白羽の決意表明を聞き、雪ノ下は言葉少なくだがそれを受け入れた。それにより、白羽の奉仕部入部が決まった。
あれから下校時刻が迫っていたこともあり、今日は解散。白羽は入部届けを提出するため、平塚先生と一緒に職員室に向かっていった。
そして現在。
俺は帰りの道中、前から気になっていた小説の新刊を買いに本屋に立ち寄っていた。
まだ三日ほどだが、奉仕部にいる間、基本暇なんだよな。雪ノ下もずっと本読んでるし。まあ俺も積ん読解消したり、読み返したい本を普段から持ち歩いているから今のところ退屈はしていない。
それにしても、積んでる本があろうと、つい新しい本に手が伸びてしまうのは何故だろうか。
いや、積んでる本を忘れるわけじゃないんだよ。ただ、まだ手に入れていない本の方が面白そうに見えてつい買ってしまうだけなんだ。隣の芝生は青いというし、上昇思考の強い俺は本能的により良いものをつい探してしまうのだろう。マジ俺世界を導く存在! 人の上に立つ男! でも俺働く気ないからこの才覚は一生陽の目を見ることはないな、うん。
そんな誰に対してかわからない言い訳を、目当ての新刊を手に取りながら適当につらつら思い浮かべる。分類的にはライトノベルだが、ハードカバータイプである。ごつい。ライトとは。
ふと考える。俺は小説はじっくり読む派だが、それでも今後もあの部室で読むには一冊じゃ心許ない。何度も来るのもめんどいし。
俺は他にも琴線に触れるのはないかと小説コーナーから物色していると、
「──くそっ」
(──っ?)
突然、隣から吐き捨てるような悪態が聞こえた。
とっさに「ひぃすみません」とつい謝りそうになる。普段人に話しかけられても自分相手にじゃないと瞬時にわかるのに、悪態や嘲笑とかだと自分へ言われているように感じるのはぼっちあるあるだと思う。え、違う?
チラリとそちらを見ると、そこには車椅子に座った同い年くらいの少女が、憎々し気に本棚の上の方を見ていた。
服装は膝下まである大きめのシンプルな黒いワンピースと清楚っぽいが、お嬢様感はあまり感じない。やんちゃな少年っぽい少女といった感じだ。ショートの髪型と猫のような目つきがそれを強調させている。
と、こちらの視線に気づいたのか、その少女と目が合った。
見つめ合うこと数瞬。
「……これですか?」
気まずさを感じる前にと、少女の視線の先にあった本を取って差し出す。俺はなんなく取れたが、車椅子利用者だと辛い高さだ。
その本は背表紙でなく、面を客に見えるように展示されていた。主人公が難病にかかったヒロインに振り回される話。少し前に映画にもなり、今でも人気作としてコーナー化されているらしい。俺も読んだが、結構面白かった。
「あ? ああ、ありがとう、ゴザイマス」
すごく言い慣れていない感じでお礼を言われる。
不意をついた行動だったのか、きょとんとした表情で本を受け取る少女。先ほどの憎々し気な目つきと相まって、その表情はどこか幼く見えた。
「いえ、じゃあ」
片手を上げ、言葉少なく少女から離れる。振り返ることなく。
オーケー、超クール。今俺超カッコいい……!
俺は比企谷八幡。ぼっちなのと目と性格を除けば基本ハイスペックの男!
