貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「ノンシェイプナイトさん、ノンシェイプナイトさん!? 分かりますか!?」
黒い海から意識が浮上し、ぼんやりと世界が帰ってきた。
遠くから、俺を呼び掛ける声が聞こえる。
徐々にピントが合い、鮮明になった視界の先にはボナパルトがいた。
「がっ……がぁ……?」
「良かった……! 支配されていなかったんですね!」
確か、俺は精神世界とやらで胡散臭い男と話して……それから、思い出せない。
……確か、あの獣人から支配を受けてーー
ーーそうだ。アイツはどうなった。
「がぁぁぁっ!(ヤツはどこだ!?)」
全身に雷を纏わせながら辺りを見渡す。だが、それらしき姿は見当たらなかった。
焦りにかられながらボナパルトに目をやると、なぜか不思議そうな顔でキョトンとしている。
「……何、言ってるんです? たった今アナタが倒したじゃありませんか」
自分の足元を指差しながら、ボナパルトは言った。
指先を視線で追うと、そこには小刻みに痙攣する黒焦げの肉塊が転がっていた。
「が、ぐ、ぅ……は、ァ、ぐ、ぅアぁ……!」
肉塊から僅かに飛び出た突起物が腕だと云うことに気が付く。
断続的に悲壮な呻きを漏らしながら、這いずっていた。
ーーこれが、あの獣人?
……なにが、どうなったんだ。ボナパルトがやったのか?
「……まぁ、それはあとでも良いでしょう。今、優先すべき事は……」
右足で肉塊の進路を塞ぎながら、ボナパルトは口を開く。
「こいつを……始末する事です」
「や"め、ろ……ぉ"! わ、たじを"、ころず、な"ぁ"!」
声帯が焦げ付いているのか、しゃがれた声音で獣人は叫んだ。
「わたしが、ぁ! 死ねば! がぞぐが、! 死ぬ! 腐って、さびしく! 君たちには、それをやる権利はな"い! きみたぢ、強者は、歴史の勝者には! われわれの、覚悟を踏みにじる権利はな"い!」
こいつを殺せば、南スーダンは、滅びる。
日本は、助かる。
「
肉塊は、泣いていた。
「かれ"らは、何のために生まれてきた!? 苦しむためか! それとも大切な人を失うためか!? そんな命が存在して良い筈が無いだろう!? だから、その心臓をわたじによごぜ、ぇ!、このままじゃ、みんな、しんじゃうんだ! ……そんなのーー!!」
ボナパルトは肉塊から目を背けない。
「ーーそんなの、かわいそうじゃないか……!」
声は聞くに堪えない程に掠れ、言葉は支離滅裂だったが。
痛いぐらいにーーこの獣人の思いが伝わってくる。
「ノンシェイプナイトさん」
「……がぁ」
『早く楽にしてやれ』。ボナパルトの視線が、そう物語っていた。
右腕を出来る限り鋭利な刃物に変形する。それを、首であろう場所に据えた。
「……魔王。アナタとワタシは似ている。大切な人を守るのに、手段なんて選んでられませんから」
「ぐ、ぁ、あ……!」
じゃぐり、ぶつん。と。獣人の首が落ちた。
何度か痙攣した後に、ぐったりとしたただの肉に変わる。
「……たとえこれが逆でも、なんら不思議ではなかった。偶然、今回は私達が勝っただけです」
軍帽を被り直し、服に付いた汚れを払いながらボナパルトは獣人の死体に背を向ける。
……世界の果てから、人々の悲鳴が聞こえた気がした。
◆
「それでは、私は戻ります」
ひらけた場所に、俺とボナパルトは立っていた。
ヘリが来ている様子も無いしどうやって帰るのかと思ったが、こいつはどうやら、自分の主から電話越しに"帰ってこい"と命令されるだけでフランスまでワープ出来るらしい。今回もその手段で日本まで来たのだとか。とんでもなく便利だ。
「おっと、転送が始まりましたね……ノンシェイプナイトさん。"それ"はアナタに差し上げます。……あの制圧者の核は、あまり喰らいたくない」
そう言い残し、ボナパルトが光の粒子になってどこかへ飛んでいった。
……俺は、右手の中で硬い物体を転がす。
獣人ーーボナパルト曰く『最果ての魔王』の核は、俺の手に渡った。
『天使』や『黒龍』のコアよりもかなり大きい。ビー玉と野球ボールぐらいの差だ。感じる熱量も比較にならない。
だが、それゆえに取り込む事は危険だ。
ビー玉サイズでさえ理性が飛びそうになったんだ。こんなの喰えば、俺の自我なんて一瞬で消え去る。
……ひとまず、とっておこう。
懐に魔王のコアをしまいこんで、俺は駐屯地の方向へ踵を返した。
コアの処遇を考えながら歩いていると、遠くに駐屯地が見えてくる。
皆、俺の方を見てポカンとしていた。……どうしてだ?
