痛みを識るもの   作:デスイーター

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七海と玉狛支部

「やああああああ……っ!」

 

 緑の衣装を纏った小柄な少女、小南桐絵が片手斧のトリガー────『双月』を手に斬りかかる。

 

 それを迎え撃つ七海はバックステップでそれを回避し、グラスホッパーを起動。

 

 ジャンプ台トリガーを踏み込み、距離を取る。

 

 それと同時にメテオラを放ち、トリオンキューブが射出される。

 

 地面に着弾したメテオラが爆発し、小南の視界を塞ぐ。

 

 その隙に七海は横に回り込み、手にしたスコーピオンを投擲。

 

 爆発の隙間を縫う形で投擲された短刀型のスコーピオンは────小南の『双月』によって打ち払われ、砕け散る。

 

「甘いのよ……っ!」

「……っ!」

 

 七海の攻撃を押し返した小南はそのまま地を蹴り、距離を詰めて来る。

 

 それに対し、七海はもう片方のスコーピオンを投擲。

 

 同時に再びグラスホッパーを起動し、大きく上へ跳躍する。

 

「こんなの……っ!」

 

 投擲されたスコーピオンは再び双月によって打ち払われるが、七海は更に次の手を繰り出す。

 

 トリオンキューブを精製し、メテオラを撃ち出す。

 

 炸裂弾が、上空から小南へ降り注ぐ。

 

「なら……っ!」

 

 それに対し、小南もまたメテオラを射出。

 

 メテオラ同士が衝突し、中空で大きな爆発が起こる。

 

「────接続器(コネクター)起動(オン)

 

 そして、小南は二つの双月を連結させ、小型の片手斧は大斧へと形を変える。

 

 一気に上空へ跳躍した小南は連結した『双月』を手に、七海に斬りかかる。

 

 この状態の双月は、ボーダーのトリガーの中でも随一の切断力を誇っている。

 

 シールドを張った所で、何の意味も為さない。

 

 そしてそのリーチと小南の卓越した取り回しにより、生半可な回避行動も無意味だ。

 

 現在、二人の真下ではメテオラが起爆している最中だ。

 

 下に逃げる事が出来ない以上、回避軌道は限定される。

 

「……っ!」

 

 だが、七海にはグラスホッパーがある。

 

 確かに大斧の双月とまともに打ち合う事は出来ないが、大型化しただけあって今の双月は至近距離での斬り合いには向いていない。

 

 防御は一切が無意味だが、懐に入りこめれば勝機はある。

 

 そう考えた七海はグラスホッパーを踏み込み、小南の懐に飛び込んで────。

 

「────接続器(コネクター)解除(オフ)

「……っ!?」

 

 ────右腕と片脚から突き出したスコーピオンは、片手斧に戻った双月によって受け止められた。

 

 小南は今の一瞬で大斧となった双月を片手斧の状態に戻し、七海の攻撃を受け止めたのだ。

 

 確かな経験に裏打ちされた手腕による、ハイスピードのトリガー切り替え。

 

 それによって、小南は七海の意表を突いた。

 

「……っ! まず……っ!」

「遅い……っ!」

 

 既に二本のスコーピオンを出し、それを受け止められた七海は現在両攻撃(フルアタック)の状態にあり、新たなトリガーを展開する事は出来ない。

 

 慌ててスコーピオンを破棄して防御行動に移ろうとするが、その隙は小南相手では致命的だった。

 

 双月を持ったまま七海の防御を両腕ごと弾き飛ばした小南は、そのままの勢いで双月を振るい────。

 

「────っ!」

「あ……っ!?」

 

 ────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に接触。

 

 避けようのない超至近距離でメテオラが起爆し、二人は同時にトリオンの爆発に呑み込まれた。

 

 

 

 

「もー……っ!! あそこで相打ち狙いとか、やってくれたわね~~っ!!」

「あのまま負けるよりは、マシかと思いましたので」

 

 対戦が終わり、現実に戻った七海は戦闘体とは違いブラウンの長髪になった髪を揺らした涙目の小南にヘッドロックをかけられていた。

 

