貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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13.【DMTー007SS『最果ての魔王』】

『かれらに対し御言葉が実現される時,われは大地から一獣を現わし,人間たちがわが印を信じなかったことを告げさせよう。』

 

イスラムの聖典コーラン、第27章:アン・ナムルより。

 

◇◆◇

 

南スーダン共和国。

そこはこの世の地獄であった。

豊かな資源は他国に搾り取られ、その上紛争が絶えず。

人々は痩せ細った体を飢えと渇きで満たされながら、絶望の果てに死に絶える。

『世界一貧しい国』とさえ揶揄されるこの国家は、隕石の衝突とそれに伴うドミネーターの出現により更に疲弊ーー

 

「……もう大丈夫だ。子供たちよ。」

 

ーーする事は、なかった。

 

隕石落下現場より程近い避難民キャンプにひょっこりと現れたその獣人は、誰一人の血も流さずに周辺の紛争を終わらせたのである。

人々は歓喜に湧いた。『救済者が現れた』と。

 

「もう、食べ物が無くて死ぬ人なんて出させない。もう、銃を持たないと生きていけない社会なんて成り立たせない。……もう、絶対に絶望なんてさせない。」

 

兎のような、牛のような、それでいて犬のような。

優しげな顔を悲しみに歪ませ、涙を流しながらその獣人は人々に誓った。

そして有言実行。言わんばかりに、彼の力により国民たちは"飢えと云う概念そのもの"から解放される事になる。

その手に携えられているのは『他者の闘争心のみを打ち砕く槍』。

それにより、地域紛争は僅か三日でほぼ全てが鎮圧された。

 

血と涙に彩られた南スーダンの歴史は終焉を迎え、これからは新しい国を作っていくのだと、獣人は目を輝かせながら語るのだった。

なればこそ。その姿を目にした者は例外無く彼をこう呼ぶ。

 

"新しき我らの王"とーーー

 

 

「んー……やはり日本語は難しいな……」

 

ミルク色の電球が照らす室内、もふもふした巨大な『ソレ』は机に向かいながら頭を抱えていた。

その手元にあるのは一枚の紙。

昨日インターネットで初めて存在を知った、日本のドミネーターへの手紙だった。

 

自分の『仇敵』。なれど『同類』でもある。ぜひ意見を交換したい。

そう思い、張り切って手紙を書き始めたは良いものの……早くも、言語の壁とやらにブチ当たっていた。

 

「日本語を通訳できる者はいないし……いっそ、顔文字オンリーでやってみるか……!? いや、だがそれでは彼とキャラが被ってしまうな……」

 

『むうぅ……』と顔をしかめながら思考を巡らせていると、背後からドアの開く音が聞こえる。

獣人が振り向くと、そこにはビジネススーツを着こなした女性がクリップボードを持ちながら立っていた。

 

「あ、アルマ君!」

「王よ。指示された設計図通りに、発電施設が完成致しました」

 

淡白な語調で、アルマと呼ばれた女は告げる。

その報告に獣人は『おぉ!』と喜び、クリップボードに貼られた資料を読み始めた。

 

「これで、また一つこの国が豊かになるね!よし……前は水質の改善、その更に前は疫病の伝染経路を破壊したから、あとは……!」

「……王よ」

 

にやにやしながらこれからの方針を考えている獣人に、アルマは静かに語りかける。

 

「ん、なんだい?」

「……本当に、ありがとうございます。"あの日"から一人たりとも命を落としていません。あなたが居なければ、南スーダンは……」

 

俯き、そしてアルマは感謝の言葉を紡いだ。

それを見た獣人は、目をパチクリさせた後に笑いだす。

 

「……なぜ、笑うのです?」

「はっ……はっはっは……いや、別に感謝される謂れは無いよ。なんたって、私は王様だからね!」

 

先日に子供たちから送られた、今はすっかり萎びた白い花の冠を頭に乗せながら笑顔で獣人は言った。

見ているだけで心が暖かくなる、まるで暖炉のような優しい瞳。

アルマは思わず口元を緩めてしまう。

とても、国を滅ぼす他のドミネーターと同類とは思えなかった。

 

「……ならば、もう一つだけ質問したい事がございます」

 

