痛みを識るもの   作:デスイーター

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成長という戦果

「はうわぁ~、疲れましたぁ」

 

 『那須隊』作戦室で、茜は大きく息を吐きながらへなへなと座り込む。

 

 茜は、今回東を最後に仕留める為だけに息を殺して隠密に徹し続けた。

 

 そして最後に、被弾を覚悟で────否、被弾を前提として『テレポーター』を使用して七海の背後という狙撃位置に付いたのだ。

 

 その役目故、茜は他の隊員が窮地に陥っても手を出す事は許されなかった。

 

 熊谷が村上に落とされた時も、七海が追い込まれた時も、那須がその身を晒した時も、茜は東を落とすという己の役割を遂行する為、ひたすら身を隠し続けた。

 

 その心労は、相当なものであっただろう。

 

 助けられる位置にいるのに助けない、というのは思った以上に心を苛む。

 

 ましてや、それが大切な仲間であれば猶更だ。

 

 だが、茜はその心痛を乗り越えて見事最後の一射を成功させて見せた。

 

 彼女の偉業は、最大の称賛を以て受け入れられるべきだろう。

 

「お疲れ様、茜ちゃん。よくやってくれたわ」

「よくやったな、茜」

「ああ、見事な一射だった」

 

 『那須隊』の面々は、口々に茜を褒めそやす。

 

 彼女がそれだけの事を成し遂げたのだと、皆が理解している。

 

 だからこそ、称賛は惜しまない。

 

 今回の試合のMVPは、まず間違いなく彼女なのだから。

 

「いえいえ~、それを言うなら七海先輩達も凄かったです~。先輩達が頑張ってくれたから、私があの狙撃を決められたんですから~」

 

 えへへ、と照れ笑いを浮かべながらも茜は正直な感想を口にする。

 

 あの一射は、茜だけで成し遂げられたものではない。

 

 『那須隊』全員の活躍があって、ようやく届いた一射なのだ。

 

 最初から、『那須隊』の()()を以て東を仕留めるのが、今回の試合の最大の狙いだった。

 

 村上と戦っている時に那須が中々援護を行わなかったのはあの時点では未だ姿を見せていなかった太一と来間を警戒したという理由もあるが、那須をあまり消耗させるワケには行かないという理由もあった。

 

 東を仕留める為には、可能な限り万全の状態で挑まなければならない。

 

 だが、隠密能力に優れた東を追い込むまで、全く消耗しないというのはほぼ不可能だ。

 

 だからこそ那須の投入を来間が出て来るまで遅らせ、素早い連携攻撃で来間と太一を落としたのだ。

 

 その後の村上の天井崩しは想定外ではあったが、結果として那須の力を温存する事は出来た。

 

 そしてあの最後の盤面が整った後、那須が主戦場に急行。

 

 射撃を敢行する事で自ら囮となって東を釣り出し、そこから()()の盤面に持って行く事が出来たのだ。

 

 そう、最初から、那須は東に落とされる前提を以てあの場に駆け付けたのだ。

 

 ただの包囲攻撃で落とせる程甘い相手ではない事は、理解していた。

 

 故に、東を落とす為には捨て身の策しか有り得ないと、『那須隊』は結論付けた。

 

 身を守る前提で挑めば、東の策に絡め取られて終わる。

 

 かと言って、我武者羅に攻めて落とせるような相手でもない。

 

 故に、冷静な論理を以て捨て身を前提とした策を実行する。

 

 それが、『那須隊』の結論。

 

 今回花を咲かせた、作戦の大前提である。

 

 結果として見事作戦は成功し、東を仕留めるという快挙を成し遂げた。

 

 既に茜の下には奈良坂が、七海の下には太刀川が、小夜子の下には加古がそれぞれ労いのメッセージを送って来ている。

 

 いずれも東の実力を充分承知している面々であり、だからこそ『那須隊』の快挙を称えたのだろう。

 

 尚、小南は解説で散々褒める事が出来て満足したのか、特に追加の反応はない。

 

 というよりも、今は解説が終わったばかりである為終了後のあれこれで手が離せないだけかもしれない。

 

 やもすれば、手が空き次第『那須隊』作戦室に突貫して来る事も小南なら充分考えられる。

 

「皆お疲れ様ー……っ! やったじゃないアンタ達……ッ!」

「わ……っ!」

「うお……っ!」

 

