ライブラ秘書嬢の異世界渡航   作:一星

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スコッチ里帰り回。

時間軸は人魚姫は英雄の夢を見るか?本編開始(BBB10巻終了後)時の2年前、紐育大崩落から1年経った頃。DCはスコッチさん身バレから半年後、DC原作開始2年前設定。


※オリキャラが多数出張るので苦手な方は回避をお願いします
※スコッチさんの本名バレあります。オリジナルの偽名もあります。



たくさんの名前とひとつの心臓

 

「あー、ヒロ、ちょっと」

「うん? どうしたクリス」

 

 黒の組織から脱出し、公安から一時的にライブラに異動したスコッチこと諸伏景光は、デスクで書類仕事をしていたクリスに声を掛けられ、手にした端末で眺めていたライフルリストから顔を上げた。

 

 FBIの捜査官・赤井秀一の700ヤードに及ぶ射撃能力には及ばずとも、景光ほどの超長距離射撃を精密に行える技量の持ち主は世界中探してもそうはいない。精密射撃と速射、スナイプのための場所取りが得意で、血の気が多いライブラのガンスリンガーたちの中で、「待ち」も根気よくこなす。

 長距離から放たれる弾丸は相手を殺すことなく、けれど確実に無力化させる。ついつい力加減を誤ってやりすぎてしまうメンバーが多い中、敵を殺すことなく生け捕りにしたい時、もしくは接近するのが難しい敵に対し、景光の技術はライブラにとって重要なものになっていた。

 人当たりも良く、すぐに狙撃部隊の面々とも仲良くなり、スナイパーが複数配置される任務にあっては、スナイパーだから分かる視点で、任務のブリーフィングでもスティーブンやクリスティアナが思いつかない、興味深い意見を遠慮なく出していた。

 そういった得意分野の違いも含め、異界産の火器類を用いて、遠隔射撃などの離れ業をこなすK・Kに次ぐスナイパーとして、景光は早くもライブラの核構成員としてライブラに馴染みつつあった。

 

 

 ライブラ構成員の武器類を一手に担う武器庫(アーセナル)のパトリックから送られてきた新しい入荷品をひやかしつつ、予備の弾倉を注文カートに入れた景光は、座っていたソファーから立ち上がり、クリスティアナのいるデスクに近づいた。そんな彼を見上げたクリスティアナは、緊張したような少し強張った顔で、ひと呼吸を置いて口を開いた。

 

「バーボンが酔いどれ鴉の目から逃れたそうだよ」

「は……」

 

 他の構成員も出入りしているのを慮って、言葉遊びのようなワードで繋がれた一言に、景光は硬直した。

 

「んだそれ、酒がカラスから逃げたって、意味分かんねーぞクリス」

「このバ────カ。クリスがあえてそう言うってことは、何かの暗号なんでしょ」

「俺様の頭から降りろこの雌犬!!!」

 

 案の定、先ほどまで景光が座っていたソファーの対面にチンピラ感満載で座り携帯ゲームを弄っていたザップが何言ってんだお前という顔を隠しもせず声を上げたが、その言葉はあえなく途中でくぐもった呻きに変わった。

 希釈を解いてザップの顔面を容赦なく踏み潰したのは、景光と同じ出向組のチェインだ。むぎゅむぎゅと音を立てて靴底をザップにめり込ませ、捕らえようとする腕が足に絡みつく前に軽々とジャンプするチェインに怒り心頭のザップ。ライブラでも比較的若い年代に入る彼らのやり取りを横目に、景光は苦笑した。

 

 バーボンが酔いどれ鴉の目から逃れた。

 つまりは、景光の幼馴染で同じ潜入捜査官、そして組織でもペアだったバーボンこと降谷零が、酔いどれ鴉……黒ずくめの組織の監視から、ようやく逃れたという知らせだった。

 NOCとペアになり、しかもNOCと気付かなかった愚か者。バーボン自身も内通者あるいは裏切り者の可能性があると警戒されて、監視が付くことは容易に考えられた。コツコツと築き上げた功績はマイナス評価へ転落。表向きはライによって殺されたスコッチの死から半年と数か月、ようやくバーボンの監視と謹慎が解け、多少は信用回復がなされたという吉報だ。

