貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

11 / 47
11.騎士は白日の元へ

「ドミネーター。お前の存在を、国民へ正式に公開する事が国会で決議されたそうだ」

 

その日、俺は珍しく収容施設から出されて撮影機材とかがたくさん設置されたスタジオらしき場所に来ていた。

だが、そこにいる多くはカメラマンではなく迷彩柄の服を着た自衛隊員であり、まさしく『俺専用』の撮影現場だった。

いや嬉しくないんだけど。

 

「……があぁ?(マジで?)」

「大マジだ。お前の画像とか動画も多数出回っていて、正直もう隠す意味が無いらしい」

 

山吹いわく『ドミネーターを崇拝する過激派宗教が乱立してるし、このままだと暴動とか起きそう』らしい。

なんでも、ただでさえ隕石で国中が混乱してるのに、怪物(俺)が出てきたり急に資源が豊富になったりで、日本だけではなく世界中の人間のテンションがおかしくなってるらしい。

以前は馬鹿げていると一蹴されていた終末思想や一部の都市伝説が半端に真実味を帯び始め、ヤケクソになっているとでも言うべきか。

 

「ノンシェイプナイトさん、スタジオ入りまーす!」

「ぐ、おぉっ!(え、あっ、はーい!)」

 

俺は、周りに馬鹿みたいな量のカメラやマイクが置かれている椅子に座らされた。

そこで待っていろと言われてボーッとしていると、遠くから焦った様子のアセビが走ってくるのが見える。

 

「ど、ドミネーターさん!すごいですよ!これ見てください!」

 

そう言われて見せられたスマートフォンには『ようちゅーぶっ!』と大きく赤い文字が写し出されており、その下には

 

【政府公式:日本における『制圧者』の対処とその性質の説明(ノンシェイプ・ナイトへの単純な質疑応答含む)】

 

という動画が、『放送十分前』のテロップを流していた。

そして、その更に下のとある表示を見て俺は思わず自分の目を疑う。

 

『視聴待機人数:三千万人』

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!?(なんじゃこりゃぁぁぁ!!!)」

「世界中の人が、ドミネーターさんを見たがってるんですよ!」

 

なぜか誇らしげにアセビが叫ぶ。

見たがってるてるってなんだ!?俺は客寄せパンダか何かなのか!?

国を!滅ぼしてるんだぞ!おかしいだろ!

 

「まぁ……世界的な動画サイトだからな。それに世界中のニュースサイトでトップ記事になってるぞ。良かったな」

「がぁっ!(だから嬉しくねぇよ!)」

 

【我が神よ!早くその玉体を私どもにお見せください!】

【日の出る国の神を政府が制御できると思うなよ。解放し、崇拝の対象とするべきだ】

【クソ騎士が、お前の隕石のせいで母さんは死んだんだ】

【家を返して!】

【政府対応遅いんだよ】

【やぁ!私は南スーダンのドミネーターだ!君とお話したくて日本語を覚えたからコメントしてみたよ!】

【ちくわだいみょう……やめとこ】

【誰だい……やめとこ】

【In the meantime, America is safe. What is a Japanese dominator? 】

【質疑応答ってできるのか?機嫌損なわせて日本滅ぼされたらどうすんだ?】

【From England, Japan seems to be a knight. I wonder if it ’s a habit】

【I didn't want to hide in America ... I covered the sky when I noticed, now it's part of my life】

【天使の雷で、郊外にいた家族が全員焼け死んだ。ノンシェイプナイトが神なら、なぜ見捨てたんだ?】

【Yggdrasil? That is a monster! 】

【石油が吹き出したの説明のしよう無いだろ。ファンタジーだファンタジー】

【ドミネーターの出現は、矢部政権の隠謀です!安部を信じてはいけない!】

【⬆️矢部どんだけ強いんだよ定期。左翼おつ】

【ちくわ大明神(鉄の意志)】

【不要以为你可以击败我们的上帝 】

 

動画が始まってすらいないにも関わらず、コメント欄は完全に混沌と化していた。

言語が入り交じり、意見が入り乱れ、議論の余地など無い。

が、その中で、俺の目を引く物がいくつかあった。

 

【クソ騎士が。お前の隕石で母さんは死んだんだ】

【天使の雷で、郊外にいた家族が全員焼け死んだ。家の焼け跡に娘の銀歯だけが残ってたよ。ノンシェイプナイトが神なら、なぜ見捨てたんだ?】

 

「がぁ……」

 

胸の下辺りが、焦げ付いたように痛むのを感じる。

……そうだ。犠牲になった者の事ばかり気にしていたが、当然『残された者』もいるのだ。

 

