ライブラ秘書嬢の異世界渡航   作:一星

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※主人公が原作キャラクターと恋人関係、結婚する描写がありますのでご注意ください。苦手な方は黙ってブラウザバックだぜ!



土曜日の君に似合いの花束を

 

 先日の日本版ヒーロービルボードで3位にランクインした、絶対的な人気を誇るヒーロー・ショートこと轟焦凍の機嫌は絶不調だった。日頃から無表情気味だが、ここ最近は完全に目も表情も死んでいる。

 

 

 まさか自分の姉の買い物に引きずられるような形で付きあったら、いつの間にかパパラッチされて熱愛だのなんだの好き放題に書かれるとは誰が予想するだろうか。テレビも新聞も連日飽きもせずに年の瀬のお茶の間に必ずその話題を引きずり出してくるだけでなく、現場でもその話題をぶっ込まれるのだからたちが悪い。

 新春の特別番組として、トップヒーローをゲストに多数呼んだ豪華な人気トーク番組の収録後、記者やカメラマンに押しかけられ、あげく「今日の衣裳も先日の買い物に付き添った彼女に選んでもらったんですか?」と最悪極まりない質問を投げかけられた時、心底生放送が終わった後で良かったと思った。ただでさえ学生時代に比べればずっとマシになったとはいえ、周囲に比べて愛想が良いとはお世辞でも言えない自分の顔が、とてもじゃないが放送事故レベルに歪んだままではスポンサーや番組スタッフに迷惑が掛かっただろう。

 

 下卑た好奇心を隠しもしない声で厭らしく揶揄するインタビュアーに、今期はトップを逃したものの、ナンバースリーヒーローである自分を誇りに思ってくれ、今日の晴れ姿を楽しみにしてくれていた姉と恋人を間接的に侮辱されたような心境だった。その場は颯爽と現れたオールマイトに注目が集まったお陰で、なし崩しにその質問は流れた。だが記者へのサービス精神と見せかけ、輝かしい笑顔と力強いサムズアップを送られたことで、意図的に助け舟を出してくれたのだと気付き、深々と頭を下げてその場を後にした。

 

 だが、その程度で興味を失くすことはないらしく、更なる特ダネを求め、自宅まで特定して押しかけてくる者まで出てくる事態に、轟は自分より輪をかけてメディア嫌いの恋人の気持ちが分かる気がした。やましいことなど微塵もないが、言葉一つを都合のいい方に捻じ曲げ切り取って、報道の自由を盾にこれみよがしに掲げるのがゴシップだ。恋人ほど角が立たない言いくるめ方が出来るほど弁が立つわけでもないので、轟はひたすら無言を貫き通して、取材を断り続けるしかない。運よく元同級生と現場が被ることが多く、誰もが皆轟と千晶の交際を知っているからこそ同情的で、ここはいいから帰りなよ、と率先してマスコミを引き受けてくれるのは有難かった。

 

 

 ……ただ気掛かりなのは、あの報道以来、ドイツに出張中の恋人と連絡が取れないことだ。写真を見れば、聡明な彼女なら取り乱す前に、すぐに相手が自分の姉・冬美だと気づいてくれるだろう。何しろ、二人が学生だった頃から、姉と千晶は本当の姉妹のように仲が良かったのだ。彼女の秘密を知った今になって思えば、千晶の中身が姉とほぼ同年代だったのに由来する親しみだったのだが。

 けれど、全く繋がらない電話に焦れて、最終手段だと千晶の相棒(サイドキックではなくバディだ)である心操人使にどんな様子か探りを入れるべく連絡を取ってみたが、「二度目は無いと思え、帰ったらとりあえず一回殴らせろ」とすこぶる不機嫌な声で一方的に通話を切られた。

 

 

 ある意味当然だった。

 心操人使は、星合千晶に焦がれながら、ずっとその隣に立つために、轟とは違う相棒という形を選んだ男だからだ。

 

 

