その灰は勇者か? それとも…… 作:人間性の双子
金属を鍛え上げ、純度を高めた状態から作り上げた剣。強度・重量・長さ全てにおいて申し分ないものがあり、どんな魔物とも戦えるだけの装備である。
これを持つ者は疑う事のない一人前の戦士であり、また冒険者としても周囲から認められる存在といえよう。
ただし、強度や重量がある分扱いは難しくなっているので、これをしっかりと使えるだけの腕がなければ意味はない。
真の戦士はその手にした武器を己が手のように扱うという。それが天性の才によるものもいれば、並々ならぬ習熟の果てに得る者もいるのだ。
忘れるな。武器は使う物であって使われる物ではない事を。
「見えてきたわ。あれがカザーブよ」
フォンの言葉通り、遠くに村のような物が見えてきた。山々に囲まれた村、か。成程、フォンが隠れ里と言う訳だ。
「アンナ殿はカザーブを訪れた事は?」
「……ない」
「そうなんですか」
「ああ。ま、知ってはいたが興味がなかったんでな。武闘家を多く輩出している場所なら戦士の私は行く理由がないし、それにどうせ」
「取り立てて美味しい物や名物もないからね!」
「ふっ、分かってるじゃないか。そういう事だ」
フォンがふて腐れるように言った言葉へアンナ殿が口の端を吊り上げて笑う。相変わらずこの二人はこういうやり取りが常のようだ。
ステラも何も言うつもりがないようで、苦笑しながら小さく私へ頷いてきた。どうやら放っておこうという事なのだろう。私も同意するように頷き返し、視線を前へと戻した。
「フォン、ここからならどれぐらいだ?」
「そうね……大体三時間ぐらい?」
「今からなら昼過ぎぐらいには着けるな」
「そうですね。なら、行きましょう」
「そうだな。出来れば今夜はちゃんとした食事がしたい」
「勇者様ったら……」
「あたしも同感。やっぱり携帯食じゃ味気ないもん」
口を尖らせて言われた言葉に私は深く頷いた。初めて食べたが、何というか食べる事の持つ楽しみが皆無だった。
味は極端に塩辛いか、あるいはない物の二つのみ。しかも保存を優先しているためか食感が硬い物ばかりだ。
水分を飛ばしたのだろう菓子のような物は硬さはなかったが、代わりに口の中の水分を根こそぎもっていかれた。
あれらを食べるぐらいなら”やくそう”を煮て食べた方がマシかもしれないと本気で思ったものだ。
「勇者様、昨夜の食事時は終始無言でしたものね」
「そうだったな。ずっと無表情で黙々と食べてたから、てっきり文句はないもんかと思ったが……」
「むしろ口を開きたくなくなる程不満だったのね。分かるわぁ。あたしも初めて食べた時、こんなものにお金使わないといけないのかって一人怒り狂ったもの」
後ろから聞こえてくるフォンの言葉は昨夜抱いた私の気持ちと同じだ。
本当に昨夜は、正しい生を得るとはこのような苦労を背負う事でもあるのだなと、久しぶりに私は絶望にも近いものを感じたのだから。
その後、私達は魔物に何度か遭遇しながらカザーブを目指した。この辺りの魔物はアリアハンやレーベ辺りとは比べ物にならない程手強くなっていて、魔法を使うのも珍しくない上麻痺攻撃を使ってくる魔物もいた。
特に苦しめられたのが”アニマルゾンビ”と呼ばれる魔物だ。基本的に群れで行動する上
一匹だけならまだしも、それを群れで使ってこられた時は本当に死ぬかと思った。フォンでさえも自慢の素早さが殺され、魔物達に嬲られそうになったのだから。
しかも、奴らは犬だからか嗅覚に優れているらしく、こちらの匂いを感じ取って現れるため奇襲になる事が多かった。
「……フォン、君はどうやってあいつらから逃げていた?」
カザーブが間近に迫ったところで三度襲われた後、私は剣を支えにするように身を縮めてそう問いかけた。
「あたしの場合、今よりも心持ち魔物達の動きが穏やかだったのよ。だからあたしも驚いてるんだから。こんなにも怖いなんてね」
「見た目もいけません。あれは、神に対する冒涜です。生命の摂理を曲げています」
ステラがアニマルゾンビの姿を思い出して眉間にシワを寄せた。だが、私はあれを見て思い出してしまったのだ。あの世界の亡者たちを始めとする、あらゆる意味で生命の摂理に反する存在を。
もしや、この世界ではダークリングの代わりが魔王であり魔物なのだろうか?
