第六戦、開始
「よし、こんなもんでいいでしょ。大分形になったと思うよ」
「ありがとうございます、犬飼先輩」
『二宮隊』の訓練室で、若村は自分の銃手としての師である犬飼にそう言って頭を下げた。
そんな若村を見て、犬飼はにんまりと笑う。
「いいよいいよ、俺も弟子の成長が実感出来て嬉しかったしさ。燻ってばっかだった弟子がようやくやる気になってくれたんだから、これで喜ばない方がどうかしてるよ」
「耳が痛いですね。自業自得ではあるんですが」
犬飼の笑顔の皮肉に、若村は苦笑する。
あのROUND4で那須隊に惨敗を喫するまで、自分は、ただ香取の粗を探すだけの口だけ野郎だった。
けれど、今は違う。
自分の馬鹿さ加減を思い知り、犬飼に頭を下げて一から叩き直して貰った。
戦術というものも、付け焼刃ながら教えて貰う事が出来た。
少なくとも、碌に戦術も用意せずにぶっつけ本番で場当たり的な対処をするような、今までのような愚行はしない。
無論、戦術という観点で見れば自分よりオペレーターの染井の方が知識も豊富で指揮も巧い。
だが、オペレーターにばかり負担をかけて彼女の本分である情報戦の邪魔をしていたのは他ならぬ自分達だ。
故に、現場での即興の判断力というものが必要になる。
それを自分は犬飼に────いや、犬飼
「辻さんも、ありがとうございました」
「構わないよ。後進が育つのは、良い事だからね。君も三浦くんも、一生懸命で教え甲斐があったしね」
そう話すのは、犬飼と同じ『二宮隊』の辻であった。
辻が視線を向けた先には、『孤月』を持った三浦がいる。
犬飼達にしごかれていたのは、若村だけではない。
三浦もまた、この訓練に参加していたのだ。
「ろっくんだけじゃなくオレまで面倒見て貰って、ありがとうございます」
「いいっていいって。今回の場合、面倒見るのが一人でも二人でも大して違いがあるわけじゃあないからね」
相変わらず底の知れない笑みを浮かべながら、犬飼はそう告げた。
そして、二人を見ながら笑みを浮かべる。
「ま、あれだけ仕込めば本番でも大丈夫でしょ。君等は本番にはどちらかというと弱いタイプだけど、これまでと違ってきちんと目的意識を持って練習してるからね。少なくとも、前回の二の舞にはならない筈だよ」
「はい、練習の成果はきっちり活かしてみせます」
「言っとくけど、そればっかりに拘って視野を狭めちゃダメだからね? 戦闘中は常に視野を広く持たなきゃ、いつ落とされたって文句は言えないんだからさ」
基礎も大事だけど応用もね、と犬飼は念押しする。
全く以てその通りであったので、若村達は素直に師の忠言を聞き届けた。
視野の狭さこそが、今まで
同じ轍は、二度は踏まない。
そう決意して、顔を上げる。
その顔を見て、犬飼は再度笑みを浮かべた。
「うん、良い顔になったじゃないの。これなら、いけそうかな?」
あ、そうそう、と犬飼は何かを思い出したかのように告げる。
「次の君等の試合、俺が解説で呼ばれてるからさ。面白い試合、見せてくれよ」
「「はいっ! 必ず勝ちます……っ!」」
「よしよし、その意気だよ。気持ちで負けてちゃ、そもそも勝ちの芽すらなくなるんだからさ」
さて、と犬飼は目の前の二人を見据える。
「それでどうかな?
