痛みを識るもの   作:デスイーター

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香取隊⑤

『全部隊、転送完了』

 

 アナウンスが響き、三つの部隊全員が仮想空間に実体化する。

 

 広がるのは、無機質なパイプと煙突。

 

 聞こえるのは、鈍い機械の駆動音。

 

『MAP、『工業地帯』。時刻、『夜』』

 

 暗い夜闇に包まれた、入り組んだ人工物の空間。

 

 それが、ROUND6の戦場となる舞台であった。

 

「行くわよ」

『ああ』

『うん』

 

 自分達が設定したMAPに降り立った香取は、即座にバッグワームを起動。

 

 通信で隊員(チームメイト)に確認を入れ、夜闇の中を駆け出した。

 

 

 

 

「さあ、始まったねーROUND6……っ! 戦うのは今シーズン快進撃を続ける『那須隊』と、中位落ちを経験しながらも心機一転這い上がって来た『香取隊』……っ! そして安定の『生駒隊』だねー」

「どのチームも、強力なエースを他がサポートするって共通点があるね」

 

 実況席でノリノリで解説を始める宇佐美に、北添がそう補足する。

 

 確かに、今回戦うチームはどの隊もエースを中心に作戦を組み立てる隊が揃っている。

 

 エースであり点取り屋の香取を他二人がフォローして適時投入する、『香取隊』。

 

 那須と七海という二枚看板のエースが相手を切り崩し、隙を逃さず討ち取る『那須隊』。

 

 そして、類稀な剣術の冴えを持つ生駒を中心とする『生駒隊』。

 

 どの部隊も、()()()()()()()()()()()()()()()という方針は似通っている。

 

「確かに、『香取隊』はまさにそういうチームだし『那須隊』もエース中心のチームなのは変わらない。けど、『生駒隊』は()()という点で他の群を抜いていると見るべきだね」

「確かにねー。伊達に安定してB級上位にいるってワケじゃないし」

「基本的に()()()()が基本方針な隊だけど、それで一定の戦果を得られるあたり安定してるよね」

 

 だが、その中で『生駒隊』は()()の高さが印象的な部隊である。

 

 基本的にエースが落ちれば厳しい戦いを強いられる他二チームと違って、『生駒隊』はたとえエースが落ちた後でも勝ち筋が完全には消えない。

 

 隊長である生駒の実力は言うに及ばず。

 

 水上は射手の基本を忠実に守る手堅い戦い方が出来るし、隠岐も『グラスホッパー』持ちの狙撃手という点を活かして機敏に動いて隊をサポート出来る。

 

 南沢も一時はマスタークラスに至った事があり、少々前のめりになり過ぎる悪癖があるものの機動力や突破力は中々のものだ。

 

 一角が落とされたとしても、そう易々と崩れはしない頑強さが、『生駒隊』にはある。

 

 その安定感こそが、『生駒隊』の売りと言えるだろう。

 

「つまり、犬飼先輩は『生駒隊』がこの試合の台風の目になるって考えてるの?」

「台風の目というより、『生駒隊』をどうにかしなきゃ他の2チームに勝ちの芽はないって話だよ。暫定順位こそ『那須隊』が一番上だけど、だからといって『生駒隊』より実力が完全に上とはならないしね」

 

 1位:【二宮隊】29Pt→35Pt

 2位:【影浦隊】27Pt→33Pt

 3位:【那須隊】27Pt→33Pt

 4位:【生駒隊】25Pt→28Pt

 5位:【弓場隊】23Pt→25Pt 

 6位:【東隊】21Pt→24Pt

 7位:【香取隊】17Pt→23Pt

 

 宇佐美が気を回し、現在の各隊の暫定順位とポイントが画面に表示される。

 

 この一覧を見る限りでは、『那須隊』は今回戦う三つのチームの中で一番順位が高く、ポイントも二位の『影浦隊』と同値。

 

