CODE SUPERIOR 作:臨時総督府受付担当
あとBOR寄生体ってどこから出てきたんですかね?
まさか地下遺跡の墓を暴いたりはしてないよね?
ヤーナムの狩りは相手の攻撃を避けることを重視している。獣の膂力と無尽蔵とも思える持久力の前では生半可な防御は容易く引き裂かれ、堅牢な盾も手数に押し切られる。故にヤーナムの狩人たちは、原初の狩人たるゲールマンが編み出した防御を捨て回避に重点を置くという手法を使い続けている。独特なステップによる飛び込むような動きで敵の懐に飛び込み、その喉笛を掻き切る。
迫り来る異形が振り下ろす大斧の刃を逃れ、踏み込みにより勢いを乗せた一撃を叩き込む。狩人の手に握られているのは歪な形をしたノコギリ。細かな刃で敵の肉を削ぎ落とすようにして切り裂くことを目的とした、人ならざる獣を惨たらしく殺すための武器である。獣への異常なまでの殺意でもって作られたこの武器は、別の世界でも問題なく異形を切り裂いた。しかし胴を袈裟斬りにされたにも関わらず、未だ殺意の衰えぬ異形は大斧を引き戻し、こちらを叩き潰そうと真っ赤に目を輝かせている。
まただ。どうもこの異形どもは怯みこそすれど致命傷以外なら無視して戦闘を続行しようとする。痛みで怯みこそするが、霧散するまで暴れ続けるため獣より面倒だ。しかし、何体か殺し続ける過程で判明したことがある。“心臓”だ。あの霧散する現象の基点でもそこにあるのか、奴らは心臓を破壊されると通常より早く霧散するのだ。ともかく現状では押し寄せる異形を少しでも早く処理するに越したことはない。一度距離を離して異形の型もなにもあったものではない力任せな一撃をやり過ごし、直後に再び距離を詰める。踏み込むと同時に遠心力を利用し、武器の仕掛けを起動。金属がすり合い火花を一瞬散らしたかと思えば、ノコギリは折り畳まれたような歪な形をした柄が変形し、よく見る長柄のノコギリのような形状になった。そしてノコギリの刃の反対側に備えられていた鉈が姿を表す。
ヤーナムでは自らが人であるという矜持を持つために、あえて様式美にこだわることがある。それは狩人装束や武器の端々に誂えられた一見無駄に思える装飾などに表れている。そして武器にも特殊な技巧を凝らし、獣には十全に扱えぬ、人であるからこそ力を発揮する“仕掛け武器”が開発された。仕掛け武器はその全てがある種の特殊機構を有しており、狩人の握るノコギリ鉈はその代表例の一つである。柄を折り畳めば素早く敵の肉を裂くノコギリとして、柄を伸ばせば遠心力を利用し骨を断つ鉈として、刻々と変化する狩りに対応するべく産み出されたヤーナムの業の一端である。
頭上より振り下ろされたノコギリ鉈は遠心力と狩人の膂力でもって異形の左肩へと勢いよく叩き込まれた。めり込んでいく鉈の刃は骨に達した瞬間僅かに勢いが衰えるが、難なく骨を断ち深く深くへと沈んでいく。肋を枯れ木の枝のように圧し折り、守られていた心臓を粉砕する。おびただしい量の血が噴水のように吹き出し、正面にいた狩人はその血を浴びるが、既に何体もの異形を葬り、血塗れとなっているので誤差のような物である。普段ならこれに加えて肉片やらがこびりつくのだが、勝手に霧散するお陰で肉片も合わせて霧散するためいくらかはマシなのだが。
ノコギリ鉈を変形させ、その勢いで血払いをしつつ辺りを見渡せば、異形どもが警戒するように周囲を取り囲みながら彷徨いている。闇雲に突っ込んで来るようなことはしなくなったがこちらを逃がす気は更々無いらしい。面倒なことだ。さてどうしたものかと思案していると、異形の一団より、歩み出てくる者がいる。漆黒の羽が変化した様な軽鎧を各部に備え、すらりとした細くも丸みのある女性的フォルム。頭部からは二本の耳が突き出ている。首輪のようなマスクを装着しており、くぐもった呼吸音が漏れ出している。手にはこれまで葬ってきた異形どもの雑多な武装とは比較にならない鋭さと禍々しさを放つイバラが絡み付いたような片手剣。そして感じる上位者の気配。眷属の類か。
