ライブラ秘書嬢の異世界渡航   作:一星

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炉には白いアザレアをくべてくれ

 ヒーロービルボードチャート三位、半冷半燃ヒーロー・ショートと、海外で密かに、けれど根強いファンを世界各地に持つ国際派ヒーロー・ネレイドの婚約報道は全国と揺るがすにとどまらず、耳ざとい海外メディアもこぞって取り上げた。

 ラテンの血全開で成された逆プロポーズの詳細は()()()()()()()()雑誌記者により全文がそのままそっくり書き起こされ、1月11日、ショートの誕生日に合わせて開かれた婚約発表の為の記者会見までの数日のニュースやメディアを賑わせた。

 

 逆プロポーズが行われたその夕方にお茶の間を騒がせてから、たった数日しか経っていないにも関わらず、ショートが所属する事務所主導の記者会見は、こうなることを予見していたかのように万全の態勢で行われた。まさかの両名の隣にデデドン、と効果音が着きそうなほどの威圧感(物理)で構えたのは往年の大英雄、オールマイト(最初の数分だけ頑張ってマッスルフォームで記者陣を出迎えた)とエンデヴァー。2世ヒーローでも知られるショートはともかく、何故ネレイド側にオールマイトが? と困惑する記者陣に、「私のかわいい娘だからね!!」とカミングアウト。まさかの元未成年後見人で、ネレイドが成人した今は正式に養女として戸籍登録されているという新たな事実(スクープ)に、ライターとカメラマンの腕が火を噴いた。

 

 ビッグヒーロー同士の婚約を祝ったのは、同じく前線で活躍するヒーローから大ベテランまで目白押しだった。二人の親友の緑谷と麗日は自分のことのように感激のあまりカメラの前で大号泣し、それをなぐさめながら八百万と飯田が披露宴の友人代表は任せてくれ! と張り切った。その他のクラスメイトたちからも祝いのメッセージが事務所あてに届いていると報告するショートのささやかな笑顔を使ったオンライン記事の閲覧数はあわやサーバーダウンする寸前まで伸びた。その記事の伸びに隠れて、ネレイドのバディとして有名だった心操の「……星合、おめでとう。どうか幸せになってくれ。轟、頼んだぞ」と不器用な笑みをこぼしたインタビュー記事は、密かに存在していた心操×星合派だったファンを大号泣させた。

 

 

 挙式や披露宴の日程を問うインタビュアーに対し、どちらも詳細な日程は未定だと答えた。

 

『まだ宿命の敵連合との戦いは終わってませんから。あの時代のクラスメイトたちが集結するイベントなんて、連中には格好のネタでしょう。晴れの日まで連中とやり合う気はないので』

『……ただ、この話をすると白無垢かウエディングドレスかでオールマイトとエンデヴァーの譲れない戦いが勃発するのが難点ですね』

『轟家の嫁入りは代々和式だ、それだけ和装が似合うなら、白無垢も問題なく映えるだろう』

『だからエンデヴァー、一世一代の大イベントなんだよ? 二人の好きなようにしたらいいじゃないって言ってるよね? 強制良くないよ?』

 

 そこから発展する口論に、冷や汗を流したインタビュアーが……どうやって収めてるんですか? と問うた瞬間、にっこり、といい笑顔で「お義父さん方」と有無を言わせない声音でぴしゃりと諌めた。途端に口を閉じる二人、という会話の流れもまた笑いを誘った。

 

 

 

 

 

 その三か月後、桜の咲き乱れる季節に、都内の有名な神社で二人は神前式で挙式し、三々九度の盃を呑み交わした。一般に公開はされなかったものの、五つ紋付羽織袴の轟に寄り添う、白無垢に綿帽子姿の千晶は、桜の中で大層美麗だったと、長らく千晶の姉がわりだと自負していたミッドナイトは語った。その後旧友たちや知人だけの披露宴は大賑わいだったとも。

 

 

 

 そして時は流れ、七月。

 スペインはバルセロナ。数百年経っても未だ未完の大聖堂で、ひとり千晶は佇んでいた。

 