不死となる呪いがない代わりに魔物という死の呪いが存在しているのかもしれない。
「言っておくがくさったしたいってのもいる。そっちはまさしく人型だ」
「あー、うん。あたしもそれは知ってる」
「有名ですものね」
嫌そうな顔をするフォンとステラ。腐った死体という事だろうか。ああ、そういえば神の使いが不死という事を聞いてアンデッドと表現していたが、きっとそれはその魔物を思い浮かべていたに違いない。
「でも、あれだけ大変な戦いをさせられたおかげか、若干だけど強くなってる気がするわ」
「レベルが上がったのだろうか。カザーブに着いたら確かめておこう」
「はい、勇者様」
「よし、ならそろそろ休憩は終わりだな」
アンナ殿の言葉で私達は再び歩き出す。山道は険しく見通しも良いとは言い切れないが、それも終わりが見えてきていると思えばまだ何とかなる。
周囲を警戒しながら歩く事しばらく、やっと私達の目の前にカザーブの村が見えた。
その頃にはステラの魔力も底を吐き、フォンだけでなくアンナ殿さえも疲れを顔に見せていた。
「……フォンさん、よく一人でロマリアまで行けましたね……」
「だから、あたしの時はまだ今よりも魔物が穏やかだったんだって……」
「無駄口叩くな。もう町や村が目の前ってとこで襲われるのが一番危ないんだ」
「そうだな。それには同意する」
私がそう告げた次の瞬間だった。向かおうとしていた村の方から何か騎士らしき姿がやってきたのは。
「フォン、村には警備の騎士でもいるのか?」
「え? そんなのいないけど?」
「っ!? あれはさまようよろいだっ! さっさと倒さないとホイミスライムを呼ばれるぞっ!」
アンナ殿の言葉を聞く前に私は疲れた体に鞭打って走り出していた。だが、どこかであの魔物には普通に戦っても勝てないと感じていた。
見るからに丈夫な甲冑なのだ。あれを砕くあるいは貫くには”どうのつるぎ”では強度が足りない上に長さも不十分だ。
さまようよろいは手にしている剣がこちらよりも長い。つまり、先に刃が届くのは相手となる。となれば、私が相手へダメージを与えるためには懐へ入るためにその攻撃を誘発し、それを回避していかねばならない。
「……その上であれを成功させるしかないか」
致命の一撃。あの世界で何度も殺される内に覚えていった、最大の反撃方法だ。相手の攻撃に合わせて盾などでその一撃をいなし、体勢を崩させたところを狙って心の臓を一撃で突き刺すものだ。
あのおおがらすとの戦いでやってのけた事。あれと同じ事をやれば、おそらくこの”どうのつるぎ”でもあの甲冑を貫けるはずだ。
「まずは盾受けで様子を見る」
”せいどうのたて”を構えてさまようよろいの行動を観察する。すると、すぐにある事が分かった。てっきり甲冑を魔物が着込んでいるのだと思っていたら、あの甲冑はがらんどうなのだ。
良く分からないが、おそらく鎧そのものを魔物としたのだろう。よって、その攻撃は単調で大振りだった。これならば致命が狙える。
少しだけ視線を動かせば、フォン達は後方から現れたであろうキラービー達を相手にしていた。私がさまようよろいに集中出来るようにだろう。
仲間というのはいいものだと改めて思う。
「……よし」
こちらが盾を下げた瞬間、さまようよろいが好機とばかりに剣を大きく振り上げて向かってきた。そしてその剣を勢い良く振り下ろしたのを見計らって私は盾でその一撃を横へと流す。
体勢を大きく崩して隙を見せるさまようよろいへ私は手にした刃を全力で突き出した。剣は見事に魔物を貫き、その体をGへと変える。
「何とかやれたな」
小さく息を吐いて私はすぐに振り向いて仲間達の援護へと向かう。キラービーもその数を減らし、何とかなるように見えた。それでも油断せず、私はステラを守るようにしながら戦闘へと参加する。
何とかキラービーを撃退し、私達はカザーブの村へと辿り着いた。もう疲れが限界に来ていた私達は、道具屋や武器防具を見て回る事もなく宿へと向かい、食事を終えると会話もなくそれぞれが床へと就いた。
そうやって迎えた朝は、何とも清々しいものだった。
「……ロマリアのような賑やかさもいいが、ここのような穏やかさもいいものだ」
元々住む人々が少ない事もある上レーベに近いようで違う環境もあるのか、カザーブの朝は穏やかで緩やかな時間という雰囲気があった。
柔らかな日差しと優しい風。山間にあるからか空気がこれまでのどこよりも澄んでいるように思える。朝食に出された山羊のチーズは少々癖があるが、その味の濃さは何とも言えない程美味しい。
「フォンはこれを食べて育ったのか?」
「まあね。だけど、これはこのままよりも焼いた方がより美味しいんだから。ちょっと待ってなさい」
私の泊まった部屋での朝食。そんな中でフォンは私の食べていたチーズをフォークで突き刺して立ち上がると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「フォンさん、どこへ行ったんでしょうか?」
「炊事場だろ。あのチーズを焼いてもらうか焼きにいったのさ」
「私のためにか?」
「それ以外ないだろ。ま、故郷の味を気に入ってもらいたいんじゃないか?」
アンナ殿が笑って言った言葉に私は頷いた。故郷の味、か。私には分からない感覚だが、やはりそういうものがあるのだな。自分の生まれ育った場所を少しでも他者に良い印象を持って欲しいという、そういう気持ちが。
