自分は今信じられない光景を目の当たりにしている。
自国リンガイアは南には険しき峰を持つギルドメイン山脈があり、北には厳しき海北海があり、どちらもごくまれにだがレアモンスターの襲撃があり常にそれに備えるにつれ今の騎士国家という誇りがる。
だがそれは今日を持って終わるのだと思っていた。報告を受けた時クラーゴン十体に、如何に栄えあるリンガイアの騎士とても勝てる術などないのだと。
一体ならば問題はなく、その半分であっても魔法団と共に殲滅を覚悟すれば国と王を守り抜く自信もあったが、十体ともなれば絶望しかなかった。
それでも部下達を引き連れ、海より上がってくる尖兵のモンスター達を屠りながら住民の避難を優先させた。
「荷物など持たずに逃げよ!王城を目指せ!!」
突然の襲来に住民たちは逃げ惑い、当然反撃の武器など持たない為にやすやすとバケガニのはさみの餌食になり、信じられないことにヘルバイパーまでもがいて住民たちに襲い掛かり喰らっている。
仲間のカニたちを器用に避けつつ、逃げる者を猛毒の霧で殺して喰らう有様はまさに地獄絵図であり、助けようとする者も逃げようとする者も一色たにに薙ぎ払い絞め落とし、倒れ伏した者をバケガニ・ガニラスたちがぼりぼりと骨まで喰らう音を立てて食べては悲鳴が上がり、阿鼻叫喚と化す。
貪り喰らう事に夢中になり、血に酔い涎と血肉を垂らすさまは悪鬼でありモンスターとは思えない悍ましさに屈強な騎士達も身震いをして戦意を落とすのは無理からぬことなのかもしれない。
彼等は今生まれて初めて見たのだ。人間がただの-餌-としてモンスター達の餌食になる様を。
「あっひゃっひゃっひゃっひゃ~!」
神経が持たなくなったものが狂った哄笑をしながらヘルバイパーに突っ込み、尻尾の一振りで殺され食われて行く様を呆然となって見ている事しかできなかった。
ああ、自分達は弱い者だったのだ
今までは真に強き敵に会わず来ただけで、単に運が良かったに過ぎない。自分達は今日死ぬのだ。
バケガニやガニラスのどの弱い敵を倒せたとしても、ヘルバイパーを数で包んで押し殺したとしても、クラーゴン十体はどうしようもないではないか。
諦めがついたとき、それでも残酷な運命は戦意も精神もボロボロに崩れかけた者達に一撃の鉄槌をくらわすかのように、更なる暴力の化身を送りつけてきた。
海から這い上がったそれは、人間を蔑みの目で見つつ無言で凍てつく息を吐き、氷りし者を鋼鉄の錨で粉々に砕き一片の死骸さえ残しはしなかった。
「脆いものだ、所詮人間とはこんなものか。」
気だるげに、酷く詰まらなさそうに人語を話すトドマンにバウンスは一目見ただけで鳥肌が立つのを抑えられず恐怖が心に溢れ、剣を取り落としへたり込んでしまった。
目の前に死神が現れたが如く
バウンスはリンガイアの騎士の中で抜きんでており、若干十八にして騎士の部隊長にまで上り詰めた才ある者。
だからこそ分かってしまった。このトドマンはもしかしたら上位種のグレートオーラスであり、今いる部下を含めた全員が束でかかっても勝てはしないのだと。
「ふん、諦めが早いのは良い事だ。今楽にしてやる。」
トドマン最大級の凍てつく息を吐くための動作をしたその時に割って入った声があった。
「ふん、諦めが早いとは無様なものだな。邪魔だ退け。」
それは凛とした戦場を清めていく勇壮な声音ではなく、騎士団たちの醜態に対して明らかに侮蔑している怒りにまみれた声だった。
戦う者が自国民を守ることを早々に諦め戦意喪失をして醜態を晒しているとは愚かなことだ。
数がいようがゴミと変わらん、戦場の障害物にしかならないゴミ屑はさっさと失せろ!
