ライブラ秘書嬢の異世界渡航   作:一星

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※ライブラの秘書嬢(エスメラルダ)のオリ主が実はFGO世界で藤丸立香(♂)と二人で「最後のマスター」をしていたことがあったら、しかも相棒が施しの英雄・カルナだったら、という妄想から始まったプライベッターでじりじり更新していたIFネタです。
EXTRAシリーズ未読のマスターが書いています。

※世界観や設定に地雷がある場合はそっとその時点でブラウザバックをお願い致します。読了後の批判、苦情はご遠慮願います。BBBと型月世界のパワーバランスに関しては話の都合を考えて設定させて頂いておりますので、合わないと思われた方は閲覧をご遠慮頂ますようよろしくおねがいします。


※時間軸の設定上、FGO第一章及び、亜種特異点・イベントの内容を大いに含みます。明らかなネタバレ・真名バレは無いよう書いていますが、お読みになる際は人理修復後マスターを推奨します。



施しの英雄と天秤の淑女(×FGO)
施しの英雄と天秤の淑女


 

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。

 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 燃え落ちる街並みの中、雪花の盾を触媒に、魔力を以て召喚陣に火を灯し回す。

 召喚陣の上に翳した手の甲が灼けるような熱を持つ。立香の甲に刻まれた盾のような紋ではなく、翼を広げたような、複雑かつ精緻な天秤を模した令呪が滲みだすように浮かび上がり、赤い光を放つ。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 ────Anfang(セット)

 ────告げる。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 腕に青の線が複雑に走る。体内で蠢き沸く、熱の奔流。制御できないほどの血潮の猛りに、私は吠えるように言葉を紡ぐ。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!」

 

 ひときわ強い輝きを放った召喚陣に、ロマンが叫ぶ。

 

『凄まじい魔力だ、この霊基反応、間違いなく大英雄クラスが来るぞ!!』

 

 

 青い電流と火花がばちばちと唸りを上げ、私の回路から汲み上げられた魔力がヒトの形を成した。余りに眩しすぎて、閃光が収まるまで直視できないほどに。

 

 

 

「──サーヴァント、ランサ―。真名をカルナという。お前がオレのマスターか?」

 

 

 現れたのは、白髪にそれと同じくらい白い幽鬼のような肌、金の鋭利な鎧に大槍を携え、胸に赤い宝玉をつけた細身の青年だった。全てを見抜くような碧玉の双眸に射抜かれ、そして彼が名乗った名前に私は息を呑んだ。じわり、と冷や汗が知らず浮かぶ。

 

 カルナ。ロマンの言う通り、数ある英雄の中でも大英雄と言って過言でない英雄だろう。インド最大の叙事詩『マハーバーラタ』に語られる大英雄アルジュナの異父兄にして、最大のライバル。太陽神スーリヤの息子。武芸を競う場において養父を侮辱され怒り、その場でクシャトリヤ(王族)として迎え入れアルジュナとの挑戦を手助けしようとしたドゥルヨーダナの友として、カウラヴァ百王子のために奮戦した高潔な「施しの英雄」。周囲の謀略によって本来の実力を全く発揮できない状態に追い込まれた上で、ライバルであるアルジュナに謀殺に近い形で首を射落とされた悲劇の英雄でもあるが……「炎」に縁遠い自分が、太陽神の息子たる彼を引き当てるとは、どんな因果だろう。

 とはいえ、この非常事態にあって、これ以上ない心強い味方でもある。彼に相応しいとは言えなくとも、マスターだと胸を張って言える行いをしたいものだ。そんな思いを胸に、問い掛ける彼に私は手を差し出した。

 

「ええ。私があなたのマスター、クリスティアナ・I・スターフェイズよ。『マハーバーラタ』に名高い大英雄と戦えること、誇りに思うわ」

「……どうやら此度もオレは良きマスターに巡り合えたようだ。見るに、お前は己を悪と知りながら、それでもより多くの命の平穏と幸福のために、時には鉄の理性で無慈悲で冷酷な手段を取ることも已む無しとする気性のようだ。そういった在り方にはオレも覚えがある。我が槍を預けるに不足はない」

「苦悩ばかりの人生だったけれど……施しの英雄にそこまで褒められると、悪い気はしないね」

 