 結い上げた黒髪は引きずりそうなほどに長い繊細なレースのヴェールで覆われ、膝から優雅に床へと広がるマーメイドラインの無垢のドレスに、聖堂を彩るステンドグラスの鮮やかな色が落ちている。トランペットとも称されるシルエットラインが紅やエメラルドグリーン、バルセロナブルーに染まって床の上を泳ぐさまは、金魚が尾ひれをひらめかせるさまに似ている。首元のレースチョーカーから鎖骨、胸元にかけて透かしの入った華を象ったレース地は、千晶の身体に残った傷を曖昧に覆い隠し、首や胸元を彩る刺青を上品に透かせた。レースに縫いこまれたビーズが細かい光を乱反射させている。ウエディングドレスの宿命である背中が大きく開いているのは致し方ない。背中の酷い火傷跡や刃物傷、銃創はコンシーラーやスキンを張ることで、間近で無遠慮に眺めなければ気付かないほど偽装されている。

 

 かつてネレイドの最初のコスチュームをデザインした、中学時代の旧友が千晶の為だけにデザインし作り上げたドレスを身に纏い、人気のない大聖堂でひとり、千晶は祭壇前で天へと延びる塔の天井を仰いでいた。

 不意にステンドグラスの高窓(クリアストーリ)から差し込む光が翳り、その彩度を落とす中、千晶以外に人気のない聖堂内に、少年のような、それでいて老獪さをはらんだアルトが響いた。

 

 

「……そうか。お前は、その答えを選んだんだな」

 

 数秒の沈黙の後に、周囲をあちこち見まわすでもなく、泰然と頭上を眺めていた千晶は、そのままうっすらと笑んで見せた。

 

「ええ。……呆れた?」

 

 それに、姿の見えない男の声はいいや、と合いの手を打った。

 不安定な音程が、高く広がる聖堂の天井を跳ね返り、パビリオンの中をさざなみのように広がって消えていく。口笛の内容は聞き覚えのあるものだった。モーツァルト作、不朽の名作オペラ『魔笛』。それに、千晶は声の正体への確信を強めた。

 

 

「いいや。めでたいってだけさ。これでお前は"俺"から永遠に解放されるってわけだ」

「どうかな。私は確かに救われたけど、私の中の絶望が完全に消えるわけじゃないもの。全部ひっくるめて今の私があるんだから。救われて消えるほどヒトの絶望が儚いものなら、とっくに貴方は“死んでる”でしょう。だから、私の中の貴方は死なない」

 

 きっぱりとした英語の言葉の端が消えないうちに、静かな聖堂を突き破る勢いの哄笑がとどろいた。

 

「ふ、ははははは!! こいつは一本取られた!! そうだ、おまえという人間は最初からそうだった! 全くお前の言う通りさ兄妹、希望が人間の足を動かすように、絶望と未練は人間を生かす。だからこそ俺は二度目の大崩落を望んだし、おまえはこうして誰とも連れ添わないはずだった己を変えたんだ」

「……そうね。私の、もうひとつの半身さん」

 

 中央の身廊と両脇の側廊を隔てる列柱は、天井近くで複雑な彫刻の織り込まれたアーチを描いている。その一角に不自然な影が落ちた。人影とも呼べない大きさのそれはするすると窓や壁を這って、ついには祭壇の向こう、鐘楼の窓下に設置されたキリストの磔刑を表した彫像の肩元に現れた。

 

「お前はついに、他でもないおまえ自身の為に祈るんだ。有象無象の為に自分自身を切り売りしてきた、奇跡の嬰児(みどりご)、運命に搾取され、翻弄され続けた泡沫(うたかた)の聖女さんよ。もう自殺の為の銀のナイフはいらないな?」

 

 からかうような軽く謳う口調に、千晶は影をぎろりと睨みつけた。

 

「そんな大層な名前を付けないで。私は私でしかありえない。愛するひとのために消えたりなんかしない。私はただの、星合……いいえ、轟千晶なのだから」

 

 姿の見えないそれが、影の中でわらったように、千晶には思えた。

 

「じゃあな、兄妹(クリス)。いいや、轟千晶。再び“俺”を受け入れるような未来を掴むなよ────」

 

 フッ、と一瞬だけ、聖堂内の蝋燭に灯る炎、照明の一切が掻き消える。一陣の風に煽られたかのような現象を残して、概念的な観測者たる悪魔(かれ)はここを去ったようだった。

 

「──―ええ、絶望王(Fallen)。人界で漂白し続けるあなたに、いつか穏やかな眠りが訪れますように」

 

 

 

 

 サグラダ・ファミリアは正式名称を日本語に訳すると、聖家族贖罪教会という名のカトリック教会だ。生まれ育った世界と同じ名前、似た街並みの故郷で随一の人気を誇るモニュメント、聖家族が眠る墓を擁するこの巨大な建造物は千晶(クリスティアナ)にとっての原点であり、ひとつの心の拠り所だった。

