ライブラ秘書嬢の異世界渡航   作:一星

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※主人公が原作キャラクターと恋人関係、結婚する描写がありますのでご注意ください。苦手な方は黙ってブラウザバックだぜ!



49°4542'N. 11°0775'E

 

 

 星合千晶にとって、否、クリスティアナにとって、バレエとアイススケートは切っても離せないライフワークだ。どちらも頭から足のつま先まで神経をとがらせ、バランスと柔軟性、姿勢制御を高度に要求される芸術だ。革靴やヒールで不安定極まりない氷の上で戦う必要性が出てくるエスメラルダ式の修行に、これら二つが組み込まれるのは、何も不思議な事では無かった。

 放浪中に仲良くなった行きずりの旅人が、実は小さなスケートリンクの管理者で、仕事でドイツに寄ると、営業時間後にリンクを貸し切りにいくらでも滑らせてくれるようになったのはありがたかった。元の世界でのベルギー支部にいた、気のいいオネエの同僚に少し似ている。こちらの旅人はヘテロだが。

 

 思う存分に、むしろ八つ当たり気味に自分の煩悶やら葛藤やらをぶつけるように氷の上で飛んで跳ねて滑ってを繰り返していたその時、先にドイツに幾つか所持しているセーフハウスに帰っていたはずのシンが息せき切ってリンクサイドに駆け込んできた。

 

「星合!!」

「うわ、何、どうしたの」

 

 休憩も挟まずに踊り狂っていたせいで、氷の上で気温は寒いはずなのに、汗だくになるほど身体は火照っていた。鬼気迫る表情のバディに何事かと、氷の上を歩くようにすいすいと滑り、サイドとリンクを隔てる柵の元まで移動する。途端、鼻先に勢いよく突き付けられたのは黒いカバーの掛けられたスマホの一面だった。

 

『人気ヒーロー・ショート、年上女性と熱愛発覚か』

 

 ウワァ。

 

 その見出しと写真を見てまず口からぽろりと出たのは、そんな気の抜けた声だった。あっ多分今のわたし笑えてないぞ、中途半端な笑顔で目が死んでるアルカイックスマイル、レオの言葉を借りるならスターフェイズ伝家の宝刀・春風の微笑み(激おこ)である。

 ゴシップ記事に添えられている写真は腕を組んだ女性がにこやかに轟の腕を引っ張ってどこかに行こうとしているものだ。轟の表情も普段メディアで見るそれより穏やかで、うっすら笑みを浮かべているのもゴシップの餌としては十分に破壊力があるだろう。また見事にすっぱ抜かれたこと、というのが自分の感想だった。完全に他人事だ。記事を見た瞬間、吐いた声は自分でもどうかと思うほど傍観者のそれだった。

 リンクの皮膚がひりつくほどの冷気を通して鼓膜を振るわせて、神経を通じて脳に入力される電気信号で自分の声を捉えてもそう思ったのだ、シンが呆れかえるのも当然だった。

 

「うわぁ、ってそれだけか!? あの野郎、お前が居ながら浮気してたかもしれないんだぞ!?」

「シン、どうどう」

「いやお前が焦れよ!?」

「いやぁ……だって、ねぇ」

 

 完全に自分以上にブチ切れている相棒を若干引きつつも宥めようとするが、火にウォッカを注ぐようなものだったらしい。だが、何と言われても怒りの一つも湧かないのだから仕方がない。

 曖昧な笑みで言葉を濁しながら、ちらり、と再び視点を合わせた写真の女性を見やる。流石にプライバシー保護でその顔は黒く塗りつぶされているが、見間違いようがなかった。

 

 

「その女性、轟のお姉さんだもの」

「は?」

 

 

 私が爆弾発言を投下した瞬間、二人しかいないリンクに本日最大の叫び声が響いた。あまりの大声に、管理室でのんびりしていた友人が何事かと飛び出してくるほどだ。耳を劈くような大声に思わず、肩を竦めた。

 

「あー、そんな大声上げて……喉、商売道具なんだから大事にしないと」

「オイオイどうした、今の声、事務所まで聞こえてきたぞ」

「悪いテオ、なんでもねえよ……」

「ならいいけど、静かにな」

 

 贔屓のサッカーの試合を観るため再び友人が引っ込むと、静かなリンクサイドに長い溜め息が響いた。

 

