やはり、花の少女は悩みを抱えている   作:クログロ

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継続は力なり。
つまり私は無力なり。
……申し訳ありません。


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「ホームルームは以上。日直、号令を」

「起立、礼」

 

 クラス委員長の声に、椅子を引きずる音が幾重にも重なる。

 

 奉仕部に入部した翌日。

 全ての授業、ホームルームが終わり、放課後へと移り変わる。私自身、授業を受けることに特別苦手意識があるわけではないが、それでも少しの解放感がじわりと胸を満たした。

 手早く、しかし周りから見て焦っているようには見えない程度の速度で荷物をまとめ、教室を出る。

 

 そう。

 今の私にはもう一つ、高揚感の素があるのだ。

 

(今日から、部活……!)

 

 人生初の部活動に、私の心は弾んでいた。

 部活。今まで触れてきた映画や小説の中に登場する学校が舞台の物語において、それはまさに青春の代名詞。登場人物たる彼らが光り輝くのは、同好の志が集まり学内にありながらも一種の治外法権と化す部活動という環境があるからに他ならない。

 

 もちろん不安がないわけではない。

 

 上手く話ができるだろうか。

 何気ない一言で二人を傷つけてしまわないだろうか。

 そもそも、あの二人は内心私の入部は否定的なのでは!?

 

 そんなネガティブな考えが昨晩から止まらない。今も、気を抜けば内向的な自分の囁きが脳裏を掠め、足を止めそうになる。

 それでも、

 

(私は、踏み出すと、決めた)

 

 昨晩からすでに数えるのも億劫になるほど唱えた言葉を繰り返す。いつもいつも周りの目を気にして、下手な考えを繰り返し、結局一歩も進めずにいた自分。そんな自分を変える機会を、環境を、平塚先生は与えてくれた。感謝してもしきれない。

 その想いに応えるためにも、弱気な自分に負けるわけにはいかない。

 

(『なりたい自分になる資格がないなんて、君に思わせる権利は誰にもない』)

 

 映画「恋のからさわぎ」の名言を胸に、私はまた一歩、部室へと足を進めたのである。

 

 

 

 足が止まった。

 

「やあ白羽。これから部活動かね?」

 

 自身を一念発起させ、気炎よ上がれとばかりに進めていた足を止められてしまった。

 

 目の前には、やあ、と気さくに右手を上げた平塚先生。その隣には一人の見知らぬ女生徒がいた。何やら立ち話をしていたところに私が通りかかったらしい。

 

(お話中だったのならわざわざ声をかけてくれなくても良かったのに……)

 

 こちらの精神状態など知る由もないと重々承知しているが、昨日背中を押してくれた恩師に水を挿されてしまった。

 私のやる気が先ほどまでの高揚感の反動からか消沈してしまう。

 

「……何か、ご用でしょうか、平塚先生」

「あ、ああ。確かに用はあるんだが……いやどうした? 随分落ち込んでいるようだが」

「いいえ、何でもありません……」

 

 貴女が原因です、なんて、とても言えない私である。

 そうか、と平塚先生は訝しげながらも頷く。

 

「なに、用というのはだな──」

 

 先生は半歩横にズレると、後ろの少女を示した。

 

「彼女のことだよ」

「ど、どうも」

 

 先ほどから私に負けず劣らず所在なさげにしていた女生徒が、怖々といった風に私に会釈した。私も慌てて会釈を返す。

 思索に耽る。

 平塚先生は『用』と言った。今の私の立場からすると、人を紹介されるに足る理由は自然絞られる。

 

「あの平塚先生、彼女は奉仕部の?」

「話が早いな。ああ、依頼人だ」

 

 平塚先生はうむと腕を組み頷く。そして女生徒にチラリと目を向け、

 

「由比ヶ浜。彼女が今話した部活の部員だ」

「白羽さん、だよね。はじめまして。あたし由比ヶ浜結衣。F組です!」

 

 えへ、と幼さを残す笑顔とともに自己紹介する由比ヶ浜さんに、

 

「こ、こちらこそ、はじめまして! 二年A組白羽蘇芳です! よろしくお願いします」

「うん、よろしくね!」

 

 慌てて返す私に、彼女はにっこりと向日葵のような笑顔を向けた。

 

 こんな風に笑顔で話しかけられたのは久しぶりのことだった。いつも一人でいる私は悪目立ちしているのか、クラスの人達は何処か遠慮というか、悪く言えば腫れ物に触る感じで話しかけられる。

 

(それにしても……)

 

 改めて由比ヶ浜さんを見る。

 ふわりとウェーブのかかった桃色寄りの茶髪をお団子にしてまとめている。指定の制服を着くずしていて気の強い今どきの女子高生といった感じではあるけど、素直さがにじみ出る表情と童顔のためか威圧感は感じず、柔らかな印象を持った。

