痛みを識るもの   作:デスイーター

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東隊⑦

「…………」

 

 東は潜伏を続行しながら、油断なくスコープの先を見据えている。

 

 策は打った。

 

 仕込みも済ませた。

 

 後は、相手がどう反応するか。

 

 それだけだ。

 

 相手の行動を予測し、罠を張り、的確な対処を行う。

 

 そして、相手がイレギュラーな対応を取って来た時の為に、ある程度の()()を策の中に持たせておく。

 

 東がやっているのは基本、これだけだ。

 

 万全の策など無い、と東は考えている。

 

 如何に準備を怠らず、如何に完璧な策に見えても、戦場に置いてその策が目論見通りに行く事はむしろ稀だ。

 

 仮想空間で行うランク戦は設定された環境が自動的に変わる事はない為イレギュラーは起き難いが、実際の戦場では気象条件の変化、予想外の乱入者、施設の老朽化による倒壊、等様々な要因が重なって場を搔き乱して来る。

 

 故に、自分の策を信頼し過ぎる事はむしろ危険だ。

 

 大事なのは、万全の準備を行った上で、予想外の状況が起きた場合にどう対処するか。

 

 如何に相手の意識の陥穽を突けるか。

 

 そして、その思惑を超えられた時にどう対応するか。

 

 それが、戦場では肝要である。

 

(さて、どう出る……?)

 

 東は、相手を侮らない。

 

 『ボーダー』随一の戦術家、などと称賛されていても、自分の後に続く者達は常に進化を続けている。

 

 侮る、という思考そのものが間違いだ。

 

 それこそ、今相手をしている『那須隊』は、以前の敗戦を糧により強く、強かになった。

 

 決して、侮って良いような相手ではない。

 

 だが、易々と負けてやるつもりもない。

 

 今後大きな戦いが待っているのだとすれば、自分に出来る事は少しでも大きな()となり、相手の成長を促す事。

 

 故に、容赦はしない。

 

 手を抜く事も、有り得ない。

 

 万端の準備を整え、東は挑戦者を待ち続けていた。

 

 

 

 

(攻めきれない……っ! やっぱり強いな、この人は……っ!)

 

 奥寺はハウンドと旋空を交互に使い分けながら、七海との戦闘を続けていた。

 

 相手は両腕を失い、少なくない量のトリオンを失っている。

 

 幾ら七海がトリオン量が多いとはいえ、あまり時間をかけ過ぎればトリオン漏れによる緊急脱出すら可能性として出て来る筈だ。

 

 なのに、七海の動きには一切焦りが見られなかった。

 

 こちらが時間稼ぎに徹している事を察しながらも、無理に攻めようという姿勢が見られない。

 

 時間を稼いでいるつもりが、稼がされているような錯覚に襲われる。

 

 七海という戦闘者の巧みさを、改めて見せつけられる思いだった。

 

(落ち着け。状況は想定通りなんだ。此処で焦って攻め込めば、それこそ相手の思う壺だ。俺はただ、自分の役割を遂行すれば良い)

 

 そう、何も焦る必要はない。

 

 この状況で、七海が、『那須隊』が取れる選択は限られている。

 

 安全策を取るのであれば、ビーコンのトリオン切れまで待って、那須の射撃で奥寺を仕留めるという選択肢がある。

 

 だが、この選択肢はないだろうと奥寺は考えている。

 

 『那須隊』は、ROUND3で東の()()をその身を以て味遭った。

 

 このROUNDでも、()()()()()()()筈の七海が、東相手には二度の被弾を許している。

 

 その東に、みすみす時間を与えるような真似を彼らがするだろうか?

 

 可能性が無いワケではないが、確率としては低いと奥寺は見ている。

 

 むしろ、その為に東はわざわざ二度も瓦礫越し狙撃などという高等技術をやってのけたのだ。

 

 東は、その存在そのものが相手への一種の()になる。

 

 彼と戦えば戦う程、その底知れなさに二の足を踏み、()()()()()()()()()()()()()()()()という考えが脳裏を過ぎり、思い切った行動を取れなくなる。

 

 そのネームバリュー。音に聞こえる実力も、東にとっては武器の一つだ。

 

 ()()()()()()()というだけで、相手は慎重に、悪く言えば臆病にならざるを得なくなる。

 

 そうやって二の足を踏む相手を横から討ち取るのが、自分達の戦い方だ。

 

 相手の行動を完璧にコントロールする事は出来ないが、相手が()()と思う行動の方向性を誘導してやる事は出来る。

 

 誘導された()()は、致命の罠への出入り口。

 

 その入り口に足を踏み入れた瞬間、東の罠が発動する。

 

 そして、この場合の『那須隊』にとっての、彼等にとっての()()に見える行動は何か。

 

(……っ! 来た……っ!)

