▼もしも、もときが『私』の人格搭載だったら。
「その程度かね失望させないでほしいのだが?」
腕を抑えて膝をついて腕を抑える、天与の美をもつ男、秋もときは抑えた腕から滴り落ちる赤い雫で大地を僅かだが染めつつあった。
漆黒のコートに身を纏う男はそういって泰然とした姿でもときを見下ろしていた。
クラシカルなその服はさながら映画の世界から抜け出した吸血鬼ドラキュラである。
実際彼は吸血鬼、それもノマドの首魁にして対魔忍の宿敵エドウィン・ブラックであった。
「たしかにその美くしさは私でも言葉を失うほどだが、実力はそう大したものではないな」
もときの操る妖糸はもときの手によることで鋼さえ断ち切る殺戮の刃と化す。
その神業と言える手先の繊細極まる動きと力によって成り立つのだ。
エドウィン・ブラックは重力を操りその微細な力を阻害して妖糸の動きを狂わせる。
もときの技の天敵ともいえる存在だ。
無言で糸を振るうもときだが、その糸が敵を切り裂く前に断ち切られる。
「いくら顔が良くても所詮は人間、私だけでも十分すぎます」
(Bチクみえてるじゃん痴女か!)
糸を断ち切ったのは魔界騎士の異名を持つ美女イングリッドである。
悔しげに唇を噛みしめるもとき。
そしてその護衛のイングリッドももときの不可視といえく極小の妖糸を見切るという恐るべき剣技を誇る。
もときは追い詰められていた。
「終わりかね?」
「確かに『僕』の技は通用しないようだ」
そういったもときを見て二人は驚愕した。
眼の前の美しい男に劇的な変化が起きたわけではない。
目の前に佇む男は、先程まで戦いを繰り広げていた秋もときに他ならなかった。
だが違う、それまでの秋もときとは明らかに違う。これは誰だ!?
「『僕』では確かに敵わないだろう」
その声の恐るべき冷たさと、無慈悲極まる
眼の前に居たのは同じ顔を持ちながら春風駘蕩な表情をする男ではなく。
凍りつくような残酷さを持った死の体現であった。
「なら今度は見きれるか? 『私』の技を」
そういって先ほどと同じように糸を振るうもときに意識を再び戦闘用に切り替えたイングリッドは先程と同じように糸を両断しようとした。
―――斬れない。
その目が驚愕で見開かれた。
先程まで容易く切断された糸が今度はしなやかにこちらの斬撃を弾いたのだ。
そして腕を斬られたイングリッドはこの腕に負った傷の箇所が先程もときを斬り裂いた箇所と寸分違わず同じことに気づき戦慄した。
「不運だな二人共」
そう、彼こそは、魔人・秋もとき。
人知を超えた術や技を使う恐るべき魔人たちですら絶対に敵に回してはいけないとされた人間。
神や悪魔をも真っ二つに裂いて殺す程の技量と残酷さ――美しさを持つ魔界都市の化身である。
「お前たちは『私』と出会った」
「――おもしろい、おもしろいぞ秋もとき!」
そういい興奮を隠せないエドウィン・ブラック。
ようやく自分が全力を出しそれでも倒せるかわからない強敵の出現にこの上なく滾っていた。
ここに魔人たちの想像を絶する宴が今始まる。
ボツ理由『インフレしすぎてさくらとか他の対魔忍が話にいらなくない?と思ったから』
▼もしも、転生したのが黒衣の人探しでなく、白衣の魔界医師だったら。
「助けて、誰かお姉ちゃんを助けて!」
そう叫ぶ少女の足は裂け、抱えている姉らしき女性は白を通り越して土気色で死神の手にその魂が渡るのは時間の問題であった。
「ブヒヒッ、お嬢ちゃんよ! こんなところに来たらどうなるかわかんねのかよぉ」
「俺達みたいに、悪い大人にあーんなことやこーんなことされちまうんだぜぇ!」
少女達には親はいない、もはやこの世に姉と二人だけの家族だ。
事故でなくなった両親は二人に生涯働かずに数回暮らせる程の財産を残して逝った。
二人は悲しみに沈んだが、お互いに支え合って生きようと強く決心した。
だがそこからが不幸の始まりであった。
莫大な遺産を自分のものにしようと親類達がイナゴのようにたかりに来たのだ。
自分たちが生きる分だけ必要なお金があればそれでいいと思ってた姉妹は。
それで平穏になるならと、生きるのに最低限のお金だけ確保して後は好きにさせた。
しかし人の欲には限りがない。
自分達では稼げない金を稼いだ肉親へのコンプレックスを晴らすためかもしれない。
虐待じみた養育すら我慢しつづける健気な姉妹を『こちら』と『魔界』を繋ぐゲートを通じて流れ込んだ、魔界由来の毒を用いて殺害して最初に比べて激減した少女二人の財産すら全て物にしようとしたのだ。
妹を庇い毒を飲んだ姉を助けるために妹はすべてを投げ出し家を出た。
魔界の毒は普通の病院では治せない。
東京キングダムにはあらゆる病を治せる名医がいるという都市伝説がある。
――曰く死者の蘇生さえ可能にするらしい。
そんな眉唾な話だが姉を助けるためにそんな噂にすがるしか少女に選択肢はなかった。
そして街に入った途端にオークたちに目をつけられ弄ぶように必死の鬼ごっこを始めることになった。
