時間軸は人魚姫は英雄の夢を見るか?本編開始(BBB10巻終了後)時の2年前、紐育大崩落から1年経った頃。DCはスコッチさん身バレから半年後、DC原作開始2年前設定。
※オリキャラが多数出張るので苦手な方は回避をお願いします
※スコッチさんの本名バレあります。オリジナルの偽名もあります。
ホテルは相変わらずグレードの高い一室が用意されていた。アメニティからウェルカムサービスまで充実している。前回のように幻術が解ける危険性から、スウィートルームの別々の寝室を使う、なんてことはせず、今回は流石に別の部屋だが……それでも、同じ階に他人の気配を感じない。
なんでも牙狩りの構成員はこういった息の掛かったホテルで割と好待遇になるらしいのだが、スティーブンいわく、日本でのクリスのもてなしぶりはぶっちゃけ異常なくらいらしい。なんでも過去に日本のロイヤルファミリー……つまり天皇家や日本の牙狩りにまつわる事件で多大な恩を売ったせいだとかなんとか。
そもそも吸血鬼の実在、それを狩る牙狩りや、おそらく世界規模の諜報機関としては最上級のスペックを持つ人狼局の存在こそ俺にとっては信じがたい驚きだったが、それらが日本にも存在すると聞いてさらにびっくりした。そりゃ牙狩りの職務が吸血鬼に関連する事柄のみ関与するわけだから、警察でも上層部のごく一部しか知らんのは分かるんだが……日本の牙狩りは半分くらい現存する陰陽師とか、ファンタジーが過ぎる。リアル陰陽師とかワクワクするけどな。存在の否定が頭に浮かばず、スティーブンやクリスから説明を受けて、あっさり「あ、いるんだ」って感想が浮かんだ辺り、俺も随分HLに馴染んだもんだ。なにせ幻術使いとか魔導師とか
古代日本の朝廷に仕えていた陰陽師集団が、世界的組織である牙狩りに吸収されたって経緯から、日本の根幹と言える霊地の要所を押さえて霊的なバランスを調節しながら、吸血鬼やあやかしなんかを調伏するために、日本の牙狩り本部は京都にあるらしい。東京にも天皇家を守護する部隊のための支部があるらしい。
今回は京都まで出向く用事は無いが、東京支部にクリスは用事があるらしい。俺も面通ししておくと良いと言われたので、同行する予定だ。多分、俺がライブラを抜けて公安に戻った後のことも考えて、もし吸血鬼らしい影があったらすぐに助力を請えるようにという彼女なりの配慮だろう。ぶっちゃけ俺のライブラ用のスマホは世界各国の諜報員や警察関係者、あと何故か俺自身も気に入ってくれた数人の富豪と連絡先の宝庫状態だ。
牙狩りへの顔出し以外にも、ライブラのスポンサーである財閥や大企業と数件の面会予定がある。かなり多忙なクリスにしてはかなり緩めに予定を入れているのは、ゼロが組織の目を掻い潜って警察庁に顔を出すタイミングでこちらも警察庁に向かうからだ。最悪、俺たちが日本を発つ前の日に来てもらうよう零の上司に指示を出してもらう予定だが……果たしてどうなるか。
鋼が擦れる音がする。世間に一般的に出回っているライフル類とはワケが違う、異界産の化け物級に使いづらくて気位の高い
『────これより任務を開始する。
この街のどこかで、黒髪を靡かせながら赤い目で街を見下ろすスーツの少女が頭に思い浮かぶ。わざわざスコープで探すなんて野暮はしないし、その必要もない。
彼女は自分の事をただの秘書だとのたまうが、ライブラの誰もがそれを認めないだろう。確かに、
だが、彼女には確かに人を率いるための力……安っぽい言い方をすれば、カリスマ性があった。指揮を執る涼やかな声を聞くと、心が静かに奮い立つ。頼られれば嬉しいし、支えたい、役に立ちたいと頑張る気も起きるというものだ。今宵集められた人員は、クラウス以上にクリス個人に従う人間で構成されている。
戦略にあまり造詣の無い俺でも分かるほど、的確に無駄なく配置されている人員。敷かれた包囲網に隙は無い。構成員はクリスが今回の為に選んだとあって超一級揃いだ。ライブラや牙狩りの構成員で超一級の優秀な人員となれば、たとえ不測の事態が起きたとしても各自がそれぞれに最善に向かって判断・行動ができる。打ち合わせ無しの同時行動。指示が無ければ動けなくなる集団より、行動はバラバラでも最終的な統率が取れた軍団の方がよほど優秀だ。