俺はそのまま本屋から去ろうとして、
「お客様! 少しお待ち頂けますか?」
「ひゃい!?」
唐突に店員に呼び止められた。
そして気づく。
──やべぇ会計忘れてた。
後ろを見る勇気はなかった。
◇
店員に「盗む気は全くなく忘れてただけなんですホントなんですごめんなさい!」と謝り倒し、何とか事なきを得た。
アホなこと考えててうっかり前科者とか笑えない。いや、未成年な上初犯だから注意だけで済むだろうけど、そこはそれ、気持ち的に。
その後に改めて本を物色する気にもなれず、会計だけ済ますと早々に店を出ることにした。
「…………マジかー」
しかし、こういう時に不運は重なる。
時間を取られているうちに、外ではそこそこの雨が降っていた。雨脚はそれほど強くはなく走れなくもないが、家まで降られ続けるのを考えると辛い、何とも嫌な雨量だった。
今朝見た天気予報では晴れのち曇り。傘なんかは持ってきていなかった。
軒下の隅まで移動し、スマホを取り出す。改めて天気を調べてみる。暇潰し機能付き目覚まし時計と化している俺のスマホだが、こういう時にサクッと調べものができるのはありがたい。
調べてみると、未だこの地区の午後の天気は曇り。通り雨らしい。
この分なら、そこらの喫茶店でコーヒーでもチビチビ飲んでればすぐに止むだろう。幸い二軒隣にある。
そう結論づけ、すぐ傍の喫茶店に向かおうとした。
「やあそこのお兄さん。わたしとちょっとお茶でもどうだい?」
不意に、横から声をかけられた。
あまりにベタなナンパの常套句に、反射的にそちらを見る。いや性別逆じゃね?
俺のいる軒下隅の反対側には、先ほどの車椅子の少女が猫のような笑みを浮かべ、こちらを見ていた。
「さっきはどうも、おかげで助かったよ」
少女はそう言うと、缶を二つ差し出してきた。
一つは紅茶。もう一つは……マッ缶、だと!?
千葉県民のソウルドリンクをチョイスする辺り、コイツ、できる!?
少女のパーフェクトチョイスに俺が戦いているのを訝しんでいると感じたのか、
「お礼。心配しなくても毒なんて入っちゃいないよ。それとも両方苦手だったかな?」
「いや良いチョイスだ。千葉県民ソウルドリンクを選ぶとは」
反射的に答え、マッ缶を受け取る。マッ缶を否定することはできない。千葉県民として当然である。
少女は「ソウルドリンク?」と首を傾げるが、まあいいかと聞き流した。
「そこの自販機で適当に買った物だけど、見ての通り、足が“コレ”でね。下の方にあったコレくらいしか買えなかったんだ。悪いね」
「…………」
少女は笑いながら、ワンピースから伸びる細い足を撫でた。
冗談のつもり、なのだろうか。何と答えるべきか咄嗟に出てこない。
こちらが言葉に詰まっていると、くつくつ、と笑う少女。
「それに、面白いものも見せてもらった。まるでコメディ映画のワンシーンだ。見ていて愉快だったよ。ありがとう。……くくっ」
「…………は、はぁ」
……俺の道化師っぷりは、どうも一部始終見られていたらしい。
そりゃまあ広くもない店内だ。入口近くでゴタゴタしていたら、見られていても不思議じゃない。
不思議じゃないが、……いい性格してんなコイツ。
「それに、親切にしてもらったからね。借りは早めに返すに限る」
「……借りなんて大袈裟な」
「わたしの気分の問題だよ」
一方的な物言いだが、気持ちはわかる。
その時、キィ、と音と共に、目の前に車が停まった。
見ると運転席から少し年上くらいの女性が降りてきて、車椅子の少女に目を向けていた。
「……お迎えだ。お先に」
「あ、はい」
少女は、ポン、っと紅茶の方の缶をこちらに放る。
左手はマッ缶で塞がってたが、緩く放られたおかげで危なげなく右手でキャッチできた。
「そっちは見せ物代」
キィ、と、今度は車椅子から音を鳴らせ、少女は軒下から出る。本当に通り雨だったようで、気づけば雨はほとんど降っていなかった。
少女は車から降りてきた女性と二・三言葉を交わし、介助されながら車に乗り込んで行く。女性は一度こちらを見て、一つお辞儀をし運転席へと戻っていった。
エンジンはかけたままだったようで、少女を乗せた車は時間をかけず動き出す。少女が窓越しにヒラヒラと手を振っているのが見えたので、軽く頭を下げて返事とした。
ふぅ、と一つ溜め息をつく。
今日は慣れないことが多くて気疲れした。
さっさと帰って録画しているプリキュア見よう。
びちゃびちゃに濡れているであろうサドルに思いを馳せ、また一つ溜め息をついた。
※誤字修正。
不死蓬莱様、
ありがとうございます。