 この半年間、ずっと待ち望んでいた報告に、ふっと肩の力を抜き、仰ぎ見るように顔を上げて目を閉じた。よかった。心からの安堵に、肺を空っぽにする勢いで長い溜め息をつきながら景光はその場にしゃがみこんだ。

 

「そうか……良かった……」

「長かったようで短かったね」

「ああ……」

「というわけで、久々に日本出張行くよ」

 

 こちらの感慨を吹っ飛ばすようなセリフが、直属の上司から出てきた。

 景光を勧誘したのがクリスということもあって、景光への仕事はスティーブンからではなくクリスを通して振られていた。構成員の陣頭指揮を担うのはもっぱら番頭のスティーブンと秘書のクリスティアナのどちらかなのだが、景光の場合は日本文化や景光の諸事情に詳しいクリスが直属の上司扱いになっていた。これまでも、何度かHL内外でのクリスティアナの交渉の場に付き添ったり、スナイパーとしての仕事を振られている。

 

「えっ!? いいのか!?」

「良いもなにも。むしろ半年待たせて申し訳ないって感じだけど」

 

 思わず声を上ずらせて期待と驚きに目を輝かせる景光に、「流石に逃水で誤魔化すにも、監視の目がキツイ状況じゃリスクが高すぎたから」とクリスは溜息を吐いて、遠くのデスクで聞き耳を立てていたらしいスティーブンが苦笑いし、ボスでもあるクラウスは胃のあたりを押さえて冷や汗を流していた。

 あんまり気に病むとまた胃潰瘍になるぞ、ボス。2メートル近くある巨体にかなりの強面に似合わず、真摯で妙に心配性な彼に景光は気にするなと笑いかけた。

 

 半年は長く辛かったが、仕方のないことだと理解していた。監視の目がある中で会いに行くのは、諸伏景光(スコッチ)にとっても降谷零(バーボン)にとっても自殺行為だ。その間にできることをしようと、景光は歯がゆさをこらえながら様々な「稽古事」をライブラの仕事の傍ら続けてきた。クリスティアナや構成員たちに仕込んでもらった変装術や演技、出てしまいがちな人間の癖を変えるコツ、齧った程度だが幻術や魔術での視覚や感覚、聴覚の攪乱方法。これで景光がHLに来る前のように、幻術が解けてしまうから一定以上クリスティアナから離れられない、なんてことはない。

 何故景光が半年間という短い期間で幾つもの技術を習得できたかといえば、普段生活する傍ら街中に異変がないか見張っている諜報担当の構成員たちと、そのぐらいの技術は持っといて損は無いよな、という話になったからだ。構成員の誰かが気を利かせたらしく、クリスティアナやKKにその話は洩れていて、その日のうちにあれよあれよと「稽古事」が増えることになった。それも超一級のヒューマーの師匠を揃えて。HLの住人、しかもヒューマーとくれば、大方訳アリだ。普通なら学べないような知識も、ライブラなら専門家が何気ない顔でゴロゴロいるのだから怖ろしいと景光は思う。

 

 

 

 

 と、いうわけで。

 

 

「帰ってきた……!」

 

 成田空港国際線ターミナル。セキュリティや襲われる危険性も鑑みて、またもやラインヘルツ家が出してくれたプライベートジェットで、再び故郷に帰ってきた。14時間に上るフライトを終え、タラップを踏みしめるたびに頬を撫でる風が湿ったものではなく、からりと乾いた涼やかさに景光は目を細めた。

 

 

 ちなみにもうすでにしっかり変装済みだ。「諸伏景光」の特徴と限りなく乖離させつつ、クリスティアナの隣に立っていても不審がられないような見た目に変えている。どんな外見にするかはライブラの連中とワイワイやりながら決めた。

 地毛が黒髪ストレートだから、松田みたいな癖毛をイメージしつつ、今時のツーブロックの明るい茶髪にチェンジ。目は日本人によくある焦げ茶色だ。顔は無精髭を生やしてないと学生に間違えられるくらいの童顔だったから、あえて変装時は冒険しようとスティーブンやハマーみたいな色っぽさのある顔立ちを選んだ。