何でもアリが許されてしまう
夜でも明るい街並みの中、静かに影が蠢いている。俺とクリスとは別のルートで日本入りしたライブラの仲間たちや、日本にいる、組織を超えてクリスを慕う部下や協力者たちが、雑踏にまぎれ、普通を装いながらも全員配置についた。
ターゲットはとあるチンピラ集団。何がどうやってライブラの目を掻い潜り、二重門のセキュリティを突破して遠い日本まで条約で禁止されている異界武器や魔導生物を持ちだせたのかは気になるが──今は些末な問題だ。今は、とりあえずこの国に厄介なブツを持ち込んだ連中の無力化が最優先だ。
『さあ、馬鹿どもに思い知らせてやろう。ライブラを敵に回した恐怖を。我々をあまつさえ出し抜いて今なお高笑いしている──その罪を』
「──了解」
殺さず壊さず、
コツリ、と高いヒールが足音一つ立てた瞬間、倉庫内はたちまち蒼い氷に包まれた。
魔導生物の入った超合金製のコンテナごと、全て氷漬けにする。古びた廃倉庫に転がるチンピラ共は苦悶の呻きを零しながら身体の殆どを氷漬けにされ、脚や腕を撃ち抜かれて氷の中を赤で汚していた。
『──こちらアイン、B11からB9に逃走中だったターゲットの沈黙を確認した。既に回収部隊が到着して事後処理中だ。……これで全部か?』
「ええ。持ち出された旧型マネキンタイプの生体オートマタの台数もあってるし、一番厄介だったブースト系のドラッグの流出の心配もなさそう。氷室から聞いてるウスラ馬鹿どもの頭数も、その一人を加えればピッタリ。作戦終了ね」
『お疲れさん』
万が一、在り得ないとは思うが念には念を入れて、一応通信を傍受されていたり盗み聞きされていた時の為に取り決めていたコードネームである
倉庫内に音もなく転移してきた日本支部から借りてきた術士たちが、片付けるべき下手人たちとここに在ってはならない荷物をテキパキと転移させていく。取りこぼしも微塵の痕跡も残してはならないため、彼らは真剣に取り組んでくれていた。回収した荷物は後日、日本支部で凍ったままストレス発散のサンドバックになってもらい、誰にも再利用できないレベルに粉微塵にする予定だ。下手人はライブラの目を欺いた手段について懇々と尋問を受けてもらう。世界の転覆一歩手前までやらかしかけていたのだ、一思いに殺してやる慈悲など無い。
ともあれ、日本に来た理由の一つが無事に片付きそうだと、やれやれと溜息を吐きながら、肩の力を抜こうとしたその時……取り逃がしの無いようにと索敵の為に張り巡らせたままの血法のレーダーが反応した。はっとかすかに息を呑むのが聞こえたのか、ヒロが「どうした?」と怪訝そうな声を出す。
引っかかったのは一つだけ。速度からして徒歩だが、妙な緩急をつけているところを見ると、かなり警戒した足取りだ。狙いは────この倉庫だろう。
いや、高速で考えを巡らせるよりも先に、今すべきことは。
「水晶宮式血濤道」
地面に着けた足裏から伝播するように、あらかじめ撒いておいた水にほんの微量混ぜた自身の血液を介して、血法を発動させる。スモークでも焚いたかのように倉庫内にうっすらと立ち昇る薄い霧に、術士の数人が何事かとこちらを振り返る。気にするなと軽く手を振った。
『何があった』
「何者かがこっちに向かってきている。まだこっちの撤収作業が終わってないから、とりあえず逃水の霧で攪乱して時間を稼ぐ。
総員、撤収作業を急げ。証拠は出来る限り残すな。撤収出来次第、プランDに則って各自その場から離脱せよ」
複数の声が了解の声を返す中、今は取り繕うことなく地声で喋っているはずのヒロの、涼やかでどこか艶のある特徴的な返事が聞こえなかったのが気に掛かって『アイン?』と呼び掛けた。ここまでは予想外ではあったが、十分想定内の範囲だった。HLのように厄介事がドリフトして急に飛び込んでくるような要素が薄いだけ、たかが一人の乱入など対処は簡単だ。
『……