「はい、大分使えるようになったと思います。犬飼先輩達のご指導のお陰です」
「そっかそっかー、そりゃ教えた甲斐があったよ」
若村の返答を聞いた犬飼はニコニコと笑うが、そんな犬飼に三浦がおずおずと声をかける。
「…………でも、良くこんなトリガーの使い方を知ってましたね? B級じゃ、使ってる人見た事ないのに」
「んー、ちょっと使ってた子を知っててね。ま、昔の縁故ってやつさ」
犬飼は三浦の問いにそう答えて笑うが、その笑みには
一度目は許すが、二度目はない。
そう言外に忠告された三浦は、「すみません」と言って引き下がった。
不穏な空気を感じ取った若村はほっと溜息を吐き、横で見ていた辻は目を細めた。
犬飼はそんな彼らの反応に満足すると、そういえば、と話題を変える。
「香取ちゃんは、今日も太刀川さんのトコ?」
「ええ、今日もしごいて貰ってる筈です。最近、ほぼ毎日ですけどね」
『戦闘体、活動限界』
「……っ!」
機械音声が己の敗北を告げ、香取はその場で膝を突く。
その正面に立つのは、孤月を持った太刀川慶。
彼の左肩には、刃で付けられた傷がある。
ただ、一人の戦闘者として香取に向かい合っていた。
「今のは惜しかったな。前は傷一つ付けられなかった事を考えりゃ、大したモンだ」
「く……」
「でもま、易々と勝ちは譲れんな。これでも、一位なんでな」
ニヤリと、太刀川は笑う。
その笑みには、言葉には、強者としての自負があった。
驕り、などではない。
彼は確かにそう言えるだけの実力を持ち、攻撃手ランク一位という肩書きに偽りはない。
これまでの香取は、太刀川や風間といった
自分より弱いと判断した者だけを狙って個人戦を挑み、ポイントを荒稼ぎしていたのが以前の香取である。
故に香取は、
最初から
故に、今香取がしているのは
格上の戦い方をその身で味遭い、少しでも勝つ為の方法を模索する。
これは、今までのような格下相手での戦いでは得られなかった
太刀川だけではなく、ROUND4での敗戦以降とにかく香取は様々な実力者と戦り合った。
代価としてポイントは大分減ってしまったが、それ以上の経験を得られたという自負はある。
…………まあ、目の前で勝ち誇る
「で? どうだ? 今度は七海に勝てそうか?」
「…………勝つ。絶対、勝ってやる」
「おう、その意気だ。面白い戦いを見せてくれよ」
からからと笑い、太刀川はその場を後にする。
その後姿を睨みつけて舌打ちしながら、香取は現在時刻を確かめた。
『葉子。そろそろ時間よ』
「分かった」
丁度その時染井から連絡が来て、香取はブースから出る。
するとそこで待っていた三浦と若村の姿が見え、スタスタとチームメイトの方へ歩いて行く。
「勝てそうか?」
「誰に聞いてんの?」
「ならいい」
二人共、以前のような幼稚ないがみ合いは見られない。
劇的に仲が良くなった、というワケではない。
ただ、以前と違ってしっかりと目的意識を共有し、お互いの努力を認めている。
故に、余計な言葉は要らない。
勝つ。
その想いが、彼らを繋げているのだから。
「今の『香取隊』は、以前の彼女達とは別物だ。前回のようなやり方は、通用しないだろう」
『那須隊』、作戦室。
そこで最後のミーティングを行っている七海は、開口一番そう告げた。
既に、ROUND5の『香取隊』のログについては全員が目を通している。
明らかに、動きが違う。
それが、試合映像を見た全員の感想だった。
「元々、香取はポテンシャル自体は高い。近接戦闘のセンスは突出しているし、咄嗟の機転も悪くない。今までは、碌な作戦もなく独断専行をするだけだったから脅威には成り得なかったが……」
「今の香取ちゃんは違う、という事ね」
「そうだ」
まず、と七海は説明する。
「香取がただ暴れるのではなく、チームメイトがお膳立てをした上で適時戦場に投入する事で速やかに点を取り、即座に離脱する。以前と違って、しっかりと自分達の隊の
「確かに、乱戦に横から突っ込まれるだけでもどさくさ紛れに落とされる危険があるからね。爆発力もあるし、引き際も覚えたとなると厄介だね」
熊谷の言う通り、香取はその機動力を活かして乱戦に横から介入されるだけでも相当厄介だ。
ROUND5の試合映像のように獲れる点を取って即座に離脱、という行動を繰り返されると試合が引っ掻き回される事は必至だろう。
戦う上では、常に香取の動向に気を配る必要があるという事だ。
「それに、若村と三浦も香取の活かし方を心得ている動きだ。自分達はフォローに徹して、香取の乱入や離脱を援護している。この二人がいると、土壇場で香取を逃がしかねない。前回のような放置はなしの方がいいだろうな」
「そうね。あれは『香取隊』の隊としての未熟さを突いた策だったし、迂闊に同じ事をするのは危険だわ」
那須が同意したように、若村も三浦もまた、放置するのは危険な相手となった。
ROUND5の試合映像で二人は香取の乱入時に銃撃と旋空で援護し、撤退する時にも自らを半ば囮にする形で彼女の撤退を支援していた。
彼等を放置すれば、ここぞという時に香取を仕留め損ねる恐れがある。
前回のような、彼等二人を半ば放置する策は最早使えない。
