秀才と天才、そして道化   作:ユリゼン

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第三話

 今日は月曜日。学生から社会人まで、幅広い年齢層に一週間の始まりを告げる絶望の日だ。現にお母さんも「行きたくない〜!!」と朝っぱらから駄々をこねていたので、無理矢理スーツを着させ朝ご飯を食べさせて家から追い出した。

 日菜姉は意外と学校好きなので、駄々をこねることなく家を出ていく。紗夜姉はというと学校にいる時だけは私と顔を合わせることがない至福の時間なので、そそくさと家を出ていく。

 私は別に好きでも嫌いでもないけど、いらんことで話題にされるのは嫌なので真面目に学校に行く。

 

 「お~、そこにいるのは夕深先輩ではありませんか~」

 「おはよう裏切り者。この前のバイトはよくも休んでくれたね」

 「おはよ~ございま〜す。あれは仕方なかったんですよ〜」

 「今度何か奢ってくれたら許してあげる」

 

 後ろから声を掛けてきたのは後輩の『青葉(あおば) モカ』。

 言ってみれば雰囲気がかなり"ユルい"子で、間延びした話し方をするマイペースなやつだ。ただ、決して頭が悪いとか馬鹿だとかそんな事はなく、成績もそれなりに良いらしい。

 

 私は一度しか演奏を聞いたことがないけど、仲良し五人組で『Afterglow』というバンドを組んでいて、そこでギターを担当している。

 ………そう言えば、私の周りはみんなギターをやっている気がする。何か規則性でもあるのだろうか?

 

 「なんか今日はいつも以上にユルいんじゃない?」

 「んー、そうですかね~?」

 「愛しの蘭がいないから?」

 「そんな事ないですけど」

 

 蘭というのは、モカの親友の『美竹 蘭(みたけ らん)』の事だ。曰く、幼稚園の頃からの付き合いらしい。私も会えばそれなりに話すが、そんなに明るい性格でない割りに情熱的というか、やる時はやる人といった印象だ。あとついでに言うならすごく礼儀正しい。個人的には好印象だ。

 因みにAfterglowではボーカル兼これまたギターだったり。

 

 今日はどうやらゆっくりの気分らしくいつもよりも歩くのが遅いモカのペースに合わせて歩く。

 

 「そう言えば、土曜日の昼のバイトに今井さんが入ってたよ」

 「リサさんがー? なんでだろ?」

 「バンド練習の兼ね合いがどうたらとか」

 「バンドか~。リサさんはベースですね」

 「やっぱり? 因みに、私もバンドに誘われたけど断ったよ」

 「えー? 勿体無いですよ〜」

 「一緒にいて苦じゃない人と組まないと楽しくないでしょ? そもそも私バンドを組んでまで演奏したいとは思わないし」

 「う~ん」

 「じゃ、ここでお別れね。今度何か奢りなさいよ」

 

 真面目なのかそうじゃないのかよく分からない表情で唸っているモカをほっといて、二年生の教室が並ぶ階に移動する。

 そして自分の教室に入って席に着くと、時刻を見ればHRまで十五分ほど。とりあえずHRが始まるまで居眠りして過ごせば、あっという間に授業が始まった。

 

 一時間目は現国。おじいさんの先生で、何言ってるか分からないことがあるので、正直ものすごく眠くなる時間だ。

 日本語だか何語だかわからない言葉を聞き流しながら暇潰しに窓の外の風景を眺めていると、ふと校庭で体育の授業をしているクラスが目に入る。

 

 あれは………日菜姉のクラスだな。てか日菜姉のクラスだ。なぜかって、日菜姉が人外じみた動きをしてるから。学校では普通にいられないのかねぇ。

 そんなことを思いながら日菜姉を見ていると、日菜姉が気づいたらしく笑顔で手を振ってくる。授業中なんだからこっちに手を振ってくるんじゃありません。

 

 とか言いつつ私も先生にバレない程度に手を振る。そうしないと日菜姉が拗ねちゃうからね。私ったらなんてできた妹なんでしょう。

 

 そんなこんなで日菜姉の人外じみた動きに呆れながら時間を潰していると、授業の終了のチャイムが鳴る。

 さあ昼寝の続きでもしようと思った時ーーーー

 

 「氷川さん、少しいいかしら?」

 

 ん〜? 誰だ私の至高の時間を邪魔するやつは?

 てかものすごく聞き覚えのある声だな。なんならほぼ毎日聞いているまである。

 なぜかって? 同じクラスだからだよ。

 

 「何か用ですか? 湊さん」

 「少し紗夜のことで聞きたいことがあるのだけれど、構わないかしら?」

 「なぜ私なんです? 私じゃなくても日菜姉とかでもいいじゃないですか。むしろ日菜姉の方が私よりも紗夜姉のことに詳しいですよ」

 「リサから聞いたのだけれど、彼女だと紗夜のことを褒めることしかないのだそうよ。私が聞きたいのはそのことではないの」

 「ああ、なるほど。日菜姉なら確かにそれしかしないですね………わかりました。ただし昼休みにしてください。無駄なことで注目はされたくないので」

 「勿論、そのつもりよ。今はアポを取りに来ただけ。昼休みにもう一度来るから、忘れないで頂戴」

 「そうじゃなくても同じクラスなんですけどね」

 

 紗夜姉について聞きたいことが何なのかは分からないが、まあ間違いなく面倒事だろう。今井さん曰く紗夜姉を誘ったのは湊さんらしいので紗夜姉のメンタルケアをしようとしているのか、それとも単純に地雷を踏みたくないかのどちらかだろうし。本人に直接聞き辛いことは周りに聞いた方が安全だからね。