「……間違いないのか?」

「うん。仲良くさせてもらってる身としては見間違いないと思う」

「……確かに白髪に赤メッシュ……言われてみりゃ血縁ありそうな頭だな……」

「ついでに言えばプライバシー保護で台無しになってるけど、顔も結構似てる」

「ネタ欲しさかよマスゴミ……」

「シン、スマホが割れる割れる」

「…………でも、良かったな。誤報で」

「……うん」

「ガチの浮気現場だったらあの紅白頭締め上げるところだった」

「あははは」

「あははって、お前な」

「そういうことはしない人だから、心配してない」

 

 そんな器用さはない人だ。クラウスと同様、一途で真っ直ぐで、男女間の不誠実さを何より嫌う人だからこそ、安心していられる。そんなもしもがある人なら、きっと私はほだされなかった。心の数パーセントでも、完全にゆるして、預けたりはしなかっただろう。

 そっぽを向いているシンがどんな表情をしているかは、私からは見えなかったけれど。自分の事のように心配して、怒ってくれる相棒のありがたさに、私は目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 普通の靴ではまともに立っていることすら難しい、平らに均された氷の上も、エスメラルダにとっては地面と変わりない。氷の上で片足を思い切り振り上げ、軸足にしっかり体重を乗せて重い一撃を振り抜くためにバランス感覚は必須項目で、スケートは氷の上が地面とそう変わらなくなるまでの練習場なのだ。スピンとステップを跳びぬけている体力と脚力に物言わせて、難度も労力も度外視した、競技のプログラムとしてはとても認められない内容で滑る今の私は、プロが見れば無茶苦茶だと頭を抱えることだろう。

 

 ジャンプでは身体に芯が通ったように直線を意識し、スピンはむしろ柔軟を最大限に生かす。ステップは軽やかに。身体に染みついた教えに沿って忠実に飛び、着氷。氷の破片を巻き上げて、エッジが銀盤を鋭く抉る。全身の筋肉とめぐる血流がいつもより鮮明に知覚できる。指先、爪先まで鋭敏に神経を張りつめさせるような感覚。走るようなフォームで軽快にステップを踏むが、身体は鉛のように重かった。心と体はバラバラ、目は虚ろを映して、笑顔どころか無表情でブツブツ呟いている私のスケーティングは正直見れたものではない。だからわざわざ営業時間外のリンクを貸してもらっているというのに、誤解が解けた後もリンクサイドで頬杖をついてこちらを眺めるシンの視線が、少々居心地が悪い。

 

「シン……律儀に残ってなくても、先帰ってていいよ?」

「俺のことは気にすんな、背景ぐらいに思っといてくれ」

「そんな無茶苦茶な……」

 

 一旦クールダウンの為にリンクをぐるりと周回する。バックステップでの滑走も慣れたものだ。周囲に人がいないと分かっていれば、気を張らずに悠々と氷の上を泳げる。ヒラヒラと手を振った相棒はまた頬杖をついて、表情の読めない顔でじっとこちらを見てくる。落ち着かない。

 

 

(心配させてるんだろうな)

 

 数年バディを組んで、あちこちを旅したのだ。面と向かって会ったことの無い人間でも行動分析できるのだ、身近な人間の思考を推測するのは容易い。サイコメトラーでも無ければ千里眼持ちでもないから、表情や仕草で読み取れる領域までで、心の細部や押し込めたものまで知ることはできない。集団に潜もうとする犯罪者、仲間の内に潜むスパイや裏切り者をあぶりだすには十分有効だが。

 

 今回も、この観察眼を買っての依頼だった。

 エンジェルスケイルや発火快楽ドラッグ(アグニの角質)に似た、肉体改造系危険ドラッグの売人と胴元の確保と流通ルート、顧客リストの奪取。地元ヒーローとPDの地道な聞き込み、張り込み調査で、とあるパーティと見せかけ、売人から顧客へドラッグの受け渡しが行われるのを掴んだ。後はそのパーティで一網打尽にして、胴元から製造工場を吐かせる。HLで飽きるほど処理した手合いだ。

 私とシンに来た依頼は、会場から万一でも脱走者が出ないよう、予測できる逃走ルートの絞り込み、あとは会場内に潜入するチームに入って、私は警部と共に現場指揮、シンは「洗脳」で暴動になるだろう会場内の鎮圧だ。まだ(見た目は)若造でしかも海外ヒーローだというのに、最近こうして陣頭指揮を任されることも多くなってきた。多分HN(ヒーローネットワーク)での活動報告と口コミで広まったんだろう。向こうの世界で作った超高性能AIの「ムネーモシュネー」をこちらの技術レベルまで更新した電脳魔でのホワイトハッカーという一面は流石に外聞が悪いので、警察の一部しか知らないが。

