ヒガンの先に   作:霊界案内人

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 師匠との再会を経た後も、私の日常は続いている。ずっと残っていた心のしこりはなくなった。けれども新たな棘が突き立った。

 私は弱い。いつもいつも力及ばず、大事なものをすり抜けこぼしてしまう。命日しかり、あの再会しかり。だからより一層、私は修練に励んだ。無論霊界案内人としての仕事を疎かにすることもしない。

 幻海さんとともに研鑽を積み、死してやってきた高名な武術家に霊界にいる少しの間だけ教えを請い、霊界案内人として、コエンマ様の部下として仕事に励んでいた。

 そんな風に忙しい日々を送る中、霊界で仕事をしていたある日のことだ、その物騒な噂を耳にしたのは。

 

「妖魔街がにわかに騒がしさを増している」

 

 そんな噂が霊界内でまことしやかに囁かれるようになった。真偽のほどはわからなかったが、魔界のことはエンマ大王様の管轄だからと、あまり気にすることをしなかった。

 それは妖魔街が、魔界のなかでは霊界側に掌握されている領域内だというのも理由の一端だ。過去から今までの特別防衛隊員らが少しずつ広げている魔界の領土。その一端に妖魔街は存在している。

 だからすぐに、噂も下火になるだろうと考えていた。

 けれどもどうにも霊界は人手不足なのか、巡り合わせが悪いのか、厄介ごとのお鉢が回ってきてしまった。

 私の目の前でコエンマ様が、赤子の姿に似つかわしくない眉間に皺を寄せた表情で、手元の書類を睨んでいた。うんうんと先程から唸りっぱなしで、せっかくのお茶もすでに湯気を無くしてしまっていた。

 勿体無いけれど入れ直してしまおう。私は新たな湯呑みを取り出し、古いお茶を一旦そちらへ移し、コエンマ様の湯呑みに新しいお茶を入れ直す。

 古いお茶は、まだ一口も飲まれていないので、冷めているだけで捨ててしまうのは少しだけ勿体無い気がしてしまう。せっかくだからと、此度の書類を持ってきたまま部屋に残っているジョルジュさんに飲みますかと、身振りで聞いてみる。

「扱いがぞんざいだなぁもう。ジョルジュ悲しい」などと小さな声で囁きながら、ハンカチを噛む姿になんとなしに徒労感を覚える。

 

「じゃあいらないみたいなので」

「あー、勿体無いですよう。捨てちゃうくらいなら私が貰いますって。コエンマ様用のお茶って結構お高い良いやつですからね」

「ちゃっかりしてますね」

「残り物の処理を私に押し付ける彼花さんほどじゃないですよ」

「そういうことを言うなら、別に捨てちゃってもいいんですよ?」

「いけずだなぁもう」

「こらお前達、わしが頭を悩ましておるのに二人して遊んでるでない」

「ジョルジュさんのせいですね」

「えぇ〜、始めたのは彼花さんじゃないですかー」

「こら!」

 

 冗談めかしても、空気が弛緩する気配はない。それ相応に深刻な話のようだ。ジョルジュさんと顔を見合わせる。

 空気を弛緩させる道化より、相談相手が必要なようだと互いに悟る。

 

「申し訳ありません、コエンマ様」

 

 私が頭を下げれば、ジョルジュさんも私に続いて頭を下げた。「うむ」という短い返事ののちに頭をあげる。

 私達が切り替えたとわかったのか、コエンマ様も本題を切り出す。

 

「妖魔街の案件を親父がわしに投げてきおった」

 

 不満げな声を隠すことなくコエンマ様はそう告げた。面倒な話だとの愚痴も、小さい声ながらも後に続いた。

 

「魔界の案件であれば、我々の管轄外では?」

「その通りだ。しかしそれは体系化された形式で仕事を処理する上での話。親父がそうだと言えば例外として簡単に乗り越えられる程度の区分だよ」

 

