痛みを識るもの   作:デスイーター

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二宮式圧迫面接

「どうした? 立ってないで座れよ、七海」

「は、はい」

 

 七海は椅子に座る長身の男、二宮に素っ気なくそう告げられ手近な椅子に座った。

 

 此処は、『二宮隊』の作戦室。

 

 元A級部隊であるからなのかB級部隊の作戦室にしては広く、内容は洒落たオフィスのような雰囲気があった。

 

 室内に他の隊員の姿はなく、この場にいるのは部屋の主である二宮と部外者の七海のみ。

 

 ハッキリ言って、傍目から見ても何がどうなったのかさっぱりなシュチュエーションである。

 

(なんで、こんな事になったんだったか……?)

 

 今の状況の契機、それはROUND5の翌日に七海が『ボーダー』本部にやって来た時まで遡る。

 

 

 

 

「あ、七海くん。ちょっといいかな?」

 

 そんな風に声をかけて来たのは、『二宮隊』の銃手犬飼であった。

 

 にこにこと、笑みを浮かべながら七海に話しかけてきた犬飼の内心は伺えない。

 

 常に笑みを浮かべている程、内心を悟らせない術に長けている。

 

 彼はそんな、典型のような男だった。

 

「構いませんが、何かご用でしょうか?」

「うんうん、と言っても俺じゃなくて二宮さんが、だけどね」

「二宮さんが……?」

 

 犬飼の言葉に、七海は怪訝な表情を浮かべる。

 

 二宮とは、そこまで親しい間柄ではない。

 

 ROUND3で手も足も出なかった相手ではあるが、逆に言えば接点はその程度しかない。

 

 疑問符を浮かべる七海の内心を察したのか、犬飼は「あー」と苦笑する。

 

「まあ、いきなりなんだとは思うよね。俺も詳しくは聞いてないんだけど、多分東さんを倒した件で色々言いたい事とかあるんじゃないかな? あの人、才能ある人が好きだからさ」

「東さんと同じように、俺を労いたいとか、そういう話でしょうか……?」

「多分そんな感じだと思うよー。ただ、二宮さんの気遣いって滅茶苦茶分かり難いから罵倒や暴言に聞こえてもおかしくないのが玉に瑕だけどね」

 

 そう告げる犬飼の言葉には、妙な気苦労が漂っていた。

 

 確かに二宮は、発言を一切オブラートに包まずに言う癖があるように見受けられた。

 

 本人としては気遣っているつもりでも、傍から見ると暴言を繰り返しているだけ、とも取れてしまう。

 

 二宮本人の威圧的なオーラも相俟って、相手からすれば良い印象を抱き難い人物なのは確かである。

 

 犬飼は恐らく、そんな二宮のフォローをする為にこれまでもあれこれ気を回して来たのだろう。

 

 滲み出る苦労性が、その声色からは見て取れた。

 

「だからさ、ちょっとうちの隊室まで来て貰ってもいいかな? 俺はこれから用事だから同行は出来ないんだけど、お願い出来る?」

「はい、特に用事があるワケではないですし……」

「ホント? 良かった良かった。これで二宮さんにどやされずに済むよ」

 

 ありがとねー、と言いながら犬飼は踵を返して立ち去ろうとする。

 

 だが、「そういえば」と呟き再度七海の方に振り向いた。

 

「次の対戦相手、『生駒隊』と『香取隊』だっけ? 対策とかはもう出来てる感じかな?」

「それは……」

「ま、無理に答えなくて良いよ。たださ、『香取隊』の若村っているじゃん? あいつ、一応俺の弟子なんだよね」

 

 実はね、と犬飼は続ける。

 

「前回の敗戦で、色々得るものがあったらしくてね。視野の広さがある程度改善されたから、色々叩き直したんだ。君等との戦いがなきゃ、ああはならなかっただろうね。師匠として礼を言うよ」

 

 でも、と犬飼はニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 

「────色々と叩き込んだし、()()()()からね。悪いけど、前回と同じと思うと痛い目に遭うと思うよ。『香取隊』はもう、今までとは別物だからさ」

 