 

 ────その()()は、通路の向こうからやって来た。

 

 こちらに向かって来るのは、無数の曲がりくねる光弾────『変化弾(バイパー)』。

 

 ビーコンが未だ起動している以上、その光弾が此処に来ているという事は。

 

 那須が、合流して来た。

 

 それ以外に、考えられなかった。

 

 

 

 

「那須さんを合流させて、速攻で奥寺くんを仕留めて東さんを炙り出す。確かに、一見すると最善の行動に見えるわね」

 

 観戦席で、試合映像を見ていた加古は一人呟く。

 

 東と七海、どちらとも縁故のある彼女は一方に肩入れしたりはしない。

 

 あくまで公平な視点で、客観的な意見を告げる。

 

「────でもそれは、東さんに誘導された()()よ。定石通りの行動でどうにか出来る程、東さんは甘くないわ」

 

 

 

 

「ハウンド……ッ!」

 

 バイパーで狙われた奥寺は、シールドを張りつつハウンドで応戦する。

 

 弾幕同士で打ち消し合う、などという芸当は出来ないが、撃たれっぱなしになるよりはマシだ。

 

 そう判断した奥寺は、後ろに引きつつ牽制のハウンドを放つ。

 

「────」

 

 だが、こと射手トリガーの扱いで本職の射手に敵う筈もない。

 

 奥寺がハウンドを習得したのは、つい最近だ。

 

 習得したばかりにしては使いこなしている方だと言えるが、それでも射撃トリガーのエキスパートたる那須の熟練度には遠く及ばない。

 

 壁伝いに跳躍して来た那須は無数のトリオンキューブを従えながら、奥寺に接近。

 

 奥寺の射程ギリギリを見極め、射程重視にチューニングしたバイパーを放つ。

 

「く……っ!」

 

 360℃、その全てをバイパーの弾幕で囲まれた奥寺は止むを得ず両防御(フルガード)でシールドを展開。

 

 那須の包囲射撃、『鳥籠』を防御する。

 

「────」

 

 だが、それは足を止める事と同義。

 

 そんな隙を、七海が見逃す筈もない。

 

 七海は音もなく奥寺に接近し、左足で蹴りを放つ。

 

 無論、その足先からはブレードが、スコーピオンが伸びている。

 

 全方位から襲い来るバイパーを防御する為、奥寺のシールドは今薄く広く広げられている。

 

 勢いのついたスコーピオンの一撃であれば、容易く割られてしまうだろう。

 

 逃げようにも、今も尚那須はバイパーを射出し続けている。

 

 完全にこの場で奥寺を固め、七海の一撃で刈り取る構えだ。

 

 奥寺には、最早回避も防御も許されていない。

 

 変幻自在の弾幕を張れる那須と、機動力に特化したスピードアタッカーの七海。

 

 二人に組んで攻め込まれれば、こうなるのは当たり前だ。

 

 奥寺一人では、この二人の相手は務まらない。

 

 

 

 

『東さん……っ!』

 

 ────本当に、奥寺一人であったのならば。

 

 通信越しに響いた部下の声に、東は短く「了解」と告げる。

 

 そして、その一撃は放たれた。

 

 

 

 

「……っ!」

 

 奥寺を仕留めんとする七海の眼前に、通路の先から弾丸が飛来する。

 

 だが、先程と違いその弾丸の軌道は()()()いる。

 

 今からでも、回避は可能。

 

 だが。

 

 だが。

 

 此処で七海が弾丸を避ければ、この弾丸は後ろにいる那須へと直撃する。

 

 丁度、弾丸の位置は七海の身体で隠れて那須には見えていない。

 

 恐らく、そういう軌道を狙って撃って来たのだろう。

 

 この弾丸の意味は、明らかだ。

 

 ────那須に当てたくなければ、自ら弾丸を受けろ。

 

 この弾丸は、そう如実に訴えていた。

 

 現在、那須は奥寺の固める為に両攻撃(フルアタック)の状態だ。

 

 シールドを張る事も、間に合いそうにない。

 

 なにより、()()()()()()()という状況を、七海が容認する筈がない。

 

 故に、致命。

 

 この弾丸は、確実に七海の身体を貫く。

 

「玲」

「了解」

 

 ────七海と那須が、以前のままであったのならば。

 

 七海は迷う事なく、飛来した弾丸を()()()

 

 そして、七海の動きに呼応するように那須の身体が反転し、紙一重でその弾丸を回避する。

 

 致命の筈の弾丸は、二人の身には届かなかった。

 

 

 

 

「以前までの七海先輩であれば、那須先輩が()()()()()()()()()()()()()()庇っていたでしょうね」

 