 そう言われてしまえば、どうしようもない話である。

 であるならばやるしかないのはわかったが、疑問も残る。

 

「特防隊の方々は出ないのですか?」

 

 魔界の問題と言えば、まずはじめに霊界特別防衛隊がパッと思い浮かぶ。こういった案件はむしろ彼らのメイン業務と言っても問題ないだろう。

 だからこそ、お鉢が回ってきたことにも懐疑的になってしまう。大竹さん辺りが、魔界の案件に関わらせようとしているのではないかと、変な勘ぐりをしてしまう。

 

「どうにも掌握している領域と未踏領域での境界で競り合いが激しいらしくてな。ここ最近特別防衛隊員らは全員前線で貼り付けになっているようだな」

「これまた面倒な話ですね」

「本当にその通りだとわしも思うよ」

 

 領土争いに夢中で、内乱の憂いに合うなど笑い話にもなりはしない。もとより粗暴な気質に傾きやすい魔界の者達を、統治するというのが難しい話なのかもしれない。

 

「ではこちらの使える手駒は、そう多くないということですか」

「そうなるな。わしの部下と特別防衛隊員以外の防衛隊員の一部といったところだな」

「あ、コエンマ様。私、急にお腹が痛くなってきましたので部屋に戻っても良いですか?」

「お前は後で尻叩きだ、ジョルジュ!!」

 

「しょんなぁ、コエンマ様ぁ〜ご無体です〜」などと情けない声を出しながらコエンマ様にすがりつくジョルジュさんは、身体を張りすぎではないかとついつい思ってしまう。

 いつだってジョルジュさんのコミュニケーションは全力で、ともすれば被虐癖があるのではと勘ぐってしまいそうになる。……本当に被虐癖だったとかは頭が痛くなるので違いますように。

 

「それで実際にはどの程度の問題なのですか?」

「妖魔街自体では、他所からの妖怪が数多く流れてきているらしい。平時の倍は数を増やしていると報告されている。城に住まう統治を任された妖怪からは公式な宣言はないが、何かしらを考えての行動だろう」

 

 魔界においての妖魔街の待遇の改善・向上のための脅しか、実際にことを起こすつもりか。現状での判断はつけられないということだった。

 それはそれで面倒さに拍車をかけている。下手に防衛隊員を動員してしまえば、交渉のための示威行為だった場合に必要のなかった争いへと発展してしまう可能性がある。

 だからと言ってこのまま状況の推移を見守るために放置しておけば、妖魔街の妖怪達がより増えてしまうやもしれない。

 過剰な刺激はダメで、放置もダメ。まさに面倒ごとだ。

 

「すまんが彼花。使者として行ってもらえんか?」

 

 適切な刺激で、様子を見れる程度の戦力を保有する駒もある。なるほど、コエンマ様へと案件が回ってくるわけだ。

 

「かしこまりました、コエンマ様。任務を拝命いたします」

「無理はするなよ」

「承知しております」

 

 「すまんな」という、弱々しいコエンマ様の呟きを私は聞かなかったことにした。

 

 

 

 方針が定まれば、コエンマ様は迅速に行動を開始した。霊界所有の使い魔に、霊界側の使者が視察に向かう旨を妖魔街の主へと送った。

 少しすれば視察を受け入れるとの返答を使い魔が持ち帰ってくる。形式的なやり取りをしている間に、私は準備を済ませておいた。

 荒事にならずに終わるなどとはかけらも思っていないためだ。それは妖怪を知る者としての当たり前の備えと言えた。

 コエンマ様に、出立の挨拶を済ませた後、私は霊界所有の魔界へ行くための通路を潜った。

 出口が妖魔街に近いものを使用したためか、魔界に降り立った時には、目指す城が視界に入る。

 

「瘴気臭い……」

 