「それにしても、やはりお前は食べる事に関してやたらとこだわるな」
「そうだろうか?」
「そうですよ。勇者様って、食事に関しては結構こだわりますよね。ロマリアの酒場で作ってもらったパニーニ、でしたっけ。それも嬉しそうに食べていましたし」
言われて思い出す。あの酒場で作ってもらった食べ物は、パンへ切れ目を作り、その中に野菜やハムなどを入れた物だった。
ハムの塩気と野菜の苦みにかけられていただろうソースの甘さや酸味が加わって、何とも言えない美味さだった。そういえば、それを食べている私を見ながら皆が苦笑していたな。あれはそういう事だったのか。
「ま、魔王退治の旅で楽しみを見つけられるのはいい事だ。どうしても魔物を倒しながら進む道中じゃ、心も荒みがちになる。それを払拭出来る事があるってのは色んな面で精神面の支えになるだろ」
そう言いながらアンナ殿は残ったチーズを口へ入れる。と、そこで部屋のドアが開いてフォンが笑顔で入ってきた。
「さあっ! 焼いてきたわ! 勇者、食べて食べて」
「ああ、では遠慮なく」
「遠慮もなにも元々勇者様のチーズですけどね」
顔の近くへ突き出されるチーズ。それからはとても濃厚な乳の匂いがしている。一口噛むと熱さと共に口の中に濃厚な味が広がった。それに、とてもチーズが粘り気を持っていて食感が大きく異なっている。
これは、いいな。焼く前も良かったが焼いた事でより旨味が凝縮されたのだろう。このネットリとした食感もいい。
「ね? 焼いた方が美味しいでしょ?」
「ああ。フォン、貴女に感謝を。また私は新しい事を知る事が出来た」
「あははっ、いいんだって。あたしとしても故郷の味を気に入ってもらって嬉しいもの」
その言葉通り、フォンはとても嬉しそうな笑顔をしていた。それほどまでに故郷への思い入れがあるのだろうな。
故郷どころか自分の名さえも無くした私にはその気持ちは理解出来ないが、きっと胸が温かくなる事なのだと思う。
それにしても、今のフォンの笑顔は今までで一番眩しい。
「フォン、食事を終えたら村の案内を頼めるか? 武器などを見たい」
「いいわよ」
「あと、出来ればフォンの両親へ挨拶もしたいのだがいいだろうか?」
私がそう問いかけた瞬間、フォンは笑顔のまま無言で頷いた。それが、何故か私には妙に気になった。
故郷への想いが強いフォンならば両親へのそれも強いと思ったのだが、言葉でそれを示さないのだ。
こうして何か妙な感じを受けつつも、私達は食事を終えて宿を出た。村の中は旅人もほとんどいないため私達の事を珍しそうに見る者が多い印象を受けた。
フォンの案内で店を回り、その時は来た。
「ここよ」
フォンの両親へ挨拶をと、そう思っていた私はフォンが案内してくれた場所に首を捻るしかなかった。
「フォン、ここは教会なのだが……?」
が、私の問いかけにステラが何かに気付いたように口を押さえ、アンナ殿までも若干苦い顔をした。
「うん。あたし、実はこの村近くに捨てられてたんだ。で、ここの神父様が親みたいなものなの」
何でもないような事を言うようにあっさりとフォンは告げて笑みを見せる。その笑顔には影も悲しみもない。むしろそれを聞いたステラの方が苦しそうな顔をしているぐらいだ。
アンナ殿は普段通りの顔をしているが、フォンへ何か言わない辺りがらしくないと感じる。どうやらこの話題は触れてはいけないものらしい。
「そうか。では、すまないが神父殿へ、フォンの養父殿へ取り次いでもらえるか?」
「うん、いいわよ。ついてきて」
中へ入ると神父殿がフォンに気付いて優しい笑みを浮かべた。フォンも神父殿へ駆け寄り、少しだけ二人で会話したかと思うと私達の方を向いた。
「話はフォンから聞きました。アルス殿、カザーブの村へようこそ。しかし、まさかオルテガ殿のご子息とは……」
「まだ父の足元にも及ばぬ未熟者です。それ故フォンにはここまで何度も助けられてきました」
「そうですか。本来ならばフォンもまだ修行中の身。ですが、徐々に不安が広がっていく世の中をどうにかしたいと村を飛び出したのです」
「そうだったんですか……」
「お前らしいな」
「いいでしょ、別に」
神父殿の微笑みにフォンが恥ずかしそうに顔を背ける。修業中だったにも関わらずあれだけの動きを最初から出来るとは、ここの修行とはかなり厳しいのだろうな。
「そうだ。神父様、シャンパーニの塔がどの辺りにあるか知ってる?」
「知っているが、何故そんな事を? あそこはもう魔物の棲み処であり、最近では盗賊の棲み処でもあるのだぞ?」
「実は、私達はロマリア王から盗賊討伐の依頼を受けているのです」
私がそう告げると神父殿は何かに納得するように頷いて話をしてくれた。
曰く、今この村にはロマリアから盗賊達を追ってきた戦士がいるらしい。その戦士は一人ではさすがに分が悪いと考えているようで増援を待っているそうだ。
その話を聞いて私はロマリア王の話を思い出していた。おそらく、私達が訪れた時にはその戦士からの援軍要請は届いていたのだろう。
だが、民のために出せる兵士は少数のみ。それでは塔にいるという盗賊達を討伐するには心もとないと思った王は、どうするべきかと頭を悩ませていたはずだ。
そこへ私達がやってきて盗賊の事を持ち出したので、王は一縷の望みを託して私達へ盗賊討伐を依頼したのではないだろうか?