 そんな事を考えていた為か、本当に小南が作戦室にやって来た。

 

 ノックもせずに扉を開け放ち隊室へ飛び込んで来た小南は、そのまま一息に那須と七海を両腕でがしっと抱き寄せ、二人纏めて思い切り抱擁(ハグ)

 

 ぎゅーっと力強く二人を抱き締め、身体全体で喜びを露わにした。

 

 那須と七海は突然の奇襲で目を白黒させながらも、小南の好きにさせている。

 

 二人共、それなりに小南との付き合いは長いのだ。

 

 彼女のストレートな感情表現には慣れたものだし、これが小南なりの親愛の証であるとも知っている。

 

 トリオン体で抱き締めているので少々痛いくらいだが、それはご愛敬である。

 

「アンタ達、ホントよくやったわ……っ! あの東さんを落としたって、何処もかしこも大騒ぎよっ! あの人が落ちる事なんて、滅多にないんだからね……っ!」

「確かに記録上でも、殆ど落とされた事がないみたいだしな」

「全部隊に集中して狙われでもしない限り、まず落ちないわよあの人。そういう状況でも生き残ったケースもあるし、一つの隊だけで東さんを落とすなんて快挙も快挙だわ」

 

 小南の言う通り、東はランク戦で落とされた事は殆ど無い。

 

 極稀に複数の部隊に集中攻撃された結果相手に相応の損害を与えながら落ちる事もあるが、そのケースでも逃げ切った事もある。

 

 ましてや、今回のように一つの部隊だけで東を落とせたケースなど例がない。

 

 正真正銘の、過去に前例のない偉業と言っても差し支えはないだろう。

 

「茜ちゃんも、ホント良くやったわね。もう、狙撃手としちゃA級クラスと言っても良いんじゃないかしら?」

「いえいえ~、まだまだ奈良坂先輩のようにはいきません。今回は、皆の協力があったからですって」

 

 茜は小南の真っ直ぐな称賛に謙遜するが、小南は半ば呆れたように溜め息を吐く。

 

「何言ってるのよ? 仲間と協力して相手を倒すのは、当たり前の事でしょ? その上であの狙撃は凄かったって褒めてるんだから、もっと自信を持ちなさいよね」

「は、はい」

「そうそう。褒められて当然の事をしたんだから、素直に受け取っておきなさい。謙遜も、やり過ぎは良くないわよ?」

 

 乗り越えた相手に失礼でしょうが、と小南は言う。

 

 確かに、謙遜が悪い事だとは言わない。

 

 だが、試合に置いて相手を下した後も謙遜ばかりを続けていては、むしろ相手への侮辱になる。

 

 戦場に置いては意識を切り替えて覚悟完了する茜であるが、そのあたりの機微には少々疎い。

 

 自分を駒として扱えるのは戦場では有用な資質だが、それに徹し過ぎて礼を欠くような真似は控えるべきである。

 

 ランク戦はあくまで、()()()()である。

 

 倒して終わりの()ならばともかく、ランク戦で戦うのは同じ『ボーダー』の仲間である。

 

 その事はきちんと覚えておいて欲しいと、小南は言う。

 

 大体が東からの受け売りの言葉ではあるが、小南もこれには同意見だ。

 

 戦友との諍いで敵に負けるなど、笑い話にもならないのだから。

 

「あ、そういえば東さんがアンタ達と会いたがってるんだけど、どうする?」

「東さんが……?」

「別に負けた事に対する恨み言じゃないわよ? 自分を倒してのけたアンタ等を労いたいだけだと思うけど、どうする?」

 

 小南の問いかけに、七海は思案する。

 

 七海自身は、特に問題は無い。

 

 後ろを振り返り皆の意思を確認すると、全員が首を縦に振った。

 

「俺達は構いません。何処に向かえば良いですか?」

「焼き肉屋よ、焼き肉屋。東さんが隊員と会うって言ったら、隊室以外じゃそこが定番よ。案内したげるから、付いて来なさい」

 

 

 

 

「よく来てくれたな。此処は俺の奢りだ。遠慮せずに食ってくれ」

 

 市内の焼き肉屋、『寿寿苑』に到着すると笑顔の東が席で七海達を出迎えた。

 

 店内には肉の焼ける香ばしい香りが漂っており、食欲を誘う。

 