ーー俺が、殺した。

ーー俺が、守れなかった。

 

あるかも分からない歯を砕けそうな程に噛み締め、自らの罪を頭の中で反芻する。

……だからこそ、『残された者』だけは守らなければならない。

それが、俺の義務なのだから。

たとえ他者を殺しても。地球の裏側で、多くのの国が地獄になろうとも。

 

「ドミネーター。もうすぐ撮影が始まるが、お前は俺達の質問に頷くだけでいい。今回の旨は、お前が日本の人間に友好的な事と、意志の疎通が可能なのを示す事だからな」

 

山吹がホワイトボードを俺に持たせ『これも必要なら活用してくれ』と言って去った後、カメラの方から、さん、にー!というカウントダウンが聞こえた。

どうやらもう始まる様だ。

 

「国民の皆様にーー」

 

身分の高そうな中年が前口上を始めた。

俺が質問を受けるのは、少し後の方らしい。

 

「あぁ……なんだか、緊張しますね……」

 

横でアセビがガタガタに震えている。

なんでだよ。お前何もしないだろ。

 

「ドミネーターさんへの質問、私がする事になっちゃったんですよね……」

「……が?(……え?)」

「私が一番あなたと親睦を深めているからですって!ふふっ……!」

 

こ、このポンコツが?

嘘だろ?有名なアナウンサーとかがするのかと思ってたんだけど……

というかコイツ、適当な理由付けられて怪物へのインタビューとか言う貧乏くじ引かされただけだろ。

 

「がぁぁ……(やらかすなよお前……)」

「むっ、大丈夫ですよ!たくさん練習しましたから!」

 

アセビは、修正液まみれの紙束をどや顔で見せつけてきた。

俺はその顔を無性に殴りたくなった。

 

「出番だ。ドミネーター」

 

小声で、山吹がそう言った。

咄嗟に前を向くとカメラが全て起動状態になっており、苛烈な照明が俺を照らしていた

アセビは急いでマイクのある席に走っていく。

 

「ここからは、日本のドミネーター……通称ノンシェイプナイトへの質疑応答となります」

 

焦ったのか、アセビのスマートフォンが俺の膝に置き忘れられていた。

その画面には俺の姿が写し出されており、コメント欄が凄まじい速度で流れている。

【おぉぉぉぉ!!!】

【いや普通に座ってて草】

【くたばれ】

【神神神神神】

【イケメンだな(鎧が)】

【ホワイトボード持ってんな】

【着ぐるみだろ】

【死ね死ね死ね】

【日本政府はコスプレイヤー雇うのかぁ(白目)】

【クオリティ高いけど偽物だなこれ】

【二メートルぐらいあるな】

【動いてみろよ。ニセモノ】

 

当然だが、コメントの大半は俺の事を本物だとは信じていなかった。

……これでは、質問とかされても意味無いんじゃなかろうか。

 

「うぇ、えとっ。……あ、あなたは、私たちの、人間の、味方ですか?」

 

コクリ、と。小さく頷く。

コメント欄は、大方批判的な意見で埋まっていた。

その批判的な物も、多くが『ニセモノだろ』という物。

……悪く言われるのは当然だから構わないけど、この問答自体が無駄になるのは良くないよな。

一肌脱ぐか。

 

「……え?」

 

俺は右腕をゆっくり天井に掲げ、そこに注目を集めた。

とりあえず、分かりやすく俺が人外だという事を示そう。

『失墜せし黒龍』の腕をイメージした。

別にあいつの能力とかが使える訳じゃないが、これはパフォーマンスだから外面だけで十分だ。

鎧が変形し、変色し。次第に膨張していく。

 

「っ、何をする気だ!ドミネーター!?」

 

【マジかよ!?】

【CGか?】

【いやこれガチだろ】

【生放送だろ!】

【本物か!?!?】

【おれ専門家だから分かるけどCGだよこれ】

 

俺の肩から先が、ドス黒く丸太の如き龍腕に変化する。

襲われると思ったのか、周りの自衛隊員達が騒ぎながら逃げ惑うのが見えた。

 

「がっ、がぁ……(あっ、やべ……)」

 

慌てて腕の変形を解く。

スタジオが静まり返って手持ち無沙汰になったので、誤魔化すためにとりあえずカメラに向かってグッドサインをしておいた。

だがなぜか、場は更なる静寂に包まれた。

周りの冷たい視線で低温火傷しそうだ。

ちょっと泣きそう。

 

【(´・ω・`)b】

【あれ、なんか可愛くね……?】

【こんな大変な時に、税金はたいてあんなハリウッド級のCG作ったのかよ。はー、つっかえ】

【別の動画見返したけど、変形能力の予備動作とかガチで本物だぞ】

【本物なら、今すぐ左手を剣に変形しろ。コメントに対応できたらCGじゃないって認めてやるよ】

【いやコメント見えてないだろ】

 

「」がぁっ!(そうだ!)」

 

これ、コメントの指示通りに変形できれば信じて貰えるんじゃないか!?