 ニヤニヤと、人の悪い笑みを浮かべる犬飼。

 

 その眼には、確かな自信と────自らの弟子の力に対する、自負があった。

 

 彼がこう言うからには、『香取隊』はあのどうしようもない状態から成長出来たのだろう。

 

 元々、香取のポテンシャル自体は並外れているのだ。

 

 何か切っ掛けがあればブレイクスルーが起きても、なんら不思議ではない。

 

 一度完封勝ちした相手とはいえ、油断すれば痛い目を見る事も間違いではないのだろう。

 

 だが。

 

「────問題ありません。俺達は最初から、相手を舐めてかかった事なんて一度もありませんから」

 

 ────そもそも、七海達は誰が相手だろうと()()した事など一度もない。

 

 相手の戦力を的確に分析し、必要な戦略を以てこれに当たる。

 

 これまでして来たのは、この繰り返しだ。

 

 まだROUND5の『香取隊』のログは見れていないが、一週間後のROUND6までには研究し、対策を打つつもりでいる。

 

 相手を舐めてかかるなど、ある筈もないのだ。

 

「そっか。確かにそうだよね。悪い悪い、要らない気遣いだったね。じゃ、次の試合楽しみにしてるよ」

 

 その発言の意図を理解した犬飼は一瞬笑みを崩しながらもひらひらと手を振り、その場から立ち去った。

 

 そうして七海は、『二宮隊』の隊室に向かう事になったのだった。

 

 

 

 

 ────その結果が、今の状況である。

 

 不必要に重苦しい空気が隊室に漂い、七海は二宮が口を開くのを待った。

 

 元々、七海は会話が上手いタイプではない。

 

 必要最低限の事しか口にしない類いであるし、上手い冗談を言えるようなタイプでもない。

 

 二宮に至ってはコミュニケーションを投げ捨てているとしか思えない有り様なので、空気を緩める為の雑談など思いつく筈もない。

 

 受け身のコミュニケーションがメインの七海と、そもそもコミュ力的に論外な二宮。

 

 二人が揃えば、こうなるのも必然であった。

 

「…………昨日の試合、東さんを落としたな。あれは最初から想定していた展開か?」

「はい。そうですが……」

 

 ようやく二宮が口を開いたかと思えば、七海の返答に答えるでもなくフン、と鼻を鳴らした。

 

 そしてジロリ、と七海の姿を睨みつけるように見据えた。

 

「あの作戦を立てたのは誰だ?」

「オペレーターの志岐と、俺が協議して煮詰めました。あの、それが何か……?」

 

 会話のキャッチボールを投げ捨てて三振を狙っているとしか思えない二宮の態度に首を傾げながらも、七海は聞かれた事を答えた。

 

 特にバラして支障のある情報というワケではないので、話す事自体は問題ない。

 

 問題は、未だ二宮の意図が全く以て理解不能な点だ。

 

 犬飼先輩なんで来てくれなかったんですか、と今更ながら後悔しつつも七海は二宮の返答を────返して答える気配がないので正確には言動を待った。

 

 二宮は一度深く溜め息を吐きながら、再び七海の姿を見据えた。

 

「お前、遠征についてはどう考えている?」

「遠征、ですか……?」

「ああ、仮にお前達がA級になれたとして、遠征部隊を目指す気があるのかどうか。どうなんだ?」

 

 いきなりの質問に、七海は目を白黒させた。

 

 相変わらず、何を言いたいのか理解出来ない。

 

 理解出来ないが、答えないワケにもいかないので七海はしばし思案して答えた。

 

「…………多分、目指さないと思います。だって、うちは……」

「那須の身体の事があるから、か?」

「そうです」

 

 …………そう、七海個人としては興味がないワケではないが、仮にA級になったとしても遠征部隊を目指す事は不可能に近い。

 

 何故なら、那須の体調の問題があるからだ。

 

 那須は元来病弱で、トリオン体でなければ出歩く事も難しい。

 

 そんな那須が、遠征という身体的・精神的に負荷のかかる状況に耐えられるのかと聞かれれば、答えは否だ。

 