 己の恋心に堅く蓋をして押し殺してでも、さよならの一言で断ち切れる恋慕での繋がりではなく、背中を預け合い、信頼で結びついた友愛の立場を取ったのだ。男同士だから分かるが、根底ではまだ吹っ切れていないのが良く分かる。下手をすれば自分よりも長い時間、共に世界を駆けまわりながら、それでも轟の目を盗んで不貞行為を働かないのは、轟への義理というよりは、ただただ千晶との関係を壊したくないという想いと、心操がネレイドというヒーローの在り方を心底尊敬し、それに相応しくあろうとしているからだ。そういった立場を貫こうとする姿勢に関しては、轟は心操を評価しているし、邪推することも無かった。……その一種の信頼と嫉妬をするしないという心情的な問題とは、また話は別だが。

 そういやまた声量上がってたな、とどうでもいい感想が頭に浮かんでくる。

 

「と、轟くん大丈夫……?」

「おう……大丈夫じゃねえ……」

「み、みたいだね……(思ったよりダメージデカかった……!)」

 

 心配そうに声を掛けてきた緑谷にも疲労感三割増しでおざなりに返事をすれば、今や日本の平和の象徴の代表たる男は、目に見えておろおろと挙動不審になった。しまった、とデカデカと考えていることが顔に出ている友人に苦笑を滲ませて指摘する気力もなかった。敵と相対すれば誰よりも頼もしいというのに、平常が気弱で普通じみて見えるところは学生時代から変わらなかった。

 あの頃から大きく変化したものは多い。歳を経るにつれて見えてくるものもあれば、当たり前だった純粋なものを見失っていく感覚もあった。けれど、自分の人生のターニングポイントは間違いなく高校一年生の春と夏の境目だった。

 何の根拠もないが、轟にはただ年月を経ただけではこうはならなかっただろうという予感があった。妄執に取り憑かれていた自分の世界を広げてくれたのは、目の前の男と尊敬する恋人、そしてこれまで出会ってきたかけがえのない知人たちとの出会いがあったからこそだった。

 

 未だ確執は残っているものの、十年前とは接し方も互いに随分軟化したエンデヴァー(クソ親父)もその顔の広さを遺憾なく発揮して、自分の娘と息子をネタにあることないこと書き立てようとしていたマスコミに圧力を掛けているらしいと、母づてに聞いた。父の話題を出しているのに、心底おかしそうにころころと笑い声を上げるようになった母は、数日後に帰国予定の千晶と轟の三人、欲を言えば家族(……)全員で実家のリビングで例の特番での晴れ姿を早く見たいと、年賀状を今か今かと待ちかねる少女のような様子で指折り帰国予定日を待ち続けている。

 

 

 不安がらせたり、泣かせたりしてはいないだろうか。気丈に振る舞うのが得意で、プライドが勝って負の感情を他人の前で曝け出すのを良しとしない恋人が自分の知らない所で心を痛めているのではないか。そんな想像が轟の胃を重くする。

 国内と海外、仕事の場が異なる以上会えない時間の方が長い。だが、愛想をつかされていないかとか、浮気されているんじゃないかと疑念を抱いてギスギスしたりだとか、そういった世の恋人が一度は通るだろう道を、二人は今まで経験しないままだった。抱いたとしても、それを相手にぶつけようとはしなかった。会えない時間が多いからこそ、会える時間が一分一秒でも惜しい。轟も千晶もそう考えるタイプだった。つい欲望のままに抱き潰してしまうことも多いが、家庭環境がお世辞にも良いとは言えなかった二人にとって、くだらない話をしたり、料理をしたり、そういった何気ない日常の中に相手が穏やかに暮らしていることそのものが幸せなのだ。

 

 

(次会った時に渡そうって決めてたのにな)

 

 

 あまりのタイミングの悪さ、時勢の悪さに、出るため息も深い。轟はマスコミのせいで自宅の机の抽斗に仕舞いっぱなしの小箱を思った。

 青いベルベット地の外箱に収めた、ハードプラチナの指輪。六つの爪がダイヤモンドを指先に留まった雪の結晶のように見せるデザインに、店員が並べた婚約指輪のサンプルの中で雷に打たれたように「これだ」と即決した。デザインの方向性は今まで何度もアクセサリーを贈ってきた中で把握している。指輪は流石に初めてだったが、情事の後の疲れて一番無防備な時にこっそり指のサイズを測ったので問題ない。

