その灰は勇者か? それとも……   作:人間性の双子

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てつのつめ

鉄で作られたかぎ爪。接近戦用の武器だが、その形状から使える者は限られる。
リーチこそ短いが、突く、裂くという事が出来るため、その攻撃力は見た目以上に凶悪だ。

とある里で名を馳せた武人が身に着け、多くの魔物を打ち倒してきたという代物ではあるが、そのためそれにあやかろうとする者がよく身に着ける印象が強い。

だが、勘違いしてはいけない。大事なのは装備ではなく心だ。何を相手にしても揺るがぬ心。それこそが武人を達人と言わしめさせた理由なのだから……。


人の業と王からの依頼

 ナジミの塔からアリアハンへ戻り一夜明けた後、私達はレーベへと向かい手に入れた”とうぞくのかぎ”を使って”まほうのたま”を手に入れる事に成功。

 それを持っていざないの洞窟へと向かい、道を塞ぐ岩をアンナ殿が”まほうのたま”を使って吹き飛ばしたのだ。

 

 凄まじい威力だった。出来る事なら一つ強力な魔物対策に欲しいぐらいだ。

 

 そうやって挑んだいざないの洞窟だったが、見知らぬ魔物がそこにもいた。

 いっかくうさぎの上位種である”アルミラージ”とおおありくいの上位種である”おばけありくい”、そして”キャタピラー”という芋虫の魔物だ。

 

 そこまで苦戦する事はなかったが、アルミラージはラリホーを、キャタピラーは防御呪文(スクルト)という魔法を使ってきて厄介ではあった。

 それでもアンナ殿と私でキャタピラーを優先的に倒し、フォンの素早さでアルミラージに速攻を仕掛ける事で危険度は下げられたのだ。

 

 勿論、収穫もあった。何と”せいなるナイフ”と地図を手に入れる事が出来たのである。これによって今後の旅を少しだけ楽にする事が可能となった。

 しかも、その地図はこちらが書き込む必要のないもので、どうも私達が行った場所を自動で記してくれる魔法の道具らしい。

 

―――マジックアイテムって奴だ。貴重品だぞ。

 

 アンナ殿はそう言って笑っていた。どうしてそんな物がここにあったのか。その理由は定かではないが、おそらく用意されていた物である事は間違いない。

 何せ、その地図が入った宝箱は”まほうのたま”で進めるようになったすぐそこにあったのだ。

 

 それと、もう一つそうだと思わしき証拠がある。それは、その地図の裏にこう書かれていたらしいのだ。ここから旅立つ勇者にこれを送ると。

 

 そして、洞窟を無事に抜けて”旅の扉”へと辿り着いた私達は今……

 

「ここが、ロマリア」

 

 新しい大陸へと到着し、ロマリア城下にやってきていたのだ。やはりアリアハンよりも活気があるように思える。

 

「久しぶりね、この街に来るのも」

「あー、フォンさんはこの大陸出身でしたね」

「そうそう。里を出て、ここまで来るのに苦労したした」

 

 行き交う人々の数に私が圧倒されていると、フォンとステラの声が聞こえてきた。アンナ殿もどこか懐かしそうな顔をしている。

 

「私もここに来るのは久しぶりだな」

「そうなのか?」

「ああ。不思議か?」

「いや、フォンのようにアリアハンへ来る前にここへ寄ったと思ったのだ」

「……ま、私からすればいざないの洞窟の魔物は恐ろしくなかったからな。素通りしたのさ」

 

 まただ。いつかの宿での会話でも見せた顔をアンナ殿がしている。一体何があるのだ? あの時の会話と今の会話。共通点のようなものはないと思うのだが……?

 

「それで、まずは武器と防具を見るんでしょ?」

「ああ。買える買えないは別にして、見るだけ見ておいた方がいいと思うのだ」

 

 フォンの言葉でまずするべき事を思い出す。アンナ殿から言われていた事もそこで思い出したのだ。”はがねのつるぎ”と呼ばれる武器が売っているという事を。

 その物を確かめるためにも足を運ぼう。そう思って私は動き出した。アンナ殿の案内で店へは迷う事なく到着。そこで品を見せてもらったのだが……

 

「せいどうのたてなら買えるけど……」

「てつのやりになると少し足りませんね」

「どうするんだ?」

 

 最優先と言われたのは私の装備だった。だが、それも仕方ないのだ。

 ステラはいざないの洞窟で見つけた”せいなるナイフ”で武器を得たし、フォンはその戦い方にあった武器がない。アンナ殿は”てつのおの”で充分なので、必然的に私の武器をとなった。

 

「……気持ちとしては槍が欲しいところではある」

 

 剣よりも長い槍ならば、相手を一方的に攻撃する事も可能だ。それに、投擲する事もよりやり易い。そうなれば”どうのつるぎ”を主武装ではなく副武装として使えるので、刺突と斬撃を使い分ける事も可能になる。

 

 だが、正直そろそろ盾も欲しいと思い始めていた。その理由は、あのステラを守った時の事。無意識にパリィをした際、本来であれば貫けるはずもない”ひのきのぼう”でおおがらすを見事に貫いたあの感覚。

 あれを今後意図的に狙っていければ、次々と出てくるだろう強力な魔物相手にも何とか太刀打ちできるのではないかと考えるのだ。それと、いつまでも魔物の攻撃を回避し続けられるとも思えないのもある。

 

「じゃ、いっそどうのつるぎを下取りに」

「いや、それは止めておきたい。槍だと懐に入られた場合、攻撃し辛いのだ」

 

 フォンが名案を思い付いたとばかりに口にした事へ、私はすかさず待ったをかける。本来ならば、そうして装備を新調していくのだろうが、あの世界で様々な装備を使い分けた私としては一つの武器だけで戦う事を受け入れ難いのだ。

 