 肉の焼ける音がそこかしこから聞こえており、いるだけで腹が減りそうだ。

 

 那須はあまり肉は食べられない旨を伝えているが、此処はアイスやジュース、惣菜なども取り扱っている。

 

 茜も小食の類いだが、那須と違って肉が苦手なワケではない。

 

 結果として『那須隊』の全員が、焼き肉屋という普段行かないような場所に集う事となったワケだ。

 

 ちなみに那須は当然以前影浦の実家(お好み焼き屋)でやらかしたような騒ぎが起きる事を避ける為、例の変装機能が付いたトリオン体でやって来ている。

 

 七海も日常生活用のトリオン体で来ているが、流石に男性恐怖症の小夜子は留守番である。

 

 その事を承知している東は小夜子には事前にお菓子の詰め合わせを送っており、保存食料が増えたと小夜子は喜んでいたが、その様子を見た『那須隊』の面々は後でまた『お料理教室』を開催しなければならないと固く決意した。

 

 能力面では色々と成長した小夜子であるが、出不精なその性質だけは全く変わってはいないのだから。

 

 尚、一緒に来た小南は早速焼いた肉を遠慮なく食べまくっている。

 

 何度も来た事があるのか、肉を注文する姿も慣れたものだ。

 

 花の女子高生の姿としてどうかとは思うが、これもまた小南の持つ愛嬌だろう。

 

 結構早いペースで食べているが、あくまで食べ方は丁寧だ。

 

 がさつに見えて何処となく気品があるあたり、お嬢様学校である星輪女学院に通っているだけはあると言えよう。

 

 そんな小南を横目で見ている内に、小荒井と奥寺が七海の下へやって来た。

 

 二人共不敵な笑みを浮かべつつ、七海相手に啖呵を切る。

 

「七海先輩、どもっす。今回はやられちゃいましたけど、次は負けないっすからね」

「俺も、同じ気持ちです。次は負けません」

「ああ、俺も負けるつもりはない。次も、勝たせて貰うぞ」

 

 小荒井と奥寺からの笑顔の宣戦布告に、七海は同じように笑みを返す。

 

 二人共、敗北の憂いは見られない。

 

 ただ、敗戦を糧に前を向いている事が容易に見て取れた。

 

 今度戦う時があれば、更なる強敵となって立ち塞がって来るだろう。

 

 そう予感させるには充分な、『東隊』の攻撃手達の姿であった。

 

「意気軒昂で何よりだ。肉を焼くのは任せてくれ。お嬢さん方の手は、煩わせないさ」

「いえ、あたしもやりますよ。茜達と違って、そこそこ慣れてるので」

「ああ、余計なお世話だったか?」

 

 いえ、お気遣いありがとうございますと熊谷は東に声をかけながら、運ばれて来た肉をトングを使って焼き始めた。

 

 ジュージューという音と共に肉が焼かれ始め、食欲を誘う匂いが充満する。

 

 肉が苦手な那須は惣菜をぱくぱく食べており、特に不満気な様子はない。

 

 那須や七海は服もトリオン体のものである為、焼き肉の匂いを家まで持ち込む心配もない。

 

 熊谷や茜はそもそもそういった事は気にしない為、遠慮なく焼けた肉を食べている。

 

 七海と那須の食事は、二人に比べれば控えめである。

 

 日常生活用にある程度調整してあるとはいえ、トリオン体のエネルギー吸収効率は100%。

 

 油断してトリオン体のまま食べ過ぎると、太る原因になりかねない。

 

 実際に開発部の寺島などはトリオン体で飲み食いし過ぎた為に太った為、気を付けなければならないだろう。

 

 もっとも、二人のトリオン体は特注品。

 

 飲食の事も考慮してある為、エネルギー吸収効率も可能な限り抑えられている。

 

 特に七海のトリオン体は無痛症の事もある為細心の注意を以て設計されており、多少食べ過ぎた所で健康を害する恐れはない。

 

 それでも生身の身体より吸収効率が高い事に変わりはない為、普段から気を遣っているのは事実ではあるが。

 

「しかし、最後はしてやられたな。まさか、()()()捨て身で来るとは思っていなかった」

「そうでもしないと、貴方を落とす事は出来ないと思いましたからね。恐らく、ああでもしないと無理だったと思います」

「成程な」

 

