「あれ、なんか校門のところ騒がしい」
「どうしたんだろ」
授業を終え、学校に残ってテストに向けての勉強をしていて普段より帰る時間が遅くなった。
一緒に勉強していたお茶子やイズク達と学校を出ようとしたところ、妙に校門の近くで生徒が一方向を見て騒いでいたり、立ち止まったりと奇妙な動きを見せていた。……主に女子生徒が。
疑問に思いながらも近づいたところで、その視線の先に居た人物にぎょっとすることになる。
「え」
校門前の通りの端に停まっていたのは黒に金と赤のラインが流線型を描く大型バイク。その側面に寄りかかるようにして立ち、暮れなずむ空をぼんやりと眺めていたのは、白髪をそよがせた細身の男性──カルナだった。きらり、と左耳の耳輪が揺れてきらめきを放つ。
しかも一瞬誰かと目を疑ったのは他でもない。
カルナはインド神話の大英雄。知名度、実力ともに英雄王とも並ぶトップサーヴァント。その名に恥じない実力と比例して、魔力燃費が物凄く悪い。常時纏う黄金の鎧、武器の神槍、敵の宝具でさえ溶解させる太陽のごとき魔力放出と、尋常ではない魔力を食うのだ。並みのマスターでは不死の黄金の鎧はもちろん、インドラから賜った雷光の必滅の槍『
なので普段は魔力消費を少なくするために、家にいるか霊体化しているかのどちらかで、家に居ても服に頓着しないからシンプルに黒のVネックにズボンという出で立ちばかりみていたせいで、完全に省エネモード、つまり武装解除してオシャレな現代服を着ているのが見慣れなかったせいだ。
なにしろカルナは顔がいい。古代インドでは髭があって体格がいい方が美形という基準だったので、御者の息子という身分の低さも相まって、痩せぎすで母がカルナを生んだ動機が不純なために姿が濁っていて不気味に見えたというカルナは、生前はそれほど異性にもてなかっただろうが、現代の美的感覚では弩級の美形に当てはまる。サーヴァントは美形ぞろいだが、神性が高いほど直視しがたくなるような美形度が増すのだ。カルナ・オジマンディアス王・ギルガメッシュ王、あと神性は関係ないがガヴェインとランスロットが並んだところを視て何回直視できずに腕をひさしにしたことか。目の保養通り越してあれは物理的に痛い。
カルナは太陽神の息子とあって白皙の花貌である。神の子なのに親に捨てられて貧困層で育ったせいか、サーヴァントの今も少々細身すぎるが、今日の服装は貧相に見えないような厚地のコーディネートだった。
ファー付きの黒革のショートジャケットにVネック、細身の黒スキニーにごつい男物のブーツ、軽く腕まくりをした細い手首には金のバングル、そして黒手袋。アルジュナに射落とされた首の傷は私の天秤の令呪の金の飾り付きの黒革のチョーカーで隠されている。お前はどこのV系バンドマンだと人目がないなら蹲りたかった。私特攻過ぎてクリティカルヒットだ。いやあまりに似合いすぎて目の保養ですけども。誰だコーディネートしたの。鈴鹿か? 玉藻か? マタ・ハリか?