「そうですね。槍だと接近されたら手出しが厳しいです」

「む~っ、それもそっか」

「なら、とりあえず今は盾を手に入れておくといい。武器ならてつのやり以上の物があるしな」

 

 アンナ殿の言葉で私も決心がついた。今は”どうのつるぎ”で対処出来ている。それが難しい相手や状況が増えたら槍の購入を考えよう。

 

「そうしておこう。主人、せいどうのたてを一つ貰えるだろうか?」

「はい、せいどうのたてですね。ここで装備していかれますか?」

「頼む」

 

 こうして私は遂に兜以外の装備を揃える事が出来た。兜に関しては、まだ必要性を強く感じる事もないので構わないと思っているのもある。

 それにしても、金属の盾は有難い。これならかなりの攻撃に耐えてくれるだろう。重量もそこまで重くないのも助かる。ローリングの早さはいざという際に重要だ。

 

「どうだろうか?」

「お似合いです、勇者様」

「うん、これでまごう事なき勇者って感じね」

「ま、鎧が若干貧相ではあるがな」

 

 ”どうのつるぎ”に”せいどうのたて”、そして”かわのよろい”を装備した私に対しての反応はそのようなものだった。

 その後、道具屋での買い物を終えた私達は宿へと向かい、部屋を二つ押さえてどうするかを話し合う事にした。

 

「この時間では謁見は無理だ。かと言って、まだ休息するには早いと思う」

「そうねぇ。日は暮れたけど、ご飯食べて寝るには早いもの」

「街の方も活気がありますし、夕食後にもう少し散策してみますか?」

「なら、うってつけの場所がある。ここロマリアの名物みたいな場所がな」

 

 私以外の三人が使う部屋に集まり、少しだけ早い夕食を食べていた時だ。アンナ殿が告げた言葉に私達は迷う事無く頷き、食事を食べ終わると宿を出た。

 日も暮れ、夜の闇が迫りつつあるというのにロマリアの城下町は活気に溢れていた。とはいえ、やはり酒場や食事処といった場所だったが、それも武器と防具の店や道具屋があった建物へ近付くにつれ印象が変わっていく。

 

「……何だかちょっと雰囲気違うわね」

「は、はい。何だか殺気立ってる方がチラホラ見えます」

「それと、少ないがやけに上機嫌な者もいる。アンナ殿、これは?」

「まぁ黙ってついてきな」

 

 妙に熱気を発している者達が向かう先からやってくる。ただ、割合としては不機嫌な者が多い。一体何があるのだろうか。

 やがて建物が見えてきたところで、微かにではあるが声のようなものが聞こえてきた。これはなんだ? どうも店でのやり取りといったものではないようだが?

 

「こっちだ」

 

 アンナ殿は躊躇いも迷いもなく建物の中へ入り、その奥へと進んでいく。私達はその後を追い、そして下へと向かう階段を見つけた。

 

「この建物は地下があるのか?」

「そういう事だ」

「じゃ、さっきの人達はそこに?」

「そういえば、ここで買い物してる時もこちらへ歩いて行く方達がいましたね」

「そうだったっけ? あたしはくさりかたびらとにらめっこしてたからなぁ」

 

 階段を下りながら会話に興じるステラとフォン。私はそんな二人の声を聞きながら前を行くアンナ殿を見つめていた。

 階段を下りるとそこは熱気と活気に満ちた空間だった。ほとんどの者達が手に何かを握り締め声を上げていた。その視線は一様に同じ場所へと注がれている。

 

「アンナ殿、ここは?」

「闘技場。とはいえ、戦うのは魔物達だ」

「モンスター闘技場、か。噂だけは聞いたことあるけど、こんなとこにあったんだ」

 

 そのフォンの言葉が、私にはどうでも良いものに聞こえていた。それ程にアンナ殿の言葉が私には衝撃的だったのだから。

 

「……アンナ殿、ここで魔物同士を戦わせて何をしているのだ?」

 

 そうでない事を願う。私の中での予想を否定してくれと、望みがないとどこかで分かっていながら私はそう問いかけた。

 

「何って、賭けだよ。どの魔物が勝つかでGを賭けてるのさ。魔物によって倍率が違ってね」

「博打、ですか。道理でみなさんが熱狂している訳です。しかし、魔物同士の殺し合いを見て楽しむ人もいるなんて……」

 

 ステラの嫌そうな声に私も同調するように頷いた。何だろうか、この感情は。嫌悪感、だろうか。Gのために熱狂する様と、その手段として魔物を使う事。

 これでは本能のままに人を襲う魔物よりも性質が悪いではないか。身を守るために、あるいは人々を守るために魔物を倒すならばともかく娯楽のために魔物を捕らえ、よりにもよってそれらを殺し合わせて見物するなど……。

 

「……亡者のようだ」

 

 ソウルを求めて我を失った者達と、Gのために人の心を失った者達。どちらも私からすれば同じ存在に見える。

 ああ、そうか。これが、ここにいる者達がこの光の世界の闇か。やはり光だけではないのだ。光があれば闇がある。それを改めて突きつけられた気分だ。

 

「ちょっとアンナ、これが本当に名物なの?」

「ああ。血生臭いのが好きな奴もいれば、Gのために一喜一憂する奴を眺めるのが好きな奴もいる。あるいは、この独特の雰囲気が好きだって奴もいる。どうだ? これもまた人間の一面だ」

「否定はしません。ですが、私はここを好きになれそうにありません」

「私もだ。出来る事なら早く出たい。フォンはどうだ?」

「あたしが好きになれそうだと思う?」

 

 不機嫌そうな顔でそう問い返されれば否定するしかない。そうなれば私達三人が揃ってアンナ殿へ顔を向けるのは当然と言えた。

 