まるで魔女のように不気味な甲高い笑い声を漏らしながら、距離を詰めてきた異形の眷属はくるりと回転し、その勢いを乗せた鋭い斬擊を放ってくる。咄嗟に背後に飛び退き、刃の軌道から逃れるが、異形の眷属はそのままこちらを追撃するように踏み込み、回転を継続しながら連続で切りかかってくる。下がり続ければこちらが不利だと判断した狩人は、逆に前に向けてステップを踏み、刃の暴風へと飛び込む。ノコギリ鉈で素早く切り込み幾度か切りつけるが、手応えが浅い。ノコギリ鉈では軽すぎるか。そのまますれ違うようにして一度距離を離し、ノコギリ鉈を虚空へと放るように手放すと跡形もなく消え去り、次の瞬間には狩人の手には戦槌のようなものが握られていた。槌の後部には擊鉄のような機構が組み込まれており、狩人はそれを肩に引っ掻けるようにして勢いよく擊鉄を起こした。火花が散り鉄と鉄が打ち合わされる音と共に金槌が熱を帯びる。
これこそ、狩人達に武装を提供する工房の異端『火薬庫』の手による仕掛け武器、爆発金槌。金槌に小型の炉と擊鉄による点火機構を備えた武器である。金槌を振り回せば炉より火炎が迸り高熱を纏った槌が敵を薙ぎ払い、金槌を叩きつければ爆発が一撃の元に対象を粉砕し吹き飛ばす。一々炉へ再点火する必要があるなど、手間がかかる『火薬庫』特有の浪漫に溢れた代物ではあるが、その破壊力は凄まじいの一言に尽きる。
こちらに向き直りつつある異形の眷属に向けて狩人は爆発金槌を担ぐように構え、渾身の力でもって振り下ろした。異形の眷属は金槌との間に片手剣を挿し込み防御の構えを取ったが、狩人は構わず金槌を叩きつける。片手剣に金槌がぶつかり衝撃と共に爆発が異形の眷属を襲う。片手剣は衝撃に耐えられず半ばから折れ、守りを突破した金槌が胸部に直撃。鈍い音と共に衝撃が突き抜け、異形の眷属は怯みによって致命的な隙を見せた。透かさず狩人は金槌を突き出すようにして相手を殴打し、そのついでに擊鉄を相手に引っ掻けるようにして起こすと、もう一度爆発金槌を振り下ろした。今度は威力を削がれることなく爆発金槌が相手を捉え、轟音と共に紅蓮の炎が燃え上がり、火花が飛び散る。
まともに一撃を受けた異形の眷属は吹き飛んで行き、数度地面を跳ねたところで勢いを失い止まった。打ち据えられた部分は陥没し内部は衝撃で掻き回されまともな状態ではないだろう。にもかからわず、異形の眷属は驚異的な生命力でもって地面に手を突き、折れた片手剣を握り締め立ち上がろうとしていた。だが、そこへ無慈悲にも獣狩りの散弾銃が突きつけられた。立ち上がろうとする女の異形の頭部へと銃口を押し付け、無駄だと言わんばかりに相手を地べたに無理矢理這いつくばらせた。
装填されているのはヤーナムの獣狩りの業が産み出した特殊加工弾薬である水銀弾。腐食性の高い水銀を錬金術すら利用して銃弾として成型し、狩人の血を混ぜ合わせた代物だ。銃器を祭壇、水銀弾を触媒、銃の使用者を術者として、簡略化した儀式の形態を取り、混ぜ込んだ血を操作することで貫通力を高め、その結果として銃撃の威力が上昇するということだ。血質の良さは血の操作性の高さ、ひいては水銀弾の威力は混ぜられた血質に依存する。上位者の端くれと化し、その性質を人の頃より大きく変化させた狩人の血は、いまや最高級の血質を持っている。
抵抗の意思を見せる異形の眷属に対し、狩人は躊躇なく引き金を引いた。軽く放たれた銃撃はその引き金の軽さとは反比例し、重く鋭い一撃となって異形の眷属の頭部を蹂躙した。散弾を至近距離で放たれたことで分散することなく一点に集中した衝撃は頭部を抉り取るようにして突き抜け、頭部をもはや面影すら残さず破壊し尽くした。
異形の眷属が霧散するのを見届け、改めて周囲を見渡すが、これだけ力を誇示するように戦ったにも拘わらず、相も変わらず異形どもは退く素振りを見せない。被我の実力差すら察せぬほど愚かな獣以下の知性しか残っていないのか。はたまたそれすらを凌駕するほどに奴らを掻き立てる何かがあるのか。恐らくは後者だ。餓えた獣より貪欲に何かを求めている。その衝動は一体何処から発生しているのやらと諦めの悪い異形どもに溜め息すらつきそうになる。
これはこの肢体が物量に押し潰される方が早いか?などと諦観の境地に至りつつあった狩人だったが、ふと耳を澄ますと異形どもの唸り声以外の音を捉えた。雄叫び、怒号、銃声、そして次第に多くの軍靴が地を叩く音が廃墟に木霊するようになっていく。もはや己の素性など思い出せぬ狩人だが、その音は良く聞き慣れたものであったような気がするのだ。僅かに懐旧の念を抱きつつも音の方向を注視していると、大して間を置かずにその正体は判明した。異形の包囲を突破するようにして現れたのは武装した一団だ。その装いは見慣れぬものなれど、統一されたそれは戦闘服ないし軍服であろう。皆一様にペストマスクのようなもので呼吸器を覆うようにしており、片手剣や斧槍、着剣した小銃を手に異形を退けている。その動きは訓練された戦闘集団のものだ。
