※団長はグランくん。
※メインストーリー45章まで既読の新米騎空士なので、キャラだったり設定に矛盾があるかもしれません
イベント・若き義勇の振るう剣より、ポセイドンの神鎮めの話。
星屑めいた絶対零度の花びら
エルステ帝国の謀略によってアウギュステに眠る星晶獣・ポセイドンは暴走状態にあった。
島ごと沈めると豪語し、その冗談のような言葉を実現できる星の民が残した怒れる大いなる兵器を、グラン率いる騎空団総出でなんとか戦闘に持ち込み、溜まりに溜まった鬱憤を晴らさせたはいいものの、今度は休眠状態を叩き起こされた上に、
アウギュステ列島が水に沈み、空の底、奈落に墜落して大勢の島民が犠牲になってしまうのをどうにか防いだところでこれだ。アウギュステはその正式名称をアウギュステ列島特別経済協力自治区というように、どの国の領土にも属さない自治区である。「海」がある島としてリゾート地として全空に名高く、傭兵を国軍に匹敵するほど雇えるほど潤沢な財源は、アウギュステに軒を連ねる観光者向けの商店からの税収がほとんどを占めている。
ポセイドンはリヴァイアサンと同じ水を司る星晶獣であり、水神の名を冠する通り強力な星晶獣であることは先の戦闘の激しさが物語っている。一応鎮静の兆しを見せたとはいえ、ポセイドンが荒ぶったままでは海は荒れたまま、漁業も海水浴もろくにできない状況がつづくだろう。それは島民の生活にも無視できない被害をもたらすことは容易に想像できてしまったグランたちが、どうポセイドンをなだめるか頭を捻っていたその時、コルワがその場の空気には似つかわしくない明るさであっけらかんと笑った。
「あら、適任がいるじゃない」
天の声にすがるようにグランたちがコルワを見返すと、彼女はにこにこととある方向を指さしていた。その場の全員がその指先が指し示す方を辿る。
その先、頭痛をこらえるように額に指先を押し当てていたクリスが苦々しく呟く。
「コルワ」
「前に言ってたじゃない、水神を鎮めたことがあるって」
「……確かに龍鎮めはやったことはあるが、はたしてあれが星晶獣相手に通用するか……」
いつだったか、酒の席でその場の流れで肴にした昔むかしの話を持ち出してきたコルワに、クリスは頭の奥から鈍痛が響いてくるような気がした。愉快犯的な彼女の笑みを見たのも原因だろう。
どこか楽しげなコルワの言葉を否定するどころか、ほとんどの団員にとって寝耳に水な爆弾発言を落としたクリスティアナにその場がざわついた。
「竜、だと?」
「ドラゴンはドラゴンでも、ファフニールみたいな四足歩行じゃあなくて、蛇に手足がついているような、リヴァイアサンに似た龍だけどね。地鎮を司るような龍の水神が、龍脈……国の大地全体を巡る魔力エネルギーの通り道の異常で荒御魂化して、今回のポセイドンのように暴走状態に陥ったのを、その国伝統の神楽舞と同化した歩法での封印術を使いながら舞を奉納する機会があったってだけさ」
「だけって」
竜と聞いて片眉を跳ね上げて訝しげに問うパーシヴァルに、こともなげにクリスティアナは過去の経験を語る。
が、その内容は口調ほど簡単でないのを、かつての自国の動乱から容易に察せたランスロットが苦笑した。邪竜ファフニールほどでなくても、最強種と呼ばれる竜種の暴走を殺さず止めるなど、生半可なことではない。
「ポセイドンが怒っているのは、空の民に無理やり従えられそうになって、侮辱されたと思っているからでしょう? なら、ポセイドンに対して尊重と畏敬を示して、空の民にはポセイドンの庇護と恩恵が必要だと考え直してもらえば良いの思うの」
「なるほどな……クリスの舞は、人間にはまだ見守る価値があると考え直してもらうための、頭を冷やすきっかけになってもらうってか」