 

 パーティは明日。最終ブリーフィングを終えたその足で、リンクまで来た。自分の身体の最終調整と、一斉捕縛に動いた後予想される流れの確認。アスリートが念入りにウォーミングアップをして集中するように、私にとってはスケートが精神安定剤のようなものだった。バレエも同様だ。氷の上だと目が醒めるような心地がする。身体の調整と頭の整理にはぴったりだった。ここなら、余計な雑念も雑音も入らない。

 流れる汗を服で拭うように見せかけて、耳に意識を傾ける。

 

(……やっぱり、どんどん聞こえづらくなってるな)

 

 スマホから流しているはずのクラシックはどこか遠い。ぼわんと水を隔てて音を聞いているような奇妙な感覚に、小さくスラングを吐き出す。

 

 ここ最近の私の世界は、少々静かすぎる。

 

 

 

**

 

 

「ああ、うん……大丈夫だよ、問題ない。ニューイヤーはこっちで過ごす羽目になりそうだけど、松の内の間には帰れると思う。お土産買って帰るよ」

 

 冬ともなれば、日暮れは地球の何処にあっても早いものだ。ハンドルに重ねた手の上に顎を乗せ、心操人使は遠くの紺と紫と橙が滲んで混じり合うサンセットを眺めていた。隣のシートに身を預けてスマホ片手に淡く微笑む相棒の後ろ、車のフレームの向こうで、切り取られた大西洋が波立つのが見える。赤レンガの屋根と石造りの中世の雰囲気が残る街並みを染める夕暮れ時、今となってはすっかり見慣れた光景だが、時折故郷の街並みが恋しくなる。西洋の街並みに違和感なく溶け込む相棒と、どこかしら浮きがちな自分との差異を思い知る。なにもかもを。

 

 画面をタップして通話を打ち切った星合に、麗日か、と彼女の一番の女友達の名前を挙げる。昨日の自分が不本意だが、星合千晶と連れ添う唯一として認めていた男の痛烈な裏切りに憤り、卒倒しそうなほどの眩暈に襲われたように、漏れ聞こえた関西訛りの声もまた焦りに満ちていた。高額になりがちな国際電話をかけてでも、心ないゴシップに傷ついてはいないかと案じたのだろう。浮気相手と目された相手が微塵も恋愛対象に含まれようのない関係性だったとしても、焦りの一つも見せず、世間話でもするかのように落ち着いて対応する星合もどうかと思うが。

 頷いて見せた星合は、微笑みの中に苦みを添えた。日本人より濃い眉が、ほんの少しだけ下がる。

 

「心配されてしまった」

「だろうな。むしろ帰国したら知り合い全員に問い詰められると思うぞ」

「う、それは嫌だな……」

 

 類い稀な思考能力でほんの一瞬で色々予測したのだろう、スマホを握ったままの手の甲を額に押し当て、聞こえた声はため息交じりにくぐもっていた。

 

「それは置いといて……土産を買うならマルクト寄っていくか? クリスマスマーケットも明日の昼で終わりだろ」

「渡す頃にはクリスマスどころかお正月過ぎてるけどね……オーナメントで良いのがないか見繕って、レープクーヘンなら日持ちするし買っていこうか」

「だな。こないだ飲んだグリューワインの屋台も寄ろうぜ、あれは美味かった」

「車だから家までお預けだけどね」

 

 気が滅入るだけの話題はさっさと流すと、彼女もまたさっさと思考を切り替えたらしい。

 現在仕事で滞在中のニュルンベルクは、ドイツ各地で開かれる2500近くのクリスマスマーケットの中でも観光客に人気な「世界最古のドレスデン」「世界最大のシュトゥットガルト」と並んで、世界一有名なクリスマスマーケットだ。金色の天使がシンボルのこのマーケットは毎年多くの観光客が詰め掛ける。赤レンガと石畳が美しい旧市街の市庁舎広場に「美しの泉」と呼ばれる金色の噴水塔がそびえ立ち、赤と白のボーダー柄の天幕を張った屋台が立ち並ぶ。クリスマスツリーに飾る精緻なオーナメントや、蜂蜜とスパイス、柑橘類の皮やナッツを使ったレープクーヘンという、ツリーのオーナメントにも使われるクッキーが売り場に並び、シナモンやオレンジの輪切りを浮かべたホットワインが靴下型のマグカップに入れられて売りに出される。

