貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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17.最強の侵虐者

「あの武器について説明する前に、一つだけ聞きたい事がある」

 

鉄格子の向こう側に座る山吹が、静かに目を閉じる。そして意を決したように俺を睨みながら口を開いた。

 

「……お前は、アザレアなのか?」

 

……最早うんざりしてきた。誰なんだよアザレアって。

山吹も俺をそいつだと思ってるのか? 一体どこにそう判断する要素があったんだ。

アセビの母は記憶が混濁してたから仕方ないにしても、こいつは別にそういう訳じゃないだろう。

 

「……すまない、睨まないでくれ。聞いてみただけだ。お前とあいつじゃ性格からして違い過ぎる」

 

溜め息を吐き、右手で自分の髪をぐしゃぐしゃ掻きながら山吹は謝罪した。

そして目を伏せ、言う。

 

「あの武器は、俺の知人が使っていたのと同じ設計の物でな。エンブレムまで再現するとは、作った奴は相当に性格が悪いんだろう」

 

『アザレア』と山吹は知り合いなのか。しかも、"あいつ"という口振りからしてかなり親しい間柄の。

俺とどう似ているのか聞きたいが、それが分かったとしてどうしようもないから聞かない事にした。

 

「……ん、すまん、電話だ」

 

その時、山吹のポケットから間の抜けた着信音が鳴り響く。

携帯を耳に当てて会話を始めたは良いが、だんだんと表情がこわ張っていくのが分かった。どうせロクな報せじゃないのだろう。

 

「……ドミネーター」

「がぁ……?」

 

荒々しく通話を切り、しかめた顔で俺を呼ぶ。

そして、『ヤツが……』と掠れた声で呟いた。

 

「ーー南スーダンのドミネーターが、すぐそこまで来てる」

 

俺は思わず、一瞬だけポカンとした。

南スーダンっていうと……あの、人畜無害そうな顔したもふもふなドミネーターか?

フランスの人形と同じで、同盟が目的だろうか。

 

 

南スーダンのドミネーターを迎えるため、俺達は海沿いで地平線を睨んでいた。

黒龍の時ほど戦艦は多くない。兵器では有効打にすらならないと分かったからだろう。

 

……問題は向こうの目的だ。同盟か、侵略か。

前者なら仲間になるだろうが、後者ならば全身全霊で捻り潰さなければならない。

しかし、実のところ殺し合いになる可能性は極めて低い。

アイツは『知性体』だからだ。俺の知る限り、ドミネーター同士が殺し会うメリットなんてほぼ無い。日本を侵略しに来た天使や黒龍は理性が無いように見えた。本能に任せて暴れているだけなのだろう。

だから、南スーダンの奴は恐らくーー

 

「ーー危ないよ」

 

ーー『上から』声が聞こえた。

咄嗟に飛び退いた瞬間、とんでもない爆風と飛び散る石片に全身を叩かれた。

立ち上る土煙の向こう側には、何者かが立ち上がるシルエットが見える。

先程まで俺がいた場所には、デカいクレーターが出来ていた。

 

「やぁ! 直接会うのは初めてだねっ!」

 

張り詰めて緊迫した空気を、その呑気な声がぶち壊した。

クレーターの中心には、鎧を着たヒトガタの獣ーー獣人とでも言うべきかーーが佇んでいる。

右手には巨大な十字槍が握られており、そこから並みならぬ力を感じた。

 

「っ……」

 

ーーこいつは強い。とんでもなく。

俺の中の"人間じゃない部分"が物凄い勢いで警鐘を鳴らしている。

『逃げろ』『逃げろ』『お前じゃ無理だ』『格上だ』ーー

脳髄から直接発せられるシグナルが、頭を揺さぶった。

 

「がぁっ……!」

 

軽く吼え、自分を奮い立たせる。

押し潰されそうな程の重圧を無視して、獣人を睨んだ。

 

「はっはっは……やはり、かなり強いな。君は」

 

何故か嬉しそうに、獣人は笑った。

そして『着いてこい』とばかりに背を向け、歩き出す。

 

「がぁ……?」

「同じドミネーター同士、積もる話もあるだろう。散歩でもしながら互いの近況報告でもどうだい?」

 

山吹に振り返ると、苦い顔をしながらも頷いた。

積もる話……と言ったって、喋れないんだけどな俺……まあ良い。有用な情報が手に入るかも知れない。

俺は獣人の背中を追う。速くも遅くもないスピードで歩いていた。

たまに槍が地面を擦り、耳障りな金属音が鳴り響く。

 

「……君は、どうしてドミネーターが他国を襲うか知っているかな?」

 

五分ほど歩いただろうか。人気の無い場所でふとしたように獣人がそう言った。

……何故ドミネーターが他国を襲うか、だって?

そんなの、本能に決まってる。その証拠に侵略してきたのは知性の無い奴だけだった。

 

「おかしな話だよねぇ……平和に暮らせば良いのにそれをしない。ただ殺戮を目的とする、苛烈な力を持った戦闘生命体。それがドミネーターだと、そう思っていないかい?」

 

少し怒りの籠った声音で、獣人が再度問いかけた。

まるで空間自体がコイツに怯えているかの如く、大気が震えるのが分かる。

草木がざわめく、虫のさざめきが聞こえなくなる、雲の流れが速くなる。

俺は息を飲んだ。……ここまで、力に差があるのか、と。

 

「ーー彼らは、"家族のために"戦っていたんだよ」

 

家族の、ため……?

