茶々の絆5台詞ネタがあります。
「マスター! 何をしておるかっ、安静にせよというに! ちょっと目を離した隙に部屋を抜け出しおって、悪い子じゃなそなたは!」
「あっはい」
前略、クラウス、スティーブン。お元気でしょうか。
今私は、部屋から出がしらに仁王立ちする幼女に声高に怒られています。
「まったく、ちぃと体調が良くなったらすぐに動こうとするのはそなたの悪いところじゃ。ええと、わーかーほりっく? とかいうやつじゃな」
「ご、ごめんなさい」
マイルームを出て数歩で幼女……もとい茶々に見つかった私は、そのまま回れ右してベッドの中に強制的に詰め込まれた。ぷりぷり怒りながら定期的にピックに刺したうさぎりんごを差し出してくる甲斐甲斐しさに、私はたじたじになりながら口を開けてそれを受け入れる。
少し前、いつぞやのぐだぐだ時空と見せかけて実は魔神柱の仕業だった明治維新の特異点。そこでの出会いを縁にして、カルデアに私が召喚したのが茶々だ。まぁ相変わらず日輪と言われた秀吉公すら頭を抱えるお転婆っぷり、微笑ましいくらいの天真爛漫な彼女だったのだが……特異点修復を終えて、色々ズタボロの姿で帰るなり、愛らしい笑顔が引っ込んだ。真顔でドクターやサンソン、ナイチンゲールの前に突き出された時は色んな意味で死を覚悟した。
そして治療が終わるなり、こんな調子で茶々の看病のもと、ずっとマイルームで静養を余儀なくされている。
そういえば、明治維新の時も沖田さんが吐血した後、屯所でずっと献身的に看病してたわ、この子。日本の歴史には疎いけれど、ノッブ……信長公の姪にして、豊臣を滅ぼした傾国の悪女と民衆に罵られ、両親や子どもを戦や病気で失った悲劇のひと。だからなのか、病気や怪我で倒れ伏すのをひどく怖がっているように思える。さっきも、少しお湯を貰いにキッチンに行こうとしただけであの形相。だいぶ良くなったとはいえ、バビロニアで魔力不足に陥った指先がまた再発の兆しを見せるような状態だったのだから、心配しすぎるのも無理もないのだが……。
しかし、茶々の言う通り、じっと同じ部屋に籠っているのは落ち着かない。せめて何か、端末でもできるドクターやスタッフの手伝いがあればいいのに、茶々が断固として許さない。本を読むのがギリギリセーフって。しかもきっちり時間を測って。
だから茶々や、時折様子を見に来るカルナや玉藻、古代王たち、立香にマシュ、食事をわざわざ持ってきてくれるエミヤやロビン、ブーディカといった面々と喋るくらいしか楽しみが無い。皆、いい機会だからゆっくり休めと笑い交じりに言ってくれるが、落ち着かないのはしょうがないだろう。かれこれ生きている時間の殆どを、戦いや仕事に忙殺されてきた身だ。ぽんと空いた時間を貰っても、逆に何をしていいのかわからなくなる。なにもしない、大人しくしていることに罪悪感を感じるほどに。
さくさくとりんごを咀嚼しながら考え事をしていれば、口の中のものを全部呑み込んだタイミングでぐに、と小さい手のひらに頬を挟まれた。
「まぁ~たそなた、胃に悪そうなことをつらつら考えておるな? 駄目と言っておろうに。頭が回りすぎるのも考え物じゃな」
「はは、よく分かったね。ごめん」
「むむ、そなたの謝罪はいまいち信用できん。というか、謝ったら済むと思って直す気ないじゃろ、茶々にはまるっとお見通しじゃ!」
「(う、鋭い)」
思わずひく、と表情筋を引き攣らせれば、目ざとく気づいた茶々は鼻を鳴らした。頬を手のひらでサンドされたまま、ぐにぐにとマッサージするかのようにこねくり回される。ベッドに膝のりになった茶々は、その幼さに見合わない憂いに満ちた溜息、表情をみせた。
「そなたは頑張りすぎなのじゃ、マスターの仕事もして、カルデアに戻ったらスタッフの手伝いをして、種火周回も素材集めも欠かさぬ。サーヴァントの小競り合いや我が侭にも付きあって、いったいどこにそなたの安らぎ、安寧がある?」
「茶々……」
「
私の顔を茶々が覗き込む。サラサラの長い髪が視界を覆い鎖す。
癇癪を起こして表情を歪めるのではなく、今の彼女の瞳に浮かぶのは、明治維新でも見せた彼女の破滅的な諦観だった。置いて逝かれることへの、絶望に満ちた恐怖だった。
「休むことを覚えよ、クリスティアナ。休息は病人に必要なもの。罪ではない。働き者に与えられる正当な報酬じゃ。何もせぬことが恐ろしいなら、妾がついておる。看病は得意なのでな、任せよ。……何もしなければ己に価値など無いなど、どうか思うてくれるな、妾の愛しい子」
日輪の子を惑わした傾国の美女ではなく、子どもを育て、傍にずっと寄り添った、母の哀しくあたたかい、微笑みがあった。
……私に父は、母はいない。生まれてすぐに捨てられた。教会のシスターたちは良い人たちだったが忙しく、風邪をひいても傍にいてくれるひとはいなくて、あまりに寂しくて。でも、わがままなんて言えなくて。親にも捨てられた自分は、誰かの役に立たなければいらない子なのだと、そんな恐怖心は根元から染みついていた。
その時の記憶が、感情があまりに鮮明すぎて、眠るわけでも無いのに何もせず一人でベッドに横たわるのが嫌なのを、見透かされたようだった。なるほど、まるっとお見通し、だったわけだ。
「そなたの国の歌は知らぬので悪いが、子守唄を歌ってやろう。捨も拾も、この歌が好きでな、すぐ眠れた……悪夢などはあの夢魔に払わせようぞ、だから、今は眠っておれ」
ちいさな手のひらが瞼を覆う。薄闇が広がるけれど、不思議と今は恐ろしくは無かった。
ああ。秀吉公が茶々だけに優しかったのが、少しわかる気がする────。
「マースターぁ! 何ぞ面白きことしてして~! 茶々退屈~~!!」
「はいはい、仰せの通りに」
茶々姫。
周囲を駆けまわる、日輪を模した兜に絢爛豪華な着物のドレスを纏った少女。日輪の子すら頭を抱えた我が侭姫。憎めないお茶目な姫君。
されどそれは私が元気な時の姿で、私が弱ったのならずっとそばに着いていてくれる、母のような人。
数居るサーヴァントと、それぞれの関係があるけれど。手を引き時には引かれて、支え合うこの関係も、奇妙だけれど心地よいのだ。