「そこのお前!こっちだ!」
その一団のおそらく部隊長であろう鋭い眼光の人物が、異形を切り伏せる傍らこちらに呼び掛けてきていた。一先ずは敵ではないと判断した狩人は即座に駆け出し、一団との合流を試みる。それを逃がすまいと大槌を振りかぶる異形を散弾で足止めしつつ一団へと駆け寄ると、こちらを護衛するように周囲を固めた。
「その様子なら自分のケツは自分で拭けるな?後退する。ついて来い!」
こちらが担いでいる爆発金槌を見ながら、皮肉の効いた小粋なジョークを飛ばしてくる男が殿をつとめ、大槌を担いだ者が異形を叩き潰し活路を開く。互いの動きをカバーしつつ、部隊は奥まった路地を抜け、いくらか開けた辺りに出た。そこで気を緩めたのがいけなかったか、銃剣持ちの1人が瓦礫の影から躍り出た異形の剣に腹部を貫かれた。
「グッ……ガアアッ!!」
下手人の異形は銃剣持ちが最後の力を振り絞り、脳天に銃剣を突きこんで霧散させたが、あの傷だ。ヤーナムの住民たちなら幾らか希望はあれど、あれは助かるまい。そう思って隊員を眺めていた狩人は、驚きにより目を見開いた。隊員の体が異形どものように霧散していくではないか。もしやこれが
「間引きを中断し、庁舎前の拠点に帰還する。お前も何が何だかわからんだろうが、説明は戻ってからだ」
仲間の死には慣れているのか、淡々と今後の指針を示し装備の確認をこなす部隊長。一見すると冷酷なようにも見えるが、よく見ると目元が憂いを帯びており、それを必死に押し殺そうとしているようだ。不死も何らかの代償があるか、不完全な不死なのだろうか。いくら不死の吸血鬼とはいえ命を資源として効率的に消費しなければ成り立たなくなるレベルで追い詰められているのかもしれない。ただでさえ滅びかけなのだ。可及的速やかにこの事態の原因である上位者を狩り、余所者は立ち去るとしよう。部外者がずかずかと立ち入り痛い目に合うのは、かつてヤーナムに獣を追って現れた異邦の官憲隊の末路からして明白だ。
幾度か異形に遭遇しつつもそれを撃滅し、しばらく歩き続けていると、遠目に見てもその巨大さが分かる白亜の建物までたどり着いた。これが庁舎だろうか。周辺は通路が障害物によって一本道に制限され迎撃しやすくなっており、見張り台や防護壁も合わさり急拵えながらも要塞化がなされている。庁舎前の広場は指揮所として機能しているようで、何人かが慌ただしく駆け回っている。広場の入口では純白の鎧とマントを着込んだ時代錯誤な騎士が番をしており、血塗れのままの狩人に警戒し斧槍を向けられるという一幕もあったが部隊長が取りなしてくれたお陰で事なきを得た。
「ジャック!戻ったのね」
ジャックという名前だったらしい部隊長の元に、何か板のような物を抱えた白い衣服の女性が現れた。どうやら彼女は救護担当責任者らしく、戻った人員の怪我の有無を確認していた。
「1人死んだ。もう戻っているか?」
「いいえ。まだ戻ってないわ……もう少ししたら戻ってくるとは思うけど」
何やら死んだものが戻ってくるようなニュアンスの会話をしている辺り、どうやら吸血鬼の復活方法は先程想像したものでおおよそ間違いではないらしい。吸血鬼の生態について探求心が疼くビルゲンワースの継承者の悪い癖を抑えていると、彼女の視線がこちらに向いた。
「ところで、彼は一体?血塗れだけど……」
「安心しろ、それは全て返り血だ。
彼女は狩人の持つ血塗れの爆発金槌や獣狩りの散弾銃を見てどこか納得したような表情になった。ちなみに血避けのマスクで目元以外を覆い古めかしいコートを着込んでいる事や、枯れた羽を模した狩人帽を被っていることに関してはスルーされた。それはそうだ。救護担当がひどく裾の短い黒のスカートに真っ赤なタイツを着用するなど破廉恥に過ぎる格好をしているというのに誰も突っ込まない。*1きっと服装に非常に寛容な世界なのだろう。思わぬ世界の差異に呆然としている横で淡々と手続きがなされていく。
「マスクなしでよく無事だったわね」
「コイツがいたのが瘴気の薄いエリアでな。見ての通り口元を布で覆っていたから大事には至らなかったようだ」
「なるほど……一応後で検査するわ。貴方、名前は?」