 これだけ見れば『那須隊』の実力が抜きん出ているように見えるが、現実はそうではない。

 

 この順位は、あくまでも()()なのだ。

 

 実際問題現状三位にランクインしている『那須隊』は以前の試合で『二宮隊』相手に手も足も出なかったし、影浦を落とす事は出来ていない。

 

 そしてチームランク戦で初めて戦う『生駒隊』相手にどう転ぶかは、まだ分からない。

 

 『香取隊』も以前の敗戦を経て強くなっており、何より今回のMAPは彼女達が選択したもの。

 

 そう易々と勝てる、とは思わない方が良いだろう。

 

「じゃあ犬飼くんは、順当に『生駒隊』が勝つって予想してるの?」

「ん~? それはどうかな~? 確かに『生駒隊』の地力は高いけど、番狂わせが起きないって保証はないし」

 

 それに、と犬飼はにやりと笑みを浮かべた。

 

「『香取隊(あの子)』達も、色々と準備してる筈だしね。今の『香取隊』を、舐めない方がいいかもよ?」

 

 

 

 

「なんや真っ暗やん? マリオちゃんマリオちゃん、暗視頼むわ」

『もうやっとるわ。それで見えるやろ?』

「おお、見える見える。ごっつ見えるで」

 

 生駒はオペレーターの真織といつものノリでやり取りしながら、周囲を見渡す。

 

 レーダーを見る限りチームメイトとは離れた場所に転送されたようだが、この『工業地帯』は元々狭いMAPである。

 

 合流自体は、そう難しくはない筈だ。

 

「なあなあ、今俺ぼっちなんやけどどないしよ?」

『俺が合流しますんで、こっち向かって貰えます? 流石に、七海や香取ちゃんとタイマンするのは勘弁願いたいモンやさかい』

「『そっち向かう』。了解」

 

 生駒は水上からの指示を受け取ると、即座に水上のいる方角へ向かって駆け出した。

 

 

 

 

「よし、なんとか合流出来そうやな」

 

 水上はレーダーに映る生駒の反応を見て、周囲を警戒しながら足を早める。

 

 今、生駒はバッグワームを使っていない。

 

 これは、水上の指示だ。

 

 七海だろうが香取だろうが、1対1の状況であれば生駒の方が有利である。

 

 反応を頼りに突っ込んで来るのであれば、自分と生駒で挟んで取れば良い。

 

 加えて言えば、バッグワームを着ないのは茜の狙撃対策でもある。

 

 茜の主武装は、『ライトニング』。

 

 弾速に特化し、威力が低い狙撃銃だ。

 

 バッグワームを着ていると片枠が塞がってしまい、バッグワームを解除してシールドを貼るまでに若干の時間遅延(タイム・ラグ)がある。

 

 そのタイムラグは、『ライトニング』の速度相手では致命的だ。

 

 特に、『ライトニング』を使いこなしその性質を熟知した茜相手では。

 

 威力が低いと言っても急所に一撃を叩き込まれれば、それがそのまま致命傷となる。

 

 最低限トリオン体を破壊出来るだけの威力は、どのトリガーにも備わっているのだから。

 

 故に、相手に狙撃手がいる場合攻撃手のバッグワーム使用はリスクを伴う。

 

 隠形に自信があるのであれば話は別だが、生憎生駒はそこまで隠密には向いていない。

 

 今の所『生駒隊』でバッグワームを使っているのは、狙撃手の隠岐と、もう一人の攻撃手の南沢だけだ。

 

 射手である水上は突破力のある香取や七海を正面から単独で相手をするのは厳しいが、幸い生駒との合流はそう遠くない。

 

 自分が狙われても、生駒の合流まで粘る事は出来る筈だ。

 

(けど、変やな。てっきり、香取ちゃんあたりが突っかかって来ると思うとったんやが……)

 

 水上は、レーダーを見る。

 

 相手チームの反応は、一つもない。

 

 『香取隊』も『那須隊』も、全員がバッグワームを使っている事の証左だった。

 