「ま、こういうのもあるってのを知っておいた方がいいかと思ってな。ロマリアで情報を得るにはここほど便利な場所はないからな」

「……そうだな。そういう意味では有用な場所だと思う。さぁ、外へ出よう」

「「はい(ええ)」」

「はぁ~……予想はしてたけど、あんた達はちょっと人の悪意に対して耐性低いな」

 

 足早に歩き出す私達へアンナ殿はそうどこか苦笑気味に言葉を放つ。それでもすぐについて来てくれる辺り、アンナ殿もここにいる者達に対して好意的な感情は抱けないのだろうな。

 

 地下から上がると一気に空気が変わったと感じられた。やはりあの場所はあまりいいとは思えない。熱気や活気があるのは認めるが、どうにもあの世界に近しいものを感じてしまう。

 

「……このまま帰って寝るのは、ちょっと気分悪い気がする」

「そうですね。あの場所の空気を払拭したいです」

「となると酒場ぐらいしかないぞ」

「酒場、か。それなら私は行けないな」

 

 宿への道を歩きながらそんな会話をする。気持ちとしては私もどこかで気分転換をしたい。だが、それで行くのが酒場になるのなら御免こうむる。

 何せステラもフォンも飲酒で大変な事になると分かっているのだ。私は、あの時の感覚ならばそこまでではないだろうが、それでも好んで飲もうとは思えない。

 

「酒場だからって何も飲まないといけないなんて決まりはないさ。どうせだ。宿の厨房はもう火を落としただろうから、軽く食べられる物でも頼むついでに情報収集といこう」

「軽く食べられる物、かぁ。いいけど太らない?」

「どうせ明日から、勇者がこの辺りの魔物と戦いながら経験を積むと言い出すだろ。買いたい装備もいくつか出来た事だしな」

「そうだな。そういえばステラ、教会に行くべきではないだろうか? レベルを確認したい」

「ああ、そうですね。教会ならこの時間でも神父様がいらっしゃるはずです。まずはそちらへ行きましょう」

 

 こうして私達は教会へと向かう事となった。そこでお告げを聞いたところ、当然のようにレベルが上がっていた。

 

 私は8と4。ステラは9でフォンが10。アンナ殿は教えてはくれなかった。

 

「何で教えてくれないのよ?」

「別にいいだろ。私の実力はもうお前達はよく知ってる。なら、レベルがいくつかなんて関係ないはずだ」

「それはそうかもしれませんが……」

「アンナ殿、もし言いたくないのならそう言って欲しい。何も私達は何があっても教えてくれとは言っていない。ただ、言えないのなら言えないと言ってもらいたいのだ。煙に巻くような言葉は、出来れば止めてもらえないか?」

 

 アンナ殿は仲間になった後もどこか距離を感じる事がある。偽名を使っていた理由も、おそらくあの時に言っただけではないはずだ。

 アンナ殿は、自身の過去に関係するだろう話題を意図的に避けている。知られたくない事があるのは分かるが、レベルまでもそれになるのだろうか? だとすれば、それが意味するのは一体……?

 

「そうだな。悪いがちょっと言えない。大した理由じゃないが、な」

「そ。まぁ、ならいいわ。てか、どうせあんたの事だからあたし達よりも上なの確実だしね」

「ですね」

「ま、それはな」

 

 フォンの憎らしいような言い方にステラが苦笑しアンナ殿は勝ち誇るように笑みを見せる。どうやら心配した程でもないようだ。

 そして私達は酒場へと入った。入った時に少しだけ見られはしたが、すぐに誰もが興味を失ったようにまたそれぞれのやり取りへと意識を戻す。おそらくだが私達の格好がいかにも冒険者だからだろう。

 

「いらっしゃい。まぁ、空いてるとこに座ってくれ。それとまず飲み物の注文を聞いておこうか」

「分かった。アンナ殿、頼む」

「ああ。とりあえずロマリアワインの白を一本。それなりのやつで頼む」

「白、か。分かった。その代金だけ今もらえるか? うちはそういうやり方でやらせてもらってるんだ」

「いくらだい?」

「そうだね。じゃあ、30Gと20Gがあるがどっちがいい?」

「なら20Gの物にしてくれ。これが代金だ。足りていると思うが確認を頼む」

 

 店の主人がカウンターの中からそう声をかけてきた。なので注文を慣れているだろうアンナ殿へ任せると、主人は酒代をまず払って欲しいときた。

 おそらくだが、何か支払いで揉めた事があるのだろう。酒の金額もルイーダ殿が餞別として飲ませてくれた物と同じ値段の物にした。それが妥当な値段と物なのだろうな。

 正直言えば酒を飲むつもりもフォンやステラに飲ませるつもりもないのだが、ここはまず飲み物を頼まねばならないのなら、それを頼まない訳にもいかないか。

 

 支払を済ませた私達は空いている一番奥のテーブルへと向かう。その最中、少しだけ周囲の視線を向けられるが気にせず私は椅子へ座った。

 

「ねぇ、何かちょっとだけ雰囲気変じゃない?」

 

 だが椅子に座ると同時にフォンが小声でそんな事を言ってきた。その視線はそれとなく他のテーブルを見ている。

 酒場と言えばルイーダ殿の店しか知らないが、それにしてもたしかに妙だ。どことなくだが剣呑な空気が流れている。殺気だっていると言ってもいい。

 

「おそらくだが儲けた奴と損した奴がいるからだろうさ」

「……そういう事ですか」

 

 椅子に座るなり声を潜めて答えたアンナ殿にステラが納得するように呟いた。私からは他のテーブルがそれなりに視界に入るので分かるが、たしかに機嫌よく話している者達をやや気にくわないというような目で見ている者達がいる。

 

 聞こえないようで聞こえているのだろうな。気のせいか不機嫌な方は酒を飲む頻度が多い。対して上機嫌な方は話に夢中で酒を飲む頻度も少ない。

 