 代わりに私のメンタルがゴリゴリ削られる可能性はあるが、紗夜姉がバンドに入れば練習で家に帰るのが遅くなるはずだし、湊さんも私に話しかけてくることもなくなるはず。

 顔を合わせる頻度が下がるとポジティブに考えよう。内容はネガティブだけど。

 

 

…………

……

 

 

 残りの三時間をとりあえず怒られない程度に真面目に受けて午前中を乗り切ると、とうとう昼休みがやって来てしまった。

 カバンの中から今朝作った弁当箱を引っ張り出していると、約束通り湊さんがやってきた。

 手に弁当箱を持っていることから、湊さんも弁当らしい。

 

 「天気もいい事だし、外のベンチで食べましょう」

 「はい」

 

 私を見るなりそんな提案をしてきた湊さんに頷いて、後について行く。普段一緒に食べることなんて絶対に無いので何処で食べるのかと疑問に思っていたが、意外といい場所があるらしい。

 

 「貴方も弁当なのね。手作りかしら?」

 「ええ。学食もそれなりに安いですけど、一番安く済むのは自分で作ることですからね」

 

 一番高くつくのは購買だ。味も最低限の割にコンビニよりも少し高いくらいで、学生の足元を見ている感じがする。それでも売れるのだろうけど。

 この学校の学食はそれなりに良心的というか、比較的安めに値段設定されているので偶に利用することもある。

 だが、一番安いのは自作だ。我が家の場合は味の好みが見事に分かれているので作るのに多少時間がかかるが、昨日の残り物とか冷凍食品とかを使えば実質タダで済ませることができる。

 

 「ここよ。いつもはリサと食べているのだけど、今日は外して貰ったわ」

 「別に今井さんがいても構いませんけど」

 「あまり関わらない人達に囲まれるのは気苦労するでしょう?」

 「まあ、それもそうですね」

 

 そう言いながら卵焼きを口に放り込んでいく。

 卵焼きは日菜姉の好みに合わせなければいけないので、今日は塩コショウと醤油をベースに味付けを濃くしてみた。

 毎度思うけど、こんな味付けの濃いものばっかり食べてたら日菜姉いつか病気になるんじゃないの? 少しレシピを考え直さないといけないな。

 

 まあそれは置いておいて、話を戻すとしよう。

 

 「それで、紗夜姉さんの話でしたっけ」

 「ええ。どうして紗夜は強迫観念に取り憑かれた様にギターの練習を求めるのかしら? 私も大概だと思っているけれど、彼女はそれ以上だわ」

 「ああ、成程。あの異常な執着の原因が知りたいと」

 「そういうことよ」

 

 何を聞かれるのかと思えば、大した事じゃなかった。いや、それも語弊があるか。言ってみれば大きな事ではあるのだけど、私にも原因が分からないとか、そもそもどうしようもないこととかじゃなくて良かったという意味である。

 

 紗夜姉がギターに執着しているのは、ひとえに『長女としての矜持(プライド)』故だろう。如何なる理由で紗夜姉がギターを始めたのか私は知らないが、紗夜姉にとって不幸な事に日菜姉までもがギターを始めてしまった。日菜姉がギターを始めたのは『大好きな姉と同じ事がしたい』といういじらしい妹心からだと思うが、そんな想いは紗夜姉には届かない。

 紗夜姉は何でも真似して自分を凌駕していく妹をプレッシャーに感じ、日菜姉は自分を拒絶する姉を追いかけて更に拒絶されるという悪循環に陥っているわけだ。

 

 「日菜姉がプレッシャーなんでしょう」

 「彼女が紗夜にとってプレッシャーであると?」

 「そうです。それでその日菜姉ですが、端的に言って『天才』です。どちらかと言えば凄まじく要領がいいというべきかも知れませんが、天才と言った方が分かりやすいでしょう」

 「確かに姉としては複雑でしょうけど…それでもあそこまで思い詰めるほどとは思えないわね」

 「日菜姉は紗夜姉のことが大好きなんです。それで何でも真似をして同じ事をしようとするんですが、ここで日菜姉の才能が邪魔をします。後から追いかけてきたはずの妹があっという間に自分に追い付いてくるのはまあ、キツいでしょうね。最近はそんなことも無かったんですけど、日菜姉がギターを始めた事でちょっと引っ込みがつかなくなってるんでしょう。紗夜姉も大概不器用ですからね」

 「……大体理解したわ」

 

 今ので理解してくれたか。よかったよかった。

 話したのは私の意見だから細部は違うかもしれないが、概ねあっているはずだ。

 道化師(ジョーカー)はただ愚者を演じるわけにはいかない。周囲の状況を見てそれに合わせて演じなければいけないのだ。

 

 「貴方も、よく見ているのね」

 「私は紗夜姉と日菜姉のための道化師(ジョーカー)ですからね。もういいですか?」

 「貴方の話はしてくれないのかしら?」

 「……今井さんにも聞かれましたよ。二人とも大概お節介ですね。ですが、話す必要性を感じません。どうしても聞きたければ紗夜姉に聞いたらどうですか? きっとおもしろいことが聞けますよ」

 

 少しひねくれた質問の仕方をされたので、皮肉のように返してしまった。皮肉の対象は湊さんではないけど。

 話している間に食べ進めていた弁当箱をとじて席を立つ。

 

 「ああ、そういえばキーボード担当はどうなりました?」

 「紗夜が勧誘しているわ」

 「私としてはこっちに関わるくらいならそっちに力を入れてほしいところですね」

 「逃げるのは関心しないわね」

 「……そのための道化師()なんですよ」

 

 最後の最後にチクリと刺されてしまった。

 今井さんといい湊さんといい、何故私の事情をわざわざ嗅ぎ回るのか?

 姉妹の出来損ないのことなんて放っておいてくれればいいのに。


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