ライブラ秘書嬢の異世界渡航   作:一星

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レオナルドが集めた、「クリスティアナ」にまつわるライブラ2TOPの独白。


青年Lの手記

 

「クリスのこと? なんだい少年、藪から棒に………そうだな」

 

 実はね、最初から僕らは仲が良かったわけではないんだ。ハハハ、意外かい? おいクラウス、君までそう驚くことは無いだろ。……まぁ、君と出会った頃にはもう、僕らは今の僕らみたいな関係だったからね、仕方がないか。

 そう、最初はほんとうに、沢山いる中のちょうど偶然、師匠の下での修行時期が被っただけの兄弟弟子だったんだ。

 

 エスメラルダ流は牙狩りの数ある流派の例に洩れず、才能さえあれば出自の貴賤を問わなくてね。クリスも適性検査で引っかかって、エスメラルダ流の家にやってきた子だった。

 エスメラルダは修行中は基本的に同じ一つ屋根の下で暮らすのが伝統でね、ああまた兄弟弟子が増えたのかと思ったくらいだった。だって僕以外は師匠含め全員女性だし。女流流派なんだよ、エスメラルダって。男の適合者は一世代に出るか出ないかくらいのレアで、しかも途中で脱落せず一人前になれればかなり強力な使い手になるってことが過去の経験から分かってた。僕は三世代ぶり……ようは一世紀ぶりに現れた適合者だったんだ。当然上は師匠に特に僕に目を掛けるよう圧力を掛けて、まぁ師匠は上層部の言うことを素直に聞くようなタマじゃないから同じように扱われるわけだけど、たまに連れていかれる支部や本部では甘やかされたりしたわけだよ。可愛くない子どもだったと思うよ、我ながら。

 

 最初はお互いにあんまりお互いの事を認識してなかったと思う。修行の段階が違うから別々の行動だし、他にも兄弟弟子がいるんだ、入れ替わりが激しい新入りの世話を焼くタイプでもなかったしね。

 でも、よく一緒に行動してた妹弟子がいうんだよ、あの新入りの子、あなたと似てるわね、って。その時は反抗期真っ最中で、似てるもんかってつっぱねまくってた。

 ……なんでって? うーん……なんだかね、その時のクリスは生きることを諦めてる節があったんだよ。生気の死んだ赤い眼で、虚ろに世界を眺めてるようにみえた。それでも、歌と料理が上手かったから、他の兄弟弟子(かぞく)には受け入れられてたけどね。

 そこからどうやって今みたく、一つ屋根の下で暮らすようになったかっていうと……うんまぁ、僕とクリスの名誉のためにも、詳細は伏せておくよ。ははは、ごめんって。散々引っ張っておいてそれはない? いやでもね、ほんとにありふれた顛末だよ? 

 

 

 ちょっとばかし、盛大すぎる兄妹げんかをしただけさ。

 

 

 そう言って、氷の副官は懐かしそうに目を細めた。

 

 

 

 

 

 ……ああ、レオ。そろそろ来るのではないかと思っていた。そこに掛けたまえ。ギルベルト、お茶を。

 ああ、気にせずとも良い。今日の水遣りは完了しているし、少しばかり緑を愛でていただけだ。邪魔などでは全くない。クリスティアナの事が聞きたいのだろう? 皆に聞いて回っているのは知っていた。こちらにはいつ聞きに来るのかと、密かに楽しみにしていたのだ。かねてからの友人のことを話すのは、楽しいものだ。

 さて、何が聞きたいのかね? 私が知っている限りなら、彼女の誇りを汚さぬ範囲で答えよう。

 

 

 彼女との出会いか。あれは、キプロスでの任務のことだった。その時の私は、師からようやく一人前として、支部での任務に就いても良いと許しを得たばかりの新人(ニュービー)だった。修業とは違う戦場の厳しさを知り、戦場での同胞たちとの語らい、彼らの習いを少しずつ教わっていた頃に、かの地での任務を言い渡された。その中のメンバーには、既に友であったスティーブンではないエスメラルダの精鋭が居ると聞き、不謹慎ながら期待に胸を躍らせたものだ。少し早く現地入りしてしまうほどに。

 なにせ、そのエスメラルダとは、彼が数居る兄弟弟子の中で事あるごとに優秀だと太鼓判を押す妹君だったのだから。

 

