痛みを識るもの   作:デスイーター

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総評、第五戦

「此処で決着~……っ! 『那須隊』、決死の連携攻撃を以てあの東隊長を討ち取ったぁ……っ!!」

「よし……っ!」

「────やるじゃねェか、あいつ等ァ」

 

 その結末を垣間見て国近の声は昂揚し、小南は素直に喜色を表現し、弓場は目を見開いて笑みを浮かべている。

 

 会場に集う全ての面々が、息を呑んでいた。

 

 生存者なしによる決着、という結末の特異性も勿論ある。

 

 だが、それ以上に────あの東が落とされたという事に、誰もが瞠目していた。

 

 東は今期の試合では、これまで一度も落ちた事がなかった。

 

 あの二宮や影浦相手でも、それを成し遂げていたのが東という男である。

 

 しかし今回、その前提は覆された。

 

 生存者が誰一人いない為、どのチームにも生存点は入らない。

 

 だが、同じ生存点なしでもこれまで東が戦った試合とはその内実が大きく異なる。

 

 東が落とされた、という事はそれ程大きな出来事なのだから。

 

「さてさて、今回は全員脱落で生存点はなし。各隊の獲得ポイントはこの通りだよ~」

 

 『那須隊』6Pt

 『東隊』3Pt

 『鈴鳴第一』1Pt

 

 国近の機器操作で、画面に各隊の加算ポイントが表示される。

 

 『鈴鳴第一』の1Ptは村上が熊谷を落とした分、『東隊』の3Ptは東が『那須隊』を壊滅させた分、『那須隊』の6Ptは他のチームの隊員全員を落とした分のポイントである。

 

 生存点こそ取れなかったが、東を落とせた事も含め大金星と言って良い。

 

 この試合の勝者は、間違いなく『那須隊』と言えるだろう。

 

「しかし、ホントよくやったわ七海達。まさか、あの東さんを落としちゃうなんてね」

「あぁ、値千金の活躍と言って間違いねェだろうなァ。ったく、こんな大金星あげちまうたァ俺等もうかうかしてられねェなァ」

 

 弓場はそう呟き、好戦的な笑みを浮かべる。

 

 目の前でこんな熱い勝負を繰り広げられて、燃えないような漢ではない。

 

 その眼鏡の奥の瞳にはメラメラと、凄絶な闘気が燃え盛っている。

 

 完全に、火が点いてしまった格好だ。

 

 熱い闘魂(ソウル)が抑えきれないと、その表情は如実に表していた。

 

「ほらほら、まだ総評が残ってるからね~。熱くなっちゃったのは分かるけど、お仕事はちゃんとね~」

「…………おゥ、悪ィな。ちィと熱くなっちまった」

 

 そんな弓場の闘気(オーラ)にも臆さず、国近がちゃっかりと釘を刺す。

 

 横から水を差された弓場は少々ばつの悪い表情をしながら、背もたれに身体を預けた。

 

 元々、生真面目が絵になったような漢である。

 

 自分の仕事を疎かにする事など、彼の性根(タチ)ではない。

 

 やるべき事は全力で、それが弓場のスタンスなのだから。

 

「じゃ、総評に移るねー。最初は、MAPを選択した鈴鳴からが良いかな?」

「そうだな、それが一番分かり易いだろーぜ」

 

 弓場はコホン、と咳払いをすると総評に入った。

 

「『鈴鳴第一』は来馬サンの両攻撃(フルアタック)っつぅ新戦術を効果的に活用する為、『市街地E』のMAPを選択した。全員を地下に向かわせて、閉所での戦いを強要する。その戦術自体は、上手く行ってたと言って良い」

「そうね。狭いトコでの戦いだった所為で七海と玲の機動力が上手く活かし切れなかったし、そういう意味ではこのMAPを選んだのは間違いじゃなかったと思うわ」

 

 二人の言う通り、鈴鳴が今回『市街地E』という特殊なMAPを選んだのは、東や茜の狙撃をやり難くする事も重要だが、なにより七海と那須の機動力封じという面が大きかった。

 

 事実、二人はいつもの一撃離脱戦法が使用し難かった事でかなりその動きを制限されていた。

 

 屋外であれば牽制に一撃撃ち込んで、状況を見て即離脱という戦法が使用出来る

 