「……ものすごくまともそうなことを言っているが、コルワ、君は単に以前作った巫女装束を私に着せたいだけだろう」
頭痛を堪えるように頭を片手で押さえたまま、渋い顔で唸るクリスに、ぐりんとコルワが勢いよくクリスに向き直った。
「ええそうよ、だって貴方の舞が見たくて作ったのに、舞って見せてくれるどころか、袖すら通してくれなかったじゃない! この私が作った服を、よ!?」
「必要に駆られてやった一度っきりの舞を、ガイーヌやアンスリアみたいな本職もいる前でなんて恥ずかしくて出来るわけないでしょうに」
鬼気迫った表情でクリスににじり寄ったかと思うと、興奮したように矢継ぎ早な言葉を紡ぎながら、掴んだクリスティアナの両肩をがっくんがっくんと前後に揺らすコルワ。それでもクリスティアナの表情は呆れ返ったままだった。
「その本業二人が見たいって言っても見せてくれなかったでしょう!?」
「……する必要がないなら、進んでしたいものでもないし」
クリスが消極的なのは理由がきちんとあった。
なにしろ、龍鎮めの舞を舞ったのは彼女の体感でもう5年以上前のことになる。それ以降きちんと練習を積んでもいない一度きり披露しただけの舞を、踊り子として生計を立て、真剣に踊りに向き合っている者たちの前で踊るのは、流石に失礼だろうと考えていたからだ。
確かにクリスが扱う氷の蹴術・エスメラルダ式血凍道は、氷の上で足を振り上げたり、空中で技を放つことも考慮しているため、不安定な足場でのバランス感覚を重視している。ゆえに修行の中にアイススケートやバレエ、そしてエスメラルダの本拠があるスペインのお国芸であるフラメンコでバランス感覚、体幹、足さばきを学ぶ。
それらの基礎的なトレーニングを欠かしたことがないからこそ、龍神鎮めの儀を急遽代理で頼まれ、国の危機ともあって断ることも出来ず、なんとか形にして役目を終えることが出来たのだ。
日本は八百万の神々が治める神秘的な成り立ちを持つ国だが、その中でも位の高い国津神である龍神が静まらなければ、土地に巡る龍脈が暴走し、地震の多い日本はさらに未曾有の大地震に多く見舞われ、壊滅的な被害を負っただろう。
鎮めの儀を担っていた巫女血筋の継承者が事故で急逝したため、代役を務めるための条件である水の素質を持ち、水上に立つことが出来て、なおかつ踊りの基礎があるとはいえ、他国の人間であるクリスに土下座しかねない勢いでプライドの高い神官たちや日本支部の上層部が頭を下げてきたことからも、その逼迫した状況を物語っていた。
いくらガイーヌの剣舞に付き合え、フラメンコやバレエが踊れるとは言っても、龍鎮めの舞は神舞い、あるいは巫女舞とよばれる神事。門外不出の奥義であり、神に捧げる大事な舞踊だ。生半可なものを見せるわけにはいかないと、時々思い出したようにねだってくるコルワやガイーヌたちの懇願を断り続けていたのだ。
……だが、この状況は妙にデジャブを感じていたのも本心だ。ただ、水神の名を冠するとはいえポセイドンは星の民に作られた兵器。封印の側面を持つ神舞いとはいえ、通用する保証は何処にもなかった。だから黙って他の方法がないか考えていたというのに、とクリスは遠い目をした。
「ティーネ」
そんな女子二人の舌戦のスピードに置いていかれている周囲だったが、その二人に待ったをかけた人物が居た。
クリスティアナの愛称でもほんの数人、特に親しい人間にしか許していないその愛称を騎空団の中でも呼べるのはただひとりと一匹。クリスティアナを姉のように慕う団長、グランだった。