 掴まれた手はひやりとしていたが、その痩躯に反して力強い。強固に魔力パスが結ばれるのを感じて、私は口端が吊り上がるのを感じた。

 

 

 ──これが、のちに「私のランサー」と信を預ける、私の相棒との出会いである。

 

 

 

 人理焼却、七つの特異点を巡る旅は、生半可なものでは無かった。

 燃え落ちる冬木にて、反転したアーサー王を打ち倒し。

 次なるフランスでは、邪竜ひしめくオルレアンを可憐な王妃と旗持つ救国の聖女と共に駆け抜け。

 古代ローマでは可憐で暴虐の代名詞たる薔薇の皇帝と共に、数々のローマ皇帝を相手取り。

 伝説に語られるオケアノスの大海では剛毅な大海賊と共に冒険に漕ぎ出し。

 毒の霧烟る、どこか懐かしい雰囲気のロンドンでは、反逆のロンディウムの騎士と共に、群れる金属の兵隊を退け、ついに敵の首魁と対面しその本懐を聞く機会に恵まれた。静かで冷徹な口ぶりで私の問いに答えた、ちぐはぐな印象を覚えるソロモンとの邂逅。そしてその場で邪視の呪いに掛かり──7日間、人間の悪性の具現であるサーヴァントと戦う監獄塔に魂ひとつで立ち向かう羽目にもなった。

 

 無事監獄塔を脱出し、次なる特異点とされた北米では、私のカルナだけでなく、抑止力として聖杯に呼び出されたカルナもいた。しかも敵には、カルナの終生のライバルであるアルジュナという好カード。オルタとなったクー・フーリンと彼をオルタ化させたメイヴ女王との戦いは熾烈を極めた。

 次のキャメロットでは円卓の苛烈さ、凄絶さに挫けそうになりながらも、べディヴィエールやアーラシュ、歴代のハサンたち、そしてエジプトのファラオの力を借り、神槍ロンゴミニアドを持つ女神に立ち向かった。

 バビロニアでは絶望的な状況下でもあきらめないウルクという古代都市の底力、尊敬される過労死王たるキャスター・ギルガメッシュと共に、イシュタルやエレシュキガル、ケツァルコアトルといった女神たちの助力の元、原初の創世神に牙を剥いた。

 ──そして、終局特異点、冠位時間神殿ソロモンで、永遠にも思えるほど蠢き沸く魔神柱を、これまでの特異点で出会った味方も敵も関係なく、縁を紡いだサーヴァントすべてと協力して、一秒間に44本の計算で磨り潰しながら駆け抜け、ロマニの偉大で悲しい決意の元、私と立香は、人理焼却を阻止した。

 

 その他、微小な特異点やハロウィンの悪夢だったり、人理焼却阻止後も5つの特異点を修復するドタバタはあったのだが……その旅路は、苦難と挫絶、幾たびの喪失に満ち溢れてなお、輝かしい宝物だった。

 何故かカルナを始め、本来なら炎に全く縁のないはずの私にばかり太陽系サーヴァント……玉藻前やガヴェイン、ファラオ・オジマンディアスやらケツァルコアトルが召喚されたり(全体的にとてもまぶしい)、立香が召喚したバーサーカーのウラド公には吸血鬼には猛毒のはずの血を所望され追いかけ回されたり、雷の縁あって召喚した頼光さんには「母と呼んでください!!」と迫られるし。いや頼光さんの母性はまさに理想の母親像ですけど、あんないい人私には勿体ないです……。あと茶々も普段は見た目どおりのお転婆姫なのに、ふとした時に見せる母性に思わず大人しく休まさせられるから……母性つよい……。

 バレンタインのお返しに男性陣からもらった聖遺物待ったなしのお返しに身震いはしたものの、どれもこれもが嬉しかった。流石にカルナが不死の黄金の鎧の一部を鍛え直してピアスを作って持って来た時には本気で良いのか、と念押ししてしまったが、彼の耳輪にも似たデザインのピアスを贈られたのがうれしくて、カルナの要望通りカルデアで二人の時だけは付けていた。特異点でつけていたら失くしそうで怖いし。

 

 