 東は七海の意見を特に否定せず、そう答えた。

 

 事実、最後の一人に至るまで捨て身で東を狙わなければ、東はそれに対応してのけただろう。

 

 彼という高過ぎる壁を打ち崩す為には、最後の一人に至るまで全員が捨て身になる必要があった。

 

 それは、偽らざる七海達の本音であり、明瞭とした事実でもあった。

 

「他に倒す相手がいないからこそ、取れた手だな。最初から、俺を最後に落とす為に戦術を組み立てていたワケか」

「ご想像にお任せします」

「はは、これは一本取られたな」

 

 東は朗らかな笑みを浮かべ、頭をかいた。

 

 『那須隊』の奮闘には期待していたが、まさかあそこまでとは思っていなかったというのが東の正直な感想だ。

 

 自分を撤退に追い込むくらいはするかもしれない、とまでは思っていたが、まさか隊の全員が捨て身で自分を狙って落としてしまうとは思ってもみなかった。

 

 そういう意味では、『那須隊』の今回の作戦は大成功だったと言えるだろう。

 

 他ならぬ東の裏を、かく事が出来たのだから。

 

 今回、『那須隊』は東を仕留める為に隊の全員を犠牲にしている。

 

 1点を取る為に3点を失った事になるが、恐らく今回東をそこまでして狙ったのは単純なポイントの増減だけが理由ではないと東は察していた。

 

 恐らく、『那須隊』は近い内に訪れる大きな戦いの備えとして、()()()()()()()()()()()()がしたかったのではないかと東は見ている。

 

 その()()()()として東は最適であった為、今回の作戦を実行に移した。

 

 付け加えるなら、『那須隊』と『東隊』の点差を考えて3点与えても問題は無いと見ている可能性もある。

 

 もしくは、タイムアップによる決着が多い『東隊』を敢えて上位に残留させる事で他の部隊のポイントの低迷を狙った線もあるだろう。

 

 わざわざ尋ねるような野暮はしないが、そんな所だろうと東は見ていた。

 

(今回の『那須隊』の飛躍は、目覚ましいな。わざわざ弱みを突いた甲斐があったな、これは)

 

 東は『那須隊』の成長ぶりを見て、薄く微笑んだ。

 

 『ボーダー』全体のレベルアップこそ、東が望む展望だ。

 

 今期のランク戦では『那須隊』が台風の目となり、多くの隊に変革を齎す切っ掛けを作っている。

 

 ROUND1で『那須隊』に敗北した『諏訪隊』と『鈴鳴第一』は自分達の戦術を見詰め直し、『鈴鳴第一』は明確な成長を伴って再び七海達の前に立ち塞がった。

 

 ROUND2の対戦相手だった『柿崎隊』と『荒船隊』は既存の戦術を発展させ、より臨機応変な対応が可能な隊へと変貌した。

 

 ROUND3と今回のROUND5の二度に渡って戦った『東隊(奥寺達)』はより視野が広くなり、東から見ても立派な攻撃手に成長した。

 

 ROUND4で対戦した『香取隊』は心構えそのものを入れ替えたらしくROUND5の試合では目覚ましい戦果を挙げているし、『王子隊』もまた戦術のいやらしさに磨きをかけている。

 

 『影浦隊』もユズルの技の切れが増しているし、『二宮隊』も今回の結果を受けて何かしらの反応を見せる筈だ。

 

 七海達を中心に、『ボーダー』の部隊全体が急激な成長を見せている。

 

 それは東としても、歓迎すべき事柄であった。

 

 特に、大きな戦いが控えている今のような状況であるなら猶更だ。

 

(良い傾向だ。楽観するワケじゃないが、これならきっと乗り越えられるだろう────────俺は俺で、やるべき事をやるだけだな)

 

 東は和やかにテーブルを囲みながら食事する隊員達を見ながら、笑みを浮かべる。

 

 まだ先行きは不透明だが、今の『ボーダー』ならどんな困難でも乗り越えられる。

 

 そんな想いが、胸の奥から湧き上がる。

 

 楽に勝てる、などとは思っていない。

 

 苦境に追い込まれる事も、ある筈だ。

 

 だが、こいつ等と一緒であれば踏破出来る。

 

 そんな予感を感じつつ、東は頼もしい後輩達と和やかな時を過ごしたのであった。


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