あまり大きくはない声での呼びかけだったが、肩を揺さぶるのをやめたコルワから解放されたクリスティアナは、少々不服そうな顔で弟分を見下ろした。可愛がっているグランに彼女がそんな表情を向けるのは珍しいことでもあったが、グランがこれから言うであろう言葉を薄々察しての表情だったのだろうと他の団員が察するまで、数秒も無かった。
背に腹は変えられない。打てる手が現状思いつかない以上、どんなに姉貴分が嫌がっていても、やってみてもらう価値はあると団長として団長命令を発動したグラン。そして土下座しかねない勢いで頭を下げる今回の騒動の遠因ともいえるユーリのダメ押しもあり、がっくりと肩を落としながらも粛々と従ったクリスティアナが嬉々としてコルワに引きずられて着替えに戻ること30分ほど。ポセイドンの様子を伺いつつ待機していたグランたちに、すいっと滑るように近づく影があった。
「団長、お待たせ! 準備整ったわよ」
コルワのやりきったと達成感あふれる笑顔の後ろ、静かに佇む人物の姿にグランたちは息を呑んだ。
アウギュステの一年中温暖な気候、リゾートに相応しい抜けるような青空に対比するような、白と鮮やかな緋色のコントラスト。上質な布で軽やかに織られた
その上に羽織るのは
緋袴には白い裳が結わえられ、裾にかけて萌黄や緑青、瓶覗色と淡い色の細長い布が縫い付けられていた。引きずってしまいそうな長さのその裾が砂で汚れないよう、着替えや化粧を手伝いに行ったユエルとソシエがゆったりとまとめた裾を手にしていた。
クリスが居た世界の日本における伝統的な巫女装束に加えて、彼女は天の羽衣とも呼べそうな、透けるような薄手のヴェールを頭に被っていた。薄い金属板を打って作られたティアラ状の天冠を額に付けており、天冠から伸びる雨垂れのような金属飾りがシャラシャラと揺れる。同じく祭祀用の頭飾りである花簪などの髪留めを用い、長いウェーブを描く黒髪はうなじの後ろでひとまとめに結わえているため、普段よりすっきりとした首周りが、紅を刷かれた頬、地肌の白さと相まって清廉とした色気を醸し出していた。
そしてコルワやソシエたちによってより美貌を引き立たせるよう化粧を施されたクリスは、衣装の荘厳さと合わせて、神がかった美しさを静かに発していた。
「わぁ……!!」
「おぉ~、すっげえキレイだぜ、ティーネ!」
「ビィくんの言う通り、美しいな……」
感動の声を上げるルリアやビィ、カタリナ。その隣で言語野がやられたらしいグランががくがくと首を振って同意している。そうだろうそうだろうと出来栄えに頷くコルワがあたりを見渡せば、神々しさに当てられたのか若い団員は顔を赤くしながらぼうっと見惚れている者も決して少なくはなかった。あのパーシヴァルやジークフリート、ユーステスでさえ軽く目を瞠っている。
純粋な褒め言葉を受けたクリスは、垂れ下がるヴェールを避けつつにこり、と目を細めてルリアたちに微笑んだ。目元に引かれた紅が細められ、眦に得も言われぬ色香を添えている。普段よりも静かな、神造めいた微笑みにノックアウトされた団員が倒れる音が砂浜に響くが、その場の誰もその音を聞きとがめなかった。気にする余裕がなかったというのが正しいだろう。カタリナやルリアさえ笑顔に当てられて顔を赤くするが、すうっと滑るようにクリスが前に出るのを見て目をしばたたかせた。
歩く、というより鳥が舞い降りてくるようなその動きに怪訝に思いながらカタリナがクリスの足元を見れば、その足元は数センチほど地面を離れていた。その理由をすぐに悟った──クリスの足元に、いつも見かける靴はなく、赤い刺青の入れられた素足がさらされていたからだ。
「行ってくる」
グランとパーシヴァルの間をすり抜け、一言呟きながら、ポセイドンの待つ青い海へとふわふわと宙に浮きながら滑空していくクリスティアナを、二人は重々しいうなずきと共に見送った。
