貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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12.”それはきっと、麗らかなる寒くて熱い夢”

昨日、日本のドミネーター『ノンシェイプ・ナイト』が正式な形で映像に収められ、なおかつ人類に友好的だという事実は世界中を驚愕させた。

動画サイトにおける再生回数は既に五億を軽く越えており、未だ凄まじい勢いで伸び続けている。

インターネットも、この話題で持ちきりにーー

 

ーーなる事は、無かった。

 

「ハロー!みんな!私は南スーダンのドミネーターだ!夢は世界平和!好きなアニメはアンパンマンだ!よろしく頼むよ!」

 

その日の急上昇トップには、二位となったノンシェイプナイトの動画の上に、兎のような、犬のような、ヒトガタのもふもふした未知の生き物が『ゆーちゅーぶはじめてみた!』と宣言する動画が鎮座していた。

 

……かねてよりの常識として、インターネットの住人とは飽きっぽい存在である。

より面白い『おもちゃ』が出てくればそちらへ流れるのは当然な事で。

そりゃあ、『南スーダンのドミネーターがユーチューバーを始めた』なんて最高のネタに飛び付かない筈が無かった。

 

◆◇◆

 

「と!言うわけだっ!」

「がぁぁぁ!?(はぁぁぁ!?)」

 

タブレットを俺に見せつけながら、ヤケクソ気味に山吹は叫んだ。

そのブログの内容を要約すると、『南スーダンのもふもふしたドミネーターがユーチューバーになった』という事だった。

わけ分かんねぇ。

 

「ちなみに、ゲーム実況とか『紛争鎮圧してみた』とかを中心に投稿してるぞ」

 

いや、ドミネーターの戦闘能力なら地域紛争ぐらい簡単に鎮圧できるんだろうけどさ……ねぇ?

それを動画にすんなよ。炎上しても知らないぞ。

いやそれ以前の問題だ。

ちなみに、ゲーム実況の方は普通に面白かった。

 

「……がぁ、がぁっ?(……あれ、そういやアセビは?)」

「ん?あぁ……」

 

普段なら、こういうのを知らせに来るのはアセビの仕事なんだけどな。

ほら、ボケ役が不在なせいでなんか山吹がアホみたいになってる。

 

「なんか、廊下で泣いてたぞ。何かしたのかお前?」

 

俺の頭に、昨日の出来事が浮かぶ。

あぁ……確か、輸送車内でもずっと俯きながらブツブツ言ってたな。

あいつそういうの長く根に持つタイプか。

 

「……まぁ、この際アセビはどうでも良いんだ。今日お前の所に来たのは別に理由がある。」

 

山吹は、鞄をゴソゴソしてその中から一枚の茶封筒を取り出した。

そしてそれを俺に渡し『とりあえず開けろ』と目線で指示した。

指先をナイフに変え、スパンと封筒の上部を切り落とすと、中から四つ折りの紙が顔を出す。

……なんか、嫌な予感がするな。

 

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【こんにちは!日本のドミネーターさん!これが届いたって事は、まだインフラが正常に機能してるって事だ!ひとまず地球の情報化社会の強靭さに感謝しながらこの手紙を読み進めると良いと思うよ!】

______________________

 

「がぁ……」

「ああ。察しての通り、南スーダンのドミネーターからの手紙だ」

 

俺は頭を抱えたくなった。

何が悲しくて、敵対中と言っても過言ではない『他国』のもふうさな怪物と文通しなくちゃいけないんだ。

良く見るとガタガタした日本語で書かれており、書き手の努力が透けて見える。幾重にも重なった消し跡は哀愁さえ感じさせた。

 

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【多分もう知ってると思うけど、私は南スーダンのドミネーターだ。君の"敵対者"。きっといつか殺し会うのだろう。でも、せっかくお話できるんだから、今だけでも仲良くしたくてこのお手紙を書いてるよ。

今日はそれだけだ。機会があればまた送るよ!

同じユーチューバー仲間だしね!】

_________________

 

「ぐおぉぉぉっ!(別にユーチューバーじゃねぇよ!)」

「同じドミネーター系配信者として対抗心があるのかもな」

「がぁっ!(配信者でもねぇよ!)」

 

なんだよドミネーター系配信者って……

斬新過ぎるだろ。初めて聞いたぞそのジャンル。

国の存亡を背負ってるやつのゲーム実況とか見たくねぇよ。

下部へ目を滑らせると、まだ続きがある。

 

 

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PS:ちなみにカメラはなに使ってるんだい?画質良いよね

 

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「パ◯ソニックの最新のやつらしい」

「がぁぁ……(教えといてやれ……)」

 

溜め息をついて、封筒に手紙をしまった。

あの人形と言いコイツと言い、知性体のドミネーターって変わった奴ばっかりだな。

他にも居るんだろうか。既に死んでるかもしれないけど。

 

「……ドミネーター。お前に、聞きたいことがあるんだが、良いか?」

 

急に神妙な面持ちになった山吹がそう言った。

 

「ぐおっ?(なんだ?)」

「前にアセビが言ってたんだが……お前、檻の中にずっといて退屈じゃないか?南スーダンの奴を見て今一度思ったんだ。閉じ込めてる俺たちが言うのもアレだが、特に何も要求とかしないだろう。お前は」

 

そう言われてみれば、確かに。

他ドミネーターの侵攻とかが多くてそんな場合じゃなかったのもあるが、ほぼずっとこの檻の中で過ごしてる。

 

「上から、駐屯地内であればお前を檻の外に出しても構わないと云う報せが来た。いつかの戦闘を見て収容などほぼ無意味だと気が付いたんだろうな。それに日本はお前に懸かってるんだ。国会の老人どもも、機嫌を損ねるのは良くないと踏んだんだろう」

 

外に、出れる……?

