貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
気が付けば、俺は暗い空間に存在していた。
体があるのかさえ分からない、ひどく曖昧な空間。
しばらく混乱した末に、自らの最後の記憶を思い出す。
……あの獣人に敗北したのだ。
「……ああ、そうか」
ーー終わったのか、俺は。
そう理解した途端、悲しみやら怒りやら安心感やらがごちゃ混ぜになった感情に心を満たされる。
きっとアセビや山吹も死んでしまうのだろう。
……あの獣人は、家族を守るために戦うのだ。と言っていた。
たぶんボナパルトだって同じだ。あいつの
ーー俺には、心から大切だと思える人間が一人でもいるか?
もし、アセビが俺の"
俺は、あいつらのために命を賭けられる覚悟があるか?
他者を傷つけられる覚悟があるか?
ーー否。きっと、無い。
記憶が無い。人を愛す事が出来ない。がらんどうの魂。
そんな、覚悟を持たない半端な奴に他のドミネーターを殺す資格なんてあるのだろうか。
……そうだ。俺には、戦う資格なんてーー
「いやさ、そういう問題じゃないよね」
ーー背後から、呆れたような男の声が聞こえた。
振り向けば、そこには典型的な『やれやれ』のポーズをしながら首を振っている人影が佇んでいる。
「……誰だよお前」
「洋画とかのこういうシーンで、『俺はお前だ……!』とか言うのあるじゃん? でも僕は君じゃないから、その質問には『お前以外の誰かだ……!』と、答えよう!」
凄まじい早口でそう言った後、貌の無い男は得意気にため息を吐いた。
……とてつもなく胡散臭い。声を聞いているだけで不快感が滲んでくる。
俺は、自分がこの男を心から嫌っている事に気が付いた。
「ここはどこだ?」
「質問ばっかしだねぇ……まぁ良いや。ここは君の精神世界的なアレだよ。なんでそこに僕がいるのかっていう質問はナシで。メンドイからさ」
精神、世界……じゃあ、やっぱり俺は死んだのか。
「死んでないよ。あのチート魔王の力で封じ込められてるだけだ」
「……口に出してないぞ」
「心ぐらい読めるよ。ほら、僕って凄いからさ」
「……チッ」
「舌打ちしたよね? ねぇ今舌打ちしたよね?」
どこまでも軽薄な言動に、なにやら逆撫でられる。
だが、コイツと会話する以外に選択肢が無いのも事実だ。
この思考も向こうに読み取られているようで、『うんうん、良い心がけだよ』と頷いた。
「このままじゃ、日本は終わる。それは分かるね?」
「……ああ」
「英雄人形は強いけど、あの状況じゃ勝率は六割ぐらいだ。それに、あいつが勝ったとしても君が死ねば日本は滅びる」
……恐らく、現実の俺の体はあの獣人に支配されているのだろう。
あのドミネーター達と同じように。
ボナパルトに殺されるのが最も被害が少なくて済むが、こいつの言うとおり日本が滅ぶ。八方塞がりだ。
「何か、なんとかなる方法はあるのか?」
「無いわけじゃない。そもそも無かったら、僕がこんなに意味深な感じで登場する意味無いしね」
「……どうすれば良い」
こんな奴に頼るのは
……俺には愛する人も、自分のために他者を傷つける覚悟も無いけど。
それでも、戦う力があるならば。足掻き切ってから死んでやる。
「……うん、良いよ。すっげぇ良い。君のそういう所が僕は大好きだ。そんな君だから僕に勝てたんだろうね」
心底うれしそうに、男は笑う。
……どういう事だ? 俺が、こいつに勝った?