「はいよ、ロマリアワインの白だ。それで、他に注文はないか?」

「簡単に摘めるものを頼めるか? 宿に戻ってから食べたいんだ」

「摘める物、ね。予算は?」

 

 そこでアンナ殿がこちらを見てきた。私に決めろと言う事だろう。

 

「出来れば安く済ませたいが、生憎と私はそういう相場を知らない。主人、いくらぐらいなら請け負ってくれるだろうか?」

「そうだなぁ。味はどうでもいいなら6Gぐらいでいいぞ。味が大事だって言うなら10Gは出してもらいたいな」

「分かった。なら10G出そう。それで頼む。これが……代金だ」

 

 言って代金を差し出す。先程のやり取りからここではその方がいいと思ったのだが、どうやら間違ってなかったらしい。明らかに主人の表情が良くなったのだ。

 

「こりゃどうも。兄ちゃん、若いのに中々話が分かるな。どこから来たんだ?」

「アリアハンだ」

「へぇ、旅の扉が使えなくなったって聞いてたがな。通れるようになったのか」

「ああ。ところで主人、最近この辺りで変わった事などないだろうか?」

「変わった事、ねぇ。そうだな。この辺りを荒らす盗賊団が少し前に城へ忍び込んだって話ぐらいか」

「盗賊が城に?」

「ああ。何でも盗られた物はなかったらしいが、その後数人の兵士達がカザーブの辺りまで盗賊の足取りを追ったとか」

 

 これは明日謁見の際に詳しい話を聞けるかもしれない。盗賊、か。あの世界でもそういった手合いはいたが、やはりこの世界にもいるのだな。

 

「そうか。主人、貴重な話をしてくれて感謝する。引き留めてしまってすまなかった。そちらはやる事があるだろうに」

「別にいいさ。客と話をするのも仕事の内だしな」

「そう言ってくれると助かる。だが、私達の相手はもう構わない。頼んだ物が出来た時に、出来ればまた話を聞かせて欲しい」

「おお、そうだった。じゃ、それを作りに戻るとするか。また何かあれば遠慮なく呼んでくれ。ごゆっくり」

 

 10Gを懐にしまい、主人はカウンターへと向かって歩き出す。それを少し見送り、私は三人の視線に気付いた。

 

「「じー……」」

「何か至らぬ点でもあったか?」

「むしろ上出来だからだ。歳の割にお前さんはしっかりしてるよ」

「勇者様って、本当に今まで自己鍛錬に励んでいただけなんですか? 初めてお会いした時の言葉といい、これまでの言動といい、とてもではないですがそうは思えません」

「勇者って、物怖じしないのよね。あと、どこでも堂々としてる。あたしも結構そうだと思うけど、勇者の歳でそこまでは無理だわ」

 

 アンナ殿は楽しそうに、ステラは信じられないというように、フォンなどは呆れさえ見せて私を見つめていた。

 

 それもそうだと思う。あの世界での時間と経験。それが私に今のような振る舞いを可能にしているのだから。

 いつだったかアンナ殿が言っていたな。とても十六とは思えないと。そういう意味で言えば私はいくつなのだろうか?

 

 不死として甦った時を誕生と捉えればまだ五歳にもなっていない。だが、もしもそれ以前からで考えるのなら、それこそ見当がつかない。百年かそれとももっとか。私が仮初めの生を得たあの時が、一体私が死んでどれ程経過していたのか分かるはずもないからな。

 

「それにしても、代金先払いって珍しいわよね」

「多分ですが、ここはあの場所のせいで支払いを踏み倒す方が多かったのかと」

「だろうな。だからせめて最初に酒代ぐらいはもらっておくのさ」

「損を最小限にするため、か」

「あるいはそこで払えない奴を追い返すため、だな」

「前に来た時は酒場なんて来る事なかったから知らなかったけど、ここってそういう意味じゃ治安悪い?」

「良くはないかもしれませんね」

「さて、酒が不味くなる話はこれぐらいにするぞ」

 

 言い終わるやアンナ殿はワインの栓を抜き始める。その行動にフォンが呆れ、ステラが苦笑する。私はアンナ殿らしいと思って笑みを浮かべた。

 やがてグラスへ美しい琥珀色の液体が注がれる。白と言っていたので、その色が想像していた物と違って首を捻る。これのどこが白なのだろうか?

 

「綺麗な色ですね」

「ね、それって白葡萄から作ってるの?」

「そういうのもあるが、これはおそらく皮を剥いた葡萄で作ってるはずだ」

「ああ、そうなのですね。普通の葡萄酒は皮の色が色濃く出ている物で、白はその色が出ないようにしてあると?」

「多分だ。私も詳しい事は知らない。私が興味あるのは酒の種類であって作り方じゃないからな」

「あんたらしいわ」

 

 フォンの納得する言葉にアンナ殿は小さく笑うとグラスを一気に傾けた。相変わらず飲み方が豪快だ。

 

「……ふ~っ。これも中々美味いな。で、お前達は飲まないのか?」

「えっと……」

「勇者様……」

 

 フォンとステラが少し窺うように私を見てきた。その眼差しは一杯だけ飲んでみたいと訴えているように思えた。

 

「……一杯で終わりにして欲しい。明日は王に謁見するつもりなのだ」

「はいっ! それはもう!」

「分かってるって! て事であたしにも一杯だけ注いで」

「分かったよ。ったく、弱いと言いながらお前も好きは好きなのか」

「というか、良いお酒を飲んだ事なかったのよ。里で出されたのは、どうも飲み辛かったし」

「この前のワインはとても美味しかったですもんねぇ」

 

 アンナ殿が注いでいく白ワインを緩んだ表情で見つめるフォンとステラに苦笑してしまう。どうやらあのルイーダ殿の餞別は思わぬ方向で影響を与えてくれたらしい。

 フォンが酒に目覚めてしまったのだ。そしてステラに様々な酒を試してみたいと思う気持ちもだろうか。これは飲酒を禁止するのは少し考えた方がいいかもしれない。

 

