貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「が、ぁっ……」
檻から出された俺は、とてつもなく長く感じる階段を山吹の助けを借りながらゆっくりと上がっていた。
歩いて、歩いて……そして、とても重たそうな扉の前で立ち止まる。
「開けてくれーーと、言いたい所だがお前、人間に変形してると身体機能は常人以下になるんだな……」
悪態を突きながらも、山吹は『よっこらせ……』と扉を押し広げていく。
そして人が通れる程度の隙間が出来た頃。
振り向く山吹の向こう側にあったその光景に、俺は絶句する。
「ぐおぉぉぉっ……!」
ーー満天の、星。
黒い蓋幕にせわしなく穴を開けたような、圧倒さえされる程の星天。
山吹は『隕石の被害で発電所が本調子じゃないんだ。お陰で星が良く見える』と言う。
冷たい外気に"肌"を撫でられ、なぜだか妙に心臓の鼓動が速まった気がした。
「……にしても、どこからどう見てもアセビだな。いつ見ても凄まじいよ。お前の変形能力は。あいつをガキの頃から知ってる俺でも間違えそうだ」
山吹は、まじまじと俺の顔を見詰めながら言う。
横にあった車の窓ガラスを確認すると、そこには"本物"より少し幼く、死んだ青目でぶかぶかの軍服を着た少女が映っている。
ーーそう、俺は今。アセビに擬態しているのだ。
素の姿のまま外に出れば、きっと周りを驚かせてしまうから。
きちんと声も本人をコピー出来ていて、違和感は無い。いや、どうせ『ぐおおお』しか言えないんだけども。
「にしても……なぜ人間への変形はアセビに対してしか成功しないんだろうな」
山吹の言うとおり、人間への変形はアセビ以外成功しなかった。
変型するために必要な、『構造の読み込み』が出来ないのだ。
何か理由があるのかもしれない。
「……がぁっ」
そう言えば、そのアセビはどこに居るのだろうか。
俺のせいで落ち込ませてしまったみたいだし、謝っておかなければ。
山吹へアセビの居場所を問おうとした時ーー
「ーーサツ、キ?」
遠くに、俺を見て目を見開く"本物"の姿があった。
「ぐおぉぉ……?」
「っ、ぁ、ああ……ドミネーターさんですか……」
言葉を喋らない所で俺だと気が付いたのか、アセビは少しだけほっとした顔になる。
恐る恐る近寄ってきて、顔や髪をペタペタ触りだした。
「ぐ、ぐおっ?」
「お肌、凄いすべすべですね……髪もサラサラだし……私なんかと違って瞳も綺麗……ふふふ、サツキそっくり……」
全身をアセビの指が這い回る。
突き放そうとしても、筋力差があり過ぎてビクともしない。
しかもなんだか目に光が無い気がする。どうしたんだコイツ。
と言うかサツキって誰だよ。ト◯ロかよ。
「……おい、やめとけ。物凄い嫌がってるぞ」
山吹の言葉で我に返ったのか、謝りながらアセビは俺から離れた。
「……ごめんなさい、つい……」
「か、がぁぁ……(い、いや、べつに……)」
俺とアセビの間に気まずい雰囲気が流れる。
……なんでだ。昨日までこんな感じじゃーー
「……山吹さん。私、自衛隊を辞めようと思ってます」
ーーその時俺は、一瞬だけ全ての思考が止まった。
「……なに?」
「昨日、お母さんの容態が急変して……あと、一週間生きられるか分からないって……」
アセビは、ボソボソと。
自分自身でも聞こえないのではないかと思う程に小さい声で言った。
「私の、せいなんです。あの写真を見せたから、お母さんおかしくなっちゃって、家に、かえったあと、病院からでんわ、来て。私もう、良く、分かんなくなっちゃって」
ーーたどたどしい、震えた語調。
だが、その言葉は俺の頭にじんわりと、浸透するように入ってくる。
「ドミネーターさんも。私のせいで、不快な思いさせちゃって、ごめんなさい。山吹さん。折角自衛官になれたのに、ごめんなさい。……おかあさん、本当に、ごめんなさい……!」
ぼろぼろと、アセビの青い目から涙があふれ出る。
俺も山吹も唖然としていた。
掛ける言葉が無いーー訳ではない、が。
『頑張れ』『大丈夫か』『辞めるべきじゃない』『それでいいのか』『それは刹那的な考え過ぎる』
ーー頭に湧いてくる慰めの言葉は、陳腐なモノばかりで。
心から後悔している人間を慰める方法など無いのだと、俺は頭の深いところで知っていた。
だから臆病な俺は、この時点での最適解にして最悪解である『沈黙』を貫く。
「……それを、あの女が望んでいると思うか? 長年の夢、だったんだろう」
山吹はアセビの母親と面識があるようだった。
震えを隠そうともしない山吹の言葉に、アセビは壊れそうな微笑みを浮かべる。
「母じゃなくて、私が望んでるんです。こんな私に、山吹さんやあの人と同じ職場で働く資格は無いでしょうから」
「俺は……!」
何か昂った感情を発露しようとして、山吹は言葉詰まった。
恐らく、これ以上はアセビを追い詰めるだけだと悟ったのだろう。
俺達は三人して、黙り込んだ。
「……それを踏まえて、ドミネーターさんに、一つだけお願いがあるんです」
若干の間を挟み、涙を拭いながらアセビはそう切り出した。
な、なんだ? 俺に再生能力があるが、それを他者に行使することは出来ない。
……俺なんかじゃ、死にゆく人間ひとりさえ救えなーー
「その姿で、お母さんに会ってあげてくれませんか?」
ーーその答えは、予想だにしていなかった。
今の俺が『暴力』以外で誰かの役に立てるとは思っていなかったから。
「今のドミネーターさん、私の妹にそっくりなんです。サツキって名前なんですけど……サツキは、絶対お母さんに会いたくないって……もうすぐ、死んじゃうかも、なのに……っ!」
……俺は、今一度ガラスに映る自分へ視線を移した。
アセビをそのまま幼くしたような青目の少女。
ガラスの向こうにいるその少女は、驚いた顔をしている。
「……アセビ。こいつを外に出すのは……」
「ほんの少しで良いんです! 責任は私が負います! 山吹さんには、絶対に迷惑を掛けません!」
深々とアセビは頭を下げた。
顎に手を当てて唸っていた山吹は、静かに『……分かった』と言う。
「俺が何とかしよう。今から行け」
「へ……?」
「あまり時間が残されていないんだろう? 明日ではもう間に合わなくなっているかもしれない」
アセビの瞳が驚きに揺れる。
俺も同じような表情をしていたのだろうか、山吹は軽く笑った。
「……頼めるか? ドミネーター」
まるで本当の子供に対するような優しい声で、俺にそう質問する。
ーー選択肢なんて初めから無い。
ここで断れる程、まだ俺は人を捨てられていなかった。
「がぁぁぁっ!」
「あり、がとう、ございます……!」
泣き顔のアセビに手を引かれ、車へ乗り込む。
バタンと締まるドアを見た俺の胸中は、どうしてか妙な感覚に包まれている。
それは、誰も傷付けずに誰かを救えるかもしれない事へ対しての、確かな喜びだった。