 そして、セイレムの魔女裁判を乗り越え、冥界のクリスマスを終えたその後、私は得た聖杯の力を使い、元の世界……堕落王に飛ばされるまでいた、HLに帰還することにした。立香やダ・ヴィンチちゃん、マシュ、それに支えてくれた職員たち、そして頼れるサーヴァントたちはとても惜しんでくれたし、それ以上に別の世界でまた世界を救う戦いに戻ることを応援してくれた。ライブラとは違った意味で、得難い仲間たちに見送られ、契約していたサーヴァントたちが座へ還るのを見送った後、それでも思い出として残ったカルナのピアスやその他の僅かな荷物を手に、私は聖杯を使用して無事にHLに帰還した。

 最早右手に礼呪はなく、ライブラの秘書として以前と変わりない生活を送りながら──それでも、黄金のピアスを耳に下げ、氷を、脚を振るう日々だった。

 

 

 

 ────今日までは。

 

 

 

「……超絶高いところからのフリーフォールとか、新宿で終わりだと思ってたんだけどなー!?」

 

 

 ああここに相棒(カルナ)がいてくれたら『魔力放出(炎)』で颯爽と受け止めてくれただろうに、と遠い目をする。ここにはアラフィフもいないしまして信頼する一番槍もいない、無情なる狂騒の街である。氷を外壁にブッ刺して足場にしようにも、建物が遠すぎて不可能だ。

 最悪、もう少し地上に近いところで籠目で血の網を張って受け身を取るほかあるまい、と半ば覚悟したその時、右手に刺すような痛みが走った。瞬間、ここしばらく感じていなかった身体から何かの力が抜けるような感覚に襲われる。視界の隅で、黄金の粒子がはじけたように見えた。

 

「──オレを喚んだか、クリスティアナ」

「は──」

「ああ、驚くのも無理はない。オレ自身とても驚いている────だが、同時にこれ以上ない喜びでもある。お前の槍として、再びサーヴァントとして現界が叶ったのだから」

 

 冷徹に取られがちな、言葉数の少ない言葉回し。コミュニケーションは苦手だと宣った相棒は、鉄面皮を崩して嬉しそうに碧玉の目を緩めた。

 

「カルナ!!?」

「ああ」

「エッ本当に私のカルナか君!? 普通座に還ったら召喚されてた間の記憶はほとんど引き継がれないんじゃなかったの!?」

「その疑問はもっともだが、今はそれよりも優先させるべきことがあるだろう……抱えるぞ」

「あ、ごめん。ありがとう」

「礼など不要。当然のことをしたまでだ」

 

 カルナに抱き込まれた瞬間、落下が止まる。

 本来飛ぶ術を持たないカルナだが、魔力放出スキルの応用によって飛ぶことが可能なのだ。ただ、大英雄の名に恥じない宝具やスキルの数々のために、かなり燃費が悪いという欠点はあるが……この吸血鬼に対抗するために色々魔改造された身体が秘める魔力量は、カルナの実力を常に十全には発揮させられずとも、使用する魔力を限定すれば、本来の8割なら瞬間的に解放できる。魔力放出も短時間なら十分に活用できる。バビロニアの泥の海だったり新宿の開幕問答無用フリーフォールでは大変お世話になりました。

 ビルの上に降ろされた瞬間、がばりと抱き付く。恥など知るか。

 

「……また君に会えてうれしいよ、カルナ。私の無二のランサー」

「オレこそ感謝する、マスターが常にこのピアスをつけていたお陰で、こうして窮地の呼び掛けに応えることが出来た」

「……あ、これが原因?」

 

 耳元で金の精緻な細工に、カルナの胸で輝くものと同じ赤い宝石がちりばめられたピアスが揺れる。愛おしげに目を細めたカルナの指先が耳飾りに触れるのを静かに受け入れた。

 

「ああ。父より賜った不死の鎧、『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』の一部を捧げるほどのマスターなど、幾たびある聖杯戦争での記憶の中でもお前のみ。ゆえに、オレはお前との記憶を持ったまま再び現界が叶ったと言えよう。常に身に付けてくれていたのだろう、そのピアスからは別れた時とは比べ物にならんほど、マスターの魔力が籠っているのを感じる」

「……君が遺してくれたものだからね、嬉しかった思い出を忘れたくなかったんだ」

 

 照れているのを隠すように、ぐりぐりと額をカルナの身体に押し付ける。細い指が私の髪を梳いていくのが心地よかった。そうか、と上から落ちてくる声は穏やかだ。

 