『香取隊』は、様々な意味で成長が著しい隊となった。
確かに犬飼の言う通り、舐めてかかれば痛い目に遭うのはこちらだろう。
心して、かからねばならない。
それは、『那須隊』全員の共通認識であった。
「そして、『生駒隊』も当然要警戒だな。隊長の生駒さんは現実でも居合い抜きが出来て、それを活かした技術が俗に言う『生駒旋空』だ。俺は実際、その居合い抜きを見せて貰った事がある」
「そんでな。七海が俺の居合い見たい言うから見せたったんねん。えらい褒められたモンやから、色んな『型』も披露したんや」
「…………アンタなあ、迂闊に情報見せびらかしてどないすんねんっ!」
『生駒隊』、作戦室。
隊長の生駒も思わぬ暴露に、真織は呆れた様子で怒声をあげる。
まさか、七海達『那須隊』と戦う当日になってそんな
真織はROUND4の時、実況として七海達の戦いを見ている。
その脅威を直で感じたからこそ、生駒の軽率な行動に腹を立てたのだ。
「まあまあ、マリオちゃん落ち着いて」
「そやそや、見せた言うても生身の話やろ? それに半年も前の事みたいやさかい、試合にそんな影響はないんと違うか?」
そんな真織を、隠岐と水上がフォローする。
生駒がボケ、真織が突っ込み、他がフォローもしくは煽り立てる。
それが、『生駒隊』の日常風景であった。
「イコさんイコさん、俺もイコさんの居合い抜き見たいっすっ!」
「お、ええでええで。今度見せたるわ。なんなら水滴切りもやったるで」
「マジっすかっ! 楽しみっすっ!」
南沢は南沢で生駒の話を聞いてはしゃぎ、それを見ていた真織は溜め息をつく。
そんな真織を隠岐がフォローしているが、彼もまたこの流れを楽しんでいる様子なので色々と確信犯である。
真織の苦労性は、いつも変わらないようだった。
「そういや、ワイの好物ってナスカレーやん? これ、大丈夫かいな? 七海に那須さん好きと間違われて闇討ちされへんやろか? 那須さん、可愛えし」
「そもそも那須さんがあんさんを好きになる筈ないやろが阿呆」
「イコさんイコさん、此処はマリオちゃんの方が可愛いて言う場面ですよ」
「んなワケないやろ阿呆っ!」
隠岐の茶々に真織が反応し、怒鳴り散らす。
だがそこは関西人ばかりが集まった『生駒隊』。
面白そうなネタには、全力で乗っかるのが彼等である。
「なんでや。マリオ可愛いやろ」
「そやそや、マリオちゃん可愛い」
「マリオちゃん可愛いっすっ!」
「きっもっ! うわきっもっ! って、この流れ前もやらんかったか……っ!?」
そして始まる、「マリオちゃん可愛い」コール。
真織は試合開始時間ギリギリまで、『生駒隊』の面々からの「可愛い」コールに晒されたのであった。
「────生駒さんの『旋空』の一番の脅威は、射程じゃない。その
打って変わって真面目な雰囲気の『那須隊』。
神妙な顔をした七海が、説明を続ける。
「俗に『生駒旋空』と呼ばれる生駒さんの『旋空孤月』の射程は、およそ40メートル。これは確かに脅威であるし、対策は必須だろう。でも、一番気を付けなきゃいけないのはその
「剣速、か」
ああ、と七海は肯定する。
「生駒さんは、居合い抜きを現実の技術として納めている。『生駒旋空』は、その技術を応用して作りだしたものらしい。つまり────」
「────居合い抜きの速度で、『旋空』が襲って来るって事?」
「その通りだ」
『居合い抜き』と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、凄まじい速度での
納刀した状態から一気に刃を抜き放ち、一閃で敵を斬り裂く。
それが、居合い抜きである。
そして、生駒はそれを
それをトリオン体での戦闘に用いれば、冗談抜きで神速の抜刀術が実現するというワケだ。
「以前生駒さんと戦った時も、厄介だったのは『旋空』の射程よりもそのとんでもない
「迂闊に距離を取ると今度は『生駒旋空』で薙ぎ払われる、って事か」
「そうだ。だから、生駒さんとは距離を取りつつ常に動向に注意を払う必要がある。障害物は盾にならないから、閉所に籠るのは却って危険だしな」
近距離では神速の抜刀術が、遠距離では驚異的な射程の『生駒旋空』が襲い来る。
攻撃手ランク上位の実力は、伊達ではない。
生駒達人。
彼もまた、七海達が越えなければならない大きな
「どちらの隊も、強敵だ。心してかかろう」
「さあ、やって来たよB級ランク戦ROUND6……っ! 実況はアタシ、宇佐美栞と解説の犬飼先輩、ゾエさんでお送りしまーす」
「よろしく」
「よろしくね~」
B級ランク戦の会場にて、宇佐美の声がスピーカー越しに響き渡る。
実況席に座った宇佐美、犬飼、北添が続いて挨拶し、会場の空気を温める。
今期大注目の『那須隊』が戦う試合である事もあり、会場の熱気はかなりのものと言えた。
「さあ、時間も押してるし早速始めよっか。じゃあ行っくよ~。全部隊、転送開始……っ!」
宇佐美の宣言と共に、三つの部隊がそれぞれ戦場たる仮想空間へと転送される。
B級ランク戦、ROUND6。
今期六度目の試合が、始まった。
明日は更新できない日なので次の更新は明後日です。
さて、ROUND6、香取ちゃんリベンジの始まりです。
こうご期待