 一般人ではないため、害はないが臭うものは臭うのだ。さてどのルートで向かったものかと、遠目の城を眺めながら考えていると、接近してくる妖力に気がつく。

 かなり小さい妖力は、妖獣の類いだろう。

 少し待っていれば、それは私の前に降り立った。

 緑の体毛に、人のような髪の生えた鳥は紛うことなく妖怪の類いであった。

 

「私を目指してきたということは、案内人のようなものだと思っていいのでしょうか?」

「えぇ、そうよ。私はムルグ。霊界の使者の案内を命じられてきたわ」

 

 ムルグは「貴女は飛べるかしら?」と疑問を投げかけてくる。肯定すれば楽でいいわねと呟くと、空へふわりと飛び上がった。

 私も櫂を呼び出すと、いつものように横坐りで腰掛け、案内人だというムルグを追いかけ飛翔する。

 

「多いですね……」

 

 妖魔街の上空を通過しながら、城へと向かう。そのため、下を見下ろせば、妖怪達が驚くほどに集っていた。どれもこれも弱い妖怪ではあるが、流石にここまでの数がいるとため息も出るというものだ。

 あまりの多さに、そこかしこで諍いが起きている。放っておいたら仲間同士の殺し合いで元の数に戻らないかなと一瞬考えるが、それはないだろう。

 少なくとも上位の妖怪が号令をかければ、練度が低いなりにも集団としての機能は果たすはずだ。心の底から厄介だと毒づきたくなる。

 

「あら、活気のある街はお嫌いかしら?」

 

 私のため息が聞こえたのか、先導しているムルグが愉快げな声で問いかけてきた。明らかに分かっているその声色に、目の前の問題に気落ちしていた私としては思うところがないわけではないが、ムキになるのも悔しい話である。

 

「活気があるだけならいいのですが、ただの無秩序な烏合の衆というものは見ていて気疲れしますね。馬鹿どもの乱痴気騒ぎほど始末に負えませんから」

 

 これを集めたであろう者も含めて馬鹿であると当てこすってみればムルグの妖気が揺らいだ。

 

「霊界の下っ端ごときが我らの盟主を愚弄するつもり?」

「さてどうかしらね。実際に目にしてみないことにはなんとも言えないわね」

「ふん、スカしちゃって。嫌な女」

 

 ムルグは気に食わないとでも言いたげに鼻を鳴らすが、それ以上もう何かを言ってくることはなかった。

 私としても特別話すことはないため、こちらからも何か言葉をかけることはない。耳につけた飾りを指先で弄びながら、案内されるままに私はムルグの後を追った。

 そうして飛んでいれば、やがて目的地である城へとたどり着く。正門前にも案内役を配置していたらしい、人影が確認できた。

 

「あら青龍、私を待ってくれていたの?」

「こちらで使者殿をお待ちしろと命が下っただけの話。お前を迎えに出てきたわけではない」

「あぁーあ、つまんないの。じゃあ後はお願いね、青龍。私、朱雀様のところに戻ってるから」

 

 それだけ告げると返事も待たずにムルグは城の奥へとぱたぱたと消えていった。

 

「全く勝手な……朱雀様が甘やかすからあのようにつけあがるのだ」

 

 青龍はムルグの消えていった城の奥を見やりながらつまらなそうにそう呟いていた。

 目の前の青龍から感じる妖気は、街にいた有象無象よりも強い。城に詰めさせている妖怪は選別しているのだろう。

 私の値踏みするような視線に気がついたのか、青龍がこちらに向き直る。

 

「これは使者殿、そのように見つめられて如何した」

「いえ、なんでもありません。それではここからは貴方が案内を?」

「そうだ。奥で我らの盟主がお待ちだ。ついてこい」

 

 私にさしたる興味がないのだろう。慇懃無礼な有様でそう告げると、私のことなど気にすることなく、スタスタと歩き始めてしまう。

 この待遇でなんとなくわかってしまうが、話し合いで終わるなどという楽観的な結末は期待できないだろう。再び耳飾りを触れれば、凛と澄んだ音が鳴った。

 選択肢はない。私には進むほかない。青龍の背を見失わないように私も城へと足を踏み入れた。背後で扉が退路を立つように独りでに閉じていく。

 