「ところでマスター、身体に不具合は無いか」

「? いや、これといって」

 

 どうしたの? と問えば、カルナは無表情のまま眉根を寄せた。

 

「此処がマスターの生まれ育った世界ならば、本来“英霊(サーヴァント)”どころか、“座”や聖杯といった魔術世界のモノは存在しないだろう。お前は世界を跨いだ時の補整(帳尻合わせ)で本来無いはずの魔術回路を特殊な血液が代行し、マスター適正も持ち合わせていた。全身に行き渡る回路(血管)と自前の魔力炉(造血細胞)をひとつ持っている状態でカルデアの電気による魔力サポートを受けていたために、魔力燃費の悪いオレや、他の大英雄クラスと複数契約していても問題は無かったが……この世界ではそうもいくまい」

「ああ、成る程。そういうことか……言われてみれば確かに。でも座がないのにカルナはこうして現界してるし、令呪はカルデアに居た時と同じだし、魔力パスも直接繋がってる、よねこれ」

 

 本来ならサーヴァントは聖杯の魔力をもって、令呪を持つ人間との契約で座にいる英霊の分霊の一側面を一クラスのサーヴァントという小さい枠に収めて召喚するもの。あの人理修復の旅が本来の聖杯戦争から遠く離れた状況下とはいえ、マシュの円卓の盾を媒介に英霊を喚んでいた。ならば、座も聖杯も英霊もない異世界にあたるこの世界に、本人から渡された鎧の一部という最高の触媒があったとしても、カルナという英霊は本来喚べないはずなのだ。分霊とかいう以前に、魔術師(しかし名前は同じだが中身は全く別物)はいても、魔術世界の無いこの世界における大英雄カルナは実在しない神話上の人物であり、向こうの座にいるカルナとは別人物だろうから。

 しかし今ここに彼はいる。おまけに、さっきの召喚で痛みが走ったことで薄々わかってはいたが、右手にはあの天秤のような令呪が三画分くっきりと刻まれている。……毎日回復するのかなこれ。

 

「ああ。しかも今感じる限りでは聖杯や他のサーヴァントの気配は皆無だ。ゆえに、お前が還ってきたことで聖杯が紛れ込みこの街が特異点化し、聖杯を媒介にお前に喚ばれたというわけでもなさそうだ」

「良かった……さすがのカルデアも、並行世界でもない異世界はシバで観測できないだろうし、観測できないならレイシフトも無理だし。でも聖杯がないなら尚更、何でカルナを喚べたのか分からないなぁ……? ちなみに霊体化はできるの?」

「問題ない」

「じゃあカルデアみたいに一時的に受肉してるわけじゃないのか……そういえば今第二再臨の姿で『日輪よ、具足となれ(カヴァーチャ&クンダーラ)』ありの状態だけど、体感的にそんなに魔力が食われてる感じはないなあ。確かその鎧って纏ってるだけで魔力消費発生したよね?」

「ああ。さっきの魔力放出をした後でも体調が変化せず、オレから見ても今の魔力供給量は十分に感じる。だが、過去に聖杯戦争で呼び出された時の記録を考えても、いくらお前といえどバックアップなしで出来るのかと云われると疑問が残る」

「じゃあ聖杯に近しいもの、魔力タンク的なものがあるってこと……? ……ピアスがそうってことはないよね、流石に」

「魔力がこもっているとはいえ、所詮はお前のサーヴァントとしてのオレを引き当てるのに使う触媒としての機能しか持たないだろう。他にあの世界から持ち出したものはないのか」

「うーん……同じお返しでもらったロビンの記念銀貨やビリーの銀の弾丸、ギルガメッシュ王からのウルククルーズで渡されたラピスラズリの腕飾り、ゲオル先生からのベイヤードのたてがみ……他にも食べ物以外で持ってこれそうな貰い物はあらかた持って来たけども、カルナのピアスほど常に持ち歩いてるわけじゃないからなぁ」

「……クリスティアナ。お前がこちらに還ってくる時、聖杯を使ったのだったな」

「うん」

「その聖杯は特異点もしくは微小特異点で得た聖杯の欠片か?」

「いや、7つの特異点の聖杯や欠片を使ってもいいってダ・ヴィンチちゃんや立香、スタッフたちは言ってくれたけど、私が還った後に来る査問官たちに、強化で使った以外の聖杯の数が合わなかったら変ないちゃもんつけられそうだから、って悩んでたらキャスギルが「ならばこれを使え雑種」って二人の時に、宝物庫から無造作に投げ渡されたやつを………………」