波打ち際でユエルとソシエが持っていた裳から手を離せば、ひらりと水面に白絹が扇のように広がった。緋袴から伸びる細い足首が白波をかき分けたのはほんの数歩、血法を発動したクリスティアナは地面と同じように水面に立ってみせた。それに驚くポセイドンの前まで進み出たクリスティアナは、しとやかに、朗々と言葉を紡いだ。
「ポセイドン。大いなる海を司る海神の名を与えられた星晶獣よ」
「……何の真似だ、人の子。空でも星でもない……虚空より至りし……異郷の民」
「……眠りを妨げた挙げ句、畏敬を忘れた人間の暴挙、謹んでお詫び申し上げる。今回の無礼に値するものとは思えないが、せめてひとつ、僭越ながら我が舞を奉納させて頂きたい」
「──舞……だと?」
「神には感謝と畏敬を持って供物や神楽を捧げるもの。なれば、神を称するポセイドン、貴方に舞を捧げてもなんら可笑しくはありますまい」
しゃらり、と羽衣をかき分けて胸の前に閉じたまま掲げた
「かつては国を支える龍の水神すら鎮めた我が舞、とくと御覧じろ」
りぃん、と足首に嵌めた金環に繋がる鈴が、澄んだ音を波間に響かせた。
くっきりと赤い唇が、静かに開かれる。閉じた檜扇を顔の前にかざし、目を薄く閉ざした静謐な佇まいはいっそ飲まれそうな静けさに満ちている。
「
ここではない遠い世界、異世界で出会った太陽神の息子、人類史そのものを守るための旅で相棒と呼んだ最高のサーヴァントを思い浮かべながら呼びかける。ピアスは衣装に似合わないからと着けてはいないが、太陽の光を受けて燦然と輝く黄金と瑠璃の指輪が僅かに温もったように感じた。陽が傾き、陽光がオレンジに色づく刻限。蒼い海は紺青に色を変える中、呼びかける声に答えるように、クリスの周囲にホタルに似た淡い燐光がふわりふわりと立ち上っては消えていく。
「
奇妙な夢の果て、神代のインドで邂逅した流体、風、歌舞音曲、ありとあらゆる「流れるもの」を操る河の女神に祈りを捧げる。電子の海にて出会った
その女神の恩恵は、波こそ高くないとはいえ荒ぶっていたさざなみを、クリスの周囲に波紋状に広がった青い光が打ち消し、水面に白く透き通ったまぼろしの蓮華を咲かせ始めた。何処からともなく聞こえてくる笛や琴の音にポセイドンやグランたちは音の発生場所を探ろうとするが、海全体からその気配が感じられ、星晶獣の気配を感じ取れるルリアや、魔物さえ鎮められるリラの名手であるアンリエットさえ首を傾げさせた。
静かな海辺を切り裂くように澄んだ笛の音が響き渡ると同時に、勢いよく檜扇を開いたクリスがとんっと見えない水床を裸足で打ち鳴らすように踏み出した。尾を引くように裳と羽衣が風をはらんで棚引く。かろやかな脚さばきのたびに胸元の菊結綴が揺れ、踝に嵌められた華奢なアンクレットが跳ねるように打ち鳴らされた。
指先、つま先に至るまで神経をはりつめたようにスラリと伸ばしながら、一挙一動はなよやかにしてたおやかだ。静かに、時には大胆な動きでくるりと衣装の重さなど無いかのように回る度、檜扇の動きに合わせて水面から立ち上った水流が静謐な舞に躍動感を添えた。水面から生まれては宙で消える燐光は妖火のようにゆらゆらと立ち上りながら幾重にも重なり合い、白い千早や羽衣を透かし、美しくも幻想的に舞を彩っていく。
この世界の舞は多くは華やかなものが多い。ガイーヌのようなアラビアン風の衣装に身を包んでの息を呑むほど鋭い剣舞、アンスリアのような魔法の炎を用いて踊る情熱的な舞、そしてディアンサたち五花の巫女のようなアイドルにもにた舞。
それとは対象的な、静謐さとぴりりとした緊張感が伴う、雅やかな舞はこの世界の者たちにとって目新しいものであった。