 

 

 薄暗い回廊を会話もなくひた歩く。音は互いの足音のみ。なんとも素敵な歓迎だこと。私一人のために随分ともてなしてくれたものだ。

 

「こちらでお待ちだ。生きて帰りたくばせいぜい機嫌を損ねないことだな、女」

 

 回廊の先、大きな扉の前で青龍がこちらへ向き直り告げてきた。なるほど確かに。扉の先から強い妖力を感じる。そしてそれより劣る妖力もいくつか。熱烈な歓迎である。

 

「それはそちら次第かと」

「ふん」

 

 私の返答に興味などないと鼻で笑い、青龍は扉を開けると部屋へと入っていく。私もそれに習うように後へ続いた。

 入った部屋はかなり広々としていた。それこそ幻海さんの寺にある道場よりも広いかもしれない。調度品など何もないただ広いだけの部屋の用途など知れたこと。

 一応の玉座というか、盟主としての体面を気にしてか、部屋の奥中央に、殺風景な部屋とはミスマッチな豪奢な椅子が一脚鎮座している。

 青龍はその椅子の前で左右に二人と一人が並んでいた列に加わる。中央の御仁を挟むように、左右に二人ずつ、計四人の妖怪が立ち並び、こちらを値踏みするように見ている。

 岩石を荒削りしたような妖怪。白毛の二足歩行の虎型妖怪。壮年程度の外見年齢に見える青龍。年若で見目の整った青年の妖怪。肩にムルグが停まっているところを見るに、朱雀とは彼のことであろう。そして王のように座す、壮年の妖怪。

 

「私は霊界の使者、彼花と申します。此度の一件、霊界側として妖魔街の盟主である黄竜殿に話を聞きにきた」

「はて、此度の一件? なんのことかまるでわからぬな」

 

 落ち着き払ったその低い声は、まるきり自らに非はないと言いたげな自信に満ちていた。思わず吐き出したくなるため息を無理矢理飲み込む。

 

「わからないと申されるのか」

「あぁ、わからないとも」

「あれほどに街に妖怪を集めておきながら?」

「私の統治が良いのだろう。善政というやつだよ。住み良い場所が栄える。何も不思議な話ではないだろう」

 

 くつくつと喉を鳴らして笑いながらそう嘯く黄竜。まるきりそう思っていないと誰が聞いてもわかるほどに、気持ちのこもっていない言葉だ。嘲りと傲慢しかその声からは感じ取れない。

 

「失礼を承知で言わせていただくが、あの有様で住み良いなどとは片腹痛い。歩けばすぐに誰かにぶつかり、至る所で諍いが起き、住人の増えすぎによる街のごみもひどかった。空を飛んでいても臭ってくるごみの刺激臭は実に不快なものだ。それとも貴方がたはごみの香りが芳しいのでしょうか」

「貴様!」

「よい、白虎」

 

 明らかに無礼とわかるように言葉を発せば、白毛の妖獣、白虎と呼ばれた妖怪が噛み付いてくるが、すぐさま黄竜がそれを止めた。

 それだけで静かになるあたり、部下をきちんと掌握できていることが伝わる。耳飾りがちゃりんと小さな音を奏でた。

 

「随分と強気じゃないか。まさか我々が霊界に恐れて手を出さないとでも思っているのか」

 

 不快そうな様子はない。純粋な興味といったところか。

 

「霊界側の大多数の意見はわかりかねますが、私個人の見解であればそれはないでしょう。妖怪とはそういうものだ」

 

 少なくとも私が知っている妖怪の大半は、粗野で粗暴で力があれば何をしても良いと思っている。ここの者達が例外であると思い込める幸せな思考をしていない。

 