 

 服装はクリスに同行して登庁もする予定だから基本的にスーツだ。とはいってもよくある凡庸なリクルートスーツじゃなく、クリスと並んでも悪目立ちも見劣りもしない程度の、黒地に銀の細いストライプが入った小洒落たファッションスーツだ。

 普段の俺なら無精髭のせいであまり決まらないし着もしないタイプの服だが、ちょっとチャラめのアラサー設定だとしっくりきていた。スーツだといざという時動きにくいんじゃと思ったが、袖を通してみたらそんなことはなかった。きちんとしたテーラーによるものだと着心地が全然違う。普通の会社員を表向き名乗っているスティーブンやクリスティアナがお高めのスーツでも汚れとか破れとか気にせずガンガン足技で戦ってるのが地味に不思議だったのだが、こうしてみると納得だった。なんでもクラウスの実家が愛用するテーラーで、色々物騒な要望も通るらしく、俺も色々懐に銃やら武器を仕込んだり使いやすくしてもらうよう頼んだ。

 

 外で名乗る名前も決めた。「檜山満(ひやま みつる)」。日本人だが親の仕事の関係でアメリカで育って、大学卒業後も紐育に留まっていたらHL化してしまい、そのままHLの調査会社でクリスの部下として働いている設定だ。ライブラとしての取引の場合は、クリスのボディーガード兼補佐役として動く。クリスの広すぎる伝手で、この見た目の経歴や偽造身分証も発行済み。ここまでやるのかと首を傾げたら、今後HL外に俺を連れ出すときはほぼこの設定で行くからとのことらしい。これからも連れ出してくれる予定があったのに驚いたが、クリス一人だと何でもできる分無茶をしそうだから、恩人の助けになりたい俺としては願ってもない話だ。

 もはや見た目も設定も普段から遠くかけ離れた別人状態だが、完成した変装時の姿を見て、K・Kやチェインが良い笑顔でサムズアップしてくれたから、不自然さは無いと思う。……俺が動揺して、演技でボロを出さない限りは。

 

 

「行こう、檜山」

「はい」

 

 黒髪を風になびかせながら、颯爽と歩き出すクリスティアナの後を追随する。専用車で入国ゲートまで向かい、プライベートジェット使用者が使える専用ターミナルに入る。他の一般客に会うことなく、待ち時間ゼロで入国手続きが行えるのが新鮮で、思わずキョロキョロしたいのを必死で抑えた。プライベートジェット使える奴の関係者なのにお上りさん丸出しはちょっとな。

 今回の渡航でスナイパーライフルみたいな大きい武器はあまり持ち歩けないから(スーツに似合わなさ過ぎるし、咄嗟の時に取り回しがきかないし)、パトリックが空輸でHL外に技術的でも規格的でも持ち出せる限界ギリギリの重火器を先んじて日本に送ってくれている。使い慣れたものばかりだからありがたい。だから今の手持ちは、銃身を限界まで圧縮して、見た目は完全にただのボールペンにしか見えない、持ち物検査にも引っかからないし使用者以外使用不可という魔術的な仕掛けが施された自動拳銃2丁だ。これならスーツの胸元や裏ポケットに忍ばせていても全く不自然じゃないから、今回の任務にはうってつけだ。

 

 

 一抹の不安もあったが無事に検査を潜り抜け、エスコートしてくれたコンシェルジュの見送りを受けながら専用ターミナル入り口の車寄せに出ると、停められていた一台の真っ赤なスポーツカーの前に、あまりスポーツカーが似合わなさそうな一人の女性が立っていた。

 

「お待ちしておりました、お姉さま、檜山様」

「わざわざすまないね、氷室」

「いいえ、私には勿体ないお言葉です。こうしてお姉さまのお出迎えが出来て光栄ですわ」

 

 きっちりと45度のお辞儀で出迎えてくれた氷室という女性は、大和撫子然とした品のある顔立ちでゆったりと笑った。彼女のエスコートでクリスは助手席に乗り込むかと思ったが、後部座席に二人して通された。長旅でお疲れでしょうから、とのことだった。驚くほど静かにスピードを上げ、赤い車は空港を後にする。

 