陽が落ちてゆき、海辺がうっすらと夜の色になじむ頃。燃え落ちるような太陽の光から、空に輝く月から落ちる虹色の月光に移り変わりながら照らされた神舞いは、名残を惜しむように溶け消えていく笛の音とともに幕を閉じた。
舞が終わるまでの短くはない間、その場に居た誰もが言葉を発せず、神秘的な光景にしばらく魂が抜けたように飲まれていた。
奇妙な静寂を打ち破ったのは、唸るように低い声を轟かせたポセイドンだった。
「……見事なり。貴様のその舞と後ろの者共の不屈の執念に免じて、島を落とすことはやめてやろう」
苦々しげな表情ではあったが、それまでの威圧するような荒々しさは消え、苦しげでもあった途切れ途切れの声に怒気はない。アウギュステのビーチはいつもの穏やかさを取り戻していた。一か八かの作戦が功を奏したことに、グランたちはほっと安堵のため息を漏らした。
「厚情、感謝致します」
「二度はないと覚えておくがいい」
無言で薄衣を被った頭が垂れる。平伏したままのクリスを一瞥してルリアへと視線を向けたポセイドンに、ルリアもそろそろと波打ち際に近づいた。ポセイドンの鉾先から光が集まり、手のひら大の光の玉が生まれたところでふよふよと空中を漂い、ルリアに吸い込まれていった。普段なら鎮まった星晶獣が光の断片となってルリアに吸収されたところで終了なのだが、普段とは違う流れにルリアとグランが首を傾げた。そんな二人の前で、ポセイドンの視線が砂浜へ向かって戻る途中だったクリスに再び差し向けられた。
「……虚空の民、名は何という」
「は、え、クリスティアナ、ですけど」
舞が終わって肩の力を抜いたところで再び話しかけられ、疲労で少し曲がっていた背筋を伸ばしながらクリスが返答すると、ポセイドンは数秒沈黙した後、フン、と鼻を鳴らした。疑問符を頭に浮かべて呆気にとられる人間たちに構うこと無く、水神は目を細め、再び鉾を今度はクリスティアナに差し向けた。ルリアのときと同じように生まれた光の玉はクリスの手元にたどり着くと、蒼い大粒の鉱石が嵌め込まれたブローチになって、ころんと掌に転がり落ちた。
「!?」
「持っていくがいい。水を操り冷気を生むその血、無より水を生む我ならば消耗を補えよう」
「!」
ブローチはポセイドンの額を飾る天冠と同じ鈍い金で、貝殻や水流を模した彫刻が施されている。プルシャンブルーの美しい鉱石からはポセイドンが発している闘気と同じ水属性の波動を感じた。つまるところ、これはポセイドンの加護付きのブローチ、ということだ。
血法の弱点を見透かしたようなポセイドンの言葉に、ブローチとポセイドンの青い目を交互に見返し、数秒の空白の後、クリスはぎゅっとブローチを握りしめた。
「ありがとう、ポセイドン」
「見事な舞の礼だ。その技量、みすみす死なせるには惜しいゆえな──―」
言いたいことは言ったとばかりに光の粒になり、ルリアに流れ込むように消えたポセイドン。それを最後まで見守っていたクリスは、お疲れと快哉を上げて駆け寄ってくる仲間たちに、ひらりと片腕を掲げて砂浜へと戻るのだった。
「見事だった。流石は俺の
「だから家臣は無理だって……うん、まあ、ありがとう」
「いやほんとに美しい舞だったぞ」
「歩くたびに華が咲いて、光と一緒に踊ってるところなんか夢みたいだったよな~!」
「うむ。……しかし、あれだな」
砂に引きずってしまう裳は早々に取り払ってコルワに預け、ナルメアが甲斐甲斐しく差し出してくるタオルやジュースを受け取りながらクリスが舞の疲れを癒やしていると、フェードラッヘの(元含む)騎士四人が話しかけてきた。
口々に褒められて困ったように照れ笑いを浮かべるクリスだったが、不意にジークフリートが言葉を切ったのに首を傾げた。ことりと首を傾げる動作が薄絹を被ったままということもあって小動物じみてみえるな、と周囲が明後日の方向に思考を飛ばす中、その羽衣をちょいと身を屈めながらめくったジークフリートが、クリスと目を合わせて破顔した。