 小夜子は、作戦室で一人呟く。

 

 隣に座る熊谷も、感慨深げに試合の映像を見守っている。

 

「どんな状況でも、那須さんを庇ってしまう────それが七海先輩の最大の弱みだったのは、間違いありません」

 

 でも、と小夜子は呟く。

 

「あの二人は、もう以前までと違ってきちんとお互いが見えています。だから不必要なまでに過度な庇護や、相手に追従するだけの関係は終わりました。今の二人は、きちんとお互いを信じて共に戦っています」

 

 小夜子はそこまで言うと笑みを浮かべ、告げる。

 

「────以前と同じ手は、通用しません。此処から、()()をかけさせて貰いますよ」

 

 

 

 

「見つけた」

 

 弾丸を回避した那須は、その身に無数のトリオンキューブを纏いながら疾駆する。

 

 狙うは、通路の先の瓦礫の裏に垣間見えるバッグワームを着た人影。

 

 狙撃トリガーは、速射を可能とするライトニングを除き一度撃てば再装填(リロード)まで時間がかかる。

 

 故に、居場所が割れ接近された狙撃手に抵抗する手段はない。

 

 今こそが、千載一遇の好機。

 

 東を仕留めるには、今しかない。

 

 那須は有りっ丈の弾丸を、その人影に向けて叩き込んだ。

 

 

 

 

「確かに。弱点はなくなったようね」

 

 試合を見ていた加古は、薄く笑みを浮かべる。

 

 それは称賛のようでもあり────何処か、憐憫のようでもあった。

 

「でも、弱みをなくした()()じゃ────東さんは、落とせないわよ?」

 

 

 

 

「な……っ!?」

 

 ────そこで、気付いた。

 

 那須が弾丸を叩き込んだ、バッグワームを着た人影。

 

 それは東春秋────────ではない。

 

 弾丸に貫かれたバッグワームの下から出てきたのは、無数の黒い球体。

 

 ダミービーコンと呼ばれる、オプショントリガーだ。

 

 ある程度自由に動かせるそれを用いてバッグワームを()()()、それを()として用いたのだ。

 

「しま……ッ!」

 

 だが遅い。

 

 気付いた時には、既に手遅れ。

 

 那須の前方より飛来した弾丸が、的確に彼女の胴を吹き飛ばした。

 

「く……っ!」

『警告。トリオン漏出甚大』

 

 『アイビス』の狙撃をまともに喰らった那須は、既に致命傷。

 

 視線の先には、バッグワームを脱ぎ捨てアイビスを構えた東の姿。

 

 弾丸で胴の真ん中を吹き飛ばされ、脱落が決まった那須は────笑みを、浮かべた。

 

「────喰らいなさい」

 

 そして、少女の足掻きは形となる。

 

 残ったトリオンを搔き集めて射出された、最後の光弾。

 

 それが、今度こそその姿を晒した東へと殺到する。

 

 このタイミングなら、回避は出来ない。

 

 待ち望んだタイミングでの、最後の一射(ラストシューティング)

 

 最初から、犠牲なしで東を仕留められるとは思っていない。

 

 相打ちになってでも、東を討ち取る。

 

 それさえ出来れば、こちらの勝ちだ。

 

「させない……っ!」

「……っ!」

 

 だが、それに待ったをかける者がいた。

 

 その者は、奥寺は、グラスホッパーを用いて東の眼前に移動。

 

 シールドを用いて、文字通り東の盾となる。

 

 バイパーは、威力自体は低い弾丸だ。

 

 通常のシールドでも、一点に集中されない限りは防ぎ切れる。

 

「甘いわ」

「が……っ!?」

 

 ────その弾丸が本当に、バイパーであったのならば。

 

 放たれた弾丸の名は、『通常弾(アステロイド)』。

 

 特殊な効果を持たない代わりに、()()()()()()()弾丸である。

 

 『威力特化の弾丸(アステロイド)』は容易く奥寺のシールドを突き破り、直撃。

 

 全身に風穴を空けられ、奥寺は致命。

 

『戦闘体活動限界────』

『────緊急脱出』

 

 奇しくも、同時。

 

 奥寺と那須は戦闘体を崩壊させ、光の柱となって戦場から消え去った。

 

「────」

 

 そしてまだ、『那須隊』の刃は折れていない。

 

 七海が、間隙入れず前衛のいなくなった東へと斬り込んだ。

 

 隊長が、大切な者が落ちた直後でも、その刃に陰りはない。

 

 確実にその身に刃を届かせる為、最短最速で東の下へ肉薄する。

 

 機動力では、明らかに七海の方が上。

 

 更に、此処は地下街。

 