「良い車だな。フェアレディZか」

 

 幼馴染(バーボン)元同僚(ライ)も自分の車を持って愛用していたせいか、自然と車に詳しくなったが……この車もその過程で知っていた。国産車メーカーが誇るスポーツカーのひとつ。クリスティアナやザップが使う血法の艶めいた赤にも似た、見る角度によって色を変える鮮やかなカーマインレッドに流線型のシャープな車体。長いストレートの黒髪を一つに束ねて肩に垂らした、スーツよりも着物が似合い、運転するより同乗するほうが似合う和風美人の氷室のチョイスとは思えないが、それでも美しい車だ。

 そう洩らした俺に、氷室はくすりと笑った。お淑やかに、艶やかに。それでいて得意げに。

 

「お姉さまにお似合いの車でしょう?」

「懇意にしてる財閥の方からプレゼントされたんだよ、日本に来るときはこれを足に使えばいいって」

 

 勿体ないほどの贈り物だよ、とクリスが溜息を吐いた。何でも、クリスが海外に居る間は保管もメンテナンスも全部財閥が受け持ち、常に最新モデルの車とオプション、防弾仕様に交換してくれているのだとか。しかも車はこれだけじゃなく、プライベート用に白のロードスターという別メーカーのオープンカーまで用意されているのだとか。尋常じゃない気に入られように、流石に俺も乾いた笑いしか浮かばなかった。

 

「でもなるほどな、クリスの車なら納得だ」

「でしょう? 赤い貴婦人、お姉さまにこれほど相応しい車は他を置いてありませんわ」

「持ち上げすぎだよ。私には身分不相応だと思うけど」

 

 クリスは不貞腐れたようにぼそぼそとそう言ったが、俺としては氷室と同意見だった。忘れそうになるがクリスはまだ23歳という若さだが、その手腕や堂々とした立ち振る舞い、大人びた見た目も相まって、年上のはずの氷室と同い年かそれより上に見える。サングラスをして運転する姿なんか、とても様になるになるに違いない。この車を贈った人物はセンスが良い。

 

「そういえばお姉さま、鈴木相談役がもし時間に余裕があればお会いしたいと仰せでしたわ。園子さまも」

「そうだね……車とか色々預かってもらってるし、最近会えてないしな……分かった、時間を作るよ」

「後はパトリック様からお預かりした武器類ですが……すでにホテルに運び込んでおります。檜山様、確認をお願いしますね」

「ありがとう、氷室さん」

 

 クリスは身体そのものが武器だから、K・Kのように954血弾格闘技(ブラッドバレッド・ア―ツ)で銃火器を使う場面以外は武器は必要ない。だから今回持ち込んだのはほぼ俺用の武器だ。

 

「そして、これがお姉さまから頼まれていた調べものの報告書ですわ。ご査収下さいませ」

「助かるよ」

 

 信号待ちの間に、氷室がクリスに差し出したのは分厚いファイルだった。横からこっそり覗かせてもらったが、英語でみっしり文字が並んだ報告書だったので、後で俺が読んでも当たり障りのない部分だけ読ませてもらおうとすぐに首をひっこめた。あんなもの車の中で読んだら酔いそうだ。車酔いと情報量過多で。

 氷室の快適すぎる運転技術で何度か眠り込みそうになるのをこらえつつ、夜の東京をドライブすること小一時間。東都にある牙狩りの息が掛かっているというホテルに到着した。

 

「檜山様のご友人の降谷さんが登庁される日が分かりましたら、すぐに連絡いたします」

「何から何までありがとう、氷室さん。よろしく頼むよ」

「いえ、お姉さまの為ですもの」

 

 フェアレディZをホテルの地下駐車場に停めてから帰るという氷室さんは、深々と頭を下げた。

 

「それではお姉さま、檜山様。何かご入用があれば我々人狼局と水晶宮親衛隊にご連絡下さい。お休みなさいませ」

「うん、おやすみ、氷室」

「気を付けて」

 

 ホテルに踏み入る俺たちを、あのキッチリしたお辞儀で見送る氷室。ホテルの自動ドアの向こうをもう一度振り返った時には、車も氷室も忽然と消えていた。

 

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