「ロビンのスープを飲むとほっとするわ」
焚き火に照らされた横顔が緩む。
俺たちのマスター。その細い肩に人理という重い命運がのしかかっている。
人理とは、人間という種が歩んできた歴史の航海図。人類が過去に歩んできた途方もない時間の積み重ね、研鑽そのものだ。まだ正体もわからない敵は、それを燃やし尽くしてしまった。過去、現在、そして当たり前にあるはずだった未来をも。
彼女はこんなバカげた戦いに参加するはずもない人だった。レイシフト適正だけで招集された数合わせの一般枠ですらない、完全なるイレギュラー。彼女が救おうとしている歴史のどこにも彼女が居ない、莫大な織物のほころびを繋ぎ合わせようとしている。それも、彼女にとっては関係のない、異世界の全人類の存亡をかけた戦いを、だ。メリットは皆無で、考えられるデメリットばかりが山のように積み上がる。たとえこの戦いが勝利に終わっても、未来を取り返すという報酬すら、彼女には与えられないのだから。
人道的にもとるとしても、投げ出すことだって許されるはずだった。彼女がマスターとなる義務はなく、義理さえも無かったのだ。
けれど彼女はマスターになった。修羅の道を選んだ。
もうひとりのマスターのような底抜けのお人好しでも無いくせに、どうしてそこまでするのかと尋ねたことがあった。成り行きで否応なく巻き込まれたにしては彼女は能動的だったし、敵に対する悪態こそ吐けど、弱音も泣き言も、文句の一つさえ零すことはなかった。
そんな俺の疑問に、彼女は大したことでもなさげに軽く言ってのけるのだった。
「立香だけに負わせられるわけないわ、こんなにも潰れそうな重圧」
「だから私がちょっとだけ、あの子たちのための緩衝材になる。あの人が私にそうしてくれたように」
「大丈夫、『ロビンフッド』。名も無き森の
世界を救うという重圧がどれほど重い鎖になるのかを、このお嬢さんは知っていた。けれどそれ以上に、自分が投げ出した後に人類に襲いかかる理不尽な暴力を、抗うことのできない猛威を、未来がないという滅びを、この世界の誰よりも明確に想像できた。できてしまった。
だからこそ、彼女はマスターとなった。流されてではなく、自分の意思でその立場を選び取った。
そこに生きたいという渇望は無かった。やれる力があり、そうするべきだからするだけだという意思があった。出来る限り死からは抗おうとはするが、あくまでその足掻きの原点は死んでは立ち行かなくなるからという、役割からくる責任感に過ぎない。死ぬ時は死ぬだろうという、その年齢で得るべきじゃない乾いた達観があった。
きっと、もうひとりのマスターと自分のどちらかしか生きることが出来なくて、他の方法も抜け道も無いと、二人が生き残る方法が何一つないのだと悟ったら、何の躊躇もなく自分を殺してみせるのだろう。容易に想像できてしまった。世界の中に自分が居たいという渇望一つ、持てないまま大人になってしまった彼女だから。
だから。
絶対にこの旅は負けられない。彼女をこの世界に殺させるわけにはいかない。それは、俺以外のサーヴァントも、カルデア職員たちも願うこと。
「そりゃ光栄ですわ、マスター」
夢に視た惨劇を想う。語り継がれる英雄譚のような劇的すぎる人生。その半生が悲劇に満ちてなお、この人は衆生に幸せを望むのだ。ありふれた日常を。人間の及ばない技術や存在に脅かされることのない平穏を。望めば望むほど、自らは戦場という最も遠い場所に遠ざかると知っていても、その魂をごうごうと燃やし続ける。
目覚めた時に決意した。あんたがマスターだと認めよう。俺の毒や罠という戦法を良しとするあんたを。どこかの誰かさんに良く似た人生を送ってきて、なお折れないあんたを、俺は支えよう。
無念の中死ぬことがないように。
生きて、あんたが会いたい誰かに会えるように。
見返りを求める人間らしい欲すら、誰かから享受する喜びを、ほんとうの意味で知ることの出来なかったあんたが、どうか少しでもしあわせになれるように。
初めて言の葉に乗せた呼び名に、あんたはちょっと間を置いて、照れながらも花のように年相応にわらった。
秘書嬢と似たもの同士その2(一人目はカルナ)。