貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「……誰だい? 君は」
いつまで経っても痛みが訪れない事を不思議に思い、俺は薄目を開く。
霞んだ視界の先には、獣人の十字槍を片手で受け止めている何者かの姿があった。
「これまた手酷くやられましたね……ノンシェイプ・ナイトさん」
フランス軍服に身を包んだそいつは、呆気に取られている獣人へ前蹴りを食らわせた。
何か渇いた物が砕ける音が聞こえる。
十メートル程吹き飛んだ獣人は、体勢を立て直しながら苦々しい表情で腹部を押さえていた。
「フランス人形"ボナパルト"。盟約に従い、参上しました」
ーー膝を曲げ俺に手を差しのべるのは、窪んだ孔のごとき両眼を蒼炎に燃やす『人形』の姿だった。
……なに、しに来たんだ。こいつが来たって、あいつには……
「と、言うのは前口上で……助けに来ましたよ!」
大げさなポーズで人形、ボナパルトは告げる。
呆れた気持ちになると共に、どうしてだか安心した。
だがそれも束の間ーー俺は人形の背後に迫る獣人の姿を見た。
「ガアッ!!」
ーーおい、後ろだ!
そう言い切る前に、十字槍がボナパルトの背中を穿った。
口端から血を流す獣人の顔が、勝利を確信したように歪む。
「不意討ちとは……その名が泣きますよ? "最果ての魔王"」
「っ……!? なぜ、通らない……!」
ーー棒立ちのまま受けたにも関わらず、槍はボナパルトに全くダメージを与えられていなかった。
薄ら寒いものを感じたのか、獣人はバックステップして距離をとる。
「……『概念破壊』が、通用していないな」
品定めするようにボナパルトを見やる獣人。
それに対し、ボナパルトは人差し指を立てながら何度か舌をならした。
「ワタシは主に三つ"命令"をされました。一つは『ボナパルトのお友達を助けてあげて』一つは『傷付かないで』……そして、もう一つはーー」
軍帽のツバへ片手を添えながら、獣人を指差した。
「ーー『"
「ぐっ……!?」
ボナパルトの姿が揺らめき、爆風を残して掻き消える。
数秒後、俺の側に戻ってきたその肩には黒焦げの腕が担がれていた。
獣人からは片腕が無くなっている。
……この一瞬で、奴の腕をもいだのか?
「その"命令"のお陰で今のワタシは絶対に『傷付き』ませんし、アナタよりも確実に強い……そのせいで、若干オーバーヒート気味ですが」
俺は、ボナパルトの指先が灰になっている事に気が付いた。
赤く燻る火が、ヂリヂリと拡がっている。
……この異常なまでの力には、時間制限があるって事か。
「君は……服装からして、フランスのドミネーターかな? ははは! そちらこそ恥ずかしくないのかい? 大国の制圧者ともあろう者が、二人がかりなんてさ!」
そう言いながら、獣人は挑発するように肩をすくめた。
無くした腕は既に半ばまで再生している。奴も、俺も。
俺はほぼ完治した足で立ち上がった。
……向こうには悪いが、これで一対二だ。ボナパルトの活動限界も気になるし、一気に畳み掛けーー
「……良く言いますね。アナタは、
ーーボナパルトの言葉に、獣人は目を見開く。
そして口角がつり上がり、クツクツと笑いだした。
……どういう事だ? はじめから、二人がかり……?
「鋭いなぁ、君は……!」
体をよじり、獣人が勢い良く地面に十字槍を突き立てる。
すると、槍は独りでにうねりながら枝分かれするようにその形態を変化させていき、数秒後には巨大な骨の龍が如き風貌へと変わった。
思わず息を飲む。『天使』と同じで槍が本体か……!?