名前を聞かれた狩人は解答に困り押し黙ってしまう。名前などヤーナム以前の記憶がゴッソリと抜け落ちているため覚えていないし、今に至っては思い出そうとすら思っていない。狩人と職業名で呼ばれ続け、出会う幾人かから月の香り*2がするなどと意味不明な事を言われ、そのまま通り名が『月の香りの狩人』となったくらいだ。呼び名こそあるが名無しである狩人はどう答えたものかと思案する。馬鹿正直に狩人などと名乗るほど愚かではない。というか狩人はヤーナムでは自ら名を名乗った覚えは全く無かった。
加えて狩人は至極当然ながら血の常用者や血の意思の中毒者ではあっても吸血鬼ではない。経口摂取ではなく血管への直接投与だったりと血の取り入れ方も微妙に違う。つまり吸血鬼が吸血鬼足りうるBOR寄生体は当たり前だが狩人には存在しないため、調べられてしまえば吸血鬼ではないことが露見するだろう。加えてこの身は人の形態こそ取っているが、上位者に他ならぬ。ヤーナムの血に加えて、上位者の血やカインハーストの穢れた血が混ざり、さらに自身が上位者となったことで性質がどのような変化を遂げたのか想像もつかない混沌極まる血だ。これが医療者の手になど渡ってみろ。好奇心を盾に非道な実験に没頭するに違いない。*3
狩人がこちらにいるのは狩人の夢での接点を基点に、上位者の赤子であるクルスの遺した見慣れぬ血晶石を媒介として無理矢理引き込まれたに過ぎない。何の接点も持たない向こうの世界の上位者が干渉する余地は全くないため、狩人の血が流出しても莫大な血の意思により摂取した者を強化するぐらいだろう。並大抵の相手では狩人の血の意思を受け取りきれずに爆発四散するだろうが。
また異世界の上位者の存在も危惧していたが、上位者の赤子であるクルスがここまで派手に暴れたにも拘わらず、何の音沙汰もなく、気配も感じない。逆説的にこの世界に上位者はクルスしか存在しないのだろう。もしくは居るには居るが人の俗世には興味がなく、赤子も欲していないと考えられる。ひとまずそこまで注意を払う必要は無さそうだ。
長考の結果、狩人は真実を交えてそれらしい話をでっち上げることにした。
「名前は覚えていない」
「名前を覚えていない?それじゃあ出身地や家族のことは?」
「何も。自分のことは何一つ分からない。わかっているのは戦いの事と身体の事だけだ」
「エピソード記憶の大幅欠如……!貴方最近目覚めたばかりよね?」
「この世界で何が起きているのか分からない程度には」
そう答えると救護担当──カレンは難しそうな顔をしながら考え込んでしまう。狩人はその後畳み掛けるように次々と真実を含んだデタラメをカレンに吹き込んでいく。
謎の施設で目覚める以前のことは思い出せないこと。
自分は何らかの秘密実験の被検体だったらしいこと。
とある寄生体の血液を改良し、人より上位の存在を作り出そうとしていたこと。
ありとあらゆる血を取り込ませられたこと。
死んでも気がつくと無傷で蘇ったこと。
嘘は言っていない。
ヨセフカの診療所で目覚める以前の記憶は全く無い。
医療教会が蔓延るヤーナムという実験場で血の治療という名の実験の被検体だった。
上位者という人と交わらないと赤子を増やせない寄生体の血液を改良し瞳を得て思考の次元を上げることで上位者のレベルまで登ろうとしていた。
獣の病の患者、犬、烏、豚、上位者、眷属などあらゆる血を最初以外自主的に摂取していた。
死んでも狩人の夢の力で全て悪夢だったことにして目覚めることで復活できた。
語弊こそあれど何も間違ったことは言っていない。
ただ、この情報を受け取った側が都合よく解釈するのはどうしようもないが。
この後、狩人はQ.U.E.E.N.計画の亜種計画により生まれた吸血鬼の突然変異型と勝手に解釈され、その存在はグレゴリオ・シルヴァなどの一部の存在にのみ秘匿されることとなる。
クイーンの血
多大な犠牲を払い、女王に負わせた傷口から滴り落ちた青ざめた血。僅か数滴ですら触れた吸血鬼を侵し、堕鬼へと堕とす危険物。扱いには細心の注意が求められる。
適切に利用すれば強力な回復薬や、鉱物を強化する用途に使用が可能だが、その技術は既に喪われている。
大量の女王の血を浴びたものは時折異様な変貌を遂げ、女王の渇きを満たすための忠実な従者と成り果てる。
従者たちは通常の堕鬼とは一線を画す強さを誇る。
くれぐれも用心することだ。