「うわぁ、あのお兄さんかっこいい……!」
「誰かのお兄さんとか、知り合いかな……」
「……カルナ」
「「えっ」」
思わずぽろりと名前を呼んだ瞬間、完全に他人事だった二人がギョッとした顔でこちらを向いた。
「知り合いか、星合」
「というか家族みたいなもの……」
「え」
さらに轟と飯田くんが何故か固まったところで、カルナが不意に顔を上げてこちらを見た。多分魔力パスを辿って近づいてきたのが分かったのだろう。視線が迷わずこっちを見てきた。
「マ、……千晶、迎えに来たぞ」
「(マスターって言いそうになったんだな)びっくりした、どうしたの、急に」
「なに、今日は遅くなるとエミヤから聞いてな。……しかし、勉学のためとはいえ、日没を忘れてまで耽るのはいささか不用心に思うが」
ぴくりとも動かない美貌は全くの無表情、目つきは鋭く、余分のない直截な言葉は淡々としているからこそ、余計に鋭く感じる。私はこの物言いに慣れているし、「勉強熱心は良いが、こんな時間まで残ると帰り道が危ないだろうと思って迎えに来た」といったところだろう。言葉の足りなさはだいぶ改善されてきたのに、オブラートゼロのせいで妙にキツく聞こえてしまう罠。生い立ちの貧しさは私も同等ではあるが、この人の場合ダイレクトに損に繋がっている気がする。何か背後の轟の気配が剣呑になった気がするんですけど気のせいですかね(遠い目)。
「気を付けるよ。ごめん、迎えも来たしこの人と帰るね」
「あっ、うん! 気を付けてね!」
「千晶ちゃん、また明日ね!」
硬直から解けた二人と、黙って手を振る後ろの二人に手を振り、カルナから渡されたヘルメットをかぶる。カルナの後ろにまたがって腰に手を回せば、手慣れた手つきでエンジンを掛けたカルナはハンドルを握った。
「行くぞ、しっかり捕まっていろ」
「うん」
軽く回していた手をしっかり腰に回すように腕を誘導され、その通りに従って細身の背中にぴったりくっつけば、黒の鉄馬が唸りを一つ上げて加速した。密着する恥ずかしさとか散々担がれたり腕の中に庇われてたりしていて今更ですな。恥じらいが無いとは言わないが。
騎乗:Aのクラススキルは伊達ではなく、バイクに乗っているところなんて見たことがないから恐らく初運転だろうに、非常に乗り心地がいい。カルナの場合、マハーバーラタによれば生前は戦車を駆って弓を主武装に戦場を駆け巡っていたのだ。『無冠の武芸』が示すように剣と槍でも無類の強さを誇り、アルジュナの父インドラから必滅の槍を賜ったことからランサー適性があるのだが、アーチャーやライダーでの召喚も在りうるのだから、騎乗スキルが高く、現代の乗り物だろうと例外なく乗りこなせるのは当然だった。
頬を押し付けるようにくっついていた私は、似たような状況があったなと記憶を捲った。
「そういえば、誰かにバイク乗せてもらうの、新宿以来だなぁ」
「そうか、生憎オレはその時のことを映像でしか良く知らんのだが……」
「あの時は悪属性で固めたからなぁ……善属性が皆連れてってもらおうと悪いことをしようとしたストライキ、今思いだしても可愛すぎて死にそう」
太陽系サーヴァント、つまり善属性が主力に多い私のサーヴァント、及び立香のサーヴァントたちが、可愛らしいレベルで精一杯思いつく悪いことをしていたあのストライキはスタッフが映像に撮って永久保存版を作ったレベルで可愛かったのだ。マシュの食事の後の片づけを手伝わないとかなにそれ可愛すぎかよ。カルナはオルタ化すればいけるか、なんてそもそもオルタナティブな一面もない根っからの聖人なのに真剣に悩んで、悩みすぎて直接私に相談しに来るし。あの時は尊さでベッドに倒れ込んだ。
とはいえあの特異点は悪属性でも無ければ息が詰まりそうなほどの悪性の街だった。HLとどっこいの犯罪都市が新宿に出現するとか訳が分からなかった。散々裏社会に属していた私にとってはあの手の都市は慣れたもので、できれば立香は留守番してもらいたいくらいだったのだが。
アルトリア・オルタのバイク、キュイラッシェ・オルタの後ろに乗って、ノーヘルで中央道を速度制限? 知ったことかとばかりにカッ飛ぶように移動し、新宿のバーサーカーと空前絶後の鬼ごっこを繰り広げたのは記憶に鮮烈に残っている。
「……その時のことは映像越しではあったが、少し悔しい、と葛藤したのを覚えている」
「うん?」
「ライダーのクラスでの現界であれば、戦車に乗せることもできたのだが……望んでも得られない話をしても意味がない。だからこうして鉄馬を共に駆れるというのは、得難い僥倖に思う」
「………………」
「クリスティアナ?」