「神父殿、その戦士とやらはいずこに?」
「宿屋近くにいるはずだが……」
「アンナさん、それらしい方を見ました?」
「いや、見覚えはないな」
「じゃ、宿へ行っておじさんに聞いてみればいいわ。神父様、あたし達はこれで」
「うむ、旅の無事を祈っている。フォン、くれぐれも命を落とすんじゃないぞ」
「もっちろんっ! あたしは勇者達と一緒に魔王を倒して戻ってくるわっ!」
握り拳を見せて神父殿へ答えるフォン。その姿に神父殿が静かに笑みを浮かべて頷いていた。
教会を出て宿へ向かい主人へ盗賊を追っている戦士について尋ねると、返ってきた答えは既に宿を出たとの事だった。何でも援軍が来る気配がないと判断し、ならば一人でもと言っていたそうだ。
「どうする? 後を追うか?」
「今からで間に合うだろうか?」
戦士殿が出て行ったのは今朝だそうだ。私達が宿を出た時にはもう村を出て行ったらしい。
神父殿の話でシャンパーニの塔の場所は分かっているが、そこまでの道中も当然魔物達がいる。そして塔の中もだ。
「間に合う合わないじゃなくてさ。このままじゃその戦士が死ぬ可能性が高いって事が問題よ」
「それに、ロマリア王は私達へ盗賊討伐を依頼しています。つまり、その戦士の方が待っていた援軍は私達と言う事になります」
「ま、本当なら城から知らせがここへ来たんだろうが……」
アンナ殿がそこで表情を歪める。きっと私達が直接向かう方が早いと判断されたのだろうな。実際そうだとも思う。
城の兵士ではここまで来るのに三日以上かかるだろう。道を知っているフォンがいた私達でさえ二日かかったのだ。であれば道中の魔物を撃退出来ない兵士ではもっと時間を食うはず。
「分かった。なら出来るだけ急いで後を追おう。幸いシャンパーニの塔は、ロマリアへの道と違い山道が長い訳ではないらしいしな」
「そうらしいですね。フォンさん、出発前にもう一度会っておかなくても大丈夫ですか?」
「いいわ。どうせ盗賊をとっちめたらまたここへ戻ってくるんだもの。その時に顔を見せればいいだけよ」
「よし、じゃあ行くか」
そうして私達はカザーブの村を出た。心残りがあるとすれば”はがねのつるぎ”を買えなかった事だ。やはり1300Gは大金であり、私達が買えたのはフォン用の”てつのつめ”がやっとだった。
装備を新調するには大量のGが必要になるのは常であったが、大陸を渡ってよりそれが顕著になったように思う。
山道を歩きながら私達は魔物との戦いを続けた。
フォンは手に入れた”てつのつめ”による攻撃力上昇が凄まじく、これまで苦戦していたアニマルゾンビやキラービーを一撃で倒す事が可能となった事もあり、アンナ殿と二人で前衛として目覚ましい活躍を見せた。
ステラは
そして私は一人変化のない装備で戦い続けていた。何も不満がある訳ではない。ただ、不安はある。さまようよろいへ致命の一撃を行ったせいか、剣の切れ味が落ちたように思えて仕方ないのだ。
幸いにして魔物を斬る事に支障はないが、もしもう一度さまようよろいと戦う事になれば剣が使い物にならなくなる可能性が高いかもしれない。
「……もし今度遭遇した場合はアンナ殿やフォンにとどめを任せて、私は囮にでも徹しよう」
あれだけの強度を持った魔物でなければ対処出来る。いざとなれば”こんぼう”で戦おう。
やがて山道を抜け平原に出た。まだ日は高い。何とか夕暮れまでに塔が見えてくるといいのだが。
「やれやれ、これで少しは戦い易いか」
「見通しが良くなったし、不意打ちは減るでしょうしね」
「ですが、油断は出来ません」
「そうだな。見知らぬ魔物が出てくる可能性もある。急ぎつつも慎重に進もう」
手にした”どうのつるぎ”の刃先が少し潰れているのを確認し、私は小さく息を吐いた。切れ味が落ちるはずだ。やはりあの時の一撃が武器の攻撃力を下げたらしい。
さまようよろいとの名の通り、その体が丈夫な金属鎧だったために強度で劣る銅が負けてしまったのだ。ただ、それも貫くという行為をしたから余計に刃が影響を受けたのだろう。
刃先の切れ味は落ちてしまったが、まだ全体の切れ味が落ちた訳ではない。とにかく今は進もう。
あの世界であれば、鍛冶屋に頼んで修復してもらったのだがな。こちらではそういう事をすっかり失念していた。
だが、そう言えばこの世界で鍛冶屋らしき者を見た事もなければそういう店を見た事もない。この世界には、鍛冶屋はないのだろうか?