 目を灼くほどの太陽光に熱せられた白い街並みの中で、ほんの少しの建物の陰に佇む彼女を見て、戦場でもないのに、ありふれた日常の一風景の中で、彼女がそうだとすぐに分かった。癖のある黒髪に赤目、真夏の日中に履くには、血法を使っても暑いだろうに、鉄板入りの皮のブーツを履いていた。日陰で涼んでいる野良猫の腹を、愛でるように撫でていたのを今でも鮮明に憶えている。

 彼女もスティーブンから話を聞いていたのか、私の容貌をみてすぐに誰か思い当たったらしい。少し話をした後、彼女のお勧めだという地元のレストランで昼食を取り、そしてそこから出る頃にはすっかり私は彼女を信頼していた。義兄であるスティーブンと同様、彼女もまた背中を預けるに足る人物だと思ったのだ。今も、それは変わらない。あの時の、この女性との付き合いは長くなるだろうという直感は外れていなかったのだと時折思うほどだ。

 

 だから──牙狩り上層部によって、彼女が惨い実験の被検体になっていると聞いた時は、目の前が真っ赤に染まるほど、かつてなく激昂してしまった。いくらなんでもやり過ぎだと、実験施設を破壊した時に瓦礫のただなかで、スティーブンや叔父上に窘められたほどに。

 血界の眷属への牙を研ぐため、人類の進歩のためといえ、どうして彼女が害されなければならなかったのかと。彼女の血が秘める可能性がどれほど魅力的であったとしても、あの所業だけは、私は永遠に許せそうにない。……それほどに、惨憺たる光景だった。彼女の性格も、あの事件の前後で少々変わっているほどだ。

 それでも、徐々に立ち上がった彼女の強さを、私は心から尊敬している。正確に変化があったとしても、彼女は昔も今も、彼女であることに変わりはなかったのだから。

 

 

 

 

 

 クリスティアナ・I・スターフェイズ。

 魔封街結社ライブラが誇る、かの敏腕秘書を、アジア系の幼さが残る美貌をもつ不可視の人狼は、親友、と何の迷いもなく形容してみせた。斗流の炎を操る兄弟子は妙に縁の有る悪友、風を操る弟弟子は頼もしい先達だと語る。隻眼の狙撃手は可愛い、色々な意味で目の離せない後輩と称し、包帯でその容貌を隠している老執事は心優しい、己が主人に欠かせぬひとだと顎髭をそよがせた。副官は頼もしい相棒で家族だと、リーダーは背中を預けるに足る友人だと、そう。

 

 

 随分前に、ふと思い立ってクリスのことを聞いて回った時のメモを見直し、レオナルド・ウォッチは溜息を吐いた。

 

 掛け替えのないひとなのだ。ライブラ秘書という役職が担う仕事は誰かが代わりに出来ても、クリスティアナという人物の穴を埋めることは出来ない。だからこんなにもさみしい。埃が積もらないように定期的に老執事(バトラー)の手によって掃除はされているものの、彼女のデスクは彼女が忽然と姿を消したあの日のまま、誰かがそこへ居座ることなく、そのままに保たれている。主の帰りを待つように。

 そんな空席を見るたびに、ああ大事なものが欠けている、と思うのだ。胸にぽっかりと風穴が空いたような、寒風が吹きこむようなうすら寒い空虚だ。

 はやく見つかればいいと思う。非力なレオナルドにはどうすることもできないけれど、白い闇の人込みにまぎれていやしないかと、面影を捜すことはままあるから。

 

 

 

 メモの最後は、実はレオナルド自身の当時の印象を語った時のことが綴られている。

 

 メンバーから聞き取った話をまとめ上げ、こんなもんかとボールペンの尻でこりこりとこめかみのあたりを掻いたレオナルドの挙動を、コーヒーの入ったマグを手に眺めていたスティーブンは、前々から胸に秘めていたクエスチョンを口にした。

 

 クリスのことを纏めてるけど、少年的にはクリスはどう見えてるんだい? 

 

 俺ですか? 

 うーん、そうっすね、チェインさんとは違うベクトルで不思議な人だなって。距離感が独特っていうか。中心人物なのに真ん中にいなくて、でも欠かせない感じ。個人的には、飴と鞭が的確で、もし姉がいたらこういう感じかなとか、思ったり……はは。

 

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