 家族ですらない異性相手にしては妙に距離が近いが、小南のパーソナルスペースは割とこんなものだ。

 

 小南はお嬢様学校に通っている所為もあるのか、異性との距離感が少々おかしい所がある。

 

 普通、小南くらいの容姿の少女にこんなに密着されては邪念の一つでも浮かぶのが健全な男子というものだ。

 

 たとえ小南にそんな気が欠片もないにしても、容姿の整った少女に密着されて悪い気がする男などいない。

 

 ドキドキしたり密かに興奮したりするのが、正常な反応である筈だ。

 

 七海が平然としているのは無痛症の影響で性欲が減衰している所為でもあり、彼にとって特別な感情を向ける異性が別にいるという理由もある。

 

 それもなしに小南の過剰とも言えるボディタッチを含むスキンシップを受けて平然としていられるのなら、それは何処か価値観がズレた人間に違いない。

 

 それこそ、何に置いても自分の信念を優先するような、そんな者がいるとすれば小南の行動も健常な身体のまま平然と受け流せるのかもしれない。

 

 ともあれ、七海は現在『ボーダー』支部の一つ、『玉狛支部』にやって来ていた。

 

 『玉狛支部』はあの迅が所属する支部であり、本部とは距離を置いている派閥でもある。

 

 『ボーダー』の主要派閥が()()()()()()()()()()であるのに対し、『玉狛支部』は()()()()()()()とも言うべき独自の思想を持っており、難しい立場にいる。

 

 無論親『近界民』派と言っても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()といったスタイルであり、その方針故か本部未承認の『近界民技術(ネイバーテクノロジー)』を用いた独自のトリガーの開発に成功している。

 

 先程の模擬戦で小南が使った斧型のトリガー『双月』とその連結を可能にしたオプショントリガー『接続器(コネクター)』もその一つであり、本部のランク戦では使用出来ない代物である。

 

 故に現在、小南を含めた『玉狛支部』のチーム、『玉狛第一』はランク戦を一切行っておらず、当然個人ポイントの更新も止まっている。

 

 しかしその上で攻撃手(アタッカー)三位の順位を堅持しているあたり、小南の実力の高さが伺える。

 

 ()()()()()()()()()()()という触れ込みは、伊達ではないのだ。

 

「小南、七海の取った手段は別段間違ったものじゃない。捨て身の戦法である事は否定しないが、実戦では有効な手である事もまた事実だ。ただ負けるのと、相手を道連れにするのではその後に戦う仲間の負担が違って来るからな」

「それに、戦績自体は今の引き分けを除けば7:2で勝ってるじゃないですか。何が不満なんです?」

 

 そんな小南に諭すように語りかけたのは、二人の男性だ。

 

 一人は鍛え上げた肉体を薄手のTシャツに押し込んだ大柄な男であり、名前を木崎(きざき)レイジという。

 

 『玉狛支部』のチーム、『玉狛第一』を率いる隊長であり、『ボーダー』唯一の『完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)』である。

 

 もう一人の長身の男の名は、烏丸京介(からすまきょうすけ)

 

 『玉狛第一』の『万能手』であり、その整ったルックスから『ボーダー』内の女性ファンが多いイケメンである。

 

 二人に諭された小南はう~、と唸りながらそっぽを向いた。

 

「だって、あんな凡ミスみたいなやられ方……っ!」

「七海の執念を甘く見たお前のミスだ。素直に受け入れろ」

「うう~…………分かったわよ、もう……っ! でも、次はこうはいかないんだかんね……っ!」

 

 レイジの追撃で遂に折れた小南はキッ、と七海を睨みつけ、精一杯の啖呵を切った。

 

 その様子を見ていた七海はこくりと頷き、なんとか凝り固まった表情筋を動かして笑みの形を作った。

 

「はい、()()()()()()()から」

 

 その宣言を聞いた小南は喜色とも取れる表情を浮かべ、不敵な笑みを見せた。

 

「上等……っ! じゃあ早速……っ!」

「もう夕飯の時間だ。今度にしろ」

「ううぅ…………はぁい……」

 