「アンナ殿、一ついいだろうか?」
「どうした?」
「いや、どこかに鍛冶屋はないのかと思ったのだ。心持ち武器の切れ味が落ちてきたように思えたのでな」
「そういう事なら武器屋で頼めばいい。大抵の武器屋は鍛冶屋も兼ねてる」
「まぁ、ただ仕入れて売ってるだけの店もあるから絶対じゃないけどね。カザーブの店はそういうとこだし」
言われて思い出した事がある。そういえばあの鍛冶屋も武具を売っていたなと。成程、手掛かりは既に手に入れていたのか。それに私が気付けなかっただけと言う事だな。
盗賊を討伐しカザーブの村へ戻ったら真っ先に武器屋を訪ねるとするか。そして、今後は必ず武器や防具の修繕を頼むとしよう。
そこから会話はしばらくなかった。というのも橋が見えてきたためである。これまでの経験から言えば、橋を渡ると魔物が強くなるからだ。
アンナ殿もこれまででそういう経験をしてきているそうなので、私達は一層の警戒をしながら橋を越えて進む。
何度かの魔物との交戦を経て、遂に視線の先に高くそびえる塔が姿を見せた。
「あれが、シャンパーニの塔」
「みたいですね。最上階に盗賊達がいると思いますが……」
「ナジミの塔よりも厄介そうね」
「当然だろ。大体武闘家の修行場だったところだ。なのにそれを放棄するぐらい魔物が蔓延ったんだぞ。なら、ナジミの塔とは比べ物にならないと思った方がいい」
「そうだな。だが、そろそろ日も暮れてくる。この辺りで野営するべきだろうか?」
先に塔へ向かったはずの戦士殿が気にはなるが、夜の闇の中で塔の攻略を進めるのは不安が強い。
「あたしは進むべきだと思うわ。だって、夜になったら盗賊達は行動するかもしれないでしょ? もしそこで私達を見つけたら奇襲されるもの」
「私はそれでも無理な進軍は避けるべきかと思います。むしろ夜に行動するかもしれないなら塔の中で遭遇する可能性が高い訳ですし」
「私はどちらも一理あると思うから勇者の判断に従うよ」
そこで三人の視線が私へ集中する。進むか止まるか。それと同時に、どちらにせよ盗賊達との交戦の可能性を考慮しなければならない。
塔内ならばおそらく向こうもこちらも不意打ち気味の反応となるだろうが、こちらは遭遇するかもしれないと思える分有利だ。逆に野営している際に交戦となればこちらは完全な奇襲を受ける形となる。
「……進もう。地の利は向こうにあるかもしれないが、奇襲を防げると言う点で塔内の方がマシだと思う」
「よし、文句はないか?」
「ないです。勇者様がそうお決めになったのなら」
「うん。そうと決まれば急がないと。日が落ちる前に塔へ入りましょ」
こうして私達はシャンパーニの塔へと入る事にした。塔内はナジミの塔よりも魔物の気配が濃く、またその数も多かった。
そのため、私達は慎重に進みながら無駄な交戦を避ける事にした。常に周囲を警戒しつつ、奇襲を防ぎ不意打ち出来る時だけは魔物を倒しと、そうして進んでいくと時折宝箱を見つける事があった。
以前と同じでフォンが真っ先に開けに行き、その中身に一喜一憂する。対して私はどうしてもあの恐ろしい存在が脳裏をちらつき、手にした”どうのつるぎ”を握り締めていたが。
「そういえば、勇者って何か呪文使えないの?」
とうぞくのかぎで開ける扉の前でフォンがそんな事を聞いてきた。おそらくここが開いていない事で盗賊達がこの先にいると確定したからだろう。
「むしろどうやって呪文を使えるようになったか判断するのか教えて欲しい」
「感覚としか言いようがないぞ。だろ?」
「はい、そうですね。使えるようになれば使えるというか……」
「ふーん、そんなもんなんだ」
「なら、試してみましょうか。勇者様、目を閉じて気持ちを落ち着けてみてください。もし使える呪文があれば、それで浮かんでくるはずです」
ステラに言われるまま、私は目を閉じて心を穏やかにしてみた。すると、ぼんやりと二つの呪文が浮かんできた。
「……
「やったじゃない。これで多少だけど空への攻撃手段が出来たわ」
「それに回復も出来るのなら、今後は少しなら自分で自分を癒せるわけだ」
私が呪文を使える事にフォンが喜び、アンナ殿は満足するように腕を組む。ステラはと言えば、何故か寂しげな表情を浮かべていた。
「ステラ? どうかしたか?」
「え……? あ、すみません。少し考え事をしていました」
「まぁ、回復する相手が一人減ったと考えてもいいからな」
「うしっ、じゃあ進みましょう。これで今後の戦いがもっと有利に出来るもの」
フォンの言葉に頷き、私は扉を”とうぞくのかぎ”で開ける。階段を上るとそこには鎧を着た者達がいた。
おそらく見張りだったのだろう。こちらを見るなり慌てて上への階段へ向かって行った。おかしらに報告と言っていたのでこの上に盗賊達の首領がいるのだろう。
「いよいよね。気を抜かずにいきましょ!」
「ああ」
「アンナさん、傷は私が癒しますから」
「頼んだよ」
隊列を組んで私達は階段を上った。そこには、先程見た鎧姿の者達以外に覆面をした半裸の男がいた。おそらくそれが首領なのだろう。
「お前がカンダタか」
「そうとも。お前ら、見たところ城の兵士じゃないようだが、一体ここへ何しに来た?」
「王の依頼により、お前が城から盗んだ物を取り返しにきた」