「この衣装だと余計に、天女のように何処か遠くに連れ去られてしまいそうだな」
「そういうところだぞジークフリート……」
兜を脱げばたちまち街の女を虜にする美丈夫がさらりと発した、口説き文句じみた褒め言葉に、んん”っ、と喉元で照れをこらえながら苦言を呈したクリス。何故か流れ弾を食らったヴェインとランスロットが身近で身悶え、パーシヴァルが呆れたように深い深いため息をつく。その様子に不思議そうにきょとんとしてみせるのだから、この三十路男は罪深い。
情熱の国ともいわれるスペインで生まれ育ったクリスはラテンの価値観から熱烈な口説き文句は周囲で日常的に飛び交っていたので慣れているし、義兄が仕事上ハニートラップで情報を集めてくることもあり耐性がついている。自身もライブラの窓口として社交界に顔をだす機会も多かったため、上っ面だけの薄っぺらい褒め言葉など聞き飽きてすらいた。逆に、そういった耐性がなければ、ジークフリートの言動は相手に口説かれていると勘違いされてもなんら可笑しくないだろう発言だった。過去に美女(特に人妻)を見たら敵であろうが助けたり口説いたりする某湖の騎士という前例がいたこともあり、ジークフリートにその気が全くない単なる褒め言葉として受け止められた。
だがしかし、そうか。
薄絹が風に煽られて飛んでいかぬよう、絹地の下で額を飾る天冠と繋がっているために、未だ脱いでいない半透明の羽衣の裾を手でたぐり、クリスは心中でつぶやいた。
天女、とは中々馴染みのない言葉である。緋袴ではあるが、羽衣を被って笛の音とともに舞う姿は、どちらかというと牛若丸の伝説をクリスに思い起こさせる。弁慶の薙刀をひらりひらりと躱す薄幸の美少年。牛若丸と聞くとどうしても首級を上げたがるライダーが思い浮かんでしまうが、この場合クリスが生まれ育った世界の日本に伝わる伝説の方の少年である。
流石に見かねたパーシヴァルがガミガミとクリス以上にジークフリートへ苦言を呈している中、ふと何かを思いついたようにぱちりと瞬きをしたクリスは、薄衣の下でにまりと笑みを浮かべた。眦とくちびるに引かれた紅と、銀を撒き散らしたように頬をきらめかす汗の粒で普段よりいっそう蠱惑的な雰囲気を纏っていたクリスは、そうだなぁといたずらっぽく声を上げる。
その声にん? とジークフリートたちがクリスに目を向ける中、彼女は顔が見えるよう羽衣の前を手でたくし上げ、うっそりと眦を細めて艶然と微笑んだ。小さな野花が集まって綻ぶような、ささやかな普段の笑みとは違う。目を奪う艶やかな大輪の花が花開くような、意図的に自らの容姿の有用性を理解して利用するような、計算された女の笑みが周囲の視線を惹き付ける。
「わたしを天女と言うなら、何処かに飛ばされないよう掴んで離さないでくれるかい?」
普段、気にかかる策謀の兆しに対して周囲に黙って単独行動を起こしがちであり、その道中に断ろうがなんだろうがほぼ強制的に着いて行かされる羽目になる、戦友とも悪友ともつかない男への、普段の意趣返しも含めたささやかな言葉遊び。
色気を伴った笑みと相まって、普段なら口にもしないような口説き文句で返してみせたクリスに4人が言葉を失い、誰かがなんとか硬直から解かれて言葉を絞り出そうとした、矢先──
「クリスさーん!!」
「ああ、ルリア。今行くよ」
大手を振って名前を呼ぶルリアに反応し、一瞬で普段どおりの雰囲気に立ち戻ったクリスがさっさと踵を返して立ち去る。
残された四人がどんな反応をしていたか。それは怪訝に思った他の団員から声を掛けられるまで、硬直から暫くの間立ち戻れなかったとだけ、一部始終をニヤニヤと眺めていたカリオストロは呟くのだった。