 サグラダ・ファミリアの建造物はそのものが巨大な一つの楽器だ。捧げられる合唱、演奏はパビリオンを通じてバルセロナ上空から全域へと音を届ける。天に近いここならば、声を届けたい世界の向こう側へ、声は届くのではないか。かつて大崩落で異界と現世が交わったように。

 そんな思いで、未だ慣れない我儘をダメもとで言ってみたのだ。ハネムーンではサグラダ・ファミリアに寄って、祈りを捧げに行きたいと。断られることも考えての我儘だったが、恋人は二つ返事でうきうきと(いやあれお前以外には仏頂面にしかみえないからなという峰田のツッコミが入った)スペインを経由する旅行計画を立て、しかもドレスを作ってくれた旧友と結託して、こうして一人祈りと報告を捧げる機会を作ってくれたのだ。

 するりと膝を折って(かしづ)き、両手を組み合わせる。

 

 

 ──―ハロー、ハロー。スティーブン。クラウス。聞こえていますか、届いていますか。

 

 

 こつり、と石造りの床を靴音が叩く。近づいてくる足音が隣で止まったのに、瞼を開けば、すっくと立つ夫がいた。こちらの視線に気づいた彼がふわりと微笑み、立ち上がる私のドレスの裾を踏まないようにしながら、むき出しの肩と、腰元に手を添えた。

 

 

 

「────私は、このひとと、この世界で生きていくね」

 

 

 

 

 七月七日。奇しくも星降る夜、私が教会の前に捨て置かれた夜(たんじょうび)と同じ日のことだった。

 

 

 

 




あとがき

 書いてる途中で「人魚姫は英雄の夢を見るか 完」のテロップが頭の中に何度浮かんだことか……(遠い目)。
 というわけでリクエストボックスより「轟千の結婚話」でした。ほんとはこのリクエストの中に「オルマイとエンデヴァ―の娘息子自慢話を交えて」って入ってたんですがちょっとメインの方で力尽きたので、いずれオフ本なりにした時かまた短編まとめた時に持ち越します……。すまない……。

 多分大体わかると思いますが一番最初の秘書嬢のデレシーン(R18に足を突っ込まない程度の精一杯の情事を匂わすシーン)が書いてた時のテンションとして最初からクライマックスでした。あと最後。ハーレクイン的なR18頑張って書こうか迷ったけど需要不明だし、なにより多分過去の経験上私が羞恥心でパーンしそうだったのでやめました。

 今まで轟千がくっつく系のネタはたっっっっっくさん頂いていたにもかかわらず中々食指が動かない状態だったんですが、今回の恋人すっとばして結婚ネタまでいったら薔薇ばさーっと轟に突き付けて逆プロポーズする嬢のシーンが浮かんだのが今回筆を執ることになった切っ掛けです。そうじゃなかったら年末はずっと純黒書いてた。
 その後青っぽい薄暗さの中の大聖堂でマーメイドラインドレス着た千晶がひとり見返り美人でこっち振り返っているシーンとか色々浮かんだ結果、この有様です。

 普通にハッピーエンドにするつもりが、どうしても「星合千晶が幸せになる為には」をテーマにすると前から考えてた問題が立ちはだかって、しかも彼女の性格上、無責任に放り投げることもできないで抱え込んで苦悩するので清算するまで面倒くさいことになると思ってましたが書き起こしたらやっぱり色々面倒事抱えてました。某過労死王が冥界の女神の分析で「勤勉で努力家、他者への気配りと責任感のかたまり。プライドは高く冷徹だが、何故か自己評価が低い」と言ってたのを見た瞬間「どこの秘密結社の秘書嬢ですか王よ!!」と叫んだのは蛇足です。


 多分どんなルートを通ろうが、誰とくっつこうがくっつかまいが、似たような展開になると思われます。本編最終回あたりのネタバレに触るのでBBB世界に帰るのを諦めた理由やら失踪事件の詳細は省いていますが、最終的に嬢からプロポーズしようと考えるに至った経緯はちょっと力尽きて書けてません……。あと本編で関係を明かしてないせいでネタは思いついたのに登場させられなかった合宿編以降のキャラが書けなかったのが心残りなのでいつかどこかで書き足してると思われる。


 ちなみに今回溜めに溜めていたリクボをまとめて消化。
「轟千の結婚話」「千晶の卒業とその後」「無意識に嫉妬する轟と嫉妬されてる事に気づいて少し意識してしまう千晶」「とどちあのマイルドすけべ(すけべしてないとか言ってはいけない)」ちょっと変化球しましたが「一時的に声が出なくなってしまった千晶と心配するA組+心操」(多分これはこれで書けそう)。

