「おーっと、此処で若村隊員に仕掛けた七海隊員だったが、そこにはワイヤートリガー『スパイダー』の罠が仕掛けられていた……っ! バランスを崩した七海隊員を、香取隊長が奇襲したぞお……っ!」
「上手く決まったようだね。『香取隊』の罠が」
実況する宇佐美に対し、犬飼は冷静にそう告げる。
予想外の『香取隊』の一手に誰もが驚く中、犬飼だけは驚愕を露わにしていない。
当然だ。
『香取隊』にこの戦術を伝授したのは、他ならぬ彼なのだから。
「『スパイダー』、ですか。確か、ワイヤーを張るトリガーでしたよね?」
それはROUND5の終了直後、若村が犬飼に「『那須隊』への対抗策が欲しい」と相談した時の出来事だった。
犬飼はしばし悩んだ末、ある一つのトリガーの使用を提案した。
そのトリガーこそ、ワイヤーを張る特殊なトリガー、『スパイダー』だったのだ。
「うん。確かに
香取ちゃんなら、上手く使いこなせるだろうしね、と犬飼は告げる。
確かに、三次元機動を得意とする香取であれば空中に張られたワイヤーを足場にした軌道で相手を翻弄出来るだろう。
『グラスホッパー』と組み合わせれば、動きの自由度は更に上がる筈だ。
「本当なら、狙撃手がいればより万全の布陣を敷けるんだけどね。けどまあ、そこは割り切るしかない。あくまで君が求めたのは
今までのツケだと思いなよ、と犬飼は敢えて若村を突き放す。
だが、若村は静かに「はい」と答え、頭を下げた。
「それでも、ありがとうございます。こんな俺の為に、色々と手間をかけさせてしまって」
「いいっていいって、これでも君の師匠だからね。言うべき事は言うけど、弟子が折角やる気になってくれたんだから、俺だってやれる事はやるさ。君の師匠を引き受けたのは、他ならぬ俺だからね」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべる犬飼だが、彼が若村の成長を願っている事に偽りはない。
最初は頼み込まれて興味本位で引き受けた師匠ではあったが、それでも自分の意思で引き受けた以上責任は果たすべき。
犬飼は見た目は軽薄に見えるが、そういった責任感はしっかりした少年である。
中途半端な事はしないし、やるからには徹底的に。
敢えて棘のある言葉を選んでいるのも、若村がそれを望んでいるからだ。
若村は、これまで足踏みを続けてきた自分自身への苛立ちを未だ消化しきれていない。
自分の行動を顧みているのは良い事だが、少々自己嫌悪のきらいが強過ぎる。
此処で犬飼が彼を励ます言葉
だからこそ、敢えて犬飼は時折言葉に棘を混ぜる。
こういう相手は、下手に腫れものを扱うように優しく接すると逆効果だ。
叱責や発破こそを彼は求めているのだから、敢えて厳しい態度で接する事も時には必要だ。
そのあたりの空気を、犬飼は読み間違えはしない。
深刻になり過ぎる事がないように、敢えて軽い口調で言う心配りも忘れてはいない。
それくらい出来なければ、
隊での苦労に比べれば、若村など可愛いものだ。
そう、強く思う犬飼なのであった。
「それに、この『スパイダー』には『那須隊』を相手にする場合のみ発揮される
「攻撃能力が、ない……? あ、そうか……っ! 七海先輩のサイドエフェクト……ッ!」
「その通り」
若村の推察を笑顔で肯定し、犬飼はぱん、と手を叩く。
「七海くんのサイドエフェクトは、痛みが────つまり
そう、七海のサイドエフェクト『感知痛覚体質』は
同様に、『スパイダー』は攻撃力が絶無である為七海のサイドエフェクトの感知対象外となる。
更に『鉛弾』と違い
こと七海相手に絞れば、『スパイダー』というトリガーはこの上なく有効な対策に成り得るのだ。
「け、けど七海には『メテオラ』があります。『スパイダー』を張っても、『メテオラ』で吹き飛ばされれば意味がないんじゃ……」
「そうはならないよ。少なくとも、
「それはどういう……」
犬飼は人の悪い笑みを浮かべ、告げる。
「その為に、『工業地帯』っていう
「おらあ……っ!」
「……っ!」
若村は香取によって肩を斬られた七海に向け、突撃銃の引き金を引き銃撃を放つ。
七海はシールドを貼ってそれを防御し、バックステップで距離を取る。
普段であればサイドステップを用いて若村の背後を取ろうとする七海だが、この場には『スパイダー』が張り巡らされている。
まずはこの蜘蛛の巣を出ない事には、七海は身動きが取れない。
サイドエフェクトによる感知が効かない『スパイダー』は、七海にとって厄介極まりない
ワイヤーそのものは注意して見れば判別出来るものの、『夜』という条件も相俟って黒く染まったワイヤーは暗視を用いても見え難い事この上ない。
故に、七海としては一刻も早くこの場を離脱したい所だが────。
「────」
「……っ!」
────それを許す程、今の『香取隊』は愚鈍ではない。
七海をこの場から逃がすまいと、香取の追撃が放たれる。
壁を伝い、七海の背後に回り込んだ香取の右腕から伸びた『スコーピオン』が七海の背に振るわれる。
七海はそれを自らの『スコーピオン』で防御し、バックステップで距離を取ろうとする。
「……っ!?」
だが、その背に当たるワイヤーがそれを阻む。
離脱に失敗した七海に、香取が再び斬撃を放つ。
七海は紙一重でそれを躱し、先程香取がいた場所へ────即ちワイヤーが張られていないであろう場所へ、駆ける。
「逃がさない」
しかし、香取はその場で飛び上がると、何もない空中に着地。
そのまま空を駆けるような軌道で疾駆し、七海の側面に着地する。
「く……っ!」
ガキン、という硬質な音が響く。
香取の『スコーピオン』と、七海の『スコーピオン』が鍔迫り合い火花を散らす。
だが、『スコーピオン』は耐久力の低いトリガー。
『スコーピオン』同士で打ち合えば、防御した側が不利になるのは通り。
七海の『スコーピオン』は罅割れ、砕け散る。
その隙を逃さず、香取が攻める。
「チッ……!」
「……っ!」
しかし、七海は香取の斬撃を大きくしゃがむ事で回避。
バックステップで距離を取り、体勢を立て直す。
「厄介だな」
七海は一人、呟く。
サイドエフェクトが通じない『スパイダー』を用いて、七海の動きを制限する。
そして、香取は張られたワイヤーを利用した三次元軌道で機動力に磨きをかけ、こちらを追い詰める。
回避主体の七海にとって、何処に糸が張ってあるか分からないこの空間は回避機動が制限されやり難い事この上ない。
そして、守りに入った者を逃す程、香取は甘くはない。
香取は『万能手』ながら、近接戦闘のセンスは上位の攻撃手並みに高い。
彼女を倒す為には、その攻撃力を上回る攻撃力を以て正面から打ち倒すか、策を以て嵌め殺すのが得策だ。
だが、このワイヤーの中では香取の脅威度は段違いに跳ね上がる。
七海の基本となる回避機動を制限され、香取の機動力には明らかなブーストがかかっている。
認めよう。
香取は、『香取隊』は、強くなった。
今度は七海への明確な対策を用意して、この試合に臨んで来ている。
無論、策がないワケではない。
『スパイダー』は確かに厄介なトリガーだが、強度はさほど高くはない。
ブレードで斬っても良いし、射手トリガーで破壊しても良い。
一番手っ取り早いのは、『メテオラ』を用いて建物ごと一掃する方法であるが……。
(そこまで、考えてたってワケか。
「香取隊長のワイヤーを使った攻勢に、七海隊員防戦一方……っ! 流石の七海隊員も、この蜘蛛の巣の中では身動きが取れないか……っ!」
実況席で、宇佐美の声が響き渡る。
映像の中では、ワイヤーを駆使した香取達の攻勢を紙一重で防ぐ七海の姿があった。
ROUND4の時とはまるで違う、防戦一方の七海の姿。
それは、誰の目にも香取隊の成長が明確に映る結果となっていた。