―――不死者とて、たまには真似事もよいものだぞ。

 

 ああ、そうだ。あの騎士も不死でありながら正しく生きる者の真似事をしていた。それで心の闇を抑え込んでいたのだろうな。

 ならば飲酒を禁ずるのはあまり良くないのかもしれない。そうだな、きっとそうだ。何事も程々がいいのだろう。

 

「アンナ殿、すまないが私にも一杯もらえるだろうか?」

「へぇ、お前さんも飲むか。いいぞ」

「勇者も気になるのね。このお酒、綺麗だもの」

「香りも……良いですしね」

 

 私の手にしたグラスへも注がれる琥珀色の液体。その色も香りも以前の物とは違う。私は、こちらの方が好みかもしれない。

 

 あの血の色を思わせる物よりは、幾分心が穏やかになるからだろうな。

 

「いいかげんにしやがれっ!」

 

 そんな時、突然怒鳴り声が店の中に響いた。その瞬間、店の中が静寂に包まれ全ての者の視線が一人の男へと集まる。

 その男の視線は、隣のテーブルに座っていた男へと向いていた。上機嫌で酒を飲みながら話していた者の一人だ。

 

「さっきから黙って聞いてりゃいい気になりやがって! てめえが儲かったのはたまたま運が良かっただけだろうがっ! それをまるで自分の実力みたいに言いやがって……」

 

 ギリリっと奥歯を噛み締めたような音が聞こえる。悔しさからだろうそれに、睨まれていた男が驚きからしたり顔に変わった。

 

「何だ。何かと思えば自分の判断で負けた事に腹を立ててる負け犬の遠吠えか」

「んだとっ!」

「賭け事は時の運。それを決めるのは自分の判断だ。その結果どうなっても受け止めるだけの気持ちがないのなら賭け事なんて手を出すもんじゃない」

「てめぇ……っ! 今度は偉そうに説教かよっ!」

 

 睨まれていた男が髭を撫でて告げた一言に立ち上がっていた男が拳を握る。これは不味いな。

 

「煩いな」

 

 私が止めに入るべきかと思った時、店中に通る低い声でそう聞こえた。その声の主は、アンナ殿だった。

 その手にしたグラスへ視線を向け、白ワインを注いでいる。そんな彼女へ今度は視線が集まった。

 

「揉めるのは構わないが、やるなら店の外でやってくれ。折角の酒が不味くなる」

「っ! お前には関係ないだろっ!」

「あるね。ここは酒を楽しむ場所だ。そこで私は金を払って酒を飲んでる。その楽しみを邪魔するってんなら、あんた、それ相応のものを払ってくれよ」

「ふざけんなっ! 何で俺がお前みたいに知らない奴に金を出さなきゃ」

「ああ、金じゃない。そんなもんは賭けですった奴に期待してないさ。払ってもらうのは」

 

 そう男の言葉を遮ってアンナ殿はグラスをテーブルへ置いた。そしてその手に”てつのおの”を持って見せつけるように掲げた。

 

「本当は口を利けなくしてやりたいが、私も悪魔じゃない。賭け事も飲む事も出来ないよう、両腕って辺りで……どうだ?」

「っ!?」

 

 言い終わると同時にアンナ殿が殺気を放つ。これは、おそらく普通の者ならば気圧されるだろう。見れば向けられた男も、他の者達も一様に表情を引きつらせていた。

 フォンとステラはそうでもないが、それでも若干顔をしかめている。どうやらこの辺りで店を出た方が良さそうだ。そう思って私はグラスの中の白ワインを飲み干す。

 

「戦士殿、そこまでだ。さすがにここで血を流しては店の迷惑となる。それに、あの者達も落ち着いてくれたようだ。武器をしまってくれ」

「……勇者がそういうなら仕方ないか」

 

 私の考えを察してくれたのかアンナ殿もこちらの呼び方を考えてくれた。殺気が消え、店の中に最初とは違った静寂が流れる。

 その中を私は歩き、カウンターからこちらを見ていた主人へと近付く。私の動きに少しだけ体を震わせる主人だったが、私が取り出したのが袋であるのを見るとどこか不思議そうな顔をした。

 

「主人、迷惑をかけた。私達はこれで失礼する。これは、迷惑料だ。……何かあった時は、色々と取り計らってくれると助かる」

 

 2Gだが袋から出して主人へと差し出す。

 ないと思うが、先程のアンナ殿の行動を恣意的に解釈され兵士に報告されれば謁見出来なくなるかもしれないと思ったのだ。

 そのための口止め兼口裏を合わせてくれとの意図も込めてある。故に最後だけ声を潜めた。他の者に聞かれては意味がない。

 

「そういう事なら有難く。にしても、勇者って呼ばれてたが、兄ちゃん、アリアハンから来たって言ってたな」

「ああ」

「オルテガの子が魔王退治を目指して旅立ったと聞いてたが、まさか兄ちゃん……」

「いかにもオルテガは我が父の名だ」

 

 そう返した瞬間、店の中がざわつくのが聞こえた。どうやらここでもオルテガ殿の名は有名らしい。

 すると、後ろから複数の気配が近付いてくるのが分かった。少しだけ顔を動かせばそこにはステラ達がいた。

 

「勇者、行きましょ」

「ああ」

 

 どうやら先程の騒ぎを起こした者も静かになったようだ。これなら問題もないだろう。そう思って私は仲間達と店を出ようとした。

 

「ちょ、ちょっと待ちな」

「何だろうか?」

 

 振り向けば主人が何かの包みと一本の酒瓶を手にして差し出してきた。

 

「頼まれたもんだ。それと、これはちょっとした礼みたいなもんさ。頑張れよ、勇者の兄ちゃん」

「その心遣いに感謝を。では、私達はこれで失礼する」

「ああ、またいつでも来てくれ」

 