 

 喋りながらふとひとつの可能性に思い当って口をつぐんだ私に、カルナが怪訝そうな顔をした。

 

「どうした」

「いや……そういえばこっちに無事に還ってきた時に、見覚えのない金の指輪があったな、って。金の指輪ってロマニの件もあるし、セーフハウスで仕舞いっぱなしにしてたんだけど……今思うと腕飾りと似たような装飾があったような」

「……それではないか?」

「ですよね!!」

 

 となれば今すぐ確かめなければならない。今の今まで放置していたのが怖いほどの代物の可能性が出てきた以上、もう知りませんでしたとはいかない。

 ちょっと泣きたい気持ちになりつつも、自宅に戻るべくまずはこの高層ビルを下りようと屋上のドアへ足を向ける。戦闘中だったらビルの外壁に足場にする氷を刺しながら安全ベルトも何もないフリーフォールで降りるのだが、自分に回り回ってくる請求書を一枚増やすくらいなら多少の手間は惜しむまい。そんな私に手を伸ばし、ひょいとカルナが腕に座らせるようにして軽々と担いだ。

 

「んっ!?」

「この方が早いだろう、セーフハウスとやらはどこにある」

「……向こうです」

「承知した」

 

 懐かしい、と遠い目をしながらおとなしく担がれる。時間との勝負でもあった特異点では、俊敏Aのカルナによくこうして担がれ運ばれていた。人類の限界を突破している私達牙狩りの戦闘力は英霊たちに負けず劣らずだが、無駄な体力消費を抑える目的で、だ。

 オジマンディアス王を召喚した後の特異点では、場合によっては彼のライダーたるゆえんでもある宝具の『闇夜の太陽船(メセケテット)』に乗船する栄誉を賜ったものだが……カルナに担がれた回数の方がはるかに多かった。

 鋭く地を蹴り、瞬間的な『魔力放出(炎)』で緩やかに高度を下げ方向転換しながら、不可視の人狼のようにHLの霧の空を飛ぶ。カルナの細腕だが筋力Bのステータス通り、落ちる心配など微塵もない安定した担がれ方に、大人しくカルナの首に腕を回して捕まりながら、普段見ることのできない景色に見惚れる。眼下で異形の群れが空を泳ぎ、道路には様々な車がひしめき、歩く人々は人間から異形までより取り見取りだ。

 

「話には聞いていたが、まさしく魑魅魍魎の街だな」

「特異点並みに理不尽と暴力と狂騒の渦巻くろくでもないところだけどねえ」

「でも、嫌いではないのだろう」

「……うん」

 

 濃い霧が髪をしっとりと濡らしながらも、ゆっくりと空の旅を楽しむこと数分。私とスティーブンのセーフハウスがあるビルの前庭に降ろしてもらうと、カルナが持っている槍を見てハッとした。

 

「カルナ、霊体化してもらっていい? うちのセーフハウス、侵入者対策で兵器の類いはセキュリティに引っかかるようになってるんだ」

「承知した。……随分なセキュリティを敷いているのだな」

 

 スウッと空気に溶け込むようにカルナの姿が消えるが、パスが直接繋がっているせいか、姿は見えなくてもなんとなく気配で近くにいるのは感じ取れる。幽霊状態の彼を連れて、私はセーフハウスのある階に上がった。

 

「とはいえ、生体銃とかの身体の細胞をもとにした武器はあくまで人間扱いになるからすり抜け出来ちゃうんだけどねぇ……ここだよ」

 

 随分前にセーフハウスで実際に起きた惨劇を思いだして遠い目をしながら、セーフハウスの厳重すぎるロックを外してドアを開ける。今日はヴェデットが家事をしに来る日ではないから、カルナの姿を見られることもないだろう。……スティーブンは夕方まで事務所に詰めているだろうし。