 ずっとトリオン体でいるワケにも行かないだろうし、トリオン体でも精神は疲弊するのだ。

 

 遠征という環境が那須に与える負荷は、正直計り知れない。

 

 技術が進んで那須の身体状況が改善すれば話は別かもしれないが、現時点では無理に遠征に行こうとは七海は考えていなかった。

 

 それに、那須の問題が解決出来ても小夜子の事もある。

 

 男性恐怖症の小夜子が、遠征部隊に付いて行く事はまず不可能だ。

 

 そういう理由もあり、『那須隊』が遠征部隊を目指す事はない。

 

 それが、七海の下した結論だった。

 

 二宮は七海の返答を聞くと「そうだな」と話し、口を開いた。

 

「確かに、お前の懸念は正しい。仮にお前達が遠征部隊に志願したとしても、上層部の判断で落とされるだろう。遠征の選抜は、部隊単位だ。一人でも遠征に不適格と判断された者がいれば、選抜に通る事は有り得ない」

 

 なんだか、妙に実感の籠った言葉である。

 

 それは単なる予測というよりも、()()()()()()()()を話しているように思えた。

 

 二宮の言葉には、それを感じさせる憤りと────────悔恨があった。

 

 少なくとも、何かはあるのだろう。

 

 二宮にこう言わせるような、()()()()()()が。

 

 だが、それを詮索するつもりは七海にはなかった。

 

 二宮とさほど近しくない自分が問うべき事柄ではないし、これはあくまで二宮の問題だ。

 

 正直自分の周りだけで精一杯な七海が、わざわざ手を出す気にはなれなかったというのが本音である。

 

「昨日の試合のログを見て理解した。お前は、充分に遠征の部隊員として適性のある人間だ。前回の俺達との試合では失望させられたが、温い部分は改善出来たようだな」

 

 それは、二宮なりの称賛だった。

 

 言葉こそ上から目線で威圧的だが、二宮は確かに七海の実力を褒め称えていた。

 

 仏頂面で愛想の欠片もないが、今自分が褒められている事はなんとなく七海は理解出来た。

 

 相変わらず、愛想の欠片もない称賛ではあるが。

 

「だが、今のままではその才能は埋もれるだけだ。お前の才能は、埋もれさせるには惜しい代物だ。だから、お前の意思を確認したい」

「俺の意思、ですか……?」

 

 そうだ、と二宮は肯定し告げる。

 

「────お前にもし遠征を目指す気があるのなら、俺の下へ来い。俺が、お前を遠征に連れて行ってやる」

「俺が、『二宮隊』に……?」

 

 予想もしなかった言葉に、七海は目を見開いた。

 

 此処でようやく、七海は二宮の意図を理解する。

 

 これまでの会話は、二宮なりの()()であったワケだ。

 

 自分の隊に引き抜くべき存在であるか否かを図る為の、二宮式の強制面接。

 

 それが、今回の事の成り行きだったワケだ。

 

 いきなりの事に目を白黒させる七海に対し、二宮は畳みかけるように告げる。

 

「俺には、遠征を目指す理由がある。お前が隊に入れば、遠征部隊に選ばれる条件は充分揃う。だからこうして、お前の意思を聞いている」

「ですが、失礼ですが『二宮隊』はA級から降格されたのでは……? 詳細は存じませんが、A級に戻る事は可能なんですか?」

 

 七海の知る限り、『二宮隊』と『影浦隊』はペナルティとしてB級に降格された部隊である。

 

 『影浦隊』に関しては、隊長の影浦がメディア対策室の根付さんをアッパーした事件のペナルティであると聞いている。

 

 『二宮隊』に関しては何故か詳細な理由が不明であるが、とにかく何かしらのペナルティとして降格されたのは確かだ。

 

 そんな部隊が、果たしてA級に戻れるのか否か。

 

 問いかけられた二宮は、フン、と鼻を鳴らし答えた。

 

「可能だ。昨日忍田本部長に話を聞いた。隊長の影浦が問題行動を起こした影浦隊はともかく、俺達の場合は条件付きでA級に戻る事は出来る。無論、件の合同戦闘訓練をパス出来ればだがな」