 あとはこれまでに頂いた秘書嬢シリーズ三次創作から色々エッセンスを逆輸入しています~。某方が書いてくれた轟千(夫婦)とか心千の在り方が最高だったんじゃ……。
(とか言ってたらフォロワーさんが三次でクラウスの指輪に嫉妬する轟視点を書いて下さって、あまりの愛の重さの理想っぷりにしにました。悔いはない……すごい……)



「窒息してでも生きたい」「炉には白いアザレアをくべてくれ」はライブラ秘書嬢シリーズや彼女の死生観をイメージして作ったお題「未練しか遺せない人工奇跡」より。12題あるんですがこれを「土曜日の君に似合いの花束を」を作ったフォロワーさんが神解釈してくださったのがほんとうに宝物です・・・。以下お題を作った時の自己解釈。

 ・窒息してでも生きたい:心臓
 生きたい/逝きたい/往きたい
 人は矛盾を抱える生き物だけれど、明らかに度の過ぎる矛盾を抱えてもなお「まとも」に見える千晶・クリスの怪物性。あるいは彼女を人魚たらしめるなにか。死にたいのに生きたい。

・炉には白いアザレアをくべてくれ:魂
 炉:心臓(いのちをもやす)、火葬場
 白いアザレア「貴方に愛されて幸せ、充足」
 命が死ぬとき、あるいは彼らや彼女にとっての「星合千晶」もしくは「クリスティアナ」が死ぬとき。くべたらあとは忘れてくれ。
 ちなみにアザレアの西洋花言葉は「節制・禁酒・脆さ、私の為に身体を大切に」 

あと口説き文句のスペイン語は

Te amo con toda mi alma:私の魂全てであなたを愛している
Eres mi alma gemela :あなたは私のもうひとつの魂だ
を文に沿うように解釈してます。

またクラウス・スティーブンが一緒に贈った指輪に使われている石言葉

エメラルド:幸福、安定、希望、愛の成就
アクアマリン:幸福に満ちる、聡明、勇気、健康 (別名夜の女王、人魚石)
アメジスト:高貴、知性、誠実、心の平和
ダイヤモンド:純潔、清浄無垢、永遠の絆 
(この指輪に使われているのは遺骨から作られたメモリー・ダイヤモンド。「ダイヤモンドは青い化け物」参照)


おまけ
(耳郎・蛙吹・八百万で女子会)

「しっかし、薔薇を贈るなんてね。さすがA組のスパダリ」
「でも、どうして薔薇だったの?」
「うーん、昔お世話になった家の庭が見事でねえ。自然と植物にも詳しくなったんだけど、その流れでバラを贈る時の本数で意味が変わるっていうのを知ってたから、それを思いだしたら、焦凍に贈りたくなっちゃって」
「ああ、そういうのあるらしいね」
「一本なら『私には貴方だけ』、二本なら『この世界には二人だけ』三本なら『愛しています』だったかと。それで少し飛んで11本が『最愛、宝物』……」
「で、12本が『私の伴侶になって下さい』と。それ以上の本数だとインパクトはあるけど、処理に困るからねえ。まあ予定が狂ったおかげで、本当は焦凍らしい色の赤と白の薔薇でやるつもりが、結果的に青と白の氷の薔薇になっちゃったわけだけど」

「でも、氷の薔薇の花束なんてロマンティックね。お伽噺の世界のようよ」
「咄嗟に色違いの氷でバラが作れるあたりが流石って感じだしね」
「あはは、そう言ってもらえると気障ったらしいことした甲斐があるよ。12本のバラにはちょっと特別な意味もあったしね」
「特別な意味、ですの?」
「うん。12本のバラは別名ダズンローズ。昔のヨーロッパで男性がプロポーズの為に薔薇を摘んで贈る習慣のことなんだけど、一本一本に意味を込めて摘むんだ。その意味っていうのが、愛情・情熱・感謝・希望・幸福、永遠・尊敬・努力・栄光・誠実、そして信頼・真実。それら全てを貴方に誓いますっていうのが、ダズンローズの素敵なところなん……え、どうしたの?」
「……轟が千晶泣かしたらあたし心操と一緒にぶん殴りに行くわ」
「え?」
「幸せになって下さいね、千晶さん……!!応援しておりますわ……!!」
「う、うん、ありがとう……?」
「ケロケロ(これは轟ちゃんに教えておかないとね)」



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