 

(可愛らしい人……)

 

 一言で表すなら天真爛漫。私の憧れを一まとめにしたような少女だった。

 

(私とは何もかもが違うわ)

 

 髪色一つ取っても、私のカラスを思わせる陰気な黒髪とは比べるべくもない。彼女からは、そういった女の子らしさが溢れていた。

 

「それで、その、依頼というのはどういった件でしょうか?」

 

 彼女の眩しさに目が眩み、初対面であるのも相まって、つい取り次ぎの平塚先生に話を促した。

 

「ああ、それは ──」

 

 

 

「クッキーを作って、渡したい人がいるの」

 

 私は、平塚先生から由比ヶ浜さんを部室まで案内するように任され、こちらです、と短く告げると奉仕部の部室へと向かった。

 その間、何か話さないと、と思いつつも言葉にならず、望まずも粛々と辿り着いてしまった。少し泣きそうになった。

 

 そして、一通り自己紹介を済ませた後に由比ヶ浜さんは依頼内容を切り出した。

 

 その際、比企谷くんと由比ヶ浜さんが軽い口論になってしまった。どうも由比ヶ浜さんが彼のことを「ヒッキー」と呼んだことに不満を覚えたらしい。あだ名なんて、友人ができない私からすると憧れの一つなのだけれど……。比企谷くんが少し羨ましくなった。

 そんな比企谷くんは、彼が気になり依頼を切り出せずにいた由比ヶ浜さんの視線に雪ノ下さんが気付き、飲み物を買いに出る、という体で席を外している。顎で廊下の方を指した雪ノ下さんに従う彼を見て、少し物悲しい気持ちになった。

 

 今は雪ノ下さんと二人、彼女の依頼内容を聞いている。

 

「でもあたし、料理とか全然でさ……。正直作り方とかもわかんないし、なんか相談できたらなーって」

 

 たどたどしくも、悩みをしっかりと打ち明ける由比ヶ浜さん。

 

「ホントはね、最初は料理部の友達に相談しようと思ったの。でも、なんか友達とはそういうマジっぽい雰囲気のは相談しにくくてさ。どうしよーって悩んでたら平塚先生が『じゃあ良いところがあるぞ』って…………」

 

 雪ノ下さんは、そう、とこぼし、

 

「大体わかりました。貴女の依頼、お受けします」

「ほんと!?」

「ええ。幸い私は料理は得意な方だし、家庭科室の使用許可さえ貰えれば、作り方も実践で教えてあげられるでしょう」

「すごっ! ありがとう!」

「ちなみに白羽さん、あなたは?」

「は、はい、できます!」

 

 唐突に話を振られ、しどろもどろになってしまった。

 そうだ、私もこの部活の一員なのだ。映画や小説をただ眺める傍観者のようにここにいてはいけない。

 依頼者の付添人ではなく、解決するために動かなくては。

 

「そう。なら私が実際に作って見せて、白羽さんには由比ヶ浜さんの監督をお願いしようかしら。私も手が離せなくなることもあるでしょうし」

「は、はい……!」

 

 むんっ、と改めて気合いを入れる。

 が、はたと気づく。

 

「あの、比企谷くんは……?」

「……ああ、そういえばいたわね」

 

(比企谷くん……)

 

 どうやら本気で忘れていたらしい雪ノ下さん。

 

「どうしようかしら。特にやる事がないわね。まったく。いても迷惑なのに、この場にいなくても頭を悩ませるだなんて」

「あ、あはは」

 

 相変わらず散々な扱いの比企谷くんに、思わず苦笑いを浮かべる由比ヶ浜さん。私は自分のいないところで非難される比企谷くんを他人事とは思えず、戦々恐々としてしまう。

 と、由比ヶ浜さんは何かを思い付いたらしく、

 

「あ、味見! 味見役は!?」

「味見役?」

「そう! ほら、男子の感想も欲しいなーって」

「い、いいですね!」

 

 降って沸いたアイデアに私も飛びつく。

 たしかに、甘いものが苦手な男性はそこそこいるらしい。渡す相手次第ではあるだろうけど、ある程度の目安にはなるかもしれない。

 それに由比ヶ浜さんの器用さ如何によっては、いくらかの試行錯誤が必要になる。その度に完食するのは皆辛いだろう。その、女子的に……。

 

「そうね。では比企谷くんには勿体ないけれど味見役を。女の子との接点が希薄な彼なら泣いて喜んで協力してくれるでしょう」

「あ、あははは。そういえばヒッキー遅いね」

 

 そういえば、と由比ヶ浜さんにつられる形で時計に目をやったその時、

 

 

「「きゃあぁぁぁぁぁあああー!!」」

 

 

 突如、二つの悲鳴がつんざいた。




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花言葉:あどけなさ・無邪気


〈引用〉映画「恋のからさわぎ」より
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