 しかし、狭い地下街ではそのような動きは難しく、結果として『那須隊』の動きは著しく制限されていたと言って良い。

 

 閉所であるからこそ来馬の両攻撃(フルアタック)戦法も活きたのであるし、そういう意味では『鈴鳴第一』のMAP選択は間違ってはいなかった。

 

「…………だが、『鈴鳴』は結局1点止まりだったってェのはきちんと受け止めるべきだろうぜ。東サンの横槍にも対応して見せたのは大したモンだが、咄嗟の機転は『那須隊』の方が上だったってェ事だ。村上の技量にゃあ、目を見張ったがな」

「というか片腕片足なくした状態であれだけ動ける時点で、大したものよね。すっごいまあまあだったって褒めたげるわ」

 

 えへん、と何処か偉そうな表情で村上を称賛する小南。

 

 言葉選びが大分あれだが、これでも小南としては最上級に近い賛辞を贈ったつもりなのだ。

 

 …………まあ、()()()()()()()()()()()()()などと聞かれた場合、即答で「自分」と答えるであろう事は想像に難くない。

 

 小南の負けず嫌いな性格は誰しもが知るところなので、今更突っ込む者は誰もいない。

 

 観戦席では烏丸が人知れず溜め息を吐いていたが、見なかった事にした方が良いだろう。

 

「村上は勿論だが、来馬サンの両攻撃(フルアタック)は中々のモンだったし、太一の『エスクード』での封鎖も悪くはなかった。全体的に、よくやってたっつっても良いだろーな」

 

 だが、と、弓場は続ける。

 

「ちィと、那須さんに対する見込みが甘かったのは否定できねェーな。近付いてきた時点で仕留めれば良いとでも考えてたんだろーが、その思惑の上を行かれたワケだからなァ」

「まさか、地下街全体をリアルタイムでマッピングして遠距離からの射撃を敢行する、とは思ってなかったみたいだしねー。まだちょっと、想定外の状況への対処が足りないかなーって」

「ま、それでも上達はしてるしこれから次第じゃない? 鋼さんを上手く活かせればもっと伸び代はありそうだし、今後にも期待出来ると思うわよ」

 

 

 

 

「小南さんの言う通りだ。僕達は、もっと上に行けるよ」

 

 『鈴鳴第一』の作戦室で、来馬は告げる。

 

 その顔には、不安や懸念は浮かんでいない。

 

 ただ、前だけを見る。

 

 その意思が、しっかりと込められていた。

 

「そうっすよ……っ! 今回俺、一度も撃たずに負けちゃったけど、狙撃が難しいMAPでもやれる事はあるって知る良い機会になりましたし……っ!」

「はい、今回はしてやられましたが次は負けません。必ず、勝ちに繋げてみせます」

 

 

 そんな来馬の意思を太一と村上は肯定し、力強く頷く。

 

 今回で二度、『那須隊』には敗北している。

 

 だが、その敗北は着実に彼等の糧となっている。

 

 村上のサイドエフェクト、それだけの話ではない。

 

 隊の全員が、勝利に向かって歩みを一切止めようとしていない。

 

 故に、このチームは強くなる。

 

 七海達が、『那須隊』でそうであったように。

 

 一戦一戦、着実に力を付けて上へと駆け上がっていく筈だ。

 

「ああ、今期で『那須隊』ともう一度戦う機会があるかどうかまでは分からないけど、どのチームが相手でも僕達は負けない。その意気で行こう」

「「はいっ!」」

 

 来馬の声に、二人はもう一度力強く頷いた。

 

 『鈴鳴第一』は、二度目の敗戦を経て更なる躍進を遂げようとしている。

 

 それが、彼等の強さ。

 

 来馬を隊長として慕う者達の、絆の力である。

 

 

 

 

「次は『東隊』かな~。今回は珍しく、奥寺くんと小荒井くんが合流出来てなかったよね~?」

「そうだな。今回、それがかなり大きかったって言って良いと思うぜ。まあ、合流が難しいMAPだったって事もあるだろうがな」

 

 確かに弓場の言う通り、今回のMAPは主に狭く複雑な通路が行き交う地下街で戦う事になる為、転送場所が離れてしまえば容易には合流出来ない。

 