……いや、違う……これは、もっと異質なーー
「……はは、重要な局面で不意討ちかますつもりだったんけどね。バレたならもう隠す意味は無いな」
『ギァ"ァ"ァ"!』
"槍の龍"が吠えた。
獣人はそれに『やれ』と指示を出す。すると、全身から金属の軋むような音を鳴らしながら緩慢な速度で"槍の龍"は襲いかかってくる。
地を抉り、天をも喰らわんとばかりに肥大していく姿はまさに怪物そのものだった
「ああそうだ、君達にもう一つ大事な事を教えておこう」
龍の後ろから、余裕を孕んだ声色で獣人は言った。
その後こう続ける。
「ーー私は、南スーダンのドミネーターではない」
「……なに?」
『グラ"ァ"ァ"ァ"ッ!』
その言葉の意味を考える間も無く、龍が俺へ爪を振りかぶった。
それを受け止め、違和感を覚えるーーー"軽い"。
サイズに対して、重さも力も弱過ぎるのだ。
拳を叩き込めば、容易く砕けた。
「騎士よ。おかしいとは思わなかったかい? ドミネーターの力は、治める国の『国力』に大きく左右される傾向にある。そんな中、発展途上国の私が先進国の君を圧倒するなどあり得ない事なのだよ」
「っ、ノンシェイプナイトさん! 」
槍の龍を殴り倒した俺に、切羽詰まったボナパルトが叫ぶ。
視界の端に背後を凄まじい速度で移動する獣人が見えた。
おかしい……ヤツは今、龍の向こう側にーー!?
「"ミラージュ・ボディ"。……これは、エチオピアのドミネーターだったかな?」
ーーさっきまで龍の後ろに立っていた"獣人"は、その姿をピンク色でどろどろのスライムへと変えていた。
ニセモノ、か……!?
「なんですか、これは……!」
驚愕した声に振り向けば、ボナパルトは合計で五体の怪物に囲まれていた。
"光かがやく狼"。
"形容し難い異形の肉塊"。
"無数の人面が浮かび上がった黒い袋"
"幾重にも積み重なった眼球"
"体長三メートル程の青白い骸骨"
思わず目を疑う。ーー全てドミネーターだ。しかも、強力な部類の。
信じられない、信じたくない光景。
しかし、俺の本能のような物が間違いないと叫んでいる。
ピンクのスライムもプラスすればこの状況は二対七だ。
ちょっとの不利じゃ済まない。
どういう事だ……他国のドミネーターが一斉に攻めてきたのか!?
「他人の心配をしている場合かい?」
「っ……!」
頭部に圧迫感を覚え、その途端地面から足が離れる。
ーー頭をつかまれ、持ち上げられた。
そう理解した時にはもう遅かった。
「"我が軍門に下れ"」
「ガ、ァッ……!?」
意識が遠退く。
視界に、青い血管に似た物体が侵食してくる。
脳幹の内部を、五指でかき混ぜられるような感覚ーー
「ガァ"ァ"ァ"ッ"!!」
「ほう……意外と、耐えるね」
ーー『奪われる』。
何かは分からない。だが、自らの"自我"や"魂"とでも呼ぶべき領域が、外部から何者かによってアクセスされ奪われようとしている。
そう、感じた。
「冥土の土産に教えてあげよう……私の本当の能力は、ドミネーターに対する『支配』『強化』だ」
しはいと……、きょう、か……?
灰になりゆく思考の隅で、いつぞやに聞いた山吹の言葉を思い出す。
【「他には"現実を改変する"とか。"死の概念そのもの"とか"他のドミネーターを使役、強化する"とかーー」】
ーーそうか、こいつが。ガチな化物どもの一角かよ。
「ぐ、が、ぁ"あ"、あ"……ぁ!」
「抗うな。すぐに終わる」
その感覚は、息を限界まで止めた時と似ていた。
世界がチカつき、脳がシャットダウンする寸前。
ただ違うと確信できるのは、ここで意識を無くせばコイツの
そう、今ボナパルトを襲っている、あのドミネーター達と同じように。
「……重ねて、命ずる」
呆れと幾ばくかの罪悪感の混じった声で獣人は静かに言った。
「"我が軍門に下れ"!」
ーー脳に掛かる重圧が倍増し、俺の意識は彼方へと消え去りそうになる。とっくに限界は越えていた。
せめて、コイツの戦力,に加わる前に、ボナパルト、に,ころして、もらわなけれ、ば 、 は
「……が、ぁ」
テレビを消すかのように、世界が暗転する。
完全に光が途絶えたあと、誰かの咆哮が聞こえた気がした