「此処で『生駒旋空』が炸裂……っ! 『トマホーク』を切り払った上で、那須隊長を炙り出した……っ!」
「改めて見ると、ホント凄いね。イコさん」
『旋空』で合成弾を撃ち落とすという見栄え抜群の展開に、会場が沸き立っている。
確かにたった今撃墜された『トマホーク』は威力重視でキューブの分割も少なかったが、それを『旋空弧月』で切り払って迎撃するなど、誰が思おう。
そもそも、弾速が遅めの合成弾とはいえ射手トリガーを狙って切り払うという芸当自体がまずおかしい。
自分に向かって放たれた弾丸を刀身でガードするくらいならまだしも、空中の弾丸を剣による薙ぎ払いで迎撃するなど相当の反射神経と研ぎ澄まされた剣の技巧がなければ不可能だ。
それを当然の如く成し遂げたのが、生駒達人。
『旋空弧月』の達人にして、居合い抜きを収めているボーダーでも指折りの剣士である。
仲間とのやり取りは冗談のようなノリの軽さだが、その実力は冗談では済まされない。
生駒の攻撃手のランクは、NO6。
村上よりは下ではあるが、それは決して彼の技量が村上に劣る事を意味しない。
元より、村上には再戦を有利にするサイドエフェクト、『強化睡眠記憶』がある。
村上はその性質上、他の攻撃手とは努力の
それは歴とした彼の武器であり卑下するものではないが、生駒はそういった先天的な才能の後押しなしで実力者揃いの攻撃手界隈の中で6位という順位に上り詰めている。
その技巧は、実力は、本物だ。
彼の本当の脅威は、直に戦う事でしか理解出来ない。
故に、『生駒旋空』を知る相手であっても
生駒の実力は、映像だけで理解しきれるものではないのだから。
「前回の村上くんもほとほと変態的な技巧を見せてくれたけど、生駒さんも負けてないねー。ホント、上位組はおっかないや」
へらへらと笑う犬飼だが、その眼は油断なく映像の中の生駒を捉えている。
よく見れば、その眼は全く笑っていない。
改めて思い知る事となった生駒の実力を、彼は警戒しているのだろう。
実際に戦った時、どう倒すか。どう戦うか。
それを、思考している眼だ。
無論、解説を疎かにする気は彼にはない。
それはそれ、これはこれだ。
だが、解説している裏で別の思考を同時に巡らせてはならないという決まりはない。
折角の機会を、活かさない手はない。
こういう抜かりのなさこそ、二宮隊のバランサーたる彼の立ち回りの巧さを支える要因であろう。
「でも、合成弾を撃ち落とすなんてよく出来たね。まあ、『生駒旋空』の射程あってのものだろうけど。そういえば『生駒旋空』って、どうしてあんな射程が伸びるのかな?」
うち、『弧月』使いいないんだよね、と北添が漏らす。
確かに影浦隊はスコーピオン使いの攻撃手と、銃手、狙撃手で構成される部隊だ。
ならば、彼が旋空の仕組みについて知らないのも無理はない。
極論、対処法さえ知っていれば仕組みまで知る必要はないからだ。
「それならバッチシ、予習して来たからね。任せて」
だが、割と勤勉な性格の宇佐美は今回の解説で求められるであろう『生駒旋空』の仕組みについてしっかり調べを済ませていた。
彼女は彼女で、抜かりはない。
「そもそも、『旋空』の射程ってのは効果時間と反比例しててね。普通の『旋空』は大体1秒くらい起動して15メートルくらいの射程なんだよ」
踏み込んでも大体20メートルくらいが限度みたいだよ、と宇佐美が補足する。
「でも、生駒さんの『旋空』はその起動時間を0.2秒くらいに絞って射程を40メートルまで伸ばしてるの。リアルで居合い抜きを収めててとんでもない剣速を持ってる生駒さんだからこそ、出来た凄技と言えるね」
「今、なんか褒められた気がする」
「ホンマかもしれへんけど、今はこっちに集中せなあかんで」
早くせんと逃げられるさかいな、と水上が告げる。
視線の先には、両断された建物の向こう側に立つ那須の姿。
工場のパイプの上に立つ那須は、驚愕冷めやらぬ目でこちらを見据えている。
まさか、『トマホーク』を『旋空』で撃ち落とされるとは彼女も考えてはいなかっただろう。
幾ら威力を重視する為に分割数を絞ったとはいえ、10個以上の数はあったのだ。
それを一閃で全て撃ち落とされるなど、誰が思おう。