「ふむ……ならば我らごとき、脅威に値しないと?」

「私は自らが死ぬ可能性も考慮した上で、今回の任をコエンマ様より承っている。私の忠誠心を安く見積もらないでいただきたい」

「かかっ、忠誠心ときたか。愉快な答えが返ってきたものだ」

「では答えてもらおうか。コエンマ様が憂慮されておられる。妖魔街に謀反の意思があるかどうか」

「コエンマが、ね。エンマ大王は噂通り境界での小競り合いに忙しいか。なるほど、なるほど。忙しいことは実に良きことだ。労働は美徳であるとは人間界の言葉であったか」

 

 たたん、たたんと楽しげな調子で黄竜は肘置きを指先で叩く。黄竜が奏でる以外の音はない。身じろぎも、言葉もない。

 

「黄竜殿、答えを」

 

 指が止まる。対面してから初めて黄竜が、その黄金色の双眸を私へと向けた。彼の口元がいびつに歪む。

 

「使者殿は妖魔街へと来なかった。霊界側にはそう伝えておこう」

 

 直後、側に控えていた四人の妖怪が妖力を表出させ、臨戦態勢に入った。

 

「謀反の意思、確かに確認しました」

「それを知ってどうする」

「知れたこと。上司の指示に従うのですよ」

「どうやって報告するというのかね?」

「報告はもうすんでいます」

 

 ちゃりちゃりと耳飾りを指で弄ぶ。

 

「霊界七つ道具に遠隔地と通信を行えるものがあります。それは本来映像も飛ばせるのですが、今回は音声のみのやりとりとし、小型のものを持ち出しております」

 

 なんでもないようにそう告げながら、耳飾りを指で弾いてみせる。

 魔界ではそのような道具は広く普及していない。だからこそ考慮さえしないだろうと予想し、見事その通りであった。

 耳元からコエンマ様の声が聞こえる。

 

『彼花よ。幹部達の力量はどの程度だ』

「問題ない程度かと」

『そうか……では事前に決めていたとおりだな』

「了解致しました。それでは首魁を処断し、求心力を低下させることで今回の騒動を処理致します」

『死ぬなよ、彼花』

「命令でしょうか?」

『馬鹿者。お願いに決まっておろうが』

 

 少しだけ冗談を言ってみれば、大真面目な声で返されてしまった。お願いされてしまったか。これでは是が非でも帰らなければいけないではないか。難しいことを言う上司で困ってしまうな。

 なんて思いながらも笑みを浮かべてしまう私も大概かも知れない。

 

「さてそれでは、耳のいい妖怪の皆様であれば聞こえていたでしょうから、説明は不要と言うことでよろしいでしょうか?」

 

 私がしたり顔でそう告げれば、黄竜は顔に血管が浮き出るほどの怒りを示していた。椅子のひざ掛け部分が握りつぶされ、破片が飛び散る。

 

「この痴れ者を殺せ!!」

 

 怒号のような命令に、白虎と岩石の妖怪が動きを見せた。真正面から向かってくる白虎と、地面に沈んでいく岩石妖怪。つい最近似たような技を見たなと、頭の隅で考えながら、杖を生成して構える。

 青龍と朱雀は様子見か不要だと思っているのか、動く様子を見せない。戦力の逐次投入をしてくれるなら、このまま浮いた駒から取らせてもらおう。

 

「ふざけた真似をしたこと、後悔して死ね!!」

 

 虎の妖怪らしく、図体に見合った大きな腕を横薙ぎに振い、白虎が叫ぶ。爪も鋭く、当たれば裂傷を免れない。だが大振りすぎるそれは明らかに反撃された時を考慮していない。

 それは私のことを舐めすぎではなかろうか。

 

「しっ!」

 