 この街での依頼は早々に終わったので、こうして次に入れている仕事までマーケットを巡る余裕があるくらい、次への移動時間含めて数日空きが出たのは喜ばしい。違法ドラッグをバラまいていた売人は洗脳で停止、洗脳にひっかからずパニックを起こした参加者はまとめて星合に氷漬けにされた。後処理にむしろ手こずったが、所詮国外のヒーローにできることなんて限られている。引継ぎを済ませ、つかの間の休息を楽しんでいた。お次は他の国のヒーローとチームを組んでの要人警護だ。ぎりぎりまで張りつめなければならない任務前に一息つけるか否かで、パフォーマンスはともかく、心持ちが違う。

 

 

 広場で色々買い物を終え、車に戻る道すがら。俺はここ数日ずっと引っかかっていたことをついに口にした。

 

「……帰国したら、すぐに病院行くぞ」

「え」

 

 悪戯を見咎められた猫のように、表情は変えないままぴしりと凍りつく星合に、俺は額を押さえた。

 

「やっぱりほっておくつもりだったな……単純に聴力が落ちてるのか精神的なもんかだけでもハッキリさせといたほうが、後々良いだろ。対策立てやすいし、いざって時に周囲に説明すんのにも役に立つ」

「うっ」

「診断下りりゃ、サポート会社に補助アイテム作成申請もできる。まだ症状が軽いのに轟や緑谷を心配させたくないってのも分かるが、バディとしては看過できねえよ」

 

 バディだから。何度繰り返したか分からない免罪符を盾にする。こう言えば、星合の性格上無視できないのを承知で、ずるい言い方をする。

 本当ならすぐに病院に引っ張っていきたいところだが、海外じゃ保険適用外だったりして高額になりがちだ。国際的に活躍するヒーロー向けの保険にも勿論入っているが、通院の利便性を考えれば日本の方が良い。

 

 常人よりも能力のピークが早い分、落ちるのも早いと事前に聞いていなければ、ここのところ彼女の聴力が低下していることにすら気付かなかっただろう。個性が身体能力の延長線上でしか無い以上、老化と共に能力に陰りが見えるのは当たり前だ。ヒーローの宿命でもある。……でも、ヒーロー業もプライベートもこれから、という時にその兆候が見え始めたのだ。心配しない訳がない。

 しかも星合の個性は人間の生命線である血液そのものを資本とする。使いすぎは死にそのまま直結するし、もし彼女の話の通りなら、酷使しすぎた造血細胞によって産生量がガクンと落ちて、血が薄まったり、総血液量が低下して諸臓器や筋肉の維持に関わってくるとなると、放置は危険だ。四肢や臓器の壊死にもつながりかねない。

 

「……分かった」

「よし」

 

 言質は取った。後はリカバリーガールや医療系個性の信用できるツテに受診の根回しをしておけば、こっそりサボることもないだろう。

 

 

 

 いろいろとマーケットで買い込んで、戦利品を詰めた紙袋が振動でガサガサと音を立てる。拠点のセーフハウスに戻る道すがら、運転を交代し、ハンドルを黒の皮手袋越しに握る相棒を見やる。何でもないありふれたレンタカーだが、きりりとした気の強そうな横顔で運転するさまは映画のワンシーンのようだ。時々ヴィランとびっくりするほどのカーチェイスを繰り広げるが、その度に思う。お前どこでそんな技術身に付けたんだ、と。

 

 

 色々とミステリアスで、問題ごとを抱え込みがちなバディ。耳の事、轟の浮気誤報道、未だ勢力の衰えないヴィラン連合のこと……問題ばかりが山積みになって、いつかこいつが一人で抱え込み切れなくなって潰れてしまわないか、それが俺は心配でならない。

 

 

「何度も言ったと思うけどさ」

「うん?」

「何があっても、俺はお前の味方だからな」

 

 まだ暖まり切っていない車内に、一瞬沈黙が下りた。少しの照れくささをごまかすために、窓の外を勢いよく流れていく街並みに視線を向けているから、今星合が、……クリスティアナ・I・スターフェイズがどんな表情をしているのか分からない。ただ、かすかに息を呑む音だけが、耳朶を震わせた。

 

 

 

 

