貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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16.武器

その日、アセビはいつも通り出勤しようとしていた。

冬が近付いて冷え込んできた気候に合わせコートを着込み、心の熱くなるアニソンを口ずさみながら靴を履き玄関を出る。

代わり映えしない、平凡な朝のルーチンワーク。

だが静泉に投じられる小石のように、今朝はそこに異物が混じった。

 

「おや……貴方が、結城アセビ様ですか?」

「わぇっ!?」

 

アセビの鼓膜を震わせたのは、穏やかな老人の声。

驚きで短く悲鳴を上げてその方向へ目線を移せば、声色を裏切らない白髪の老紳士が微笑みながら佇んでいる。

細身の長身で、その背丈と比べても長い杖を携えていた。

後ろには老人が乗ってきたであろう黒塗りの高級車が停まっている。

 

「どっどっ、どなたですかっ!?」

 

思い切りコミュ障を発揮して吃りながらアセビは叫んだ。

完全に知らない人とまともに話すのなんていつぶりか分からない。

それに加え、住宅街に似つかわしくない英国紳士然とした服装は、凄まじいミスマッチと共に彼女を混乱させた。

 

「私はクチナシと申します。貴方に一つお願いがございまして、参上いたしました……おい、出せ」

 

クチナシと名乗る老人が指示すると、後ろに停まった車から体格の良い黒服の男が、アタッシュケースを持って出てきた。

それを渡された老人は、おどおどしているアセビヘと向き直る。

 

「これは、ノンシェイプ・ナイトに必要な物です」

 

アタッシュケースを差し出しながら、老人は言った。

反射的に受け取ってしまい、その重さにアセビは大きくつんのめる。

軽く十キロはあるだろう。

が、重要なのはそこではない。この老人は今『ノンシェイプ・ナイト』と言ったのだ。

 

「どうして、知って……」

 

ーーノンシェイプナイトがあの駐屯地に収監されているのは、最高機密だった筈なのに。

自衛官である自分にその話を振るのは、それを知っているという事になる。

 

「私が持っていっても良いのですが……これは、貴方の手から渡した方が良いかと」

 

そう言い残し、老人は車へと戻っていく。

混乱するアセビと、重たいアタッシュケースを置き去りにして。

 

「な、なんですか!これ!?」

 

車のドアが締まる直前で、なんとかそう絞り出した。

老人は動きをぴたっと止め、ゆっくりと振り返りながら品の良い笑顔で口を開く。

 

「"アザレアの形見"とでも言っておきましょうか。奴の手にも、さぞかし馴染むでしょう」

「ぇ、あ……?」

 

車は走り去ってしまった。

ーー本当に、なんだろう。これ。

危ない物だったらマズイから警察に通報しようかと思ったが、老人の言葉が頭をよぎる。

『ノンシェイプ・ナイトに必要な物です』そう、言っていた。

 

「……嘘には、聞こえなかったなぁ……」

 

眼下のアタッシュケースへ目を落とす。

そのサイズゆえに持ってバスには乗れないが、最近なぜかドミネーターの世話係としてかなりの特別手当てが入ったから、タクシーを呼んでも家計には問題ない。

 

「職場まで、持っていこう……」

 

よいしょ、と持ち上げる。

重すぎて肩がぷるぷるするが、我慢できない程ではなかった。

 

 

「……どうだ?」

「ガァ"ァ"ァ"……!」

 

早朝。俺と山吹は、数多の武器がひしめく倉庫にいた。

目の前にあるのはの幾つかの兵器の設計図と現物。俺はそれとにらめっこしている。

近代兵器をコピーできれば、対ドミネーター戦においてかなり有利になるだろう。という発想だ。

"天使の聖骸布"との交戦時、肉体変形で作成した刃は奴の体表を傷付けていた。

つまり、俺によって作成された兵器はドミネーターにも届きうる可能性が高い。

 

「構造が単純なマスケット銃ならなんとかなると思ったのだが……難しいか?」

 