 上体を逸らすことで回避を行う。私の胴体ほどもありそうな腕が鼻先をかすめるように通り過ぎていく。振り抜かれると同時に上体を引き戻し、戻る力に合わせて杖を振る。

 幹部連中は殺さずに無力化をする必要があるため、急所ではなく足を狙う。機動力を潰せば、後々削っていくときに楽になるための選択。

 

「これはっ」

「馬鹿が!!」

 

 けれども接触箇所を刃に変えた杖は、相手の体に触れ、少しだけ食い込むと解けるように消えてしまった。

 私の驚愕を隙とみた白虎がさらに追い討ちの爪を振るうが、軽く飛ぶことで腕ごと回避する。跳躍により目の前に来た白虎の顔面を足場に、さらに後方へ跳躍する。

 

「猪口才な」

 

 わざと目を踏んでやったために一時的に視界が閉じた白虎からの追撃はない。だが動いた相手は一人ではない。もう一人、地中の敵がいる。

 足裏が微細な振動を捉える。半身分、体を引けば、岩石でできた尾が私の目の前を過ぎ去っていく。霊気の剣をすぐさま作り、地上に出ている尻尾を切り裂くが、手応えはない。

 切り離された尻尾の断面はただの岩であり、生物としての機能を有しているようには見えない。むしろ切り離された尾は岩そのものだ。欠片の妖力も感じない。

 先ほどまで確かに宿っていた妖力が、切り離した瞬間から気中に霧散している。

 

「なるほど。攻撃が効かない妖怪が二匹ですか。面倒ですね」

「攻撃が効かぬと知って面倒と強がるか。霊界の人材は口が達者とみえる」

 

 私の呟きを耳ざとく聞きつけた黄竜が茶々を入れてくる。よほど優位に立てたことが嬉しいらしい。にやにやとこちらを見る瞳は被虐の色に染まっていた。

 

「強がりかどうかは結果を見て判断を願いたいですね」

「減らず口を。玄武、白虎。口がきける程度に痛めつけろ。決して殺すなよ」

 

 本当に嫌な趣味をした妖怪だ。こういう妖怪は嫌いだ。

 

「こそこそと、面倒、ですねっ」

 

 足元から断続的に岩の尾が生えてくる。玄武と呼ばれた妖怪だろう。だが私の霊感能力があれば、妖力を捉えることで難なく躱すことができる。

 問題は相手が地中にいるせいでこちらからも攻撃できないことだ。これでは千日手になってしまう。

 だが連携の訓練はしていなかったのか、玄武の攻撃が邪魔になっているせいで、白虎の攻勢は明らかに衰えていた。

 互いが互いへ攻撃が当たらないよう配慮しているせいか、どうにもぎこちない。個々で相手をしている時よりよほど躱しやすい。

 けれども他の二人も参戦したらそれはそれで余計面倒だ。さっさと膠着を打破しなければと思考を巡らせれば、妖怪らしく短気だったらしい。

 先に相手が焦れてくれた。

 

「クソまどろっこしいぜ」

 

 背後から先ほどみた岩石姿の玄武が飛び出し、私を身体で押しつぶそうと両手を広げて倒れ込んでくる。どこを切られようとダメージを負わないからと玉砕じみた攻撃をしてきた。

 だが好都合だ。私は玄武の尾の牽制ように生成し直していた杖を崩し、右腕に霊力として纏わせる。幻海さんが使う霊光弾のような霊力の運用。だが目的は違う。

 私は霊力を纏った腕で、玄武の胴体の一点を全力で抉り抜く。腹の中程まで腕が刺されば目的のものを見つけた。それを潰さぬよう握り込み、一気に腕を引き抜く。

 

「お、まえ……」

「これが本体でしょう」

 

 拳大ほどの赤く輝く石。明らかにこの石から妖力が岩へと、その全身へと送られていた。それを肯定するように、抜き出された体からは急速に妖力が抜けていき、動きもひどく鈍い。

 接触していないと岩石の操作効率は劣悪らしい。

 