嫌な、胸騒ぎがした。
「お前……なんで……!?」
「ドミネーターさん……?」
はやる気持ちに後押しされ、小走りで向かう。
アセビや山吹の姿が鮮明になってきて、その後ろに知らない誰かが立っている事に気がついた。
そいつを見て目を疑う。
「どうして……っ、ドミネーターさんが
ーー混乱した様子なアセビの背後には、"騎士"が立っていた。
灰銀色の鎧を纏い、体高は二メートルほど。
甲冑の奥に浮かぶ二つの赤い光が、静かに俺を見据えていた。
……俺、そっくりだ。
「はじめまして。親愛なるボクのニセモノ」
妙に芝居が掛かった声で、騎士は優美な一礼をする。
ーーこいつは、ドミネーターだ。
騎士から放たれる異様な圧迫感が、俺にそう理解させた。
「ガァ"ァ"ァ"ッ"ッ"ッ"!!(皆、離れろ!)」
「んー……弱そうだなぁ……」
吠えながら、範囲を絞った雷を発射する。
槍状にまで圧縮された雷が、騎士の体を穿つーー
「おおぅ! 随分と野蛮だねぇ?」
ーー事は、なかった。
赤目の騎士は、雷に身を焼かれながら歩み寄ってくる。
最大出力の雷が、まるで通じてない……!
「ガア"ァ"ァ"ッ"ッ"!!!」
ーーなら、
両手を爪状に変形し、赤目の騎士へ殴りかかる。
本来接近は望むところじゃないが、こいつの筋力が『黒龍』より上だとはとても思えない。あいつを抑え込めた俺なら、きっと力で勝ってる筈だ。
「駄目だねぇ……あんだけ叩き込まれた武術も、すっかり忘れてらぁ」
「ぐ、ガァ、ッ!?」
全力で打ち込んだ拳を、軽く捻られた。
鎧の腕が蛇のように絡み付いてきて、俺の首を締め上げる。
ーーその刹那、
いなしからの
これを防ぐための技術も、元来俺は知っている。
「ははは! 弱い弱い! やっぱりただのガラクタじゃないか! ボクが本物なんだ!」
ーーだが、もう遅い。
「だから、君はもういらないよね」
ゼロ距離から、心臓部に打撃を捩じ込まれた。
瞬間。自分のコアが、急速に冷えていくのを感じる。
エンジンからオイルが漏れ出すような、不快感。
「ゴミはゴミ箱へ。だよねぇ……」
加虐心に満ちた声で、赤目の騎士が雑な動作で俺を宙に放り投げた。
ーー動け、ない、から、だに、ちからが、はいらない。
せめて受け身をとろうと落下先の地面に目を写すと、そこには半径五メートル程の、底が見えない黒い穴が発生していた。
「ばいば~い!」
化け物の口みたいな穴に、呑み込まれる。
一瞬の浮遊感の後、全身を強い衝撃が叩いた。
□■□
魔王とノンシェイプナイトが駐屯地を離れて数分後、自衛官たちは遠くから近付いてくる人影に気が付いた。
そいつは、自分たちの良く知る騎士と同じ姿をしていた。
だがーーその場の誰も、そいつをノンシェイプナイトだとは思わなかった。
放つ雰囲気が、こちらを見据える目に籠った思念が、あまりに冷たい。
あの不器用で優しい騎士とは、似てもつかなかったのだ。
アセビは、酷く不安な気持ちになった。
「例のガラクタは今、バカな魔王様と戦ってるのかい?」
互いに声が届く距離まで来た騎士は、フレンドリーとも軽薄ともとれる軽い語調で問い掛けてきた。
その視線の先に立っているのが自分だということに気が付き、まごつきながらアセビは口を開く。
「どっ、ドミネーターさん、ですか……?」
「んん? ああ……そうだよアセビ。ボクが日本のドミネーターさんだ」
ーー違う。この人はドミネーターさんじゃない。
あの日、自分を抱き締めてくれた制圧者とは完全に別物。
言葉を交え、より確信する。目の前の騎士を強く睨み付けた。
敵意を向けられてるのが分かったのか、騎士から不快そうな空気が醸し出される。
「……なんだよ。あの出来損ないの事、そんなに気に入ってたの? しょうがないなぁ……ほら、ぐぉぉぉっ! これで良いかい?」
「っ、馬鹿にしないでくださーー!」
「ああそうだ。まだボクの名前、言ってなかったね。これを聞けばきっと思い出してくれるよ」
言葉を遮りながら、騎士はアセビの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
それを止めようとした山吹に構わず、騎士は続ける。
「ーーボクは、ユウキ・アザレア。君のお兄ちゃんだよ。アセビ」
場が、凍り付いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【DMT―009JP―?『
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー