痛みを識るもの   作:デスイーター

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生駒隊①

「此処で那須隊長、生駒隊に仕掛けた……っ! さあ、こちらでも戦闘開始だ……っ!」

「そっち行くのか。ま、順当だね」

 

 犬飼は映像を見ながら、薄く笑みを浮かべる。

 

 その表情に、特に驚きはない。

 

 予想通りの展開、といった風情であった。

 

「てっきり七海くんを助けに行くと思ったけど、そうじゃないんだね」

「直接助けに行くと、今度は那須さんも『スパイダー』の網に絡め取られる危険があるからね。『香取隊』がワイヤーを張ったのがあの場所だけって保証がない以上、迂闊に飛び込むのは危険だし」

 

 それくらい、考えている筈だよ、と犬飼は告げる。

 

 確かに、七海と違い攻撃回避に活用できる副作用(サイドエフェクト)がなく近接戦闘が不得手な那須は、ワイヤー地帯に踏み込んでしまえばそのまま落とされる可能性が高い。

 

 ワイヤーによる罠は、機動力を主な武器とする七海や那須にとってかなり有効な武器である。

 

 それを『那須隊』の対策として持ち出してきた以上、『香取隊』側の準備は抜かりない筈だ。

 

 恐らく、この狭く複雑なMAPを選んだのはワイヤーを張り易くする為でもあるのだろう。

 

 開始直後からバッグワームで消えてから七海と接敵するまで、それなりの数のワイヤーを張っているだろう。

 

 現在七海が『香取隊』と戦っている場所の周囲に那須を絡め取る為のワイヤー地帯があっても、なんら不思議ではない。

 

 故にこそ、那須は『生駒隊』への対処を優先した。

 

 本心ではすぐにでも七海を助けに行きたいだろうが、今の那須は感情で合理性を失いはしない。

 

 自身の心情を押し殺してでも、的確な判断を取る筈である。

 

「この試合で『香取隊』や『那須隊』が一番警戒しなきゃいけないのは、建物越しの『生駒旋空』の不意打ちで落とされる事だからね。『香取隊』がその脅威を逆手に取って七海くんを追い込んでいる以上、『那須隊』としちゃ生駒さんを放置する事は出来ないワケだ」

「確かにこのMAPだと、『生駒旋空』を察知し難いからね。『那須隊』としては、生駒さんを抑えるのはむしろ当然の動きだね」

 

 犬飼の説明を、宇佐美がそう言って肯定する。

 

 この狭いMAPでは、『生駒旋空』の射程と威力はかなりの脅威となる。

 

 だからこそ『香取隊』は、その脅威を利用して七海の『メテオラ』使用による状況打破を封じる事が出来ているのだ。

 

 逆に言えば、『生駒旋空』さえ封じられれば七海は不利な状況を脱する事が出来る。

 

 那須は、その為に生駒を抑えにやって来たのだ。

 

「さて、問題は此処からだね。那須さんが生駒さんを抑えられるかどうかで、大分違って来る。どうなるかな?」

 

 

 

 

「来たで……っ!」

「俺、知ってるで。あれ流れ星言うんやろ? ほな、お願いすれば止めてくれるんとちゃうか?」

「んなワケあるかいな。あれ、流れ星やのうて流星言うんやで」

「それ同じと違うか?」

 

 漫才のようなやり取りをしながら、水上と生駒はシールドで建物を迂回して飛んで来た光弾の雨を防ぎ続ける。

 

 先程の『トマホーク』の着弾から、ひっきりなしに降り注ぐ『バイパー』の雨あられ。

 

 様々な場所から飛んで来る光弾の群れに、二人は防戦一方となっていた。

 

 相手の位置が分かれば、『生駒旋空』で薙ぎ払える。

 

 射撃が途切れれば、建物を斬り捨てて炙り出せる。

 

 だが、先程から那須はとにかく絶え間なく射撃を継続させており、『旋空』を放つ暇がない。

 

 厄介なのは、時間差で様々な方向から射撃が襲って来る事だ。

 

 射撃の来る方角も一定せず、地面を滑るように襲って来る時もあれば上空から雨のように降り注いでくる事もある。

 