その意味を頭で反芻してる内に、ガチャリと。

鍵が開いて檻から出られるようになった。

ポカンとする俺を尻目に、山吹はニヤリと笑いながら口を開く。

 

「さあ、娑婆の空気を吸いに行くか?」

 

 

◆◇◆side馬酔木(アセビ)

 

 

「はぁ……」

 

ノンシェイプナイトの配信後、結城アセビは郊外にある病院へ足を運んでいた。

いつもは健康のために六階まで階段を使うのだが、今日はついエスカレーターを使ってしまう程に気分が落ち込んでいる。

 

「はぁ……何しちゃったんだろ……」

 

どこかの著名人が『溜め息を吐くと幸せが逃げる』と言っていたが、吐かずにはいられなかった。

その原因は他ならぬノンシェイプナイトナイトである。

アセビが手元のスマートフォンに目を落とすと、そこには見知らぬ青目の青年と、恐らく自分であろう青目の少女が笑顔でピースサインをしている写真が、薄いブルーライトを放ちながら写っている。

 

「普通の、写真だと思うんだけどなぁ……」

 

この写真のせいで怒らせてしまったノンシェイプナイトの姿を思い浮かべながら、アセビはまたもや深い溜め息を吐く。

彼女がこの病院へ母親の見舞いに来るのは、週に二、三度の面会と、愚痴を言う相手が欲しい時であった。

母は脳梗塞と認知症が重慝化し、精々相槌を打つ事ぐらいしか出来なかったが、それでもアセビは母を愛していた。

話を聴いてくれるだけでも気が楽になる。

 

「……お母さん。来たよ」

 

磨りガラスのついた引き戸を開け、アセビは病室へ歩を進めた。

母は珍しく体を起こしており、ぼんやりと窓の外を見つめている。

 

「今日は良い天気だねぇ……こういうの、『小春日和』って言うんだっけ? お母さん昔言ってたよね」

 

こちらを向かないまま、母の口元が薄く逆弧を描くのが分かる。

アセビはそれを見て、少しだけ悲しそうな顔になった。

 

ーーきっと、私はもうお母さんにとって"知らない人"なんだろう。と。

 

だけど人とは、愛する存在が安らかでいてくれるだけで幸せな気持ちになれる不思議な生き物なのだ。

それはアセビも例外ではなかった。

なればこそ、アセビは物言わぬ母に話し掛け続ける。

 

「そう言えば……サツキがね。たとぅーしてたんだ。ビックリだよね。わかる? 私の妹で、お母さんの子供だよ。不良になっちゃったのかな……」

 

母の表情は変わらない。

麗らかな日差しを横顔に浴びて眩しそうに目を細める姿も、在りし日と全く変わりなかった。

 

「……あのね。今、世界はものすごーく大変な事になっちゃってるんだ。ドミネーターっていう怪物が色んな所に現れてね。日本も、消えちゃうかもしれない。私たちも、死んじゃうかもしれない」

 

『でも、悪い事だけじゃないんだ』と挟み、アセビは続ける。

 

「日本のドミネーターさん。凄く良い人なんだよ。私なんかにも優しくしてくれて……それに、なんだか懐かしい感じがするんだ。この写真と似てて、でも少しだけ違う懐かしさで……」

 

こっそり隠し撮りしたノンシェイプナイトの写真をフォルダから選び、母に見せた。

それでも、その表情は穏やかなままでーー

 

「……え?」

 

ーー母は、写真のノンシェイプナイトを凄まじい形相で睨み付けていた。

眼球が飛び出そうな程に目を見開き、まるで見たくなかった物を見つけてしまったような顔をしている。

 

「ァ、アザレ、ア。どう、して……?」

 

どうして、どうして、どうして、どうして。と、ひたすら小声で連呼する母。

怨嗟を発露するように。それでいて懺悔を捧げるようにーーーただ、繰り返す。

 

「ぁぁぁ……あぁぁぁぁ……っ!」

「お母さん……!? お母さん!?」

 

こうなれば、最早愚痴などと言っている場合ではなかった。

ナースコールを押すと、すぐに看護師が来て母を落ち着かせようとする。

アセビは病室から追い出され、果てしなく長い廊下で一人、立ちすくむ。

 

「……どうして、かなぁ……っ私はいつも間違えて、誰かを傷付けて……」

 

ーーー今日だって、そうだ。

理由は分からないが、自分の何気無い行為がノンシェイプナイトの逆鱗に触れた。

 

いつもそうだった。

誰も私を愛してくれない。

誰も私を見てくれない。

わたしはみんなに嫌われて、結局ずっと一人ぼっち。

そう。青いディスプレイと埃っぽいベッドしか無い、暗い暗い部屋でずうぅぅぅっと……

 

「あ、ははは」

 

ーーー馬鹿みたいだ。泣いたって誰も助けてくれないのに。

だから、笑わなきゃ。

口を歪めて、目を細めて、はい完成。

これで、明日からも生きていける。

 

ふらふらと、アセビは病院を後にした。

外へ出ても、とっくに陰った麗らかな日差しは彼女を照らしてはくれなかった。

 


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