玲瓏な声で、アルマは言った。

快く『良いよ!』と回答した獣人は、その右手に持たれていた物を見て硬直する。

 

【ゆーちゅーぶ始めてみた!】

 

「王よ……なんですか? これは。」

「えっ、あっ、その、それは……」

 

アルマの手に持たれていたのは、獣人がほんの好奇心からYouTubeへ投稿した動画を写し出したスマートフォンだった。

獣人は顔中から凄まじい量の汗を吹き出し、小声で『えと……その……』と繰り返している。

 

「一国の王を自称する者がゲーム実況など……恥ずかしくないのですか?」

「ひぐぅっ!?」

 

容赦の無い言葉に、心へダメージを受ける獣人。

追い討ちをかけるようにアルマの冷たい視線が突き刺さった。

 

「で、でもさっ! 私が有名になれば、観光に来てくれる人だって増えるかもしれないだろ!?」

「こんな御時世、誰が他国のドミネーターなんかに会いに来るんですか」

「う、うぅ……そ、それは……」

 

無惨にも完全論破された獣人は、地に膝を着く。

もふもふした長い耳をしなっとさせ、懺悔するように『マ◯オカート64が上達したから色んな人に見てほしかったんだ……』と告白した。

 

「……王よ」

 

地に伏せる獣人を見下しながら、冷たい声でアルマは口を開く。

 

「な、なんだい?」

「ゲームは一日、一時間までですよ」

 

その言葉に獣人は驚く。

マ◯オカート64をやっても良いのか。と。

 

「あ、アルマ君っ……! 君ってやつは……!」

 

 すがり付いてくる獣人の頭を、アルマは穏やかな顔で撫でた。

その豊かな鬣を細い指で触りながら、彼女は目を細める。

 

「あ、ところで。近所の子供達とやりたいからアマゾンで最新ハードのスー◯ーファミコンを注文しても良いかな?」

「……お好きにどうぞ」

 

現在の財政から鑑みて、ゲーム機の一台や百台全く痛く無いから問題は無い。

しかし、オワコンハードのゲームに興じる王を見るのはアルマにとってかなり複雑だった。

だが同時に、この王に最新ゲームを渡せばどんな反応をするのだろうかと言う好奇心も沸いてくる。

 

ーー今度、PS4でもプレゼントして差し上げようかしら。

 

そう企みながら、アルマはほくそえんだ。

……だが、そのせいで気が付かない。自らの称える『王』の表情に、影が差している事に。

そして、そこで()()()()()()()()()()()()

まるでマネキンのように、その体勢のまま制止している。

 

「……私は、本当に駄目な王様だねぇ……何も捨てられない」

 

その言葉は、アルマの耳には届かない。

なにせ彼女は、そう"調整"されているのだから。

 

「……ここは、私の夢の国だ。絶対に、守り抜く。誰も死なせはしない」

 

覚悟に満ちた顔で『魔王』は誓う。

ーー他者を蹴落としてでも、私はこの理想郷を守り続ける。

そう、誓った。

 

……ここは、最果て。

見果てた夢が、堕ちる場所。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【DMTー007SS『最果ての魔王(ダッヴァド・アルドゥ)』メタレベル:Warning(大陸クラスの脅威)】

【このドミネーターの調査に送り込んだエージェント・アダムスカは、本国へ帰還した際に酷く錯乱していた。以下の文書は、彼の発言を記録した物である。】

【『……良いか?ヤツの槍が持つ力は、『闘争心の封殺』なんて生易しいモンじゃねぇ。……あれは、謂わば『概念の破壊』だ。

……あの国の住人は皆……心臓が、動いてなかったんだ。だが、死んでるわけじゃねぇ。ちゃんと生活し、笑ってる。感情もあった。それなのに、飯も食わねぇし、息もしない。……そう。新陳代謝がねぇんだ。まるで、『命の概念』だけをすっぽり抜かれちまったみてぇに……』】 

【以上の証言を踏まえ南スーダンへドローンを飛ばした所、当エージェントの情報が真実だと判明する。

更なる調査の末、南スーダン民の実に九割が"最果ての魔王"の半眷族と化している事が分かった。この異常な能力の規模を加味し、この制圧者のメタレベルを大陸破滅級。『Warning』とする。】


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