痛みを識るもの   作:デスイーター

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称賛と団欒と決意と

「お疲れ様でした。ご馳走様です」

「ああ、気を付けて帰れよ」

 

 七海が焼き肉屋の前で東に一礼すると、東はそう言って七海達を見送った。

 

 那須隊の面々は熊谷を除いて小食な者が多い為そこまで多くは食べてはいないが、普段来る事のない焼き肉は良い思い出になったと言える。

 

 隊の中で唯一肉類を好む熊谷は普段は那須達に遠慮しているものの、今回のように旨い肉を大っぴらに食べられる機会は得難いものであったらしい。

 

 ほくほく顔で焼いた肉を食べていたのが、印象的であった。

 

 熊谷は姉御肌のイメージが強いが、これでも花の女子高生。

 

 なんだかんだ、外聞というものは気にするのである。

 

 東の招待というお膳立ては、そういった外聞を気にせず肉を食べられる良い機会になったようだ。

 

 思いがけず、普段から心労をかけている熊谷を労う事が出来て七海達としても不満はない。

 

 女子隊員が大部分を占める那須隊だけで焼き肉に行くのはハードルが高いが、影浦の実家に行った時に肉多めのお好み焼きを注文するくらいはやってもいいかもしれないと、七海は思案していたのであった。

 

「あら、奇遇ね」

「加古さん……」

 

 そんな折、七海達の前に現れたのは外行きの恰好をしている加古であった。

 

 シックな装いのコーディネートは一見するとどこぞのセレブのようだが、加古はあくまで一般家庭の出身であり女優でもなんでもない。

 

 しかし本人が並外れた美貌の持ち主で、自信満々の態度を崩さない為下手なモデルよりよっぽどセレブオーラに満ち溢れていた。

 

 つくづく、ボーダー女子には美形が多いものであると七海は思った。

 

 勿論、那須も含めてであるが。

 

「寿寿苑の方から来たって事は、東さんに誘われたのかしら? あの人、誰かを労う時は決まってあそこだしね」

「ええ、ご招待を受けてご馳走に預かって来ました」

「ふふ、東さんとしても嬉しかったんでしょうね。自分を落とせる程の成長を、貴方達が見せたんだから。ホント、ROUND3の時とは別物と言って良いくらいよ」

 

 加古の言葉には、確かな称賛があった。

 

 過去に旧東隊に所属していた彼女からしてみても、東を一つの隊だけで落とした七海達の戦果は偉業そのものだ。

 

 たとえ過去に東に薫陶を受けた加古であろうと、自分の隊だけで東を落とせるかと聞かれれば────────少なくとも、即答は出来ないだろう。

 

 自分の隊の実力に、自信がないワケではない。

 

 だが、東にとって加古はかつての教え子であり────つまり、手の内や思考傾向を知っている。

 

 生半可な作戦は、通用しないと思った方が良いだろう。

 

 少なくとも、隠密に徹した東を撤退に追い込むのではなく落とすとなれば、加古といえど成功する可能性は低い。

 

 よほど条件が良ければ少しはチャンスがあるか、といった所である。

 

 そんな低い確率に賭けるくらいであれば、他のチームと共闘の姿勢を見せるか、東を撤退まで追い込む方がよほど効率的だ。

 

 加古はチャンスを逃す気はないが、リスクヘッジをきちんと考慮して動くだけの柔軟性は持ち合わせている。

 

 彼女自身の気質は攻めに寄ったものであるものの、その時その場で最適な判断を下すだけの資質は備えている。

 

 隊長として動くのならば、東を落とす一点に拘るよりも東を撤退に追い込んでの生存点を狙う方向性に舵を切る筈だ。

 

 そういう意味で、今回の那須隊は東を落とす事に拘り過ぎた、と言えなくもない。

 

 恐らく、ビーコンのトリオン切れまで時間を稼いだ場合、東はそのまま雲隠れしてタイムアップを狙うか、場合によっては撤退を選んだだろう。

 

 そちらの方がリスクは少ないし、東隊に三点を取られる事もなかったかもしれない。

 

 だが、今回の戦果はそういったポイントの単純な差し引き以上の価値がある。

 

 東という難攻不落の相手を落とせた、という経験は確実に那須隊の糧となる。

 

 近い将来大きな戦いが控えている現状を鑑みれば、非常に得難い戦果であった事は言うまでもない。

 

 加古はそこまで考慮して、那須隊を労ったのだ。

 

 今回の戦果の大きさは、ある意味では彼女が一番理解しているのだから。

 

「皆、驚いてたわよー? 二宮くんなんか、凄かったんだから。貴方達にも見せてあげたかったわね。あの顔」

「二宮さん、ですか……」

「そうそう。偶然同じ場所で観戦してたんだけどね~。東さんが落とされた時なんか、信じられない、って目で見てたんだから。普段が普段なだけに、見応えがあったわよあれ」

 