オークたちの悪趣味な遊びから逃げ続け、ついに力尽きたのか少女が転んでそのまま立ち上がれなくなる。
「お願い、お姉ちゃんを、お姉ちゃんを!」
「知ったことねえな、穴だけ使ったあとのことはオレたちの管轄外だ!」
「―――――――急患か、私の助けはいるかね?」
瞬間、世界が静止する。
白いケープを身に纏ったその男は、無感情にそんな事を言った。
見た瞬間に答えの解る数学の方程式をこれから解こうとするような、無聊な態度。
北の果ての海に浮かぶ氷塊を球状にして眼窩に嵌めた様な、鋭く冷たい澄んだ瞳。
垂直に伸びた鼻梁、一文字に結ばれた唇。薄く伸びた眉。
その輝きは太陽さえも恥じて、雲ひとつない真夏の日差しさえも薄暗い豆電球のように感じる。
「ど、ド、クター……メフィスト…」
オーク達が戦慄する。 眼の前の存在の美しさ、その恐ろしさに。
東京キングダムに生けるものすべてにとっての不文律。
曰く、白い医師とその患者に手を出すな。
この背徳の街における生と死を司る魔人、ドクターメフィストその人であった。
「あ、あなたが、ドクターメフィスト……お願いお姉ちゃんを、どうか!」
「ふむ、よかろう」
そう言うと最高級の白檀すらその辺の枯れ木に見える指を少女の姉に当てる。
そして驚くべきことにその指がまるで液体に入れるかのように体に沈んでいくではないか!
少女の姉の顔色が土気色からだんだん赤みを帯びて、呼吸も正常へと戻っていく。
「応急処置は完了した、あとは我が病院で治療を受けたまえ」
そういうと少女の姉を抱えて、メフィストは立ち上がった。
気がつけば少女が負った足の傷もいつの間にか消えていた。
そのあまりの神々しさに少女は神の奇跡を目撃した預言者の如き眼差しを送った。
「そこまでだよ!」
そして目を向けると、いかにも成金趣味といった服装をする男女達数名が銃を持った人間を引き連れていた。
「おばさん……」
少女はキッとその先頭に立っている化粧の濃い中年女性をにらみつける。
自分と姉を虐待して毒を盛った憎んでも憎みきれない養母である。
「とっととくたばっちまった方がよかったのに悪運の強い子だよ」
そういうと少女に銃を向けさせる。
「この街は治外法権だ、金も力もないあんたじゃ餌になってもしょうがないのさ。この街に来て魔獣に殺されたと死亡届には書いておくよ」
欲に塗れた脂肪と金と嫉妬で形成された醜い顔を歪めて笑った。
「さあ、やってしまいな!」
「――私の患者に手を出そうというのかね?」
そういってメフィストは少女に彼女の姉を預けて前にでた。
「おいおい、死んだわあいつら」
「ほう、メフィスト病院に臓器提供ですかやりますね」
「なんでもいいけどよー、相手はドクターメフィストだぜ?」
まだいたオークが物見遊山だ、面の皮が厚い連中である。
そうでもなければ東京キングダムの住人はやっていられないのかもしれない。
「患者には手を出させんよ、魔界医師の名にかけて」
「ッ、バカめ死にな!」
美しさに魂が抜けたような顔をした少女の養母はメフィストの迫力に気圧されたのを振り切るように命令した。
そしてその弾丸は白いケープの美魔人にすべて吸い込まれるように命中した。
「……終わりかね?」
そういったメフィストの手からジャラジャラと撃ち込まれた弾丸がこぼれ落ちた。
そして手を握ると残った弾丸が同じ質量の黄金に変わる。
「我が病院の臨時収入としようか、もっとも黄金錬成は一日しか保たないが」
「な、な、な」
あまりにも非常識な光景に少女の親戚一同が絶句する。
「返そう」
そういうと、手のひらの黄金が弾丸として音速に近い速度で飛んでいった。
バタバタと命中した先から、相手はどんどん倒れていく。
「欲の皮の突っ張った連中だ、黄金で死ねるなら満足だろう」
まるで科学の実験で予想していた通りの結果がでた科学者のようになんの感慨もなくメフィストは嘯いた。
「た、助けて、お金なら、いくらでも払う、だから命だけは!」
「断る」
そして生き残った少女の養母の元に歩き出すメフィスト。
「私の患者に手を出したものは何人たりとも許しはしないし、何よりも私は金なぞに興味はない」
そして少女の養母へと手を伸ばした。
「興味があるのはおまえの臓器だ、我が病院には常に新鮮な臓器が不足している。
醜く太った体だが、その臓器で我が病院の患者が何人も助かる」
手をかざすと太った女はそのまま動かなくなった。
そして手に嵌めた指輪を振ると、空間が切れ、わずかに砂嵐の画像が流れると人の顔が浮かび上がる。
「どうしましたかドクター」
「臓器を手に入れた、スタッフにいって回収させろ、場所は…」
「了解しました」
そういって空間に投影された映像通信が切れる。
「では、我が病院に行くとしよう」
そうメフィストは告げた。
ボツ理由『転生者要素が入らない、対魔忍が絡ませられないため』
独立しました