「はっ、やれるもんなら力付くで取り返してみな!」
こちらへそう言い放ち、盗賊達は下衆な笑みを浮かべたままその場を動こうとはしない。それが私には奇妙に映った。普通ならば逃げるかあるいは攻撃を仕掛けるかするはずなのに、何故か何もしようとしないのだ。
それどころか余裕の表情を浮かべている。変だと、そう思った。そこで思い出すのは
「ちょ、ちょっと勇者? 何やってるのよ?」
私が懐からGの入った袋を取り出したのを見てフォンが気勢を削がれたらしく、やや呆れた表情で問いかけてくる。それを無視する形で私は手にした袋を盗賊と自分達の間へ投げた。
「「「っ!?」」」
その瞬間、間違いなく盗賊達が息を呑んだ。首領であるカンダタを除いて。そこで私は確信する。やはり何かの仕掛けがあるのだと。
「皆、その場から動くな。きっとこの先に罠がある」
「なっ!?」
「罠、ですか?」
「成程な。道理で逃げようともしない訳だ。最初は腕に自信があるからと思ったが、罠とはねぇ」
「そういう事だ。盗賊などの輩が考える事は大抵が不意を突くか素早く逃げるかだ。ならば、そのどちらでもない場合は一つしかない」
私の言葉でカンダタが僅かに舌打ちをするのが聞こえた。どうやら仕掛けの起動はカンダタが担っているのだろうな。だから部下の賊達は私の行動で息を呑んだのだ。
「ふん、罠を見破ったからどうだって言うんだ? お前らはきんのかんむりを取り戻すんだろ?」
「フォン、おそらくだがあの者達がいる場所には罠はない」
「そういう事ね。分かった!」
答えるや否やフォンは少し後ろへ下がると助走をつけて私の隣辺りで床を蹴った。そのままフォンの体は盗賊達のいる辺りまで辿り着き、すぐさま近くの盗賊へ攻撃を開始する。
それに動揺したのか、見るからに盗賊達が慌てだして首領であるカンダタへと駆け寄っていく。今なら罠を発動させる事は出来ないだろう。
「二人共、私に続けっ!」
「ゆ、勇者様っ?!」
「分かったっ!」
ステラはまだ戸惑っているがアンナ殿はすぐに呼応して動き出してくれた。予想通り罠は作動しなかったこともあり、私はフォンと合流するように盗賊達へと斬りかかった。
どうやら首領は気付いていたようだが、逃げ惑う部下達が邪魔で罠の作動を妨げられたようだな。こちらを悔しげに睨みつけている。
「くそっ! こうなりゃ逃げるぞっ!」
「あっ、待ってくださいよおかしらぁ!」
「逃がすもんですかっ!」
「盗んだ物を返してもらうぞ!」
部屋の奥の外壁のない場所から飛び降りて行く盗賊達。私とフォンもすぐに後を追う。落ちた先はあの”とうぞくのかぎ”で開ける扉のあった階だった。
落下による衝撃は多少あったものの、足を折る程ではなかった。が、盗賊達は着ていた鎧が重かったためだろう。私達から逃げる事もせず、その場でただうずくまっている。
「勇者様ぁ!」
そんな時、上の方から若干怯えるような声が聞こえた。視線を上げればステラが落ちてくる。何となくだが、このままでは上手く着地出来ない気がした。
「フォン、盗賊達を監視してくれ」
「分かったわ」
小声でフォンへそう告げ、私はステラが落ちてくるだろう場所へ移動し、受け止める体勢を取った。
少しして両腕にいつかの頃よりも凄い重量がかかったが、何とか受け止める事が出来た。これもあの頃より強くなったと言う事なのだろう。
「っ! ぶ、無事か、ステラ」
「は、はい……」
ゆっくりとステラの体を下ろし、私は武器を構えようとするが腕が痺れてしまって上手く動かす事が出来ない。それを見たステラが私の両腕へ癒しを使ってくれた。
「ステラ、感謝を」
「いえ、私こそ感謝を。勇者様は、本当に私の心を勇気づけてくれます」
何故かステラはどこか嬉しそうにそう言った。私は特に何かした訳ではないのだが、それでステラが笑顔になれるのなら良しとしよう。
「何とか間に合ったか」
「何っ!?」
「アンナ殿っ!?」
ステラの癒しが終わるのと同時にぐらいでアンナ殿が何故か盗賊達の後方から現れた。おそらくだが、アンナ殿は飛び降りずに階段で下ってきたのだろう。それが結果として挟撃の形となったのだ。
戦闘するにこれ以上ない状況と言える。盗賊達もまた体勢を整え切れていない。動くなら今か。そう判断し私は”どうのつるぎ”を構えた。
「フォン、まずは周囲の盗賊達を頼む! ステラはここで自分の身を守りながら癒しを!」
「「ええ(はい)っ!」」
「アンナ殿、そちらも盗賊達を頼む! 私はカンダタを!」
「おうさっ!」
「舐めるなっ! お前ら、自分の事は自分で守れっ! 俺様はあの小僧を倒すっ!」
言うなりカンダタは私へ向かって走り出す。どうやら向こうは私を倒す事でフォン達の心を折るつもりのようだ。狙いとしては正しいだろうが、生憎私はそう簡単にやられる訳にはいかない。
「魔物ではなく人間相手は久しぶりだが……」
最後はアンナ殿との手合せか。あれよりも強い殺気をカンダタから感じる。だが、それも殺意とまではいかない。どうやら堕ちるところまで堕ちている訳ではないようだ。
私としては殺したくはないが、いざとなれば仕方ないとも考えている。事情があるのかもしれないが、民を苦しめ害を為した以上それは見逃せる事ではないのだから。