 驚いた二宮の表情が上手く想像出来ず困惑する七海だが、加古はあれこれと身振り手振りでその時の様子を伝えて来る。

 

 加古の事だから割と大袈裟に言っているのだろうが、二宮には天然の気がありそうなのは以前の接触で感じていた。

 

 或いは、とも思うがそれ以上深く考えるのは精神衛生上よろしくないので七海はそこで思考を打ち切った。

 

 触らぬ神に祟りなし、ならぬ触れない二宮に異常なし、である。

 

「三輪くんも、すっごい驚いてたんだから~。隣でへんてこな顔してる、二宮くんが目に入らないくらいね~」

「そうですか。あの人も……」

 

 以前隊長会議の後で出会った三輪の事を思い出す七海だが、正直心情としては複雑だ。

 

 三輪は恐らく、同じような境遇の七海を自分自身と重ねて見ていたのだろう。

 

 更に言えば七海は三輪の嫌う迅と親しい間柄であった為、どう対応していいか分からずに思わず喧嘩腰になった、というのがあの時の流れだ。

 

 七海としてはこちらから干渉する必要性は感じていないが、今後何かしらのアクションがないとも限らない。

 

 確かに三輪とは()()()()()という共通点があるが、ある意味ではそれだけだ。

 

 妙な仲間意識を持たれてもどう反応していいか困るし、何より迅に負担をかける三輪にはそこまで良い印象は持っていない。

 

 無論それを表に出したりはしないが、多大な恩義のある迅を一方的に敵視する三輪に良い感情を抱けないのは七海としては当然の帰結だ。

 

 ただでさえ普段から尋常ではない心労を抱える迅に余計な負担をかけて欲しくはない、というのが七海の正直な想いであるのだから。

 

 あの屋上でのやり取りで改めて理解したが、迅は過度に自罰的な傾向がある。

 

 やもすれば、その傾向は七海より重症だ。

 

 未来視のサイドエフェクト(人とは違う特別な力)を持つが故なのか、迅はなんでもかんでも自分で背負い込もうとする悪癖がある。

 

 迅は、決して責任を他人に求めようとはしない。

 

 それは、人とは違う視点を持つが故のものなのか。

 

 それとも、喪失を孕んだ彼の過去に起因するものなのかは分からない。

 

 だが、迅は人より極端に重荷を抱え込み易いのは事実である。

 

 そんな迅に過剰な負担をかける相手を、好きになれと言う方が無理というものだ。

 

 たとえ迅がそれを許容していたのだとしても、それを迅が意図して行わせていたのだとしても、三輪の姿勢が好きになれないのは七海の率直な感想だった。

 

「ま、色々難儀な子だけどそのあたりは私や東さんが何とかするから心配しないで。きっと、今後は不必要に絡んでくる事はないでしょう」

「そうですか。それなら構いませんが……」

 

 だが、自分にとってはそうでも、目の前の加古にとって三輪はかつてのチームメイト。

 

 先程世話になった東同様、()()にあたる相手なのだ。

 

 その彼女相手に、三輪を悪し様に言うのは流石に憚られた。

 

 …………もっとも、そのあたりの考えは既に加古には見抜かれていたようであったが。

 

 七海の思惑など、とうにお見通しのようであった。

 

「む……?」

「あら、次の対戦相手が決まったみたいね」

 

 そんな時、携帯端末にメッセージが届き次の対戦相手が表示された。

 

 いつの間にか、そんな時間になっていたらしい。

 

 思っていたよりも、長く東達と焼き肉屋にいたようだった。

 

「次の相手は────」

 

 10/27、B級ランク戦ROUND6対戦組み合わせ。

 

 ────暫定三位、那須隊

 ────暫定四位、生駒隊

 ────暫定七位、香取隊

 

 それが、次の七海達の対戦組み合わせ(マッチング)であった。

 

 

 

 

「那須隊、ヤバいな」

「それ、こないだも言っとらんかったか?」

 

 開口一番突っ込みを入れられたのは、生駒隊隊長生駒達人。

 

 突っ込んだのは、隊のオペレーターである細井真織。

 

 俗に「マリオちゃん」と渾名される浪速女子である。

 

 真織は腰に手を当て、はぁ、と溜め息を吐いた。

 

「…………ま、那須隊がヤバいのはこないだ直で実況して思い知ったから気持ちはわからんでもないけどなー。えぐさでは王子隊とも引けを取らんで」

「そうやな。今の那須隊で、一番気を付けなあかんのはそこやろ。どんな初見殺しを抱えているか知れたもんやないからなあ」

 