「そうですか……」

 

 つまり、その()()とやらをクリア出来れば『二宮隊』は通常の隊と同じように試験にさえ合格すればA級に戻れるらしい。

 

 その()()の難易度自体は不明だが、二宮のこの様子から察するに達成する当てがあるのか────もしくは何がなんでも達成する意思があるのだろう。

 

 それだけ、二宮は遠征入りを切望しているらしい。

 

 理由までは分からないが、想像は出来る。

 

 誰か、大切な人が『近界』に連れて行かれたか、もしくは────。

 

「七海。答えを聞こう」

 

 ────考えを巡らせた所で、二宮の言葉に我に返る。

 

 二宮は険しい表情で、七海の姿を見据えている。

 

 曖昧な答えは許さない。

 

 そんな空気が、見て取れた。

 

「はい。お断りします」

 

 …………もっとも、七海の答えは決まっていたのだが。

 

 あまりにもあっさりとした返答に、二宮は眉間を釣り上げた。

 

「…………何故だ? 理由を話せ」

「俺の居場所は、『那須隊』にあります。『那須隊』を抜けてまで、遠征を目指す理由が俺にはありません」

 

 それに、と七海は続ける。

 

「ご存じでないかもしれませんが、俺は無痛症を患って日常生活用のトリオン体がなければ真っ当な生活もままならない身です。このトリオン体は特注なのでメンテナンスの必要もありますし、俺が遠征に同行する事は出来ません」

 

 そう、何も遠征行きが不可能なのは那須だけではないのだ。

 

 七海もまた、専用のトリオン体を日常的に使っており、そのメンテナンスに通う必要もある。

 

 まさか遠征に開発部の人間を連れて行くワケにも行かない以上、七海も遠征に行ける筈がなかったのである。

 

 確かに、七海の能力は遠征ではこの上なく役に立つ。

 

 流れ弾や不意打ちを察知出来、機動力も高い七海は遠征における斥候としてはこの上なく優秀だ。

 

 本人のクレバーな気質も、遠征部隊向きと言えるだろう。

 

 だが本人の無痛症に関する問題がある限り、七海が遠征に選ばれる事はない。

 

 これは開発部の鬼怒田からも、念を押されている事柄だ。

 

 それに、七海が遠征で長期間いなくなれば、那須の精神状態がどういう事になるのか全く以て不明である。

 

 関係を見詰め直す事で依存の度合いが表向きマシになったとはいえ、那須の精神の根幹に七海の存在が根差している事は間違いない。

 

 七海と長期間離れる事になれば、何をやらかすか分かったものではないのだ。

 

 それに、七海としても長期間那須と離れる事などゴメンである。

 

 何も、依存に近い感情を向けているのは那須の方だけではないのだから。

 

「…………そういう事か。無駄な時間を使わせたな」

「いえ、それだけ俺を評価してくれたという事ですし。お気持ちだけ受け取っておきます」

 

 七海の言葉に二宮はフン、と鼻を鳴らす。

 

 否定も肯定もしないという事は、七海に対する称賛に嘘がない事の証明だろう。

 

 七海は一礼すると立ち上がり、隊室を後にしようとする。

 

 しかし一つの事に思い至り、七海は二宮の方を見据え口を開いた。

 

「────次戦う事があれば、負けません。前回は無様な姿を見せましたが、今度は仕留めてみせます」

「フン、期待はしている。温い試合を見せるなよ」

「はい」

 

 そのやり取りを最後に、七海は『二宮隊』の隊室を後にした。

 

 その後姿を見送りながら、二宮はデスクから一つの写真を取り出した。

 

 そばかすな特徴的な地味な顔立ちの少女の写真を眺めながら、二宮は深い溜め息を吐いた。

 

 射手の王の心情は、常人には理解出来ない。

 

 もしかするとそれは、彼の普段の姿故の勘違いであり────。

 

「…………」

 

 ────彼の動機は、もしかするとありふれた、何処にでもあるものなのかもしれなかった。


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