 ……だが、こんなことになるなら、最後に共に過ごしたクリスマス直前の夜に渡しておけば、とも思ってしまう。シンプルなデザインだからこそ色々とダイヤモンドの質をこだわって、裏面へのイニシャル刻印もつけたオーダーだったため、あの夜にはまだ届いていなかったのだ。

 

 明らかに誤報と分かるニュースとはいえ、浮気騒動の矢先にプロポーズというのもどうなのか。パパラッチされた姉との買い物では、プロポーズの仕方に既婚者としてのアドバイスをもらっていた。その時の会話の内容までは聞かれていなかったのか、記事にされていなかったのは不幸中の幸いだろうか。元クラスメイトで既にゴールインしている面々に恥を忍んで話を訊いたり、千晶の親友である麗日や蛙吹といった面々との相談の時にパパラッチされていたら、心操に本気で締め上げられていただろう。

 とりあえずきちんと話し合って、世間が落ち着いてからでなければ婚約話もしづらい。なにしろ、プロポーズとなると二人にとって、結婚以上の大きな意味をもつのだから。

 

 

 高校卒業から十年。戸籍上と肉体年齢では28歳だが、千晶の精神年齢は38歳。アラフォーだ。いくら肉体が若かろうと精神的に10歳も年上なのだ、ただでさえナイーブな結婚やその先に待つ子どもの問題を考えれば、これ以上先延ばしにはできない。

 自分以上に愛を知らず、人との確固とした結びつきを信じることができない、何もかも与えられず、自分から「ほしい(give me)」と乞うこともできずに「私にはなにもない」と自嘲の笑みを浮かべるばかりだった彼女と恋人になるのにも、それはもう大変だったのだ。

 失踪事件でヒーローになったのが遅かった千晶の活躍が安定し、尚且つ自分がトップヒーローになり、この世界に彼女を繋ぎ止めるに相応しい、力と立場と甲斐性を得るまでプロポーズしないと自分で誓いを立てていたために少し遅くなったが、星合千晶という一人の女性の過去も現在も未来も、幸せも不安も丸ごと迎え入れる準備がやっと、ようやく整ったのだ。指輪のオーダーを終えた時、長かった、と小さく感慨深く息を吐くぐらいには。

 指輪を渡す時、初めて高校生の時に千晶にバレッタを贈った時のように、小さく歓声を上げてうっとりと微笑んでくれるだろうか、それともほろほろとうれし涙を流すのか。ほっそりした指に指輪を嵌めてプロポーズした後のことを、悩んだり想像したりしながら帰国を待つはずが、これほど悶々とする羽目になろうとは思いもしなかった。浮かれた気分に水を差された気分だった。

 

 

「会いてぇな……」

 

 あと数日なんてとても待てそうにない。ため息交じりに呟くと、隣で周囲を警戒していた緑谷が苦笑した。

 ──その時。

 

「うわあああああ!! たっ、助けてくれえええ!!」

「! 行こう轟くん」

「おう」

 

 数ブロック先から聞こえた悲鳴に、一瞬で頭の中が切り替わる。顔を引き締め、二人して勢いよく駆け出す。角を曲がって現場に目を向けた瞬間、聞き慣れた声が響いた。

 

 

「────水晶宮式血濤道」

 

 

 天を衝くような数メートルに及ぶ巨体の男が、無造作に市民に手を掛けようとしているその場面。その丁度後ろに、ひらりとベランダの手すりから舞い降りる人影。その手慣れたパルクールの動きには見覚えがあった。不敵な笑みを浮かべた人物の赤く塗られたくちびるが動き、凛とした声が不思議とよく通った。

 

「“天網恢恢(てんもうかいかい)”」

 

 瞬間、ヴィランの男の巨体が一切の動きを止めた。石化の魔眼(キュベレイ)に掛かったような不自然な停止の仕方に一瞬周囲の一般人たちは一様に疑問符を浮かべたが、すぐにその場からわっと逃げ去っていく。その場に残ったのは動きを止められた男と、動きを止めたであろう人物────星合千晶が、片手をポケットに突っ込んだ立ち姿で警察に携帯で通報していた。