 星合千晶が抱える秘密の一端を、俺は明かされていた。

 雄英卒業直後、ヒーロー科トップクラスの技量と人望の持ち主が、どこのヒーロー事務所にも就職せず、はたまた進学もせず、全ての連絡手段を絶って失踪したのは、たちまちのうちに彼女を知る全関係者の知るところとなった。後見人であるオールマイトにすら悟らせずに、雄英高校卒業式を最後に行方を眩ました彼女に、敵連合が拉致したのかとか、もっと巨大な犯罪シンジゲートに目を付けられたかと騒然となる中、その数日前に、県内最大級のショッピングモールで、明らかに長期旅行としか思えないスーツケースを購入するところに出くわせたのは幸運だった。どこか出かけるのかと訊いた俺に、探し物をしに、と抽象的に答えた星合の寂しげな横顔が今でも焼き付いて離れない。その後失踪したのを見て、騒然とする周囲の中でひとり、ああ、あいつは自分の意志でどこかに飛び立ったのだと腑に落ちた。恐らくしばらくは帰ってこないだろうことも。新人で色々余裕のない時期だというのに、時間の合間を縫って血眼で探し出そうとする元クラスメイト達に、俺はそのことは告げずにいた。不義理だとは思うが、あの横顔を思いだすとどうにも口が重くなって、最後まで俺の中の秘密として仕舞いこまれた。

 

 

 数年後、見覚えのないメールアドレスから送られてきた「そろそろ帰るよ」の一言の通り、再び星合は日本に戻ってきた。すぐに約束を取り付けて再会した星合は、高1の体育祭後に髪を切った時よりずっと髪を短くしていた。疲れの滲む頬骨はあまり健康的ではなかったけれど、強靭な意思を秘めた赤い瞳は変わらず、むしろどこかすっきりと、何かを吹っ切ったような面持ちだった。何をしていたのか、何を捜していたのかを訊かない俺に、星合は今後どうするかを語って聞かせてくれた。事務所もサイドキックも持たない、フリーランスのヒーローとして活躍する。表舞台は緑谷や爆豪といった面々に任せ、イレイザーヘッドのようなアングラ系の仕事をメインに暗躍すると。

 バディの話を持ち掛けたのは俺だ。心理学の大学と非常勤のサイドキックを掛け持ちして、個性の「洗脳」の幅がさらに広がっていた。政府や警察から俺個人に依頼が舞い込むようになってきていて、俺の現状は星合のヒーロー観に沿うものだった。こいつの隣に立ちたい、背中を預け合う相棒でありたい。それは学生からずっと抱き続けてきた望みだった。このチャンスを逃せば、次は無いだろうと予感していた。だが──―断られた。にべもなく。緑谷なみの頑固さで。安定した事務所でのサイドキックを捨てる必要はない、と。そこから今のバディ関係までこぎつけるのにどれだけかかったことか。

 秘密を打ち明けられたのは、バディで動くようになって数年、スペインのバルセロナの海辺でだった。他言無用で、と前置きされて語られたのは、彼女の血液に由来する「個性」が「個性」でないこと、学生時代は上手く誤魔化していたが、相澤先生の抹消も物間のコピーも、「個性」に干渉する個性が無意味なこと、血液を用いた技は異世界由来で、実は実際の年齢は10歳年上だとか、そういった耳を疑うような、それでいて不思議と納得してしまうような秘密の数々だった。

 

「……何で俺に明かしたんだ? おいそれと明かせるようなもんじゃないだろう」

 

 言いたい様々な言葉を呑み込んだ末に尋ねると、星合は海に視線を投げたまま、夕日に染まった顔に穏やかな微笑みを浮かべた。

 

「君に何も返せない私が出来る、唯一の誠実だからだよ」

 

 一瞬、最後の最後まで明かさずにいようと決めた気持ちを悟られているのかと、ぎくりとした。けれどそんな意味が含まれていないのを、次の一言で思い知る。

 

 

 たぶん、私は皆を置いて早死にするだろうから。

 

 

 海風に混じって辛うじて聞こえた小さな呟きに、頭を殴られたような衝撃を覚えた。何も返せないなんて、そんなことはないと、むしろ貰ったものを返せていないのはこちらの台詞だと言い返してやりたかった。なのに開いた口から零れるのは、言葉どころか音にすらなり損ねた空気ばかりで。

 死への恐怖も苦悩も無かった。悲愴さも諦念も無く、ただ誰もが迎える生命の定めとばかりに、揺るがない確定事項として受け入れていた。

 

 

 

 

 通り過ぎる街頭の光が、血の気の薄い横顔を照らし出す。泣くのを我慢しようとする子供のような、見ているこちらが胸を衝かれるような小さな微苦笑が浮かんでいた。

 

「……ありがとう」

 

 

 頼むから、星合から幸せを奪ってくれるなと、切に願う。

 たとえそれが、自分が与えるものでは無かったとしても。

 

 

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