ゼロと再会した翌日、俺とクリスは空港にいた。人通りの多いロビー……ではなく、またもやプライベートジェット用の専用ターミナル内の、打ち合わせや軽食が取れるこじんまりした待合室に一人、俺はスマホを手にしていた。通話相手は勿論ゼロだ。
「だからそう心配すんなって、これでも色々身に付けたんだぞ? 上手くやるさ」
『それは分かってるが、あのヘルサレムズ・ロットだぞ? 組織以上に油断が命取りだとティアも言っていただろう』
心配性な幼馴染に俺は肩を竦めた。
「まぁそりゃな…………一回ヤバい目にもあったし」
『……今、何か聞き捨てならないことを呟かなかったか?』
「いやいや、まさかぁ!」
『………………まぁいい、ライブラなら下手な潜伏より安全だろう。なにしろ、組織でさえHLでの活動はままならないと聞いている。生半可な人間を送り込んでもすぐ死ぬ、と。彼女も……まだ完全にとはいかないが、見ている限り信用できる人間のようだしな』
「ぶっちゃけ百人力だぞ。こんど武勇伝聞かせてやろうか」
『……ああ、また追々な』
「……お前の方こそ、頑張りすぎて倒れるなよ。俺は俺なりに、お前からは見えない情報を探っていくからさ」
『頼むぞ』
「おう。……お、手続き終わったみたいだ。そろそろ搭乗するから切るな」
『そうか。見送りに行けなくてすまないな』
「なに、またちょこちょこ様子を見に行くさ。じゃあな」
『ああ』
電話を切り、機内に持ち込む手荷物を手に、カウンターで手続きをしてくれていた氷室とクリスに駆け寄った。本来なら氷室と俺ですべきだったんだろうが、ゼロから電話が掛かってきたのを見たクリスに、良いから喋っておいで、と送り出されたのだ。小走りでやってくる俺に、クリスが苦笑している。
「お待たせしました」
「ああ、行こうか」
「お姉さま、檜山様。いってらっしゃいませ。またお会いできるのを我ら一同、楽しみにしております」
「また何かあったら頼むね」
「はい」
専用ターミナルで氷室とは別れ、搭乗口から車でプライベートジェットのある滑走路まで当たり障りのない会話をして移動し、タラップを登ってジェット内に乗り込んだ。
おかえりなさいませ! とやたら大きい声で出迎えてくれたラインヘルツ家が誇る
「本当に良いの? せっかく再会できたんだ、休暇ついでに君だけもう少し日本に残っていても構わなかったのに」
「良いんだよ。十分休めたし、顔が見れただけ十分だ。これ以上いたら戻りがたくなりそうだし」
「君がそれでいいなら、とやかく言わないけど……」
シートに座るなり、すかさず執事からサーブされたペリエで喉を潤しながら何度も尋ねてくるクリスに気にするなと笑う。これからは集めた情報を流すために何度か日本に足を運ぶ機会もあるだろうし、これが最後の別れじゃない。
「今の俺は、ライブラ所属の諸伏景光だからな」
窓の外は抜けるような青空が広がっていて、フライト日和だ。約15時間のフライトを経て、HLのあるマンハッタン島最寄りのニューアーク・リバティー空港まで飛ぶ。今日も今日とて、あの境界都市はキノコ雲型の霧の結界に包まれて薄曇りの空なのだろう。2週間の不在が、あまりに長く感じた。
HLの「外」は相変わらず平和で、あの都市でライブラが担う役目の重要性を思い知る。俺たちが守りたい日本や世界が平和なのは、ライブラが水際で異界の浸食を食い止めているからだ。……そのことに、今の俺は誇りを持っている。たとえ表向きは死人扱いで、遠く日本からも組織との戦いの前線から離れていても、あの場所で俺なりに日本の為に、組織壊滅の為に出来ることがあるのだから。
そういう思いを込めてにかりと笑顔をクリスに向けた。そんな俺の顔を見て、通路を挟んだシートにゆったりと身を預けていたクリスは蘇芳色の目をぱちぱちとしばたたかせると、得心がいったようにゆったりと微笑みを浮かべた。
「……そうだった。帰ろうか、ヒロ」
「おう!」
世界の均衡を守るべく暗躍する、秘密結社ライブラ。この物語は、そのライブラにひょんなことから加入することになった、一人の日本人警察官の戦いと日常の記録の──ほんの一部にすぎない。