 

「ち……ネレイド!」

「や、ひさしぶり」

 

 思わず本名で呼びそうになるのをぐっとこらえ、ヒーローネームで呼べば、こちらに気付いた彼女は目を丸くして、すぐににかりとわらった。通報を終えてひらひらと手を振る様子はいつも通りに見える。にんまりと弓なりにしなる真紅の瞳は悪戯っ子のようでいて、チェシャ猫のような食えなさも同居していた。透明で沼底のように濁っている、老獪な赤色。

 

「おま……帰国は3日後じゃ……」

「そのつもりだったんだけど、思いのほか仕事が早く終わったから帰ってきちゃったよ。何か大変なことになってるみたいだし」

 

 改めて見れば、千晶は鞄ひとつ持たない手ぶらだった。彼女の長い脚と変わらないくらい大きいスーツケースは見当たらない。きっといつも通り空港から自宅への宅配を頼んだのだろう。仕立てのいいイタリアスーツによれもほつれも汚れもなく、女性的な曲線を引き立てながら、すとんと縦に落ちるデザインが長い脚を強調していた。膝丈のチェスターフィールドコートは目の醒めるアイスブルーで、光源の色によってはごく明るいライトグレーにも見える。

 外であることと、俺がヒーロー活動中なのもあいまって、千晶の態度はあくまでヒーローとしてのものだ。線引きがしっかりしているのは今に始まったことじゃない。トップヒーローになるまで、スキャンダルの類いは好ましくない。そんな気遣いがあって、滅多にないヒーローの彼女と共同戦線を張れても、恋人関係を匂わす態度の一切を削ぎ落として彼女は振る舞っていた。それがどこか寂しいと感じるあたり、重症だと思う。どう声を掛けていいものか迷った末に、思わず、手のひらで口元を覆った。

 

「……その。解ってるとは思うんだが、あの記事は誤報だ」

「そりゃそうでしょ、君のお姉さんだもん。見間違えようがない」

 

 一瞬虚を突かれたような顔をして、ふ、と千晶が笑った。どうしたものかと対処に困って思案するような苦笑だった。通話を終えた後からずっと両手をポケットに突っ込んだままのラフな立ち姿が、きりりとした美貌を引き立てるコートとスーツの潔癖なほどの威厳とちぐはぐで、どこか一種の気安さと近寄りがたさを同居させていた。

 

 数秒、二人の間に居心地の悪い沈黙が落ちた。

 

 うなじをかりかりと掻く切り揃えられた指先は艶やかに紅い。

 

「まいったな、本当は、きちんとした本物を渡すつもりだったんだけど」

 

 おもむろに首元を引っかいていた手を胸の前に掲げた彼女の中指から、シーツがこすれ合うような音を立てて細い血の紐が射出され、宙を揺蕩った。それを綾取りのように指に引っかけ、手繰り寄せて、するすると複雑な形を編み上げる。茫然と見守る俺と緑谷の前で、千晶の指が血を織り上げるのを止めた瞬間、パキン、と水が凍ってひび割れる音ともに、冷やされた空気が急激な温度変化で白い蒸気を生み出した。温かくは無いから、むしろドライアイスのような霧が千晶の手許を隠す。

 

 

「まさかこんなところで会うと思ってなかったから……急ごしらえで申し訳ないのだけど」

 

 撒いていたストールを首から引き抜き、浅葱から白に溶けるような色合いの薄絹を冷気の靄に隠れたそれに巻き付けた。太陽に掛かっていた雲がさっと晴れて、差し込んだ光が靄を透かして、その中身をようやく見ることが出来た。

 

「氷の……」

「薔薇……?」

 

 千晶が俺に差し出していたのは、溜息が出そうなほど精緻な、透明度の高い氷を削り出して作った氷の薔薇の花束だった。ストールを包装紙とリボンに見立てた花束の中には、青と白の、密度の違う氷で編まれた繊細な薔薇。

 

 

「焦凍」

 

 

 しんと静かな涼音が俺の名を呼んだ。茫然と促されるまま受け取った花束を受け取り、薔薇を眺めていた俺はゆっくりと顔を上げて、こちらを見つめてくる真剣な瞳に目を奪われた。ぞっとするほどうつくしい花貌には、幾度も打ち磨かれて研ぎ澄まされた刃物めいた覚悟があった。