 逃げられるような場所もなければ、既に東を守る前衛はいない。

 

 七海はその足にスコーピオンを展開し、東に向かってその刃を振り下ろす。

 

 回避・防御、いずれも不可能。

 

 致命の、一撃。

 

「────」

「……っ!?」

 

 ────その、筈であった。

 

 閃光が、二発。

 

 ライトニングによる狙撃が、七海の両足に被弾した。

 

 撃ったのは、勿論東。

 

 東はあろう事か予めその場に用意していたライトニングを拾い上げ、早撃ちの要領で狙撃を敢行。

 

 至近距離まで迫っていた七海の両足を、射抜いたのだ。

 

 まさしく、早業。

 

 ()()()()()()などという馬鹿げた真似を実現した、東の卓越した技巧あっての立ち回り。

 

 完全に、してやられた。

 

 その事実に、七海は思わず歯噛みする。

 

 弱みは、消した。

 

 対策も、立てた。

 

 しかしそれすら嘲笑うかのように、東は技術でその上を行く。

 

 これが、東春秋。

 

 『始まりの狙撃手』と呼ばれた、百戦錬磨の戦術家なのだ。

 

「…………」

 

 両足を失い、七海の身体は空中に投げ出される。

 

 機動力(あし)すら失いダルマとなった以上、最早七海に抵抗の余地はない。

 

 このまま、トドメの一発で撃ち抜かれて終わりだろう。

 

 東がアイビスを構え、照準を合わせる。

 

 『大型狙撃銃(アイビス)』の武骨な銃口が、七海の身体に向けられた。

 

 東の指が、引き金にかかる。

 

 その、刹那。

 

「────ッ!!」

「……っ!」

 

 ────七海の足の断面から伸びたマンティスが、東のその身に牙を剥いた。

 

 だが、致命ではない。

 

 頭狙いの一撃は東が咄嗟に身体を捻った事で躱され、東の肩に突き刺さった。

 

 対して、東の引き金は既に引かれていた。

 

 アイビスの高威力の一撃が、七海の胴体に炸裂。

 

 マンティスを使う為にシールドを張る事すら放棄していた七海に、その一撃を防ぐことは能わず。

 

 明確な致命傷が、七海の身体に穿たれた。

 

 最後の一矢すら、報いる事は出来ず。

 

 七海は、落ちる。

 

 それは、無為にか。

 

 ────否。

 

 彼の想いを、繋げる者がいた。

 

「……っ!?」

 

 『アイビス』によって穿たれた、七海の身体の風穴の向こう。

 

 密着するような至近距離に、()()はいた。

 

「────」

 

 少女の名は、日浦茜。

 

 今此処に至るまで、一度も姿を見せずに潜伏を続けた『那須隊』の狙撃手。

 

 その胴には、被弾した七海と密着状態でいた代償として致命の大穴が空いている。

 

 だが。

 

 だが。

 

 その指は確かに、『己の愛銃(ライトニング)』の引き金にかかっていた。

 

 今、この瞬間。

 

 東は七海を迎撃したライトニングを早撃ちを実行する為にサブトリガーとして起動し、メイントリガーとしてアイビスを撃ち放った。

 

 ライトニングもまた、万が一の奇襲に備えてオフにはしていない。

 

 つまり。

 

 今この瞬間(とき)だけは、東の両腕は塞がっている。

 

 アイビスの引き金を引いた、この時だけは。

 

 だからこそ、茜は被弾する事を承知で七海と密着するような場所にテレポーターで転移した。

 

 七海の身体が影になる、東の唯一の死角へと。

 

 恐らく、他の場所に転移していればライトニングの早撃ちで仕留められていただろう。

 

 ただ隠れて狙撃するだけでは、通用しなかったに違いあるまい。

 

 故に、茜が選んだのは捨て身の一射。

 

 致命の被弾を覚悟して、東の最初にして最後の、唯一の隙を突く。

 

 それが、茜の────『那須隊』の、答え。

 

「…………」

「────ッ!」

 

 ────そして、閃光の一撃(ライトニング)が放たれる。

 

 茜の手によって放たれた最後の一射(ラストスナイプ)は、東の額を穿ち貫く。

 

 その一撃を、東は笑みを以て受け入れた。

 

 その顔に浮かぶのは、自分の想定を捨て身で超えて見せた者達への称賛。

 

『『戦闘体活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)』』

 

 全くの同時、茜と東の戦闘体が崩壊する。

 

 罅割れ消えていく、二人の狙撃手。

 

 双方の顔には、晴れやかな笑みが浮かんでいた。

 

 こうして、決着は成る。

 

 『那須隊』は文字通りその()()を用いて、東の打倒に成功した。


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