どうしよう!自分の頭脳が怖い!

俺は、コメント欄を見て片っ端から右手を武器や防具に変形していく。

剣、槍、槌、戟、盾、おたま、フライパン、ひげ剃り、缶切り、ゴルフクラブ、おまる、etc……

様々なリクエストに答えてる内に、だんだんとCGの指摘などが減った。

 

「……おい、何してるんだ、お前」

 

右手を物凄い勢いでガチャズチャ変形させている俺を見て、山吹が小声で睨んできた。

あ、そうか。周りの奴らにはコメント欄見えてないから、単純に俺が奇行してる風にしか見えないのか……

 

【マジで本物!?】

【正直すまんかった】

【大量殺戮者。恥ずかしくないのか】

【神よ!私は始めから信じておりました!】

【おにいさんゆるして】

【は?は?は?だから何?この人殺しが】

 

「こほんっ!し、質問を、続行します!」

 

ハプニングを無かった事にしたいのか、咳払いしながらアセビが言った。

 

「ノンシェイプ・ナイトさん。あなたは……日本を、守ってくれますか?」

「ぐおっ!」

 

その問いに先程より力強く、深く頷いた。

心無しか周りがほっとしたような顔になる。

その後も、問答は続いた。

 

◆◇◆

 

「はぁぁぁっ!緊張したぁぁぁ!」

 

カメラが止まった後、アセビがハンカチで顔を拭きながら歩いてくる。

先程までの上ずった作り物の声からいつものぼんやりした声色に戻った事に、不思議な安心感を覚えた。

機材を片付けるのか三脚が締まる音がスタジオに響き渡る。

 

「がぁっ(そうだ。スマホ忘れてたぞ)」

 

俺はアセビにスマホを返すため、壊さないようにそっと持ち上げた。

が、ホームボタンに指が当たってしまったのか画面が切り替わる。

アプリの向こう側にある待ちあるホーム画面には青目の青年と、これまた青目の少女が笑顔で写っていた。

 

「あ、忘れちゃってたんですね」

 

アセビは俺からスマホを受け取った。

しかし、俺が待受けを見つめてる事に気がついたのか、にへらと笑いながら『気になりますか?』と言う。

 

「……私のお母さん、認知症で。もうほとんど会話も出来ないんですけど。昔の荷物を整理してる時にその写真が出てきたんですよね」

 

まるで愛しい者への恋慕を囁くように、優しい目でアセビは画面にそっと触れた。

 

「この男の人が誰かも分からないんですけど、なぜか見てると安心して……あはは、変ですよね?」

 

俺はどうしてか、その男の顔から目を離せなかった。

特段変でもない、普通の顔つき。

だが異様に心がざわめく。

その瞬間だけ、一つの感情が俺の心を支配した。

 

ーーこいつを、殺さなければ。

ーー殺さなければ。

ーー殺さなきゃ。

目を抉って、腕をへし折って、アバラをがらがらに砕いて心臓を抜き取ればきっと最高に美味いだろう。そうだ、殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺ーーー

 

「っ……!?」

 

ーーその心のざわめきが明確な『殺意』だという事に気付き、戦慄する。

……なに、考えてんだ俺は。

ドミネーターの核を食った副作用か?

思考まで、怪物寄りになっているのかもしれない。

 

「ガ、ァッ」

「ど、どうしたんですか?」

 

……大丈夫、大丈夫だ。

熱を持った脳髄を冷やすため、大きく深呼吸した。

しっかり頭が冷えたのを確認してから、アセビの顔を見る。

みなものような青い瞳が、ゆらゆらと不安げに揺蕩っていた。

その姿に『喰い殺したい』や『美味そう』などといった感情は微塵も沸かない。

それに、そこはかと無く安心する。

 

「ご、ごめんなさい、怒らせ、ちゃいましたか……?」

 

泣きそうな声が聞こえる。

だが返事は出来なかった。

何がトリガーであの衝動が沸くか分からないから。

次は『自分』を抑え切れる自信が無かった。

 

にちゃり、と。

 

視界の隅で、画像の男が不快な笑みを浮かべた気がする。

お前はただの怪物だ。と言われている気がして、いやに泣きたくなった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。