「まず一人」

 

 霊気で武装を作る要領で、石を霊気で完全に覆い、妖力が漏れ出ないように封をする。これにより完全に妖力を絶たれた岩石の人形は静かに崩れ落ちた。

 一先ず取り返されて解放されないようにと、懐へ手を入れ、玄武をしまう。玄武をしまった後は、武器を作らずに両拳を握る。

 霊気で武装を作っても、白虎には吸われるだけだ。ならばわざわざ作って霊力をくれてやる道理はない。そんな馬鹿な真似をするなど危険すぎる。

 

「脆弱な人ごときが素手で俺と戦うか」

 

 白虎が小馬鹿にしたように笑うと、猛然と距離を詰めその両腕を豪快に振り回し始める。私の素手ごときでは驚異足り得ないと判断したのだろう。

 一瞬本気で殴ってやろうかと思ったが、もっと楽な方法があるからやめておく。幻海さんに徒手空拳とて習っているのだ。殴り倒すくらい事実朝飯前ではある。

 両腕の振り回しをゆらりと躱し、白虎の目の前、懐へと潜り込む。

 鯖折りにしようと白虎が抱き潰すため腕を左右から回すが、それより早く私は白虎の目を再び打つ。今度は手のひらで素早くぴしゃりとはねつける。

 

「ぐぅ、一度ならず二度までも。姑息な奴め」

 

 私はそれに取り合わず、両目を抑えている白虎目掛けて跳躍する。肩車をされた子供みたいに、大柄な白虎の肩に飛び乗ると、手に握っていたものを咥える。

 玄武をしまったときに入れ替えるように手の中に握り込んだそれは笛。だがただの笛ではない。霊界七つ道具の一つ、イタコ笛。霊力が弱い者でも信じられないほどの爆音を奏でる狂気の一品だ。

 正直これを作った開発者の正気を疑うし、七つ道具とかいう基本の道具セットに入れた担当者の知能も疑う。だが自分にも被害が出る点を除けば、なかなかのものだ。

 獣型の白虎にはさぞ効くはずだ。

 首にかかった圧力で私が飛び乗ったのは気がついているのだろう。目を仕切りにこすっていた両手を私へと向けるが一手遅い。

 私は両耳を抑え、さらに武器を作る要領で霊力で耳の中の隙間を満たして防音性を高め、全力で笛を吹く。

 皮膚や咥えている口からも音が伝播して一瞬私の思考が止まるが、他の奴らはその比ではない。そして屋内であることが余計に音の反響を増長させ、さらなる不快感を周囲の者にも与える。

 

「寝てなさい」

 

 耳元で爆音をくらった白虎は、膝が崩れて膝立ちの姿勢となる。その瞳は焦点があっておらず、意識が旅立ちかけていることを示していた。

 だが念には念を入れておく。私は片膝立ちの白虎の前に降り立ち、全力の回し蹴りを白虎の顎目掛けて蹴り入れる。獣だろうが異形だろうが、二足歩行の人型はやりやすくていい。

 人間と急所の位置はほとんど同じで、脳の位置にもずれはない。つまるところ、顎を蹴ることで脳を揺さぶり、脳震盪を誘発できる。

 蹴った直後、焦点の合っていなかった瞳がグルンと白目を剥き、白虎は床に倒れ伏した。

 

「二人」

 

 私がそう言って黄竜含め他三人へと向き直れば、先ほどの怒りの形相の比ではないレベルの憤怒を表していた。

 残りの朱雀と青龍も先ほどまでの人数的な優位性が崩されつつあることで、余裕そうな態度が鳴りを潜めている。

 慢心が消えつつある。仕方ないとはいえ、油断してくれた方がやりやすかったなと、私は敵を眺めながら再び杖を生成して構えた。

 

 




原作開始四十年前くらいの時間軸ですので、まだこのころの四聖獣は原作時点よりも弱いということで書いています。

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