「ーーちょっと、痛いぜ」
「が、ァッ……!?」
ーー男が、一瞬で眼前に移動してきた。
そして俺へ右手を突き出す。すると、胸の奥からマグマが溢れ出るような感覚に襲われた。
ーー
「さあ、あのクソ魔王に思い知らせてやれ。『貌無し騎士』の底力を!」
上から、光が差し込んでくる。
深海から水面へ浮き上がるような、不思議な浮遊感を感じた。
「……勝てよ。"アザレア"」
◆
□ーーあの子を、守ってやれ
◆
"英雄人形"ボナパルトは苦境の中にいた。
四方八方から襲い来る五種のドミネーターによる猛撃。
迫る活動限界に、すり減る神経。燃え尽きる体。
だが、彼を追い詰めているのはそれだけではなかった。
「ガァ"ァ"ァ"ァ"ッッッ!!!」
「チィ……ッ!」
ーーノンシェイプ・ナイトが『堕ちた』。
鎧の表面に幾つもの青い光の筋が血管のように走っており、洗脳される前よりも明らかに力が強まっているように見える。
ドミネーターの使役と"強化"。ボナパルトは魔王の力に身震いした。
「おっと……、今のは惜しかったねぇ? もう少しで支配できたのに」
「っ……」
魔王の腕が頭部を掠める。
ーー明らかに、動きが鈍っていた。活動限界がすぐそこまで来ている。
ボナパルトは、究極の二択を迫られていた。
『抗戦』か『撤退』か。
このまま続ければ自分の身も危ない。しかし、ノンシェイプ・ナイトを見捨てたくもなかった。
彼は、ボナパルトにとって始めての『ともだち』なのだから。
それにーー主が授けてくれた名前。"ボナパルト"。
「……君、多分負けるよ? 逃げないのかい? 」
「Of Course……!(当たり前だ……!)」
「……残念だ」
支配を受けたドミネーター達の攻撃がより一層苛烈になる。
主から下された『傷付かないで』の命令も、既に効力を失い始めていた。
腹を裂かれ、腕をもがれ。ボナパルトはついに片膝を着いた。
「……英雄よ。せめて、友の手で引導を渡してやろう。やれ。ノンシェイプ・ナイト」
魔王の命令を受け、ノンシェイプナイトがこちらへ振り向いた。
がらんどうの瞳には、虚ろな青い光が浮かんでいる。
そこから意思は感じられなかった。
「ノンシェイプ、ナイト、さん……」
ボナパルトの声はもう届かない。
ノンシェイプナイトの右腕が雷鳴を放ちながら変形し、巨大な砲身になる。
その砲口には、まばゆい雷が装填されていた。
ーー食らったら死ぬ。消し炭になって。
ボナパルトがそう直感する程のエネルギー量だった。
魔王でさえその表情を驚きに染まらせていた。
しかし、それはすぐに驚きから焦りに変わる。
「待て……おい! 命令だ! 撃つな!」
ーー砲口は、魔王へ向いていた。
「グラ"ァ"ァ"ァ"ッ!!!」
放たれる雷は、支配されたドミネーター達を
迫り来るおびただしい規模の雷に圧倒されながら、魔王は思った。
強過ぎる、と。
『強化』と言えど、通常のそれは微々たるものだった。
だが、なんだこれは。二倍三倍では済まない。それに、なぜ私へ牙を剥く?
無数の疑問に思考を支配され、魔王は雷速の『破壊』に身を焼かれた。
「か、は……っ」
体を満たしていた血液が沸騰していく。
ーーなんで、こうなる、どうにか、しなければ。
そんな思惑が、考えた端から焼き払われていく。
それから数秒が経った頃に、雷は止んだ。
眼球が弾けてしまったのか、魔王は視覚を失っていた。
「何なんだ……、お前は……!」
生命維持の危機により、ノンシェイプ・ナイトとの
「がっ、が、ぁぁ……?」
その途端、間の抜けた、困惑したような声が聞こえた。
「は、ぁ、あ……」
雷によって四肢に力が入らない魔王は、手探りで地を這いずり逃げようとする。
だが数秒後、何者かの足に当たった。
「……終わりだ」
「えいゆう、にんぎょう……ッ!」
英雄人形はかなり消耗していたが、ロクに動けない自分を始末するなど造作無いだろう。
魔王は、死の淵に立っていた。
前門の人形、後門の騎士。
そこに逃げ場などある筈は無い。