そう、感激とも驚愕とも取れない囁きを聞くまでは。
素早く彼のいる位置とUnknown反応の位置を事前に叩き込んでおいた頭の中の地図に書き起こす。……十分暗視スコープで捉えられる位置取りと距離だ。パトリックが張り切って用意したスコープ類だ、可視距離はヒロの射撃可能距離をフルに活用できる距離数のモノを選んでいるはずだ。おそらく、私の為に威嚇射撃をしようと敵影を捜して、その結果今回の出張のメインイベントご本人を見つけてしまったらしい。
「うわ、ダブルフェイスか。どっちの顔で来てるか知らないが、ブッキングとは恐ろしい嗅覚だ。撃ってないだろうね、アイン」
『撃てるわけないだろ……! 撃ったら間違いなく気づかれるぞ……!』
「……、君も随分こっちに馴染んだな……」
真っ先に出てきたのが、大事な戦友を傷付けたくないという諸伏景光個人の私情ではなく、ライブラという現在の立場を優先した発言に、思わず感慨深げに、余計な一言が転がり出た。透けて見えるのは相手への洞察力や危険察知能力への手放しの信頼だ。
は? とインカム越しに聞こえた焦りと不審で上擦った声に、アホなことを考えている暇はないと気を取り直す。
「いや。偶然とはいえ奇跡的な巡り合わせだが、バーボンなのか降谷なのか分からない以上、君を迂闊に接触させるわけにはいかないし、ましてや彼みたいな切れ者相手にこの倉庫で『何かあった』と悟らせること自体悪手だな。援護はいらないから君も離脱してくれ。逃水の範囲外にスナイパーがいないとも限らない」
『リーダーを一人にさせたくない所だが……むしろ俺がいた方が危険か。分かったよ』
「じゃあまた、安全圏のパーキングで落ち合おう」
当たり前のように寄せられる信用が心地よい。少々切迫した状況なのに、悠長にも軽口が叩けるのは、多少の事では動じなくなってしまった自分の胆の太さと、血法による霧の結界への絶対的な信頼があるからだ。
降谷零にもバーボンにもHLへの渡航歴はない。警察庁内での牙狩りに関する情報の浸透率は、他の諜報機関の例にもれず、鏡に映らない化け物はすぐに上司に通報しろという迷信レベル。牙狩りたちの人外な技術に関する知識もないだろう。事前の調べで分かった彼の性格を加味すれば、非科学的な分野への知識も無さそうだ。下手に観光地と認識される危険を減らすため、報道規制が掛けられてるジャンルである幻術や魔術の類が実際に存在することすら知らない、可能性の内に含めもしない、「外」の世界では珍しくもない現実主義者だ。
こういうタイプは、かえって常識の知識が邪魔してくれるお陰で欺きやすい。慌てず騒がず、術者が全員日本支部に転移したのを確認してから自分も離脱し、その上で逃水を解除すれば、問題なく逃げ切れる。すぐ近くに路駐せず、倉庫から距離の離れたパーキングに愛車を停めて正解だった。
「
「……ああ。先に支部に飛んで待っていてくれ、後で別ルートで伺うから」
「御意に。……お気をつけて」
若紫色の羽織を着た白装束の集団が、ぞろり揃って頭を下げる。その瞬間、かすかな光を残して倉庫内に残っていた氷漬けの貨物や下手人たちと共に掻き消えた。不可視の人狼とはまた違った消え方を見守り、自分以外誰も居なくなった倉庫を一度見渡した。髪の一筋、氷のひとかけらなど、些細だが勘繰られかねない要素一つ残っていないか確認を終えると、血法で2階部分に相当する高さにある換気窓まで飛び上がる。倉庫スペースをぐるりと見下ろせるような形で作られた回廊に降り立ち、老朽化して立て付けの悪い窓を手袋を嵌めた手でこじ開け、窓枠に飛び乗る。ふわりと夜風に煽られて、ダークスーツの上に羽織った京紫色の羽織がはためいた。袖を通していない羽織がずり落ちないよう、胸の前で結ばれた鬱金色の組み紐の房飾りが揺れる。薄い色のついたサングラス越しに周囲に誰も居ないことを確かめてから、再び血紐を出して、某蜘蛛男のように別のビルに紐の伸縮する反動で飛び移るのを繰り返し、夜の街を跳ねるように、その場から離脱した。
その羽織の胸元と背骨の上には、小さな金の菊花紋が染め抜かれていた。