 七海はサイドエフェクトで不意打ちを察知出来るし、那須も持ち前の機動力で回避は得意な部類だ。

 

 狙撃手の茜がバッグワームを着るのは当然だし、熊谷は地味に隠密能力が高い。

 

 『那須隊』全員が開始直後からバッグワームを着るという選択は、ある意味妥当だ。

 

 『香取隊』もまた、適時香取を投入し獲れる点を取って即座に離脱、という前回の試合で見せた戦法を使う気であるなら、開始直後から全員がバッグワームを使うのはなんら不自然ではない。

 

 だが、香取はともかく三浦と若村には『カメレオン』がある。

 

 二人が敢えてバッグワームではなくカメレオンを使い、囮となって相手を誘き寄せて香取がそこを仕留める、という戦術も取れなくはないのだ。

 

(それをしないっちゅー事は、そんだけイコさんの『旋空』を警戒してるっちゅー事か? 前『香取隊』と戦った時なんかはそんな思慮とは無縁と思えた隊やけど、前回で色々化けたみたいやしなあ。ま、舐めてかからん方がええやろ)

 

 さて、と水上は周囲を警戒しつつ頭の中で何通りもの作戦を練る。

 

 自分の隊員の位置、『那須隊』と『香取隊』が取り得る動き、これまでの対戦ログから考えられる相手の思考傾向。

 

 それらを計算し、瞬時に適切な策を用意していく。

 

 『生駒隊』のブレイン、水上敏志は準備万端で相手チームを待ち構えていた。

 

 

 

 

「『香取隊』は、全員がバッグワームを使っているみたいだな。『生駒隊』は、狙撃手ともう一人が消えてるか……」

『『生駒隊』との距離が40メートルになったらお知らせします。いつ家越しに旋空が飛んで来るか分かりませんしね』

「ああ、頼む」

 

 七海は夜闇の中を駆けながら、周囲を油断なく見据えている。

 

 この『工業地帯』というMAPは、数あるMAPの中でも割と狭い部類のMAPとなる。

 

 それは即ち、チームメイトとの合流もし易ければ相手チームとのエンカウント率も同様に高いという事だ。

 

 前回のROUNDで戦った『市街地E』も狭いMAPではあったが、今回はそちらと違い屋外は射線が通り難く縦に広い。

 

 あの時のような窮屈な思いはしなくて済むだろうが、気になるのは『香取隊』がこのMAPを選んだ意図だ。

 

 三次元機動が得意なのは香取も一緒だが、七海や那須に()()を与えればどれだけ厄介な事になるのかは前回嫌というほど身に染みた筈だ。

 

 以前の彼女達であればいざ知らず、今の『香取隊』がそれを分かっていない筈がない。

 

 七海達に足場を与えるデメリットに目を瞑ってでも、このMAPを選択した意味。

 

 それを考えなければ、思わぬ陥穽に嵌まる事になるだろう。

 

 戦場に置いて迷いは足を引っ張るが、思考を止めた者は袋小路に向かっている事にさえ気付かない。

 

 思考し、推論を重ね、最善の選択肢を選び取る。

 

 これが出来なければ、戦場では死ぬだけだ。

 

 極めて優秀な指揮官の下で戦うのであればともかく、『那須隊』の作戦立案は七海と小夜子が担っている。

 

 その時その場の現場指揮であれば那須も中々の頭の冴えを見せるが、大局的な視点が優れているのは小夜子の方である。

 

 『那須隊』の作戦方針の殆どは、彼女が考えていると言っても過言ではない。

 

 七海はその小夜子の負担を少しでも軽減する為、共に頭を回すのが仕事だ。

 

 幾ら小夜子の能力が優秀とはいえ、四人部隊のオペレーターをやっている以上その負担はかなり大きい。

 

 B級に四人編成の部隊が少ないのは、隊員を三人だけしか集めなかったというパターンも多いが、四人分のオペレートが出来るオペレーターが中々いないという事情もある。

 