 包みと酒瓶を手に、私は店を後にした。店の外にはステラ達が待っていて、揃って私の手の物を見るなり笑みを見せた。

 

「勇者様、それは? 何だか頼んだはずのない物がありますけど」

「心遣いだそうだ」

「成程ね。金払いも良くて騒ぎも鎮めて、更に迷惑料だもの。そりゃ向こうとしても贔屓にして欲しい客って訳か」

「どれ、その酒見せてみな。ふむ……こっちは赤か。丁度いい。宿に戻ってそれを食べながら飲むとしようじゃないか」

 

 酒瓶を片手にアンナ殿が笑みを見せて歩き出す。その後を追うように私達も歩き出した。

 それにしても、賭け事か。その内容もそうだが、それがこのような騒ぎまで引き起こすのか。

 人間の持つ闇を刺激するのだな、Gと言うものは。まるでソウルのようだ。そう考えながら私は歩く。

 

 宿への道では先程飲んだ白ワインを話題に会話した。赤よりも好みだとフォンが言えば、ステラがすかさず同意する。アンナ殿は口当たりがいいが味が軽いと言い、私はそういうものかと首を傾げる。

 それも、私には新鮮な時間だった。酒が入っているからか、幾分私の口も軽くなったような気がする。今にして思えば酔っていたのかもしれない。

 それでも、酔う事であれだけ心が弾む時間を過ごせるのなら、たまに飲むのも悪くないと思った。ああ、そういう事か。これを知るから人は酒を求めるのだろう。

 

 信頼出来る者達と楽しく過ごせる、そんな時間のために。

 

 

 

「おおっ、よくぞ来た。勇者オルテガの息子、アルスよ」

 

 翌日、私達は宿で朝食を取り、一路城へとやってきていた。門番の兵士へオルテガの息子アルスが謁見を求めている事を伝えると、どうやらアリアハンの王から話がいっていたらしく、そこまで待たされる事なく玉座の間へと通されたのだ。

 

「この度は謁見の求めに応じていただき、真に感謝に絶えません」

「いやいや、あの名高いオルテガの息子が魔王退治に出たと聞いてな。……父の事は、残念であった」

「はっ」

「何か私もしてやりたいが、情けない話、今我が国ではちょっとした問題が起きていてな。その対処に追われておるのじゃ」

「問題と言いますと盗賊の事でしょうか?」

「何と、もう耳にしておったか。だが、そなたは魔王退治を果たさねばならぬ身。我が国の問題に時間を取らせる訳にはいかぬ」

 

 この流れでそんな事を言い出せばどうなるかを分かっているだろうに。そうどこかで思いながらも、相手は一国の王だと思い出してため息を我慢する。

 それにだ。見ているとこの王からは意図的なものを感じない。もしかすると、本当に心から私に関わらせまいと思っているのやもしれないか。

 

 ……ステラとフォンに教えられた事を思い出す時かもしれない。人の厚意や善意を信じる勇気。それを、今再び。

 

「いえ、魔王を倒す事も大事ですが、それと同じぐらいこの世界に生きる全ての者達が平和に過ごせる事も重要です。ならば、この国の問題も魔王退治も同じ事。このアルス、未熟な身でありますが、勇者として父の名を汚す事はしたくないのです。王よ、その御身を悩ます問題に役立てるのなら、このアルス、全力を以って挑みましょう」

 

 それに、この国の問題となればその影響は民たちにも及ぶ。それは、魔王の侵略と同じぐらいに阻止しなければならぬ事だ。

 

「おおっ! そう言ってくれるか! さすがはオルテガの子よ。勇者としての覚悟が出来ておる。みな、少しの間下がっておれ。わしは勇者達にだけ話がしたい」

 

 王がそう言うと大臣達側近や近衛兵達が玉座から離れて行く。それを見届け、王は咳払いを一つすると頭上にある冠を指さした。

 

「実はな、これは本物ではないのじゃ」

「と、言いますと?」

「うむ。実は、近頃この近隣にカンダタと言う盗賊が現れてな。その者が率いる盗賊団が盗みを働き、遂には我が国に伝わるきんのかんむりを盗んでいきおったのじゃ」

「王家に伝わる王冠を、ですか? 聞いた噂では盗まれた物はなかったと」

「そこは、大臣曰く体面と盗賊達への挑発も兼ねておるそうじゃ。そこでアルスよ、それを取り返してきてはくれまいか? 盗賊達の所在は突きとめてある」

「じゃあ、どうして兵士達に奪還させないんだ?」

 

 アンナ殿の疑問に王は大きくため息を吐いた。一体何だと言うのか。

 

「実はな、そこは魔物達も巣食う場所なのじゃ。盗賊達はそのシャンパーニの塔の最上階にいるらしいのだが、残念ながらそこまで辿り着ける兵はおらぬ」

「情けない……」

「フォンさんっ!」

「いや、良い。その者の言う通りじゃ。それに、もう一つ理由はある。当然ながら、この国を魔物達から守るために兵士達を多く割く事は出来んのじゃ。盗賊達を捕えるためとはいえ、守るべき民達を危険に晒す事は出来ん」

 

 フォンの不敬を笑って許す辺り、この王は人格者のようだ。それに、王家に伝わる王冠よりも民の命を大事に思う辺りも。

 ならば、その王のために私の力を貸す事に躊躇いなどない。民を想う王はいても、己が体面よりその命を守る王はそうはいないのだから。

 

「王よ、その頼み、たしかに引き受けました。国を騒がせる賊達を、見事討伐してきんのかんむりを取り返してみせます」

「そうか、引き受けてくれるか。シャンパーニの塔はここから北西にある。まずは北へ向かいカザーブの村に拠点を構えるといい」

「はっ。では、失礼いたします」

「武運を祈っておるぞ、勇者よ」

 

 王の言葉に頷いて立ち上がる。ステラ達もそれに合わせて立ち上がり、私達は揃って玉座の間を後にした。城を出て城下町へと戻った私達は早速外へと向かった。

 

「カザーブと言っていたが、たしかそこは」

「あたしの故郷よ。だから案内は任せて」

「シャンパーニの塔はどうだ?」

「そっちはさすがに。名前ぐらいは知ってるけどね」

 

 フォンはそう言って笑った。どことなく嬉しそうに見えるのはやはり故郷へ戻るからだろうか?