今俺が挑戦しているのは、先詰め式のライフル……いわばマスケットだ。

最初はロケットランチャーなどを模倣しようとしたのだけど、正直言って無理だった。まず構造が複雑すぎる。

ジェット機構を背中に出した時は無意識に出来ていたが、ロケットモーターとかを作成する事が出来ない。

 

だが、考えてもみて欲しい。

普通、自分の片腕が粘土になったとして、それで兵器を内部構造含めて再現できるだろうか。

ドミネーターとして情けないが、無理だ。

マスケットもそう変わらなかった。

ガワだけなら造作はないのだが、それだけだ。精々ハッタリにしか使えないだろう。

 

「はぁ……はあ、はぁ……あ、やっと見つけました……」

 

行き詰まり、二人で頭を抱えていると背後からアセビの声がした。

大きい黒のアタッシュケースを両手で抱えており、重たいのか息も絶え絶え。

落とすように床へ置き、俺の横に座り込んだ。

 

「……アセビ。なんだこれは」

「わ、分かんないです」

「……なに?」

 

山吹がアタッシュケースを開こうとするが、ビクともしない。

鍵が必要なのかとも思ったが、鍵穴どころか繋ぎ目さえ見当たらない。……本当にアタッシュケースか?これ。

興味が沸いて、俺は指先を触れさせる。

 

【遺伝子コード97%一致。ロックを解除します。離れてください】

 

「うおぉっ!?」

「がぁっ!?」

 

鎧の指が触れた瞬間ケースから機械的な音声が鳴り響いた。

呆気に取られていると、ガチャガチャとルービックキューブみたいにケースその物が変型していく。

それは組変わりながらだんだんと圧縮されていきーー

 

「おいアセビ……!これをどこで手に入れた!?」

 

ーー数秒後、そこには一つの武器が鎮座していた。

その色は冷たい黒。先端には先折り式の巨大な刃が着いており、妖しく銀色に煌めいている。

刃の根本から続いているのは小銃。

俗に言う、『銃剣』というやつだった。

 

「……」

 

気が付けば、それを手に取っていた。

ーー馴染む。異様な程に。

動物に尻尾が、魚にヒレがあるのと同じように、自分がなぜ今までこれを握っていなかったのか不思議に思うぐらいだ。

銃身には誰かのイニシャルだろうか、『Y・A』と刻印されている。

 

「貸せ!」

 

だが、血走った目の山吹に奪い取られた。

ぶつぶつと何かを呟いており、いつもとはあからさまに雰囲気が違う。

 

「なぜこれが……!?……生きて、いるのか?いやまさかーー」

「あ、あの。今朝、クチナシっていうお爺さんに渡されたんです。ノンシェイプ・ナイトに必要な物だ、って……」

 

戸惑いながら言ったアセビの言葉に、山吹は目を見開く。

そしてため息を着きながら、『あのジジイが……』と合点がいったように座り込んだ。

 

「……とりあえず、これは検査に回す。爆弾でも仕組まれてたら敵わないからな」

 

ふらふらと倉庫を出ていく山吹。

その背中を、俺はぼーっと見詰めていた。

 

「……あざれあ」

 

不意に、アセビがそう溢す。

振り向くと、虚ろな声音でなんども『あざれあ、あざれあ……』と繰り返していた。

 

「がぁ?」

「お母さんが、言ってました……アザレアって」

 

……確かに、言っていた。

アセビの母は俺の事をそいつだと勘違いしていたな。

 

「……誰、なんでしょう」

 

そもそも、人名なのかすら定かではない。

だが……なぜかこの響きを聞く度に、心の中に怒りに似た感情が沸いてくる。例の写真を見た時もそうだった。

この感情を『殺意』と呼ぶのが適切かは分からないが、恐らくそれが一番近い。

 

「山吹さんに聞いてみます。分かったら教えてあげますね!」

 