声に秘められた怒りが明白になっていく程、プレッシャーは増していく。

気が付けば、体が勝手に戦闘体勢を取っていた。

右腕に雷を装填し、腰を低く据える。

 

「……力が弱いドミネーターは、他のドミネーターの核を喰らわねば自らの眷族(かぞく)を維持できないんだ。だから必死こいて侵略して、君みたいな強い奴に殺されてしまう」

 

自嘲気に獣人は笑う。そして、十字槍の穂先を俺に向けた。

 

「それは、私も同じだ」

 

……眷族。

フランスの人形が言っていた、『ドミネーターと親しい存在』が成るってヤツか。

それを維持……? あの人形はそんな事を言っていたか……?

 

「……私が力を得た時、既に南スーダンはボロボロだった。多くの人が飢え、四肢を欠損し、大切な人を失っていた」

 

十字槍の周囲に、可視できる程強力な竜巻が発生した。

辺りをつむじ風が吹き荒ぶ。

 

「だから、私は全ての国民を眷族(かぞく)にした。そうすれば、誰も失わないからね」

 

獣人は息を整えるように、深く呼吸をした。

 

「……だが、限界はすぐに訪れた。私では全ての国民を維持するだけの力が無かった。幾らドミネーターの核を喰らえど喰らえど、国民は痩せ細るばかりだ」

 

竜巻纏う槍を腰だめに構える獣人。その瞳は闘志にみなぎっていた。

……やはり、こうなるのか。

数秒の睨み合いが続くが、向こうはピクリとも動かない。

それに痺れを切らし、俺が限界までチャージした雷を発射しようとしーー

 

「ーーだから、君の心臓を私にくれないだろうか」

 

獣人の姿がその場から掻き消え、次の刹那、眼前に迫る極大の槍を見た。

ーーあれだけあった間合いが、一瞬で潰れてしまった。

竜巻に乗って突き出される濃密な死の気配が、槍の形で俺を襲ってくる。

 

「ガァ"ァ"ァ"ッ!?」

「……(たけ)き、騎士よ」

 

身をよじりなんとか回避したーーと、思ったが竜巻の余波で左腕がもげ飛んだ。

傷口から噴水の如く血液が吹き出る。

ーー速すぎる、まるで見えない。

間違いなく、今まで戦った中で断トツの最強だ。

 

「……君に、幸あれ」

 

槍の連撃が、ファランクスが如き超高密度の壁となって俺を蹂躙する。

反撃しようにも、そう判断した時には腕も足も何処(いずこ)かへと吹き飛ばされていた。

極限まで引き延ばされたコンマ数秒の思考の中で、自分にはもうチリ同然の胴と頭部しか残されていない事を理解する。

 

「ガァ"ァ"ァ"ッッッ!!!」

「なっ……!?」

 

だが、裏を返せばまだ体が残っていると云う事。

俺は全身のエネルギーを喉元へ結集させ、口内が焼けるのも構わず吐き出した。

獣人の表情が驚きに染まる。

ーー最高出力、『雷の槍』

ゼロ距離で撃ち込む一点集中のソレは、格上さえ殺しうる。

今現在の俺が放てる、一度きりにして最高火力の一撃。

本家である『天使の聖骸布』をも単発威力であれば遥かに凌駕しているだろう。

 

「ぐっ……!」

 

口から射出された雷槍は、防御に挟み込まれた獣人の片腕を丸コゲにする。

発射の反動で吹き飛び、視界が転がった。

 

「はっ……ははは! やるねぇ! この能力は知らなかったよ! 」

 

遠くで笑い声が聞こえる。

血の滲む視界の端で、右腕をダランと下げた獣人がゲラゲラ笑っていた。

自分の艶やかな青い傷口をまるで最高の芸術品だとばかりに見詰めたあと、こちらへ振り向く。

「ーーさあ、第二ラウンドと洒落こもうか?」

「ガ、ァ"……」

 

無事な腕へ槍を持ち替え、獣人は俺の心臓を刈り取るべく歩み寄ってくる。

ーー足の感覚が無い。

ーー腕の感覚も無い。

ーー体内を満たしていたエネルギーの感覚は、さっきの雷槍を撃ってから消え失せた。

 

「ガァッ! ガァァァァ!!」

「……君の体は私が有効に使わせて貰う。それに、日本の人々も苦しませはしない。ほんの一瞬だ。この星の表面から一つの民族が消える。ただそれだけだ……」

 

ーー『詰み』

脳裏によぎった最悪な二文字を振り払いたくて、必死に吼える。

頭をフル回転させ、今の自分に出来る最適解を模索する。

だが、無駄だ。この"絶対的強者"は、油断などしないだろう。

 

破れかぶれで僅かな雷を放つーー無駄。

体の再生まで時間を稼ぐーー無理。

這いずって逃げるーー不可能。

 

「だから、安心して逝くと良い」

 

胸に槍が突き付けられた。

……これで終わり、か。思ったより呆気ないな。

だが、自分のために二国を喰らった怪物の末路には相応しいだろうか。

 

「……さよなら」

 

十字槍が振るわれる。

数瞬後、何かの弾ける音が聞こえたーー


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