 

「でも、里には場所を知ってる人もいると思うわ。何せ修行場だったらしいし」

「そうなのか?」

「ええ。ま、魔物が多くなりすぎて大分前から利用されてないって話よ」

「で、そこを盗賊共が利用してるか。捨てる奴がいれば拾う奴もいるって事だな」

「別に里のみんなも捨てたくて捨てた訳じゃないってのっ!」

「はいはい。そうだろうな」

 

 今にも噛みつきそうなフォンをアンナ殿が笑ってあしらう。何というか、この二人はきっとこういうやり取りを続けて行くのだろう。

 ステラも苦笑しながら止めようとしないのは、そういう事なのだ。これが二人にとっての日常であり、在り方なのだ。

 

 ロマリアを発ちカザーブを目指す。正直ここで少しの間周辺の魔物について戦いながら学ぼうと思ったが、フォンがある程度は知っていると言ってくれた事もあり、ならばとカザーブに移動する事にした。

 遠くに見える山々や森を眺めながら風を感じる。だが、その風はアリアハンやレーベで感じたものとはどこか異なっていた。

 

「……こちらは風が穏やかだな」

「ロマリア辺りは海があるからアリアハンに近い風だけど、ここら辺りはもう内陸だからね」

「フォンさん、カザーブまではどれぐらいかかりそうですか?」

「そうねぇ……順調にいけば二日?」

「二日?」

 

 と言う事は野宿をする事になるな。今までは何とか宿で夜を迎える事が出来たが、今後はそうもいかなくなりそうだ。

 

「ま、あたし一人だった時だから、今はもう少し短縮できると思うわ。それでも一度は野宿をしないとだろうけど」

「そうなると夜中の見張りを交互でやる必要があるな」

「私とアンナ殿で構わないのではないか?」

「ダメです。勇者様達だけにさせる訳にはいきません」

「あたしもやるわよ。四人いるんだし、一人で二時間ぐらい見張れば最低六時間は寝られる計算になるわ」

 

 私の提案はステラとフォンに却下される。何となくだが、これはどうあっても変わりそうにないと思う。それぐらいには私も二人の事を分かってきた。

 アンナ殿はその意見に反対する事もなく、私へどうすると目で尋ねてきていた。なので了承の意を込めて頷いてステラとフォンへも頷いてみせる。

 

「ならこれで野宿の時の見張りは決まったな。順番は私、勇者、フォン、ステラだ。問題ないか?」

「私もそうしようと思っていた」

「ん。てことだ」

「分かりました」

「うんって、魔物よっ!」

 

 フォンの声で視線を前へ戻す。たしかに先の方からこちらへ向かってくる影が見える。あれは、何だ? 羽が生えた人のように見えるが……?

 

「”こうもりおとこ”よっ! 厄介な攻撃は沈黙呪文(マホトーン)! 当たるとしばらく口が利けなくなるから気をつけてっ!」

 

 言うなりフォンが飛び出していく。負けじとアンナ殿も走り出したので私も追い駆ける。魔物はフォンの速度に軽い驚きを見せるも、すぐに攻撃を開始する。

 口を大きく開けて噛みつこうとしているこうもりおとこへ、フォンは慌てず身をかがめて回避するやすぐさま腕を突き上げてその顎を打ち上げるように拳を放った。

 

「アンナっ!」

「分かってるっ!」

 

 そこへ跳んでいたアンナ殿がダメ押しとばかりに斧で一閃。それだけで片付いてしまった。後に残されたGをアンナ殿とフォンが揃って拾って目配せを一つして笑みを向け合う。

 

「見事なものだ」

「ま、昔のあたしなら無理だったけどね」

「この辺りでも弱い部類にあたるしな」

 

 私の言葉に笑みを返すフォンとアンナ殿に何とも言えない頼もしさを覚える。と、そこで後ろを振り返ればどこか寂しそうにするステラがいた。

 

「どうかしたのか?」

「折角手に入れた武器を使う機会はなさそうだなぁっと、そう思って複雑な気分になりました」

「出来ればその方がありがたいんだけどね」

「僧侶のお前が前衛に出るなんてのは縁起でもないからな。それは自衛の手段で終わって欲しいんだよ」

「それは分かっています。分かっているんですが……」

 

 そう言うとステラは”せいなるナイフ”を持ったまま俯いてしまった。やはりどこかであの気持ちがあるのだろう。

 

―――……私でも、勇者様のお役に立てるのなら嬉しいですから。

 

 パーティーの中で役立たずと思う気持ち。自身への無力感。それらがステラの中には残り続けているのだ。

 

「ステラ……」

「自分に向かない事を何とかやってやろうなんて考えるんじゃない」

 

 何か言葉をと思った瞬間、後ろから鋭い声が放たれた。振り向けばアンナ殿がやや睨むような目でステラを見つめていた。

 

「ステラ、お前の職業は何だ?」

「そ、僧侶です」

「なら戦う事がお前の役目か? 武器を振るって魔物とやり合う事が僧侶の役割か?」

「……違います」

「分かってるならその歯がゆさは飲み込め。それで言えば、仲間が傷を負った際にそれを癒せない事で私達はその気持ちを抱くんだ。いいか? パーティーってのはそれぞれが役割を果たす事で強さを発揮するんだ。それを無理に崩せば待ってるのは全滅か誰かの死だ」