 この『工業地区』の入り組んだ地形を最大限に活用した、那須の真骨頂とも言える立ち回りだった。

 

 その那須は、射撃を始めてから一度も姿を見せていない。

 

 機動戦を仕掛けて射程で有利を取りながら相手を翻弄するのが那須の基本のスタイルだが、『生駒旋空』という超射程の武器を持つ生駒相手に下手に姿を晒すのは自殺行為だ。

 

 それを分かっているからこそ、那須は徹底して姿を隠して自身の位置を誤魔化しながら射撃を続けている。

 

 自分の特性と相手との相性を理解した、堅実な立ち回りと言えた。

 

(けど、攻めっ気が見られへんな。()()()()()()()、そういうやり方や。つまり今『那須隊』は、イコさんを抑えとかなならん()()があるっちゅー事やな)

 

 …………それは逆に言えば、現状の那須の狙いを浮き彫りにする立ち回りでもあった。

 

 水上は現在の状況から、『那須隊』の狙いを推察する。

 

 未だ自分達以外の隊のメンバーは、レーダーから消えている。

 

 唯一両攻撃(フルアタック)での射撃を行う那須はレーダーに映っているのだが、那須は攻撃の瞬間()()バッグワームを解除している様子であり、更に機動力を活かして周囲を常に跳び回って移動しているらしく、中々現在位置を特定出来ない。

 

 先程何処からか聞こえてきた剣戟の音も、今や那須の射撃音に掻き消されて聞き取れない。

 

 何処かでバッグワームを使ったまま『香取隊』と『那須隊』が戦り合っているのは確実なのだが、その位置が特定出来ない。

 

(ん……? 『香取隊』が、『那須隊』と戦り合う……?)

 

 水上はその時、ふと気付く。

 

 『香取隊』は、エースの香取を中心としたチームだ。

 

 前回で隊の戦術の基礎部分は改善されたようだが、若村や三浦はお世辞にも単騎でマスタークラスの実力者とやり合える力を持っているとは言えない。

 

 二人共チームメイト、即ち香取の補助が本分であり、単独での戦闘は追い詰められでもしない限り選ばない筈だ。

 

 そして、那須が此処にいる以上『那須隊』で近接戦闘が出来るのは七海と熊谷の二名。

 

 熊谷は受け太刀を得意とする防御的な攻撃手であり、最近『ハウンド』を習得し中距離戦にも対応した。

 

 そして七海は言うまでもなくマスタークラスの実力者であり、回避機動と攪乱能力は他の追随を許さない。

 

 どちらであっても、若村や三浦が単騎で戦り合うとなれば分が悪い。

 

(熊谷さんは立ち回り上時間稼ぎは得意分野の筈やし、もしあの子が戦り合うてるなら那須さんはその援護に向かう筈。なのにこちらに来たっちゅー事は、イコさんさえ抑えれば()()()はどうとでもなるっちゅー事やな)

 

 つまり、と水上は結論を出す。

 

(────『香取隊』と、正確には香取ちゃんと戦り合うてるんは七海や。イコさんを抑えてるのは、そうせんと七海が自由に動けへんからやな。こりゃ、よっぽどイコさんの『旋空』を警戒しとるようやな)

 

 ならば話は簡単だ、と水上はすぐさま行動に移す。

 

 生駒に視線を向ければ、即座に首肯が返って来る。

 

 好きにやれ、という事だろう。

 

 生駒は、お世辞にも指揮が上手いとは言えない。

 

 だが、自分のやるべき事は弁えている男だ。

 

 色々とノリで動いているように見えて、決める時は決める男なのだ、彼は。

 

 ならば、水上は隊のブレインとしてチームを勝利に導くべく指揮を執るのみ。

 

 自分達の手札と、相手の手札。

 

 それを読み切り、最善の一手を指し示す。

 

 それこそが、彼の役割(ロール)

 

 水上は、その明晰な頭脳で次の一手を導き出す。

 

「隠岐、そっから那須さんは見えるかいな?」

『チラチラとは見えますけど、凄いスピードで移動してますさかい細かい居場所まではちょっと』

 