**
(おまけ・ポセイドンがブローチをくれた理由)
後日、事件の余波による家屋の倒壊の復旧作業が進む中、クリスティアナは島の図書館を訪れていた。蔵書数はそれほど多くないこぢんまりとした図書館だったが、埃一つ被っていない本や棚が、管理者や司書の几帳面さを物語っている。そんな中、島の歴史や伝説にまつわる本が集められている棚の前に居たクリスは、本の一つを選び取って抜き出した。索引と目次をめくり、めぼしいものがなさそうなら戻してと、とっかえひっかえを繰り返していた彼女は、目当ての名前を見つけてページを繰った。
──ポセイドン。
──海界を支配する気高き星晶獣。無から水を生み、さらに水場を住処とする魔物を創りだすことが出来る。
神舞いを披露した後、加護の籠もったブローチを渡してきた星晶獣のことをきちんと知るべく、クリスティアナは島の守り神である星晶獣のページに目を通す。無から水を生み、というところで、あの時の『消耗を補える』とポセイドンが言った意味に納得した。
クリスが扱う血法は魔法とは根本的に異なる。魔法は魔力と呼ばれる人間の中に流れる生体エネルギー、あるいは自然の中に満ちるものに指向性を与え、魔法として炎や水、風をゼロから「生み出す」技術である。
しかし、血法は属性の血液を術式によってその属性の持つ力に「変化」させ、あるいは「干渉」する技術。ルーツとしては石を黄金に変えうるなど、等価交換を基本ルールとする錬金術に近しい。
だからこそ大技になればなるほど血液の消費量は増大し、比例して失血死のリスクも高まる。
だが、血法は自然法則に従い、属性血液に近しい触媒があるとその難易度や消費量が少なくて済む利点がある。クリスの場合は、凍らせる範囲が雨や霧などの水気に包まれていれば、普段よりぐっと負担が少なくて済むのだ。
ポセイドンがどうやってその事を知っていたのかは不明だが、ポセイドンの「無から水を生み」という能力は、クリスとしては非常にうれしい効果である。
そんな中、文章をさらに読み進めていたクリスは、はたりと文字を目で追うのをやめた。もう一度引っかかった部分に目を通す。
──人と語らうことを好む珍しい星晶獣であり、星の民からは、水辺とそこに住む生物全ての管理を任されていた。
……この一文を見て、なんとも言えない気持ちに陥った。この文の人が星の民を指すのか、それとも空の民も含まれるのかは謎だが、人間と語らうのを好む穏やかな星晶獣を、あそこまで怒り狂わせたのもまた人間だということが。
せめてルリアの中で静かに眠り、時折出てきて話ができれば、と思う。星晶獣の中には団員と交流……というかちょっかいをかけるのが好きなものもおり、ティアマトやユグドラシルなどはわざわざ人間スケールまで縮んで艇の中を散歩していたりする。
さびしかったのかな、とクリスティアナは本を閉じながら、午後の光が柔らかに差す室内でぽつりと呟いた。
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龍鎮めの下りは「銀の弾丸2」で出てきていた「日本の牙刈りに多大な恩を売った」の一端です。ガチで書くとジャンルが行方不明になるので掘り下げなかったんですがここでちょい出し。牙狩り日本支部について趣味丸出しの捏造かましてる(陰陽師が多いとかなんとか)ので気になる方は「銀の弾丸」編をお読みください。「ライブラ秘書嬢」シリーズはルートが繋がってるようで繋がっていないように見せかけて、些細な設定は外伝含む全シリーズ共通だったりするので……
ポセイドンのくだりは公式説明文より。人間好きなのに無体働かれたらそら怒るわな。