言葉に、小南が押し黙った。

 

 単純な戦力では、奥寺単独では七海相手はかなりキツイ。

 

 元より、奥寺の動きは連携を前提とした立ち回りだ。

 

 機動力でも攻撃力でも上を行かれている以上、単独で七海に挑んだ所で返り討ちに合う可能性の方が高いだろう。

 

 …………だが、今の七海はとても万全の状態とは呼べなかった。

 

 来間の銃撃で少なくないダメージを受けている上、両腕を失っている。

 

 足からでもスコーピオンを伸ばす事は出来るが、両腕が使えた時と比べれば動きの自由度に雲泥の差がある。

 

 スコーピオンの最大の利点は、何処から攻撃が来るか分からない点だ。

 

 身体の何処からでも生やせるという特性があり、ダルマ状態でも戦えない事はないが、リーチを伸ばすには当然両腕があった方が良いのは当たり前だ。

 

 事実、射程の長いマンティスを扱う影浦も、大抵スコーピオンの刃は腕から出している。

 

 単純に、それが一番扱い易い方法だからである。

 

 足からでもスコーピオンを出す事は出来るが、片足を攻撃に使うという事は、その場で動きを止めるに等しい行動だ。

 

 機動力が最大の武器である七海にとって、このハンデはあまりにも大きい。

 

 幾ら攻撃を察知出来ようと、それを避けきれなければ意味はないからだ。

 

 マンティスを使えば良いと思うかもしれないが、こちらもまたリスクが大きい。

 

 その性質上、マンティスの使用中は強制的に両攻撃(フルアタック)の状態になってしまう。

 

 つまり、その間はシールドもグラスホッパーも使えないのだ。

 

 マンティス開発者である影浦はそれをサイドエフェクトによる攻撃感知と体捌きで補っていたが、同じ回避主体でも七海の回避能力はその機動力に依る所が大きい。

 

 影浦は相手の攻撃をすり抜ける形で肉薄し、攻撃を行うが、七海の基本戦法はヒット&アウェイだ。

 

 常に居場所を移動し、高機動で相手を翻弄する事で、攻撃を回避する。

 

 それが、七海の回避能力の真骨頂だ。

 

 一撃離脱が基本の戦法である以上、一気に距離を稼げるグラスホッパーが使用不能になるのは明確な痛手だ。

 

 七海がマンティスを使うとしても、そう濫用出来る筈もない。

 

 影浦と七海とでは、バトルスタイルは似ているようで根本が異なっているからだ。

 

 影浦は、サイドエフェクトと卓越した体捌きを活かした単騎特攻で相手を仕留める為の戦いを得意とし。

 

 七海は自ら斬り込んで機動力で攪乱する事で、相手の隙を生み出し仲間に獲らせる戦いを得意とする。

 

 戦術目的の根本が違う以上、マンティスは七海にとっての最適解には成り得ない。

 

 あくまで、戦術の一つとして組み込むだけに留まるだろう。

 

 故に、この場での奥寺は七海にとっては難敵だ。

 

 ダメージらしいダメージを受けていない奥寺と、満身創痍に近い七海。

 

 流石にこの状況では、七海といえど厳しいと言わざるを得なかった。

 

「でも、七海には玲の射撃援護があるわ。瓦礫の壁もトマホークで吹き飛ばされたし、奥寺が玲の射撃を掻い潜って七海を仕留められるとは流石に思えないわね」

「確かにな。那須の射撃は、確かにこの状況じゃあこの上なく有利に働く」

 

 だがな、と弓場は告げる。

 

「そんなこたぁ、東さんだって百も承知の筈だ。俺ァあの人が、そのあたりを対策してねェとはとても思えねェな」

 

 

 

 

「小夜ちゃん、奥寺くんの位置情報をお願い。時間はかけてられない。『トマホーク』で吹き飛ばすわ」

『了解です。すぐ送ります』

 

 戦況を把握した那須は、すぐさま小夜子に指示を送る。

 

 此処で、東を逃がすワケにはいかない。

 

 折角、自ら顔を出してくれたのだ。

 

 此処で仕留めなければ、いつまた不意の狙撃を喰らうか分かったものではない。

 

 七海のダメージも、既に相当蓄積している。

 

 確かに村上は倒せたが、七海の両腕はその代償として失われた。

 

 心の奥が、ざわつく感じがする。

 

 以前のように我を失う程ではないが、大切な七海を傷付けられた事に、何も思わない筈もない。

 

 しかし、此処で暴走しては前回の二の舞だ。

 

 故に那須はあくまで冷静に、と自分で言い聞かせ、東を脳内で蜂の巣にする光景をイメージする事で無理やり留飲を下げた。

 

 今最優先すべきは、奥寺の排除。

 

 最短最速で奥寺を落とし、東を追撃する。

 

 その為の情報が那須に送信され、那須は合成弾の作成に取り掛かろうとした。

 

 

 

 

「人見。やるぞ」

 

 だが此処に、その目論見を許さぬ者がいる。

 

 その男は、東は、短くオペレーターにそう告げる。

 

『了解しました。ビーコン、起動します』

 

 ────そして、東の策が今此処にその姿を見せた。

 

 

 

 

『これは……っ!?』

 

 通信越しに、小夜子の驚愕の声が聞こえる。

 

 その驚愕の原因は、明らかだった。

 

 MAP全体に、所狭しと無数の東隊の反応が浮かび上がっている。

 

 その数は、MAPを全て埋め尽くさんが如しだ。

 

 幾ら今回のMAPが狭い方だとはいえ、この数はハッキリ言って度を越している。

 

 かなりの量のトリオンを注ぎ込んでいると見て、間違いなかった。

 

「これは、ダミービーコン……っ!?」

『そうです……っ! 間違いありません……っ! 東隊が、ダミービーコンを使って来ました……っ!』

 

 そのトリガーの名は、『ダミービーコン』。

 

 その名の通り、偽の位置情報を発信する囮のトリガーである。

 

 東はこれを、潜伏しながら各所にばら撒いていた。

 

 そして今、それを一斉に起動したワケだ。

 

 この局面で、最大限に活用する為に。

 

『那須先輩、ダミービーコンが各所に起動した所為で、今射撃してもビーコンに当たって標的まで届きません……っ! 今から再計算を行うのも、現実的じゃありません……っ!』

「く……っ! まさかこんな手で射撃を封じて来るなんて……っ!」

 

 那須は思わず、唇を噛んだ。

 

 ダミービーコンは、実体を持ったトリガーである。

 

 手で触れる事も、銃で撃ち落とす事も出来る。

 

 だがそれは同時に、()()()としての役割も果たせるという事を意味している。

 

 先程まで那須の射撃を支えていた観測情報があったとしても、此処まで大量のダミービーコンがある中では射撃を行っても途中でビーコンに当たってしまい標的までは届かない。

 

 むしろ、下手な射撃は那須の位置を相手に教えるようなものだ。

 

 迂闊な行動を見せれば、今度はこちらが追い立てられる側に回ってしまう事だろう。

 

 東の策が、蛇の如き包囲網を食い破る。

 

 戦況は、たった一手でひっくり返ってしまっていた。

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