「おらっ!」
「ぐっ!」
振り下ろされる一撃を盾で受ける。かなりの衝撃が盾越しに私の腕を襲う。これは盾で受け続ける訳にはいかないな。
「そこだっ!」
なので回避へ専念する事にした。ローリングで攻撃をかわし相手の呼吸が乱れるのを狙う。あれだけの大振りで斧を振っているのだ。連続で攻撃し続けるのは困難だろう。つまり、必ず隙を作るはずだ。
「ちっ! ちょこまかと……っ!」
立ち上がると盾を構えながらカンダタを中心とする円を描くように動く。そして攻撃されるとローリングで回避。それを続けて相手の様子や動きを観察した。
「へっ、どうやら俺様が恐ろしいと見える。このカンダタ様を相手にすると言いながらまったく攻撃しないのは、この俺様の力に恐れをなしたからだろ」
そうやっていると、カンダタがそう言ってこちらを挑発してきた。ちらりと視線を後ろへやれば、他の盗賊達はフォンとアンナ殿に苦戦していた。ステラが二人を回復しているのが大きいのだろう。
このままでは形勢が不利と見たか。成程、流石に首領をしているだけはあるな。状況を把握し続けているようだ。
「そう思うのなら背を向けてみればいい。お前が部下を助けに行けばフォンとアンナ殿も苦戦するだろう。ただし、行ければだがな」
暗に挑発には乗らないと言ってやる。するとカンダタは隠す事もなく舌打ちをした。きっと、本来のアルスであれば相手の思うように動いていただろう。
十六の少年が仲間達を危険に晒して平然と出来るはずはないだろうし、そもそも先程の言葉に冷静さを保つのも難しいだろうからだ。
「小僧の割には中々胆が据わってるみたいだな。お前、何者だ?」
「アリアハンの勇者オルテガの息子、アルス」
「なっ?! オルテガの息子っ!?」
「っ!」
こちらの名乗りにカンダタが驚いた隙を突いて、私は一気に距離を詰める。向こうも慌てて攻撃へ移ろうとしているが、私の方が僅かに早い。
「ぐぬっ!」
浅くではあるがカンダタの体を刃が傷付け血を流させる。それを横目で見ながら私はローリングでカンダタの後方へと移動した。
素早く体勢を立て直してカンダタを見れば、その体をワナワナと震わせている。怒りだろうか。あるいは悔しさだろうか。とにかく冷静さを失ってくれれば戦い易い。
これはあの世界では中々出来ないものだな。あの世界の者達は、一部だけが感情を残していた不死であり、後は全て人ならざるモノへと変わっていたのだから。
正しい人の在り方故に感情を高ぶらせて冷静さを失うのか。不死だった私からすれば本当に驚きだ。だが、逆に言えば攻撃の重さや威力は上がっているとも言える。これまで以上に注意が必要だ。
「小僧ぉ! よくもやってくれたな! カンダタ様に傷をつけた事、後悔させてやるっ!」
斧を片手にそう叫び、カンダタは私へ向かって駆け出した。その勢いを乗せた一撃を私へ叩き付けるつもりなのだろう。
どうする? 回避するか盾で受けるか。あるいは、致命を狙うか。と、そこで思い出した。アンナ殿との手合せを。あの時と状況は似ている。違いは私にGが無く、相手に盾がない事。
そう考えた次の瞬間には私は”こんぼう”を左手に持っていた。そしてそれを向かって来るカンダタ相手へ投げつける。
「こんな棒切れなんかでぇっ!」
私の投擲した”こんぼう”がカンダタの一撃で両断される。だが、その動きは私が距離を詰めて間合いに入るには十分過ぎる隙だった。
「なっ?!」
私は躊躇なく剣をカンダタの胸へと突き刺した。肉を刺す感触が手から腕へと伝わり、刃を伝って赤い血が流れてくる。すると、大きな音が響いた。カンダタが手にしていた斧を手放したのだ。
「お、お前……何で躊躇いなく人を刺せるんだ……?」
先程までの威勢が嘘のように弱々しい声でカンダタがそう問いかけてくる。何故、か。あの世界で嫌と言う程やってきたからと言っても信じないだろうな。
躊躇いがないのは、カンダタが盗賊だからだ。しかも、あの器の大きい王から盗みを働きロマリアを騒がせる悪人だ。それに下手をすれば私が殺されるならば、その命を取る事に躊躇いなどない。
それに、私からすれば、魔物も盗賊も人や世に害を為すという点では同じだ。
「勇者様っ! もう十分ですから刃を抜いてくださいっ!」
ステラが血相を変えて駆け寄るや、私の手から剣を引き抜かせる。同時に血しぶきが飛び、カンダタの巨体が床へと倒れる。するとステラは、両手をその傷口へ当てて癒しを始めた。
「ステラ、何故助ける? その者は盗賊であり王からも討伐を依頼され」
「だからと言って殺していいはずがありませんっ!」
その言葉が私の心を大きく揺さぶった。その綺麗な白い手を赤く染めながらカンダタを癒すステラの姿に、私は何もかける言葉が見つからなかった。
聖女、とはステラのような者を指すのだろうか。私は血を滴らせる剣を握り締めたまま、その場に立ち尽くすしかなかった。
どれ程そうしていただろう。やがてステラがカンダタから手を離して大きく息を吐いた。見れば胸の出血も傷も綺麗に消えている。
「何とかなりました。多分ですが、剣の切っ先が心臓まで届かなかったのかと」
「……そうか」