 霊体化を解いた(念のためか槍と鎧を解いた状態で現れた)カルナと共に、指輪を保管している自室に入る。ほとんど寝るための部屋だし、ヴェデットが掃除に入ってくれるのもあってライブラに関するものは一切ない、広さの割に物の少ない部屋だ。……オジマンディアス王から下賜されたスフィンクス・ウェヘ厶メスウト……身体が蒼い宇宙で出来た、仮名コスモ・スフィンクスの幼体、スフィンクス・アウラードが三匹、ちょろちょろしている以外は至って普通の部屋である。未だに大きくなる様子も見せず、仔犬サイズで室内飼いが可能なのは良いのだが、あのオジマンディアス王の背後でEXアタック(コスモビーム)していた成獣の大きさを考えると、とてもじゃないがこの街の外では色んな意味で飼えない仔たちである。

 

「太陽王のスフィンクスか」

「うん。未だにオジマンディアス王が込めた魔力を感じるから、私が生きてる限りは死なないんじゃないかなぁと思う」

「過保護だな」

 

 君が言うか。

 カルナの容赦ない批評に苦笑しながら、机の鍵付きの抽斗の奥から、厳重に魔術で封をした指輪の箱を取り出す。こちらに還ってきた時ぶりにその蓋を開けば、一切輝きを失っていない黄金の指輪が姿を現した。むしろ燐光を放ってすらみえるそれに、嫌な予感は確信に変わった。

 

「……これだな」

「やっぱり?」

「ああ。指輪になっているが、強い魔力を感じる。お前をこの世界に送り込んだことで大半の魔力を使用してはいるようだが……それでもサーヴァントを現界させるのに十分すぎる量が残っている。偶々特異点で拾った聖杯の欠片でも、エリザベートやオルタ化したジャンヌダルクがひとつの世界たる特異点を成せたほどだ。あの原初の王が所有していた聖杯ならば、相当の魔力を貯め込んでいただろうな」

 

 それに、とひとつ言葉を切ったカルナが、指輪の側面に彫られた精緻な細工と、トップを飾る蒼い石……おそらくラピス・ラズリを、全ての欺瞞と真実を見抜くスキル『貧者の見識:A』の原点になった鋭すぎるほどの観察眼で見つめた。

 

「……視たところ、これに刻まれているのは恐らく、サーヴァントの霊基パターンだ」

「え“っ」

「お前が契約したサーヴァント全員かどうかは分かりかねるが、かなりの情報量を詰め込んでいるように見える。細工を施したのはダ・ヴィンチだろう。工学と彫刻に明るく、霊基パターンを指輪に彫り込んで、魔力炉(聖杯)簡易召喚陣(マシュの盾の代わり)の機能を同時に持たせるなぞ、幾ら他のキャスターでもそう出来ることではあるまい」

「魔術世界が無いから狙われる心配が無いのはいいけど、なんてもの発明しちゃってるんですか我が王と万能の人~~~~~~!」

 

 異世界でも契約した記録のあるサーヴァントの現界を可能にする指輪とか、カルナの宝具の一部で作ったピアスや、ゲオル先生の宝具である無敵の馬(ベイヤード)のたてがみで作ったブレスレッドにカルデア中の聖人サーヴァントが寄ってたかって祝福と祈りを込めた本気の護符(アミュレット)以上のヤバい代物である。魔術協会が知ったら血眼で戦争仕掛けてくるレベルの。いや嬉しいけど! 

 そういえば人理修復後に出現した新宿・アガルタ・下総国・セイレム……とあとセラフィックスの5つの亜種特異点を巡る最中、ダ・ヴィンチちゃんとキャスギル、あとその他の、立香が召喚したキャスターも含め、カルデアのキャスター陣が集まって話をしてるところを時々見たような。……これを作ってくれてたのかなぁ。そう思うと、彼らの想いを嬉しく思うし、同時にしんみりとしてしまった。遠く二度と会えない場所に還る私のために、神秘の究極に迫る代物を作り出してまで、訪れるかもしれない窮地に備えてくれたのだろうか。

 

 思わず蹲って膝を抱え込んで叫んだ私に、何だ何だとアウラードたちが寄ってくる。一匹はカルナの傍をウロチョロしているのが目の保養だ。アウラードたちの頭を撫でた後、立ち上がった私は指輪を光に翳した。

 

「……着けるべきだよねぇ、これ」

「それを想定して作っているだろうな」

 

 覚悟はしてたけど退路が断たれた感じがしますカルナさん……。

 おずおずと指輪を右手人差し指に嵌めると、不思議と吸い付くようにぴったり嵌った。瞬間、血管走行と同じ軌道を描くように蒼い光が身体の上を走る──血管と同化している『魔術回路』の概念が起動したのだ。