「ワイヤーを使った香取ちゃんの機動力が、思った以上に凄いね。七海くんも動き難そうだし、このままじゃ辛そうだね」
でも、と北添は続ける。
「どうして七海くんは、『メテオラ』を使わないんだろう? ワイヤーも、『メテオラ』で吹き飛ばしちゃえば簡単なのに」
「それは簡単さ。七海くんは、明確な位置を知られる事を恐れているんだよ。他ならぬ、生駒さんにね」
多分ゾエさんも分かって振ってくれたんだと思うけど、と前置きしながら犬飼は続ける。
「この『工業地帯』ってMAPは、結構狭い。それでいて射線が通り難くて視界も良いとは言えないけど、流石に『夜』って状況で『メテオラ』を使えば一発で居場所がバレるからね。七海くんとしても、それは避けたいって事さ」
そう、この『工業地帯』というMAPは数あるMAPの中でもかなり狭い部類に入り、合流もし易いが相手チームとのエンカウント率も同様に高い。
そして『夜』という状況下で爆音と派手な光を伴う『メテオラ』を使えば、遠目からでも居場所が丸わかりだ。
それだけなら、なんとでもなる。
元々、乱戦は七海が得意とするフィールドである。
相手チームを惹き付けるのは、本来であれば願ってもない状態ではある。
「成程ね。下手に居場所がバレると、『生駒旋空』が飛んできかねないってワケか」
「そういう事だね」
────だが、この戦場には40メートルという驚異の射程を持つ『生駒旋空』を繰り出す生駒がいる。
この狭いMAPでは、その脅威度は更に跳ね上がると言っても過言ではない。
何せ、障害物など関係なしで防御不能の攻撃力と凄まじい速度を持つ『旋空弧月』がいきなり飛んで来るのだ。
幾ら回避に特化したサイドエフェクトを持つ七海とて、早々避けられる代物ではない。
特に、香取と交戦している最中では。
故に、七海はこの場で『メテオラ』は使えない。
少なくとも、生駒を誰かが抑えない限りは。
「つまり『香取隊』は敢えて生駒さんの脅威度が上がるMAPを選んで、七海くんの動きを封じてるって事か。でもさ、それって」
「うん、長くは続かないね。『生駒隊』は、この状況をただ眺めてる程甘い隊じゃない」
それに、と犬飼は続ける。
「そろそろ、彼女達も動く筈だよ。あの子達は、見た目程お淑やかってワケでもないからね」
「どうやら、『那須隊』と『香取隊』とでバッグワーム着たまま戦り合うてるみたいですわ。イコさん、フォローは俺らでするんでここらで一発いっときます?」
「了解や」
合流した水上と生駒は、レーダーから消えたままの『香取隊』と『那須隊』を見て決断を下していた。
即ち、『生駒旋空』で障害物を切り払う、と。
大体の相手の位置は予測出来ているが、当たれば儲けもの、といった程度である。
本命は、邪魔な建造物を切り倒す事にある。
三次元機動を得意とする香取や七海と戦り合うには、この入り組んだ地形は邪魔でしかない。
特に『那須隊』は、障害物を利用した戦術をよく使う。
水上と合流出来た今、『生駒旋空』使用を躊躇う理由は何もない。
生駒は腰を低くして、居合い抜きの構えを取った。
「……っ! イコさん、上や……っ!」
「む……っ!」
────だが、それを許さぬ者がいた。
上空から飛んで来る、無数の光弾。
それが、流星のように彼等の下へ降り注いだ。
「ぐ……!」
「……っ!」
二人はそれを、咄嗟の固定シールドでガード。
「やっぱ、『トマホーク』かいな。こら、那須さんが近くにおるなあ」
「そやな」
未だ姿は見えないが、間違いない。
『合成弾』を使う射手は、相手チームでも一人だけ。
────那須玲。
『バイパー』を自在に扱う魔弾の射手が、その姿を垣間見せた瞬間だった。
こういう風に戦術を組み立てて披露するの、好きです。
ランク戦は考える事も多いけど、コツを覚えると書くの楽しいですよ。
尚、文体自体は菌糸類に汚染されている模様