 

Eres mi alma gemela(私のいとしい片割れよ).何も持たない私に、私自身の幸せを教えてくれたひとよ。どうしようもない死にたがりに生きたいと思わせてくれたひと」

 

 重なった偶然の果てに、貴方に出会えたことを、私は心の底から感謝している。

 

 真剣さの中に熱を帯びていく瑪瑙(アガット)の瞳。長い睫毛がはためいて、そろりと伏せられた。

 視線の先を辿る前に、ほっそりとした指先に片手を取られ、左手の薬指のあたりにやわらかな口づけが落とされる。海外の血を彷彿とさせる、気障で、けれどあまりに似合う行為に、周囲がざわりと色めく。甘くとろめいたアルコールのような声に吹き込まれた熱に煽られたように、頬のあたりがかっと熱を持つのを感じた。ストール越しに感じる氷の冷たさに、反対の手から電流のような痺れが全身に伝播する。

 中世の騎士が誓いを立てるような行為から顔を上げた彼女の襟ぐりから覗いた、見覚えのあるチェーンネックレスが影の中できらりと蒼く光った。

 

 

Te amo con toda mi alma(私の全てで貴方を愛してる).……君のこれからの輝かしい人生ぜんぶを、どうか私と共に歩んでほしい」

 

 

 私にあなたの人生を頂戴。

 

 

 

 ────それは、星合千晶、クリスティアナ・I・スターフェイズという人間が心の底から望んで「欲しい」と、初めて口にした瞬間だった。痛いほど切実な想いのこもった、祈りにも似た願いだった。

 

 

 

 

 

「悪い」

 

 だから、ぽろりと零れた音は完全に無意識だった。嬉しさと悔しさと感動と後色んな感情がごちゃ混ぜになった内心の大嵐ぶりに比べて、その呟きは静かだった。ひく、と繋がった手が怯えたように揺れる。

 えっ、と文字に書き起こしたら濁点がついていそうな蛙の潰れたような声でギョッとする緑谷を視界の端に捉えながら、捕らえられたままの手を逆に今度は轟が丁重に持ち上げた。

 

「此処に嵌めたいモン、俺も持ってきてねえ」

 

 するりと撫ぜたのは左の薬指の根元。本当なら急造で自分も氷で指輪を作って嵌めたいところだったが、千晶ほど繊細な個性での作業に向いていないことを自覚していたので、相手を傷つけかねない無謀には挑まなかった。

 

「……だから、あとで二人きりの時にあらためて仕切り直させてくれ」

 

 考えるタイミングが同じと分かって、少し笑ってしまった。まさか先に逆プロポーズされるとは思いもよらなかった。男として少し、いやかなり悔しいが、それ以上に嬉しかったのだ。

 確かに、今。星合千晶が、自分を丸ごと欲しいと乞うてくれた。それは、彼女自らこの世界に居たいと言ってくれたも同然で。今自分と恋仲でいてくれるのは帰れないからで、元の世界に帰れる手段が見つかったら、握ったこの手が離れていくんじゃないか──内心で押し殺していた不安を吹き飛ばすような威力が、その一言に詰め込まれていた。同じ気持ちでいてくれたことに、これ以上ない喜びを感じる。

 

 どう言おうか、なんて何度もシュミレーションしては頭を悩ませていたのに、実際に言うとなったら、言葉はするりとつっかえることなく零れ落ちた。

 

 

「……結婚しよう、千晶」

 

 きょと、と目を丸くした彼女は、くしゃりと表情を崩した。

 

「は、ふは。やっぱり締まらないなあ、天然さんめ」

 

 

 瞬きで零れ落ちた一粒の涙が、彼女が他人の目も憚らず飛びついてきたことで砕け散る。至近距離にぼやける視界の中で、腕の中に納まった体温を逃がさないように強く抱きしめた。

 

 

 浮いて彷徨っていた最後の欠けひとつ。最後のピースをパズルに填め込むように、かちりと何かが噛みあう音がしたような気がした。

 

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