無論、全ての弾丸が『旋空』で薙ぎ払われたワケではない。
だが、撃ち漏らした弾丸は他の『トマホーク』の誘爆に巻き込まれる形で起爆した。
結果として、生駒はシールドを用いる事なく那須の『トマホーク』を凌ぎ切り、建物を切り払って那須を建物の影から炙り出した。
生駒の技量あっての、ごり押しの対応。
しかしこの場面では、最適と言える対処でもあった。
「────」
このままでは、落とされる。
そう判断した那須は、目晦ましの為に
生駒の『旋空』相手に、シールドは無意味。
故に、取るべき対処は弾数に任せた牽制。
自らの十八番である『バイパー』を放ち、生駒達の動きを牽制する。
「海」
「了解っ!」
「……っ!」
────だが、その程度、『生駒隊』が見抜けない筈がない。
那須の背後から、弧月を構えた小柄な少年────南沢が斬りかかる。
その斬撃に対し、那須はパイプから飛び降りる事で対処。
だが無論、攻撃の手は緩まない。
南沢は迷わず那須の後を追い、空中に躍り出る。
那須はそんな彼を迎撃しようと、トリオンキューブを展開し────。
『狙撃警戒……っ! 南です……っ!』
「……っ!」
────通信越しに聞こえた小夜子の警告により、即座にトリオンキューブを解除。
「うりゃ……っ!」
「……っ!!」
しかしそれは、南沢への対処を放棄した事と同義。
そのまま弧月を振り下ろした南沢の斬撃により、那須の左腕が斬り飛ばされた。
「く……っ!」
負傷した那須は、遠目に『アイビス』を構えた狙撃手、隠岐の姿を確認。
狙撃手の位置を確認すると、即座にグラスホッパーを展開。
そのまま反射台を踏み込み、射線の切れる場所へ退避する。
前門には、生駒と水上。
後門には、南沢と隠岐。
那須は、結果として『生駒隊』に取り囲まれる立ち位置となった。
「ありゃりゃ、『アイビス』防がれてもうた。でもま、結果オーライやろ」
建物の上でアイビスを構えていた隠岐は、那須を仕留め損なった事を確認し溜め息を吐く。
絶好のタイミングだと思ったのだが、どうやら那須隊のオペレーターは思っていた以上に優秀らしい。
だが、これで那須を取り囲む事が出来た。
狙撃こそ防がれたものの、その隙を突いて南沢が那須の片腕を斬り落とす事に成功した。
射手である那須は腕がなくとも戦えるが、ダメージを与えた事に変わりはない。
今の一撃で、それなりの数のトリオンが漏出した筈である。
後はこのまま削り殺すように追い詰めれば、どうとでもなる。
那須と隠岐のいる場所は、それなりの距離がある。
バイパーを射程重視に調整すれば届く可能性はあるが、そもそも今那須の眼前には南沢が、近くには生駒と水上がいるのだ。
自分を構っている暇は、今の那須にはない筈である。
「まあでも、射線切られてもうたさかい。移動せなあかんな」
今ので自分の位置は割れたやろし、と隠岐はぼやく。
七海は香取と戦闘中らしいが、どうやら建物の影で戦っているらしく隠岐のいる場所から視認する事は出来ていない。
しかし、まだ香取隊の三浦や那須隊の熊谷、茜の位置が不明だ。
狙撃で居場所が割れた自分を、追い掛けて来てもおかしくはない。
隠岐は狙撃手としては珍しく移動手段としてグラスホッパーを用いているが、それでも寄られないに越した事はない。
基本的に、距離を詰められた狙撃手の末路というのは決まっているのだから。
『隠岐……っ! 近くに誰かおんで……っ!』
「げっ」
そんな時、オペレーターの真織から
だが、見まわしても周囲に人影はない。
これは、つまり。
『カメレオン使うとるみたいや……っ! 気ィ付けや……っ!』
「三浦くんかいな……っ!」
反応があるのに、姿は無い。
ならば、答えは一つ。
隠密トリガー、『カメレオン』。
それを使用した人物が、近くにいる。
この試合で、カメレオンを基本セットしているのは『香取隊』の二人だけ。
そして、未だ銃撃がないという事は若村ではない。
三浦が、近くに潜んでいる。
隠岐のいる場所は、建物の屋上。
だが、トリオン体の跳躍力なら屋上まで跳んで来る事は容易だ。
いつ攻撃が来ても、不思議ではない。
「マリオちゃん、反応は?」
『正面や……っ! 建物の近くにおんで……っ!』