 一人分オペレートする人数が増えるだけで、オペレーターの負担は一気に増える。

 

 確かに数が揃えばそれだけ試合の手札(カード)が増えるものの、闇雲に増やして良いというワケでもない。

 

 部隊の人数を増やす場合は、オペレーターの負担との兼ね合いは必須なのだから。

 

 その点で言えば、小夜子が七海の入隊を受け入れるか否かはまさに『那須隊』にとっての重要事項だったのだ。

 

 小夜子は対人能力こそ壊滅的だが、そのオペレート能力は非常に優秀だ。

 

 そんな小夜子だからこそ、七海を受け入れた『那須隊』が部隊として十全に運用出来ているのだ。

 

 その動機が私情(恋心)だとしても、彼女の存在なくては『那須隊』の今は有り得ない。

 

 そんな彼女に報いる為にも、七海は全力を尽くす。

 

 彼女の想いを、努力を、無駄にしない為に。

 

 彼は、一試合一試合に全霊で挑むのだから。

 

「……っ!」

 

 そこで、七海のサイドエフェクトが攻撃を感知した。

 

 感知した攻撃の方向は、真横。

 

 そこには、突撃銃を構えた『香取隊』の銃手────────若村の姿があった。

 

 若村が引き金を引くと同時に、トリオンの弾丸が放たれる。

 

 だが、既に七海は回避行動を完了していた。

 

 最小限の動きで弾丸を避け、壁を足場に一気に若村へ肉薄する。

 

 どう見ても、釣り()

 

 それは、七海とて承知している。

 

 だが、七海にはサイドエフェクトによる感知と鍛え抜かれた体捌きがある。

 

 自惚れるワケではないが、中途半端な罠であれば七海は軽々とそれを食い破る。

 

 それだけの自負はあったし、多少負傷したところで『スコーピオン』を主武器とする七海であれば幾らでも補填は効く。

 

 そう、思っていた。

 

「な……っ!?」

 

 ────それこそが、『香取隊』の仕掛けた陥穽(わな)であると知りもせずに。

 

 若村に斬りかかろうとした七海の腕が、何かに絡め取られる。

 

 サイドエフェクトは、反応しなかった。

 

 ならば、ならばこれは、この()は何か。

 

 それを理解する前に、彼のサイドエフェクトが背後に攻撃の気配を感知した。

 

「……っ!」

「チッ……!」

 

 その攻撃を、『スコーピオン』の斬撃を、七海は体を捻って回避する。

 

 だが、空中でバランスを崩していた七海はその攻撃を回避し切れず、左肩を斬り裂かれる。

 

 七海はそのまま地面に着地し、その斬撃を放った相手を────バッグワームを着た香取を、見据える。

 

 そして、眼を凝らす。

 

 自身が踏み込んだ、罠の正体を見極める為に。

 

「あれは……っ!」

 

 七海は、気付いた。

 

 自分のかかった罠の、否────────()()()()の正体に。

 

 路地にかかる、無数の糸。

 

 黒で染め上げられ、夜闇に溶け込んだその()の名前を、七海は知識として知っていた。

 

 それは、使う者の殆どいないマイナーなトリガー。

 

 ()()()()()()()()()()、得点に直結しない為使用者の殆どいないそのトリガーではあるが、その特殊性は他の追随を許さない。

 

 地形に(ワイヤー)を張り、相手を絡め取る蜘蛛の糸の如きトリガー。

 

 ────その名を、『スパイダー』。

 

 それこそが、『香取隊』がこの試合に持ち込んだ新たな手札(ジョーカー)の名前であった。




 このネタは前からやってみたかった。

 原作で香取ちゃんがスパイダーを利用してオッサムを倒した描写見て、「あれ? 香取ちゃんスパイダーと相性良いんと違う?」と考えて温めていた戦術(ネタ)です。

 香取ちゃんリベンジ、はっじまるよー。
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