 ふむ、と水上は一瞬思案する。

 

「そんなら、大まかな場所は分かるんやな?」

『それならなんとか』

「充分や。その位置情報を共有すんで」

『分かりました』

 

 水上の指示で、オペレーターを通じて那須の大まかな位置情報と移動予測経路が示される。

 

 これまで那須は、攻撃の時のみバッグワームを解除している。

 

 攻撃後はすぐさまバッグワームを着て移動する為に居場所を特定出来ずにいたが、逆に言えば()()()()()()()()()()()()()()()という事でもある。

 

 これまで反応が出た箇所から移動経路を算出し、大まかな位置予測を立てる事は出来る。

 

 オペレーターとの密な連携がなければ出来ない芸当ではあるが、四人部隊を支えるオペレーターだけあって真織のオペレート能力は優秀だ。

 

 このくらい難なくこなせずして、B級上位の部隊オペレーターは務まらない。

 

 情報を得た水上は、すぐさまチームメイトへ指示を出す。

 

「海、今から那須さんを炙り出すさかい。見えたら追いかけーや」

『了解しましたっ!』

 

 出来るのか、とは問わない。

 

 水上がやると言った以上、それは最早確定事項だ。

 

 お互いの実力を信頼しているからこそ、その時その場で最善の選択が取れる。

 

 それが、『生駒隊』の強み。

 

 安定感という点では随一な、B級上位部隊の本領である。

 

「イコさん、そろそろ仕掛けるんで準備頼んます」

「了解。やったるで」

 

 

 

 

『葉子ちゃん、那須さんが生駒隊とやりあってる。七海くんの動きに注意して』

「分かった」

 

 香取は三浦からの報告を聞き、『スコーピオン』を廃棄して右手にハンドガンを出現させる。

 

 そして、上に跳躍しながら両手のハンドガンで『アステロイド』と『ハウンド』の斉射を開始した。

 

「……っ!」

 

 七海はその銃撃を、シールドを張って防ぐ。

 

 香取が近距離戦から中距離戦に切り替えたのは、七海に『メテオラ』を使う隙を与えないようにする為だ。

 

 『メテオラ』は、トリオンキューブの状態で衝撃が与えられればその場で起爆する。

 

 つまり、『メテオラ』を出す時にはトリオンキューブを狙われて爆発に巻き込まれるリスクが常に付き纏う。

 

 幾ら高い回避技術を持つ七海とて、至近距離で意図しないタイミングで爆弾が爆発すれば避ける事は難しい。

 

 だからこその、銃手トリガーによる両攻撃(フルアタック)

 

 香取はワイヤーを踏み、上へ横へと跳躍しながら、続け様に銃撃を見舞う。

 

 別の方向からも、若村が銃撃で援護する。

 

 この場からは、絶対に逃がさない。

 

 そんな強い意志の下での、迷いのない攻撃であった。

 

(こいつは、此処で仕留める……っ!)

 

 元より、香取達が第一に狙ったのは短期決戦。

 

 『生駒旋空』という特上の脅威を利用し、七海を蜘蛛の巣で絡め取り速やかに仕留める。

 

 それが、『香取隊』の作戦。

 

 無論持ち込んだ策はそれだけではないのだが、此処で七海を仕留める事が出来れば後々が大分楽になる。

 

 故に香取は、全力で七海を追い立てる。

 

 前回の雪辱を果たす為に、今度こそ。

 

『葉子。無理に攻めないで。下手に焦ると、相手の思う壺よ』

「……っ! 分かった」

 

 熱くなりかけた香取の耳に、染井(幼馴染)の静かな声が伝わる。

 

 それだけで、香取は冷静さを取り戻した。

 

 以前のように、文句を垂れる事もない。

 

 ただ、染井の忠告を聞き入れ立ち回りから粗が消えた。

 

「────」

 

 その変化を見ていた七海の顔が、僅かに歪む。

 

 香取から焦りが消えた事を、すぐさま察知したのだろう。

 

 攪乱を得意とする七海にとって、焦って攻めて来る相手は格好のカモでしかない。

 