 事実、正反対の場所に転送された小荒井と奥寺は合流出来なかった。

 

 地上で合流するという手もあるにはあるが、今回は全ての部隊に狙撃手が在籍している。

 

 射線が通りまくる地上で合流を目指すのは、リスクが大きい。

 

 堅実を旨とする『東隊』の二人としては、まず取れない方法であっただろう。

 

「合流出来れば幾らでもやりようがあったと思うけど、それは他の隊も分かってたでしょうからね。だからこそ、鋼さんと七海で小荒井を挟み撃ちにしたワケだし」

「そうだな。小荒井と奥寺は確かに二人で組めば上位の連中をも食いかねねェが、逆に言やァ1対1(サシ)でやりゃあそこまで脅威にゃならねェ。小荒井の命運は、七海と鋼に挟まれた時点で尽きてた」

 

 だが、と弓場は不敵な笑みを浮かべる。

 

「────小荒井は、ただじゃあやられなかった。2対1、しかもエース二人相手だっつうのに新しく用意して来た『射撃トリガー(ハウンド)』を使って、東サンが狙撃する隙を作りやがった。結局は落とされたが、良い(タマ)の使い方だったと思うぜ」

「…………まあ、『ハウンド』の着弾と狙撃のタイミングを合わせるとか、相変わらずおかしな真似をしてたんだけどねその東さんは。ホント、あの人色々おかしいわよ」

 

 弓場の称賛の言葉に、小南はそう言って溜息を吐いた。

 

 まさか、『ハウンド』と全く同時に『アイビス』を着弾させる事で七海のサイドエフェクトを潜り抜ける、なんて手法を取って来るとは小南としてみても思ってもみなかったからだ。

 

 発想もそうだが、それが平然と出来る事自体がまずおかしい。

 

 射撃トリガーと同時に攻撃するだけならまだしも、同じ地点に全く同一のタイミングで弾丸を撃ち込むなど、まさに狂気の沙汰だ。

 

 そんな変態的な技術を扱えるのは、『ボーダー』の中でも一握りだろう。

 

 …………逆に言えば、一握りはそういう連中がいるあたり、『ボーダー』の組織の狙撃手連中の変態度が分かるのだが。

 

 凄い、というより変態的、という言葉が出て来る時点で察して知るべしである。

 

「その後も、ヤバかったわよね。二度目の瓦礫越しの狙撃で、七海の腕と鋼さんの足を奪ったし。回避に長けた七海と防御に長けた村上をピンポイントで部位狙撃出来るあたり、なんなのあの人」

「二人が避けられねェタイミングを、ずっと待ってたんだろうなァ。普通に撃ったんじゃ七海にゃ避けられるし、村上にゃあ『レイガスト』で防がれる。だからこそ、七海の攻撃と鋼が『レイガスト』を手放したタイミングを狙って撃ったんだろうぜ」

 

 そう、七海にはサイドエフェクトによる高度な回避能力が、村上には『レイガスト』による堅牢な防御がある。

 

 普通に狙撃したとしても、当てられる可能性は低い。

 

 だからこそ東は七海の攻撃の硬直、そして村上が『レイガスト(守備)』から『孤月(攻撃)』に切り替えたタイミングを狙ったのだ。

 

 七海がブレードを完全に振り抜き、村上がそれを迎撃したまさにその瞬間。

 

 東の一射は、的確に二人の身体を貫いたのだ。

 

 これもまた、東の高い技巧の成せる業。

 

 変態的な狙撃技術の、一環である。

 

「ホント、マジヤバいわあの人。最後、『那須隊』との一騎打ちになった時もそうだったし。なんで近付かれた狙撃手が、あの状態から点を取れるのよ?」

「狙撃手は普通、寄られたら終わりだからねー。他ならぬ東さんも、常日頃からそう言ってるみたいだよ~?」

「当人が、その常識をかなぐり捨ててやがるけどなァ」

 

 三人は、ひたすら東の技量に驚嘆している。

 

 狙撃手は、寄られれば弱い。

 

 それは東が常に言っている事だし、『ライトニング』以外の狙撃銃が再装填(リロード)を必要とする以上接近された時点で狙撃手は基本的に()()だ。

 

 狙撃銃の中で唯一連射が可能な『ライトニング』を持っていたとしても、近距離での撃ち合いで射手や銃手に敵う筈もない。

 