「そらまた、けったいやなあ」
だが、『カメレオン』には発動中他のトリガーを一切使えなくなるという欠点がある。
更に発動しているだけでトリオンを消費し続ける為、長時間の使用には向かない。
『カメレオン』を用いた奇襲を行う場合、攻撃の際には必ず透明化を解除しなければならない。
故に、警戒さえ怠らなければどうとでもなる。
だがそれは、近接戦闘に対応した攻撃手の場合の話である。
狙撃手はそもそも、
相手が『カメレオン』を解除する時というのは、必然的に隠岐に肉薄した段階となる。
そうなった段階で、狙撃手である隠岐としてはほぼ
「逃げるが八卦やな」
隠岐は、即座に撤退を選択。
三浦と思しき反応から遠ざかるべく、反対側の路地に飛び降りる。
そして即座に、グラスホッパーを起動。
反射台トリガーを踏み込み、逃走を開始する。
「イコさん、三浦くんをそっちに連れてくんで頼んます」
『了解』
『三浦に気ぃ取られ過ぎて那須さんにやられんようにな』
「わかってますって」
隠岐はチームメイトへの通信を終えながら、全速力で路地を駆ける。
知っている限り、三浦はグラスホッパーを所持していない。
ROUND4の時の那須のようにいきなりセットしている可能性はあるが、三浦の動きはお世辞にも機動戦に向いているとは言い難かった。
グラスホッパーは、癖の強いトリガーである。
展開位置や踏み込む強さや角度の調整、そして空中でのバランス感覚の保持が必須となる。
使いこなすには、トリガーとの相性の良さやもしくは根気強い努力が要る。
それが、グラスホッパーの持つ利便性の割に使用している隊員がそこまで多くない理由である。
隠岐は元々身軽なタチであり、習得にはそこまで苦労はしなかった。
だが恐らく、三浦は違う。
三浦の立ち回りは、どちらかというと那須隊の熊谷や鈴鳴第一の村上と同じ、守備的なものに近い。
そういったタイプは防御に比重を置いている分、機動力はそこまで高くはない。
基本的に、グラスホッパーを使用する攻撃手というのは
真逆のタイプの三浦とグラスホッパーは、相性が悪いのだ。
故に、三浦がグラスホッパーを装備している可能性は限りなく低い。
そして、素の機動力もそこまで高くはない。
油断さえしなければ、このまま逃げ切る事が出来るだろう。
(むしろ注意せなならんのは、那須さんの方やな。前回の試合を見る限り、いざとなれば相打ち狙いで特攻してもおかしかない。捨て身で落とされるのはゴメンやな)
隠岐の脳裏には、映像で見た前回のROUNDで自身が落ちる事さえ顧みず東隊に牙を剥いた那須の姿が過っている。
彼女は、いざとなれば自らの身さえ顧みない怖さがある。
追い詰められた獣は恐ろしい、というが彼女はまさにそれだ。
捨て身の特攻ほど、怖いものはない。
防御を捨てた攻撃というのは、かなり鋭い。
生半可な防御では、容易に打ち崩してしまう程には。
故に、手負いの相手こそ注意を払わなければならない。
仮想空間での戦闘という性質上、落とされたとしても失うのはポイントだけだ。
故に、いざとなれば捨て身で攻撃する、という選択肢が普通に有り得てしまう。
隠岐自身、似たような事はしているのだ。
相手がそうしない保証など、何処にもない。
故に、隠岐は意識の比重を那須の方へと傾けた。
傾けて、しまったのだ。
「うわ……っ!?」
故に、網にかかる。
隠岐は咄嗟にグラスホッパーを展開し、地面との激突を回避しようとする。
「────旋空弧月」
────だが、その判断は遅きに失した。
「へ……?」
隠岐は何が起きたか分からず、下を見る。
そこには、両断され致命傷を負った自分の身体。
振り向けば、そこには弧月を振り切った三浦の姿がある。
よくよく見れば、彼の足元には折り重なった無数の
隠岐が足を取られたのも、あれと同種の代物だろう。
『戦闘体活動限界。『
その姿を捉えた、刹那。
機械音声が隠岐の敗北を告げ、『生駒隊』の狙撃手は今試合最初の脱落者となった。
グラスホッパー、あんだけ便利ならもっと使用者がいてもいいのにあんましいないのは、使いこなすのが難しいからだと思うんですよね。
身軽さとバランス感覚がないと厳しいんで、使用者少ないってのはありそう。