 前回の戦いでの香取が、まさにそれだった。

 

 ROUND4の香取は七海に翻弄されて頭に血が上り、チームメイトはそんな香取の暴走を抑えきれていなかった。

 

 だが、今の香取はあの時とは違う。

 

 きちんとチームメイトを()()として認め、忠言を聞く潔さを身に着けた。

 

 それだけで、香取の立ち回りは別物になったと言って良い。

 

 挑発を受けても、仲間の声で立ち止まる事が出来るようになった。

 

 チームとして戦う意味を、今の香取はきちんと理解している。

 

 故に、無理はしない。

 

 獲れる点を、確実に獲る。

 

 その為に、これまで散々準備を重ねて来たのである。

 

 今更、しくじるワケにはいかない。

 

 その想いが、香取の心を奮い立たせる。

 

 焦らず、落ち着いて堅実に攻める。

 

 その姿勢が、香取には身に付きつつあった。

 

(どちらにしろ、逃がす気はないわ。時間をかけても良いから、必ず此処で仕留めてやる)

 

 香取は、銃撃を続ける。

 

 七海は未だ、蜘蛛の網から抜け出せずにいた。

 

 

 

 

『那須先輩、七海先輩は香取さんの妨害でワイヤー地帯から出る事が出来ていません。茜を使いますか?』

「いいえ、茜ちゃんはまだ使い時じゃないわ。いっその事、このまま生駒さんをそっちへ連れて行った方がいいかしら? 乱戦になれば、こっちが有利になるもの」

 

 小夜子からの報告を聞き、那須はそう返答する。

 

 当初の予定では那須が生駒を抑えているうちに七海が『メテオラ』を使ってワイヤー地帯から離脱する筈だったが、現時点でそれは困難だ。

 

 ならば、このまま生駒を七海達の所まで誘導し、乱戦に持ち込んだ方が良い。

 

 『生駒旋空』であれば、建物ごとワイヤーも両断出来る筈だ。

 

「一発『トマホーク』を撃って、削りを入れながら撤退するわ。小夜ちゃん、サポートお願い」

『了解です』

 

 那須はその場で『メテオラ』と『バイパー』のトリオンキューブを合成し、合成弾を作り上げる。

 

 分割は、最小限。

 

 高威力の『トマホーク』で、相手を浮き足立たせる事こそが彼女の狙い。

 

 那須は、迷う事なく『トマホーク』を発射した。

 

 

 

 

「来たで……っ! 頼んます、イコさん」

「おう」

 

 水上は、上空から飛来する無数の弾丸の正体を、その弾速から即座に看破。

 

 チームのブレインの指示を受けた生駒が、納刀した『弧月』の柄に手をかける。

 

 生駒の集中力が、一瞬にして極限まで高まった。

 

 腰を低くするその体勢は、間違いなく居合い抜きの立ち姿。

 

 鍔に、指が触れる。

 

 刀身が、僅かに垣間見える。

 

 標的、視認。

 

 方位角、固定。

 

「旋空──────」

 

 全ての集中を、一瞬に凝縮。

 

 そして、斬撃が放たれる。

 

「────────弧月」

 

 ────────弧月、一閃。

 

 生駒の尋常ではない剣速で振り抜かれた拡張ブレードが、弾数を絞った『トマホーク』を薙ぎ払う。

 

 『旋空』によって斬り裂かれた弾丸は、即座に起爆。

 

 周囲の『トマホーク』の弾丸を巻き込み、誘爆が連鎖。

 

 その弾丸の殆どが爆発に飲み込まれ、消える。

 

「────見つけたで」

 

 そして、一瞬遅れて建造物が斜めに斬り裂かれ倒壊。

 

 その、両断された建物の向こう。

 

 そこに、唖然とした表情の那須の姿があった。

 

 まさか、『トマホーク』を撃墜されるとは思いもしなかったのであろう。

 

 その眼は、驚愕に見開かれていた。




 イコさんって居合い抜き可能なんで、今回はそういう面をピックアップしていきます。

 リアル剣術家のイコさん、いいよね

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