アセビは倉庫から出ていく。

……俺も、戻るか。

体を人間に変型し、脇に用意しておいた服を着る。そして跳ねた髪を撫で付けてから外に出た。

刺すような寒気に顔をしかめる。

この形態だと筋力も少女相応だし、寒さにも暑さにも弱いから不便すぎて嫌になるな。

さっさと収容施設に帰ろう。

 

「……ぐおっ」

 

歩きだそうとして、急に腹の虫が鳴いた。

……腹、減ったな。

今までこんな事は無かったのだが、この状態だと本当に『ただの人間』なのか。

外だから騎士に戻るわけにもいかないし、山吹かアセビに頼もうにも、どっか行っちゃったし……

 

「がぁぁぁ……?」

 

その時、何か良い匂いに鼻腔をくすぐられた。

思わずその方向へと足を進めてしまう。

しばらく歩いていると、沢山の自衛官がひしめいている食堂らしき場所に来てしまった。

俺に視線が集中しているのに気が付き、たじろいだ。外見が幼いからだろう。

 

「がっ、がぁ……」

「あれ? 山吹さんちの親戚ちゃん? たしか、隕石で家が潰れて職場まで連れて来てるんだっけねぇ」

 

エプロンをしたおばさんが歩いてきて、言った。

……あ、そういう設定なのか。俺が気兼ね無く駐屯地内を歩き回れるようにと、山吹が配慮してくれたのだろう。

いつかに説明されたがここの自衛官達は基本的に、この駐屯地にドミネーターが居る事を知らされていないらしい。

そんな怪物が居る事を知ったら誰も働きたがらなくなるから、だとか。そりゃそうだ。

 

「お腹空いたの? 」

「……」

 

膝を曲げ、目線を合わせてくる。

無言で小さく頷くと、笑いながらテーブルの前に座らせられた。

周りの自衛官たちが優しい声で話し掛けてきて、気恥ずかしかった。

壁に付いたテレビの中で『消えた隕石の謎』とか『ドミネーターの正体に迫る』とか言っている評論家達をぼーっと見ていると、俺の前に黄色い物体が乗った皿が置かれる。

 

「好きなだけ食べなさい。お金は山吹さんから取っとくから」

 

それは、食べやすいようにカットされたオムライスだった。

とろとろした部分とケチャップが混じりあってピンク色になっている。

エプロンをした人を見ると、ニコニコしながら俺が食べるのを待っていた。

スプーンで軽く掬い上げ、ライスごと口に運ぶ。

 

「がぁぁぁ!?」

 

熱っ!あっつ! 舌が焼けるみたいに痛い!

思わず口元を押さえていると、エプロンの人が謝りながら『かなり冷やしたんだけど……猫舌なのね!』と言ってきた。

 

「あっ、山吹さん。親戚ちゃん来てるわよ!」

「お前……」

 

横を見ると、そこには呆れた顔をした山吹の姿があった。

エプロンの人に硬貨を渡している。振り向き様に睨まれた。

目線で謝ると溜め息を吐かれた。

 

「……帰るぞ」

「ぐ、ぐおっ!」

 

手を引かれて外に出る。俺が寒がってるのに気が付いたのか、自分の着ていたジャンパーを羽織らせてくれた。

収容施設は、結構近くにあった。

 

 

「おい、食うか?」

檻の中に座り込んでいると、ラップの張られた皿を持つ山吹が入ってきた。

ラップには水滴が付いており、少し前の物だと分かる。

案の定、その中にはオムライスがあった。

 

「がぁっ(いや、いい)」

「……そうか」

 

騎士の形態だと腹が減らないし、そもそも食えるか分からない。

服を着直すのも面倒だからまた今度にしよう。

 

「例の、銃剣の事だが……」

 

オムライスを食べながら、山吹はそう切り出した。

 

「弾丸含め、全てのパーツが隕石で構成されていたそうだ」

「があっ……?」

「正確には、隕石に含有されている隕鉄だがな」

 

いん、てつ……?

それに何か意味があるんだろうか。


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