不意に黙り込んだ私の怪訝に思ったらしいカルナが、ちらりとヘルメットのバイザー越しに振り返る。私はそれをポカンと見ながら、半ば茫然とした面持ちで呟いた。恐らく意味を履き違えていなければ、彼は。
「カルナさんや」
「?」
「……もしかして嫉妬ですか」
「!」
丁度赤信号にさしかかり、バイクを減速させたタイミングでの呟きに、カルナははたりと口をつぐんで、スモークの掛かったバイザー越しにも分かるほど、白皙の頬を赤く色づかせた。
「……む、そう、見えたか。そうか……そう、かもしれん。あまりこの手の感情を覚えたことがないので、良く分からんが……人の機微に聡いお前が言うのならば、
ヘルメットのせいでより聞こえづらくはあるが、珍しくもごもごと喋る相棒に、私は深々と溜息をついた。背中に首を預ければ、カルナがおろおろする気配があったが、こちらはそれどころではない。なんだこのかわいい生き物。
「君って本当に尊いよねぇ…………」
アルトリア・オルタとバイクに乗ってコンクリートの戦場を駆け抜ける姿を見て、何故か先を越された気分で実はモヤモヤしていて、でも他の特異点でもHLでもそんな機会は無かったから、こうして二人乗りが出来るのが嬉しいだなんて、人たらしにもほどがある。
施しの英雄、頼み事をされれば敵であろうと断らない徳の高い聖人。アルジュナさえ絡まなければ快楽に無縁で我欲とは程遠い人格者が、たかがいちマスターとの相乗りに固執したと聞いて、感慨を抱かずにはいられない。大事にされている、ということは承知していた。過去の聖杯戦争で出会ったことがあるという玉藻やジークフリート、天草、立香の召喚したジャンヌたちからそういった意味の言葉を掛けられたことは数えきれない。マスターに従うことを第一義とするとはいえ、私への対応は自分が知るそれより、やや過保護なほどだと。
英霊は死後に意識が変わることはほとんどない。英霊は過去の人物の影法師。よほど鮮烈な思い出でなければ、座にいる本霊に影響し、聖杯戦争に呼び出される他の分霊にまで変化が及ぶことは、少ない。カルナの場合はよく話に出てくるジナコというマスターの「誤解されるのは伝えたいことを途中で切るからだ」にえらく衝撃を受けたらしい。うん、私もそう思う。
……私に対して行動が他の英霊の知るものと違うのならば、かつてジナコというマスターの通り、私も少なからず影響を与えているのだろうか。
私の唯一無二のランサー。常に私の行く闇に染まった道を明るく照らす、日輪がひとり。私の生涯において得難い相棒であり、畏れ多くも兄のように、欠けた己の半身のように慕わしい、無双の大英雄。
本来なら、人理修復をもってカルナを始め、共に戦ってきたサーヴァントとは今生の別れになるはずだった。けれど、彼らは自らの意志で、ダ・ヴィンチちゃんの作った指輪に刻まれることを是とした。まったく成立系統の違う異世界、本霊から離れ、還るべき座のない世界に私と共に征くことを決めてくれた。その重大さが、自分もその立場だったからこそ分かる。世界の異物となってでも、私を選んでくれた彼らは、もう何があろうと手離せない、私の尊い友人たちだ。
願わくは、この身体が朽ち果てるまで共に、どこまでも往こう。あの万能の人が望み願ってくれたように、この人生をより良く、より長く、幸せに生きられるように。マシュの言う通り、私の人生の価値が決まる最期に、幸せだったと笑えるように。どんなに波乱と苦悩に満ちた旅路だったとしても、彼らという頼もしい味方がいて、この世界で出来た友人たちがいて、元の世界に帰るべき場所があるのなら、もう、ひとりではないから。
「……きみを、きみたちを愛しているよ」
「……ああ。オレも、オレたちも、そうだとも。クリスティアナ・I・スターフェイズ。我らがマスターよ」
腰に回した手に、そっと片手が添えられる。槍を振るうその手は、手袋越しにもあたたかくしっかりとしていて、すこし、涙が出そうだった。
クリスティアナのもうひとつの救いのかたち。ダ・ヴィンチちゃんの言葉は本編嬢にとってのクラウスの言葉レベルの救いというか祈りで、対等にずっと戦ってきた戦友だからこそ刺さった。立場など関係なく、ただのひとりの仕えた女の為に異物になることを選んだ英霊たちの行動もまた、何者でもない自分を認められた気がしてクリスにとっての救いになっている。そのため、本編よりも英霊たちに見せる姿はやや弱いしただのひとらしい行動が多い。
あと真面目な話をぶった切ると今年の初夢にカルナさんとドライブする最高な夢を見たので、それを下敷きにしています。もっかい見たい……というかこの一連の話はその初夢から着想を得たんですよ……悪夢ばっかりみるたちなので久々の良夢だったんだ……カルナさんもそうだけど、新シンさんも黒いスカジャン着て颯爽とバイク乗っててほしい人生でした……。