 負けず嫌いの小南はすぐにでも模擬戦を再開しようとしたが、流石にレイジから待ったがかかった。

 

 確かに時刻はレイジの言うように17:00近くになっており、夕飯の時間が近い事は確かだ。

 

 小南が渋々納得したのを見届けたレイジは厨房に向かい、夕飯の調理に取り掛かった。

 

 程なくして美味しそうな匂いが漂ってきて、その匂いにつられて小南の機嫌が瞬く間に向上していく。

 

 喜怒哀楽の移り変わりの激しい、いつもの小南らしい様相だった。

 

「ったく、迅はこんな時に限って留守なんだから。幾ら気まずいからって、限度があるわよね」

「…………いえ、そんな……」

 

 小南の矛先が、不意にこの場にいない『玉狛支部』のS級隊員、迅悠一へと切り替わった。

 

 迅は今日、七海が訪れるのを分かっていたかのように「今日は用事があって帰れないから」と連絡を寄越したきり、音信不通となっている。

 

 彼が神出鬼没なのはいつもの事だが、七海が『玉狛支部』を訪れる時は毎回こうなのだ。

 

 いつも何かしら理由を作り、七海と顔を合わせないようにしている。

 

 ()()()()()()()と確信を持つくらいには、迅の七海に対する対応は徹底していた。

 

 それについては小南を初め『玉狛支部』の面々も承知しており、実はその事について小南から迅を問い詰めた事もあった。

 

 はぐらかしは許さない、といった態度で行われた詰問にはレイジと烏丸も居合わせており、三人に囲まれた迅は観念したようにこう言った。

 

 ────()()()()、俺とあいつは顔を合わせない方がいい。俺のサイドエフェクトがそう言ってる────

 

 …………こんな事を言われては、それ以上追及する事は出来なかった。

 

 迅が自分のサイドエフェクトを引き合いに出す時の彼の行動は、己のサイドエフェクト────即ち、『未来視』に基づいたものだからである。

 

 詳細は本人にしか分からないので本当のところはどうか分からないが、迅は()()()()()()()()()()()()()()を垣間見る事が出来るらしい。

 

 確定した未来に関しては数年以上先まで見る事が出来るが、迅の行動によって移り変わる可能性を秘めた()()()()()()に関しては少し先の事までしか見通せないとのことだ。

 

 会った事のない相手の未来は分からないし、以前視認した時と状況が変わっていれば相手を視認する度に未来情報のアップデートがかけられる為、一度姿を見ただけで全ての未来が分かる、という話でもない。

 

 迅はこの未来視の力を、『ボーダー』の────いや、この世界を護る為に行使している。

 

 彼の最優先事項は自身のサイドエフェクトを用いて()()()()()()()()()()()()、もしくは()()()()()()()辿()()()()()()に焦点が置かれており、その為に常日頃から街を徘徊して逐一未来情報のチェックをかけている。

 

 その人生を全て『ボーダー』に捧げた、と言っても過言ではない。

 

 それだけ迅の力は替えの効かないものであり、『ボーダー』での重要度は非常に高い。

 

 迅に匹敵する実力の持ち主ならいないワケではないが、未来視のサイドエフェクトだけは彼だけしか持ち得ない。

 

 いつも飄々として真意を掴ませないようにしているのは、自分の抱えるものを他の者に悟らせないようにする為のポーズなのかもしれなかった。

 

「迅さんは何か考えがあるんでしょうし、これまでも多大な恩があります。理由があるなら後で話してくれるでしょうし、俺は気にしていません」

「そう?それならいいけど…………でも、困った事があったらいつでも言いなさいよ? アンタは玲奈さんの忘れ形見みたいなもんだし、可能な限り融通を効かせてあげるわ」

「…………はい……」

 

 小南の言葉に、七海は思わず彼女の顔を盗み見た。

 

 いつも溌溂としている小南の表情には若干の影が差しており、彼女らしくない暗さを纏っている。

 

 矢張り、彼女もまた七海の姉の事を吹っ切れていないのだろう。

 