「あ―――っ!!」
現れたのは全身の甲冑をまとった小柄な戦士一人であったが、血まみれの地獄絵図に怯む様子は微塵もなく、抜剣の一振りで辺りに蠢くカニ達を横一閃に闘気で薙ぎ払い驚き怒り狂うヘルバイパーに一瞬で辿り着き唐竹一文字切りで真っ二つにせしめた。
小柄な戦士の斬る速度があまりにも早く、斬られても暫くはヘルバイパーは全く気が付かず、戦士に反撃をしようとしたが突如視界が縦に割れたことを訝しみながらどしゃりと何かが崩れ落ちた水音を聞きながら絶命をした。
この程度造作もない。
「次はお前だトドマン。降伏するなら無傷で捕らえてやるぞ。」
小柄な戦士事ルイ―シャは、支給品の剣であっても使いこなして瞬く間に辺り一帯のめぼしい戦力を叩き潰しながら一路トドマンの上陸地点を目指してきた。
ボラホーンは即戦力だ。戦い馬鹿男に唾つけられる前になんとしてでも欲しい。
人語を解し、話せるところからしてレアモンスターだ。
捕らえてモンスターと人との仲介役から戦での戦力として幅広い価値がボラホーンにはある。
無論原作を読む限りでは獣王クロコダインに軍配が上がったのは百も承知だが、今から自分が徹底的に扱いて鍛えてやればいい。
大人しくつかまれ。
何処までも自国と家族を守ることしか頭にないルイ―シャは欲望に忠実であり、悲惨な現場と化したリンガイアの者達の思いなぞどうでもよく平気で踏みにじる。
降伏勧告をしたのがその証。
トドマンが万が一にも降伏をしたのならばその身を保障されることに他ならず、守るべき者たちを蹂躙したものを許せない騎士達の怒りを招いたのだがどこ吹く風であり、邪魔だからどっか行けとまで平然と口にする。
若いバウンスもアバンと同様で弱いな。
猛将とうたわれるのは当分先のようだと失望したルイ―シャは、なんとバウンスをリンガイアの騎士諸共に海に蹴り落した。
気配で海中の主だったモンスターは上陸をしたようで、そこそこまだいるモンスター達からは敵意を感じられず偶然に居合わせた者達のようだ。
ならば海に蹴落としても問題はなかろう。
「お前・・本当に人間か?」
同族に対する非道を、さしものトドマン・ボラホーンからも呆れられた。
自分も人間を殺すことに何ら躊躇いはないが、同族を無闇に手に掛けたことはなく、まして弱き者たちなど放っておくほどだが、この人間はどういうつもりだ?
「ふん、戦意の喪失した騎士など一般人よりも質が悪い。あいつらは自力で逃げ惑ってくれるが、今海に落とした連中のような輩は動かないお荷物以下だ。邪魔なものを固唾蹴るのは当然だろう。」
「ほう、同族を相手にそこまで言うのか?」
「はん!たかだか同じ種族に生まれたからといって守り抜いてやると言う気は私にはない。
私は私の守りたい者しか守らん。その為にもお前のような奴が欲しい。
どうせ気が付いているのだろう?私とお前の実力差を。」
甲冑で顔は見えず性別さえ分からないが、だがにたりと笑っている事くらいは察しが付く。
こんなバケモノにあったのは生まれて初めてだ。
北海では気ままに生き、戦う相手に事欠かずに常に己を磨いてきた。
お前のような奴が、人間どもに何の遠慮をする
数日前に自分に会いに来た魔族の男が熱心に人間征服を共にしないかと持ち掛け、仲間のモンスター達の活動をもっとのびのびとさせてやってはどうかと言ってきた。
確かにこの数十年で人間どもの船とやらの往来が激しくなり、自分達の住処を荒らすまでになってきたのは事実だ。
「良かろう。」
魔族の男に与する気はないが、物言いと度胸は気に入り、置き土産の鋼鉄の錨を持って乗り込んできたのだが、まさかこんなバケモノに会おうとは。
剣の一閃から悟ってはいたが、改めて目の前まで来られるとその実力がいやでも分かる。
だがしかし!自分にだとて誇りがある。
「ほう、分かっていてもなお向かってくるか。その気概やよし。」
自分の高める闘気すらバケモノにとっては面白き玩具であるように益々笑っているようだ。
その収まりかえった態度を粉々にしてくれる!
「甘いな、まだまだ弱い一撃だ。」ズシュ
何だと!まさか・・渾身の一撃を軽々と受け止めるとわ・・
ボラホーンは全身の筋力を全て右腕に集中をし、その巨体から繰り出す怪力を遺憾なく発揮をした。
小さき戦士と自分の体格差は歴然としており、縦から繰り出すスピードを上乗せまでしたというのにだ!
それを平然と受け止めて、利き腕でない左手の手刀で俺の腹を鎧ごと貫くか・・
「はは・・正真正銘の・・バケモノめ・・」
捨て台詞を放ちながら倒れるとは情けない。
ボラーホーン戦完勝