 攻撃手が相手だった場合も、シールド貫通力が無いに等しい『ライトニング』では焼け石に水だ。

 

 通常は、そうなのだ。

 

 だが東は、その常識をひっくり返した。

 

 『ダミービーコン』を活用してバッグワームを囮に仕立て上げ、那須(射手)を迎撃。

 

 続く七海(攻撃手)も、『ライトニング』の早撃ちという絶句するしかない手段で迎撃している。

 

 唯一、東に誤算があったとすれば。

 

 (狙撃手)が、自身の犠牲を顧みずに東を狙いに来た事。

 

 あの一射が、東という牙城を打ち崩した。

 

 それがどれ程の偉業なのかは、最早語るまでもない。

 

「ともあれ、『東隊』は東サンは言うまでもねェが他の二人も順調に仕上がって来てやがる。射撃トリガーを完全にモノに出来たら、あいつ等は化けるだろうぜ」

「そうね。中距離戦、っていう手札が加わるのは大きいわ。二人共、今後に期待って事でいいでしょ」

 

 

 

 

「小南の言う通りだ。二人共、イレギュラーな状況にもよく対応出来ていたと思うぞ」

 

 『東隊』の作戦室で、東はそう言って二人を労った。

 

 それを聞いた小荒井達は、顔を綻ばせる。

 

 他ならぬ、自分の隊の隊長から成長を褒められたのだ。

 

 これが、嬉しくない筈はない。

 

「ありがとうございます……っ! 今度は分断されても合流するまで生き残れるよう、もっと精進するっす……っ!」

「それと、分断された場合の戦術も考える必要があるな。小荒井、ちょっと付き合え。今回の試合を参考に色々考えるぞ」

「おう」

 

 小荒井と奥寺は二人で今日の試合映像を見返しながらあーでもないこーでもないと、議論を交わしている。

 

 すっかり討論に夢中になっている二人を見て、東と人見は顔を綻ばせた。

 

 この二人は、もっと強くなれる。

 

 そう、東達は確信したのだった。

 

 

 

 

「最後は『那須隊』だね~。『那須隊』はもう、なんと言っても村上くんとの一騎打ちと東さん攻略がやばかったね~」

「あァ、どいつもこいつも熱い戦いを見せてくれたじゃあねェか」

 

 『那須隊』の話となり、弓場の口角が自然と吊り上がる。

 

 彼にしてみても、今日の『那須隊』の戦いは充分以上に見応えがあった。

 

 満足気な彼の笑顔が、それを物語っている。

 

「来馬さんの両攻撃(フルアタック)と鋼さんの連携は見事だったけど、それを那須さんの援護で打ち崩したのよね」

「『那須隊』は最初から、あれをやる為に地下街を走り回ってたみたいだからねー。熊谷さんが奥寺くんを逃がした時無理に追わなかったのも、マッピングを優先してたからだろうしね~」

 

 リアルタイムで地下街の構造をマッピングし、それをデータとしてフィードバックして遠距離からの射撃包囲網を完成させる。

 

 それが、今回の『那須隊』の基本方針だった。

 

 その策は見事に決まり、『鈴鳴第一』の連携を崩して太一、来馬を続けて落とし、村上を孤立させた。

 

 そして、村上に七海との一騎打ちを()()()()

 

 この作戦が齎した影響は、計り知れない。

 

「『旋空』で強引に天井を崩落させて、無理やり1対1(タイマン)に持って行った鋼の機転は良かったけどなァ。まさか『マンティス』で決めるたァ、中々粋な真似してくれるじゃねェか七海ィ」

「使い方も巧かったわよね。まあ、自分の腕を容赦なく串刺しにしたのは今でもどうかと思うけど」

「でも意表を突けたのは確かだよねー。覚悟決まってると言うか、迷いが無いのは良い事だよ~」

 

 恐らく、普通に『マンティス』を使ったとしても村上に叩き斬られて終わりだったに違いあるまい。

 

 七海の『マンティス』の習熟度は、影浦には到底届かない。

 

 戦闘スタイルの違いもあるが、熟練度という点では七海はまだまだ『マンティス』を使いこなせたとは言えない。

 