刃の先が潰れていた事を思い出して私は納得していた。要は、剣の刃部分が短い事と刃先の変化で致命の一撃となり得なかったのだ。
「っ!? ステラっ! 離れてっ!」
「え?」
後ろから聞こえたフォンの声にステラが首を傾げる。だが私には分かった。何故フォンがそんな事を言ったのかが。故に私は弾かれるように動いてステラと自分の位置を入れ替えた。
「勇者様っ!?」
「ぐっ!」
直後、私の体は背後から羽交い絞めにされる。傷も癒えたカンダタが立ち上がったのが見えていた事から、おそらくこれは奴の仕業だろう。
何とか身動きをと思うも癒しの効果で疲れなども消えたらしく、拘束力は私ではどうしようも出来ない程強い。と、頭上から勝ち誇るような声が聞こえてきた。
「ありがとよ、僧侶の嬢ちゃん。おかげで死なずに済んだぜ」
「お、おかしらぁ! 助けてください!」
「分かってる。おい、この小僧を殺されたくなかったら子分達をこっちへ渡せ」
「そんな……」
カンダタが告げたのはある意味で当然の内容だった。私の身柄を使って手下達を助けようとしているらしい。部下を見捨てない事は褒めてもいいが、ステラの優しさを踏み躙る行為は許す訳にはいかない。
だが剣はこの手になく道具さえも使えない。どうやってこの状況を脱するか。それを考えねばならない。そんな風に考える私の目の前では、気落ちするステラの肩へフォンがそっと手を置いていた。
「ステラ、気にする必要ないわ。勇者の手をあんな奴の血で汚さず済んだと思えばね」
「おい、人質交換なら同時が基本だ。だからこっちはまず二人そっちへ引き渡してやる。最後の一人と勇者を交換だ」
「いいだろう」
アンナ殿の提案にカンダタが応じて、まず盗賊二人がこちらへ這いずりながらやってくる。鎧姿ではないのでおそらくフォンとアンナ殿が脱がせたか壊したのだろう。
多分だが着地の際に受けた負荷が未だに残っているのだ。歩く事も出来ないまま、二人の盗賊がカンダタの後ろへと移動したと思う。
「じゃあ、最後だ。これで勇者を」
「ちょっと待ちな。こっちはろくに歩けないんだ。それで同時に交換は無理ってもんだぜ」
「なっ……あたし達が卑怯な真似する理由ないでしょうがっ!」
「どうだかな。躊躇いなく人殺しが出来る奴が率いてるパーティーだ。そっちへ引き渡したが最後俺と同じ事をしないとも限らないだろ」
憤りを見せるフォンを嘲笑うかのような声が頭上から聞こえる。どうやらこの男、最初から私を解放するつもりはないらしい。こうなるとこのままでは皆が危ないかもしれない。
私を拘束したままステラ達に危害を加えないとも思えない雰囲気もある。何か考えなければならない。だが、武器もなく動きも封じられている。出来る事と言えばもがく事ぐらいだ。
と、そこで思い出す事があった。今の私には出来る事があると。どうやっていいかはよく分からないが、あの世界での呪術のようなものと思えば出来ぬ事もないはずだ。
「ほら、まずは俺様の手下をこっちへよこせ。で、俺様の傍に来たら小僧を解放してやる」
「……分かったよ」
「「アンナ(さん)っ!?」」
「仕方ないさ。こいつと勇者じゃ命の重さが違う。盗賊なんてしないと生きていけない奴と、父親の遺志を継いで魔王を倒そうとする奴。どっちが大事か言うまでもないだろ」
アンナ殿の言葉に僅かだがカンダタが奥歯を噛んだようだ。今なら完全に奴の注意は私にはない。そう判断し、私はステラが呪文を使った時の事を思い出して右手をカンダタの腹部へ押し付ける。
「あ? 何だ?」
「
「ぎゃああああっ!!」
何かが体から失われる感覚と共に右手から熱が生じた。そしてカンダタの拘束が緩んだのを感じて私は急いで前方へとローリングする。
「「勇者(様)っ!」」
「今の
慌てて駆け寄る二人と何故か呆気に取られているアンナ殿を後目に私は目の前を見つめる。カンダタは全身を炎に包まれながら床を転がり続けていた。
さすがに今度はステラも助けようとはしなかった。いや、おそらくだが助けられないのだろう。カンダタを包んだ火は、まるでその身を焼き尽くすまで消えないように感じられた。
「……さすがに不味くない?」
「え、ええ、このままでは焼け死ぬかと」
「お、おかしらぁ!」
手下の盗賊が悲痛な声を上げる。私はどうする事も出来ないので目の前の光景を見つめるしかない。すると、背後でアンナ殿が大きくため息を吐いた。
―――仕方ないか……。
そして、その直後燃え続けるカンダタへ何かが飛んで行った。それは、冷気だった。その冷たい風が火を消し飛ばすかのように鎮めて行く。だが、私達はそれよりもそれをやってのけた者へ視線を向けていた。
「アンナ殿、今のは……」
「
「そうじゃないわよっ! な、何であんた魔法が使えるの!?」
驚きを隠せない私とフォンだが、何故だかステラだけは納得するような表情でアンナ殿を見つめていた。
「やっぱりそうだったんですね。あの野宿の時の火、あれは魔法によって点けたものじゃないかと思いました。微かにですが魔法力を感じましたから」
そう告げて、ステラは深呼吸をするとこう尋ねたのだ。
―――アンナさん、貴女は転職したんですね?
転職に必要な最低レベルは20。そして、魔法使いがレベル20で覚える魔法はヒャダルコです。