 真織の言葉に、水上がそう言って賛同する。

 

 この隊のブレインである彼から見ても、那須隊の作戦立案能力とその容赦のなさは脅威と映ったのだろう。

 

 更に言えば、今回は否が応でも注目せざるを得ない事もあった。

 

「今回、東さん落としたのマジヤバいやろ。あの人、俺と二宮で挟み撃ちにしても逃げ切ったんやで」

「影浦さんと弓場さんに挟まれた時も、上手く逃げ切ってましたしね。ホンマ、あの人落とせたんはえらい驚きましたわ」

 

 生駒と隠岐が口々に言うように、今回那須隊は()()()()という快挙を成し遂げた。

 

 東の生存能力の高さ、そして底知れなさを身を以て知るB級上位部隊の面々からしてみれば、その偉業は瞠目せざるを得ない。

 

 それを成し遂げた那須隊を警戒するのも、当然と言えるだろう。

 

「次戦うんやから、ヤバいヤバい言うてる場合ちゃうやろ。対策とか立てんでええの?」

「適当で、じゃダメやろか?」

「ダメに決まっとるやろ阿呆」

 

 溜め息を吐く真織に、隠岐がまあまあとフォローに入る。

 

「言うても転送運もあるし、今回ウチらMAP選択権ないみたいですさかい。やってみな分からんとちゃいます?」

「ま、それでええやろ。下手に作戦立てるより、そっちのがやり易いやろ」

 

 隠岐に賛同する水上は口ではそう言うが、その目には一切の油断はない。

 

 既に彼の頭の中では、那須隊を相手にした時の様々なパターンがシミュレートされている筈である。

 

 生駒隊が普段まともなミーティングをせずとも回っているのは、各隊員の地力の高さもあるが、水上の分析能力と状況適応能力が半端ではないからだ。

 

 隊長である生駒が指揮官向きでない以上、生駒隊の指揮は実質彼一人で取っているようなものだ。

 

 それでどうにかなっているあたり、水上の有能さが伺える。

 

 彼あっての生駒隊、と言っても差し支えはない筈だ。

 

「それより、やっぱ那須隊の女の子皆可愛いな。七海の奴が羨ましいわ」

「そうですよねー。俺ログ二万回見ましたっ! 皆可愛いっす!」

「阿呆か……っ!?」

 

 …………まあ、すぐに話が脱線するのも、いつもの生駒隊らしくはあったのだが。

 

 

 

 

「…………そう。案外早かったわね」

 

 香取隊の訓練室で、香取は静かに対戦組み合わせの情報を咀嚼した。

 

 その目には、ROUND4の時のような侮りや楽観は見られない。

 

 ただ、戦うべき相手を見据えている。

 

 そんな、純粋な闘志が宿った瞳だった。

 

「…………ああ、この為に犬飼先輩にも色々教えて貰ったしな」

「僕まで指導してくれて、ホント感謝してもし足りないね。これで、少しはマシになったかな」

 

 訓練を終えたばかりの若村と三浦も、力強く首肯している。

 

 もう、以前までの燻り続けた香取隊の姿は見られない。

 

 隊の全員があの敗戦を糧に前を向き、勝利の為の努力を重ねている。

 

 ようやくスタートラインに立ったという印象ではあるが、その成果が出ているのは今回のROUND5で6ポイントを獲得し上位復帰出来た事実からも明らかだ。

 

 後ろばかりを向き続けていた者達が、ようやく前を向くようになった。

 

 香取もまた、光る原石のままだった己を磨き始めた。

 

 その輝きは以前とは比べ物にならず、着実に強くなっている実感がある。

 

 何より、その目に最早諦観はない。

 

 あるのはただ、彼女生来の負けん気と何がなんでも勝ってやるという、貪欲な勝利への執念のみ。

 

 那須隊が東を落としたという話は、当然知っている。

 

 香取は、試合のログを見るようになった。

 

 戦うべき相手と定めている那須隊のログにも、全て目を通している。

 

 当然それは、今回のROUNDも同様だ。

 

 熊谷のハウンド、那須の包囲射撃、七海の地形破壊、その全てを目にしている。

 

 前回のように、勉強不足で負けたなどという展開は二度とゴメンだ。

 

 そんな想いが、今の香取を後押ししていた。

 

 準備不足での不利も、勉強不足による隙も、今回は許さない。

 

 やれる事は全部やって、必ず前回の雪辱を晴らす。

 

 必ず、勝ってやる。

 

 香取隊の想いは、今一つに纏まっていた。

 

 七海達の快進撃が、ボーダーの部隊全体に良い影響を与えている。

 

 それは、東が語ったランク戦のあるべき姿。

 

 皆が前に進んでいる、その証拠でもあった。


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