「アンナ、あんた……」

 

 フォンの言葉で私も気付いた。アンナ殿の表情は明らかに苦しそうだったのだ。何かを思い出してその悔しさや悲しさを噛み締めているような、そんな顔を見せていた。

 

「僧侶のお前がいるから私達は多少無茶をしてもいいと思える。魔物と斬った張ったは私達が引き受ける。お前はそれで傷を負った私達を支え癒してくれればいいんだ。それだけで私達は安心して戦える」

「……はい、ありがとうございます」

「分かればいい。ああ、フォンとお前もだからな。自分の役割を忘れるな。それをいつだって全力で果たせば必ず結果はついてくるもんだ」

 

 そう言ってアンナ殿は私達から顔を背けて歩き出す。その次の瞬間、フォンとステラが小さく笑った。私はそれで気付いた。アンナ殿が照れているのだと。

 

「クスッ、やっぱアンナって素直じゃないわ」

「ふふっ、そうですね。でも、優しい方です」

「そうね。さて、勇者? 役割を頑張って果たしましょ?」

「そうだな。私は先頭を行かねばならないからな」

 

 少しだけ早足で歩きながら私はアンナ殿がいてくれて良かったと思った。私ではステラを本当の意味で諭す事が出来なかったからだ。

 仲間の重要性をアンナ殿は知っている。そして、それぞれがその特性にあった行動をしない事がどうなるのかも。

 あの時のアンナ殿の様子から察するに、かつてのアンナ殿はステラのように自分の役割ではない部分で悔しさを抱いていたのだろう。その結果、おそらくライドと言う名の武闘家を死なせる事になったのだ。

 

「アンナ殿、貴女に感謝を」

「礼を言われる心当たりがないな」

「だとしてもだ。私では先程の言葉を言う事も出来なければ、重みもなかった」

「……そうかい」

 

 そこからアンナ殿は黙ってしまった。だが、それは嫌な沈黙ではなかった。フォンもステラも表情は凛々しくあったし、次に現れた”キラービー”と”ぐんたいガニ”に相対した時は、ステラの加速呪文(ピオリム)でフォンがその素早さを大きく上昇、キラービーを翻弄出来た。

 更に弱体呪文(ルカニ)でぐんたいガニの甲羅の強度を脆くさせ、私だけでなくアンナ殿でさえ難儀していた状況を一変させてみせたのだ。

 

 まさしくステラがその役割を果たした結果と言えた。後方で支援するステラがいるからこそ私達は魔物達に対抗できたのだから。

 

 そしてその日の夕暮時、私達はカザーブへ向かう途中の山間部で野宿する事にした。

 

「じゃ、薪になりそうな物を集めてきな。私はここで荷物を見ながら火を起こす準備をしておく」

「はいはい。……ったく、普通こういうのこそ戦士の役割でしょうが」

「聞こえてるぞ。そうは言うが、もし一人で魔物に襲われた時に生存できる可能性が高いのは私か勇者だろ。お前じゃ防御力に難がある。それで何かあった時他の三人が戻ってくるまで耐え切れるか? それと、火を起こせるんだろうな?」

「さっ、ちゃっちゃと薪になりそうな枝とか探してくるわよ。日が落ちたらこの辺りは本当に真っ暗だからね」

「フォンさん……」

 

 そんなやり取りがあった後、私達はそこまで離れず小枝や木の葉などを拾い集めた。それらを持って戻るとアンナ殿は全てを一か所に集めさせた。

 

「よし、これでいいな」

「でも、これじゃ火が弱くなった時どうするのよ?」

「そうですね。薪になりそうな物はこれで全部ですし」

「心配するな。一日分ぐらいの薪は私の荷物に残ってる。勇者、確認も兼ねて袋から出してくれ。フォンとステラはそれを受け取って、私の近くに運んでくれるか。私は火を起こしているから」

 

 そう言ってアンナ殿は自分が運んでいた袋を指さした。なので三人でその近くへ移動し中身を見る事に。たしかにそこには薪だろう木材が入っていた。

 それ以外には特に見当たらない。ただ、黒い外套らしきものが見えたぐらいだ。おそらくだが野宿の際、これを羽織って眠っていたのだろう。

 

「よし、火が点いたぞ」

 

 私が袋から薪を取り出してフォンとステラに手渡そうとした時、アンナ殿からそんな言葉が聞こえた。

 

「嘘っ!? 早っ!」

 

 視線を動かせば集めた落ち葉や枝を小さな火が燃やしていた。その火が、あの世界で最後に見た火を思い出させる。

 あのゆっくりと彼女の手の中で小さくなっていった火。私が消す事を選んだ、世界を照らす光だった火。この世界では、こんなにも儚く簡単に点くものなのだな。

 

「あれ? あの火って……」

「どうかしたのか?」

「いえ、気のせいだと思うんですけど」

「ステラ、薪を一本くれ。やはり小枝や落ち葉じゃ火が強くならない」

「あ、はい」

 

 アンナ殿の求めに応じるようにステラが薪を手にして移動する。私はそれを見て袋から薪を取り出す事へ意識を戻した。

 一体ステラはあの火に何を感じ取ったのだろうか。そんな事を考えながら私はフォンへと薪を手渡していく。辺りは、ゆっくりと闇に包まれようとしていた……。

 

 

 

 暗闇が辺りを包み、そんな中に今にも消えそうな明かりがある。それはアルス達が野宿している場所のたき火。それを見つめてアンナは一人呟く。

 

―――あの頃は今のようになりたいと願い、今はあの頃に戻りたいと願う、か。本当に私って奴はいつだってやる事が裏目裏目になるな……。




灰とステラの初めての勉強会は、互いに飲んだ酒のためかまたも見送りとなりました。
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