 ────七海の姉、七海玲奈(ななみれいな)は今の『ボーダー』が出来上がる前の前身となる組織、いわゆる『旧ボーダー』の一員であり、レイジや小南、迅もまたその組織に属していた。

 

 当然、彼等と七海の姉は旧知の仲であり、玲奈の葬儀の時には全員が参列していた。

 

 中でも小南はわんわんと泣いており、そんな小南を落ち着かせながら迅が七海を────正確には七海の右腕(黒トリガー)を見ていた事を覚えている。

 

 その時の迅の表情は、今にも泣き出しそうなものに見えた。

 

 小南から聞いた話によれば、迅は『旧ボーダー』の中でも特に玲奈との交流が深かったらしい。

 

 二人で共にいる事もしょっちゅうであり、実は七海が家にいない時に彼の家に行った事もあったのだという。

 

 親しい相手がその命を犠牲にしてしまったのだから、その心中が穏やかである筈もない。

 

 ────ごめん、玲奈。俺は、人でなしだ────

 

 以前姉の命日に、玲奈の墓の前に一人で立っていた迅は、確かにそう呟いていた。

 

 同じように墓参りに来ていた七海に気付くと、迅は会釈して一言二言言葉を交わすと去って行った。

 

 その頬に涙の痕があった気がしたのは、気の所為だろうか。

 

 それ以来、迅と姉の墓の前で居合わせる事はなくなった。

 

 しかし彼が持って来たと思われる花は毎年供えられており、恐らく自分と顔を合わせないように時間をズラしているのだろう。

 

 聞いた話だとまだ暗い明け方のうちに墓地に向かう迅の姿を見たという話もあり、それだけ迅にとって玲奈は特別な存在だったのだろう。

 

 だからこそ、小南やレイジも迅に対して決定的な一歩を踏み込めていないのだ。

 

 その辛さは、彼等もまた、味わったものであるだろうから。

 

「そういえば、そろそろランク戦が始まるでしょ? そっちは大丈夫なの?」

「ええ、チームとしての練度はそれなりに仕上げてあります。もう幾つか策も考えてありますし、万全の体制で挑むつもりです」

 

 若干の自信を込めたそう言った七海を見て、小南は軽く笑みを浮かべた。

 

「そう。変なミスとかすんじゃないわよ。アンタが入れば玲の部隊も上位行ける芽が出て来るだろうし、頑張んなさい」

「はい。精一杯やらせて貰うつもりです」

 

 七海の返答を聞き、小南がうんうんと頷く。

 

 小南には、これまで模擬戦で散々鍛えて貰ったのだ。

 

 師匠筋としては太刀川や出水、影浦がいるが、同じ相手とばかり戦っていては変な癖が付きかねない。

 

 だからこうやって時たま模擬戦の相手をしてくれる小南は、七海にとって重要な存在である。

 

 練習相手の全員が総じて高いレベルの実力を持っている事もあり、七海の腕前もガンガン上がっていた。

 

 流石に師匠筋の人々や小南相手には負け越す事が常であるが、それでも良い経験をさせて貰っている事に変わりはない。

 

 それに、この『玉狛支部』であれば秘密の特訓をしても本部の者達に情報が漏れる事はない。

 

 チーム同士で鎬を削るランク戦で優位を取る為には、情報戦は必須だ。

 

 そういう意味でも、此処は得難い場所と言えるだろう。

 

「おい、出来たぞ。七海も食べて行け」

「……はい、ご馳走になります」

「わ、美味しそう」

 

 レイジはクリームシチューと肉肉肉野菜炒め、ご飯を次々と並べて行き、美味しそうな香りが漂って来る。

 

 食べ始めると七海のものにだけ濃い目の味付けがしてあるようで、ほんのりした風味が口の中に広がった。

 

 影浦の作ってくれる七海専用お好み焼き程極端ではないものの、七海に食事をしている雰囲気を味遭って貰う為には充分なものと言えた。

 

 これが、『玉狛支部』。

 

 アットホームな空気の漂う、暖かな家庭のような場所だった。




 明日は更新出来ませんが明後日は更新可能です。

 そろそろランク戦が近付いて来たな。こうご期待。

 評価、感想よろしくお願いします。

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