 少なくとも、その開発者である影浦と比べた場合では。

 

 村上は、影浦とも個人戦を幾度もやり合っている。

 

 故に、『マンティス』そのものは村上も見慣れている。

 

 今回村上の不意を打てたのは、既に切り離されたブレードを『もぐら爪』の要領で変化させた、という応用法を用いたからだ。

 

 あの不意打ちが、勝負の決め手となった。

 

 『マンティス』を今の七海が出来る最善の形で活用した、良いやり方と言えるだろう。

 

「後は、那須も最後は上手くやったな。那須と言やァ『バイパー』、もしくは『合成弾』っつう先入観を上手く利用しやがった」

「そうだねー。奥寺くんもまさか、あそこで『アステロイド』が来るとは思ってなかった筈だよー。だからこそシールドは薄く広く広げてあったし、そこを上手く突かれた感じだねー」

 

 二人の言う通り、那須といえば卓越した『バイパー』使いという印象が強い。

 

 シールドは貫くのではなく、迂回する。

 

 それが普段の那須の戦い方であり、奥寺も那須が最後の射撃を敢行した瞬間こう思った筈だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 故に奥寺はシールドを薄く広く展開し、そこを威力特化の弾丸(アステロイド)で射抜かれた。

 

 先入観を上手く利用した、那須の勝利である。

 

「更に言やァ、七海は最後まで動きが良かったな。徹底して()()()()()()()を求めて、やれるこたァ全部やったっつう印象だ。七海のサポートがあったからこそ、那須や日浦が上手く動けたっつっても過言じゃねェな」

「最後『マンティス』を使ったのは、自分に東さんの意識を集中させる為でしょうね。東さんもまさか、日浦さんが七海のすぐ後ろに来てたなんて思ってもみなかったでしょうし」

 

 そう、七海が脱落する直前に『マンティス』を使用した本当の狙いは、自分の背後に来ていた茜の存在を隠す為だ。

 

 最後の一矢として『マンティス』を使ったが故に、東の意識を七海にある程度集中させる事が出来た。

 

 だからこそ、七海と密着状態で転移して来た茜の存在を最後まで隠し通す事が出来たのである。

 

「狙撃手は、言うまでもなく視野が広い。それが東サンとなりゃあ、猶更だ。だが、唯一狙撃の瞬間だけはその視野を一点に凝縮せざるを得なくなる。狙撃体勢に移るまで存在を隠し通しゃあ、気付かれるこたァねェって寸法だな」

「東さんもまさか、自分が狙撃に巻き込まれる事を承知の場所に隠れてるとは思ってなかっただろうからね~。意識の陥穽を突いた、良い手だったと思うよ~?」

 

 笑みを浮かべる国近はそう言って、茜と七海を称賛した。

 

 国近が直接関わっているのは太刀川繋がりで知り合った七海とゲーム仲間の小夜子だけだが、彼女から見ても最後の二人の立ち回りは見事だったと言える。

 

 尚、陥穽という難しい言葉を使っているのは単にゲームに出てきたからであり、彼女が勉強熱心になったワケではない。

 

 彼女は太刀川と同じく、優れた能力と学力がトレードオフしているタチなのだから。

 

「何はともあれ、相打ち状態とはいえ東さんを撃破出来たのは凄かったと思うよ~。もう充分、B級上位レベルと豪語出来るね~」

「そうだなァ。俺等もいつ当たるか分かんねェ以上、気ィ引き締めねェとなあ」

「弓場ちゃんには悪いけど、そん時は七海達が勝つわよ。あいつ等、強いんだから」

 

 ふふん、と贔屓のチームが活躍した事に得意気な小南を見て、弓場は溜め息を吐いた。

 

 経験上、今此処で小南に何かを言った所で逆効果にしかならないのは目に見えている。

 

 迅を通じて小南とも交流のある彼は、彼女の扱い方を心得ていた。

 

 知らぬは当人ばかり、である。

 

「さあ、これで総評終わりっと。これでB級ランク戦、ROUND5は終了だよ~。皆、お疲れ様~」

 

 こうして、ROUND5は終わりを告げた。

 

 皆、少しずつ、しかし着実に前に歩みを進めている。

 

 もう、以前までの彼等ではない。

 

 その事を実感する時は、そう遠くはない筈である。


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