 魔術回路と接続された指輪に魔力が回される。すると、指輪から見覚えのあるホログラムが浮かんだ──あの万能の人の姿を映して。

 

『やぁクリス、元気かい? これを視ているってことは、無事にキャスターのギルガメッシュ王と企てた聖杯への細工は成功し──不幸なことに、君の身に大小なりとも危機が迫ったってことだろう。サーヴァントの誰かが傍にいるかもしれないし、あるいは君自身だけでこの指輪の仕掛けに辿り着いたのかもしれない──今の私にはそれを知る術はないんだけどね』

「ダ・ヴィンチちゃん……」

 

 ホログラム姿の彼女はその不変の美貌に微かな憂いを浮かべたものの、すぐに完璧な微笑みを口元に湛えた。

 

『まぁともあれ、この指輪は立香君と共に最後のマスターとして尽力してくれた君へ、再び世界を救う、終わりの見えない戦いに挑む君へ、我々カルデアからのせめてもの餞別だと思ってくれ。

 理論上でなら、君がこちらで召喚したサーヴァントであれば、その指輪に刻まれた英霊を君との旅の記憶を保持したまま、異世界でも召喚できるはずだ。この指輪には君が最後にサーヴァントを強化した時の霊基情報が刻まれている。一応君のサーヴァントたち全員に説明して、異世界で召喚される可能性に承諾してくれた英霊だけ刻んである。まぁ全員だけどね? BBやパッションリップの協力が無かったら、いくらこの万能のダ・ヴィンチちゃんでもその指輪に数十人単位の霊基情報は圧縮(パッキング)出来なかっただろうから、君からも彼女たちにはお礼を言ってくれ。その方が喜ぶだろうから。

 勿論、聖杯を提供してくれたギルガメッシュ王と指輪の細工、あと色々加護やら魔術やらマスタースキル(偽)とかを内蔵するのに手伝ってくれたキャスター陣および技術者系サーヴァントにもね』

「……ちょっと待ってなんかすごい聞き捨てならない追加機能を聞いた気がしたんだけど」

 

 思わずツッコミを入れるが、通信機能ではなく録画再生機能のホログラムは一呼吸だけおいて喋り続ける。製作者一覧作ったら物凄い顔ぶれになりそうな気がひしひしとする。古今東西の知識人たちが集まって作った指輪とか絶対チートじゃないですかやだ~……。マスタースキル(偽)ってもしやガンドとか使えるんです? 

 

『英霊の力は絶大だ、それは人間でありながら英霊の域に片足を突っ込んでいる君は重々承知の上だろう。その上でカルデアは君にその指輪を贈ろう。きっと君は世界の為に英霊たちの力を借りるかもしれないけれど、そんな風に縛られなくていいんだ。戦う為でも、正しいことの為でもない。私は、立香くんやマシュ、カルデアのスタッフは、最後のマスターでも秘密結社の秘書でもない、ただの人である君が幸せになるために、その指輪を使って欲しいんだ。そのラピスラズリが君の人生の邪気を払い、より豊かな人生へ導いてくれることを祈っているよ』

「────…………」

『わが友、クリスティアナ。君の人生の旅路が、より良く、幸せで長く続くものでありますように。君がその人生に幕引く最後の瞬間に、良い人生だったと笑えるような未来が待っていることを、我々は願っている────』

 

 ぷつん、とダ・ヴィンチちゃんの姿が消え、代わりに月に月桂樹の冠を模したフィニス・カルデアの紋章が映し出される。涙で滲んだ視界でそれを捉えて、とうとう涙をこらえきれなくなった私はぼたぼたと涙を流した。あたたかな手が背中をそっと撫でる。寄り添うアウラードと一騎の相棒に囲まれ、金の指輪を握りしめて、私はただただ声もなく泣きはらした。

 

 

 

 

 

 




 この後泣き止んだ秘書嬢とカルナが共に事務所に行ってサーヴァント召喚が可能なことをクラウスとステブンに説明し、義兄VS妹が連れてきた彼氏(相棒です)の圧迫面接が始まるのであった────!! (雰囲気ぶち壊し)

 NEXT:圧迫面接
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