貌無し騎士は日本を守りたい!   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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22.護り手どもの情景

「あざ、れあ……」

 

アセビが、口の中でその名を反芻する。

ーーこの騎士が、"アザレア"? それに自分の兄? 理解不能だった。

 

「やっと会えたね。アセビ」

 

騎士の指先が頬を撫でる。

所作は優しいが、酷く冷たかった。

 

「ガァ"ァ"ァ"ッ"ッ"ッ"!!」

 

その時、聞き慣れた咆哮が鼓膜を震わす。

聞こえた方向はこの騎士の背後。ノンシェイプ・ナイトがこちらへ疾走していた。

ーーそいつから逃げろ。そう言われている気がして、アセビは騎士の手を振り払う。

 

「……なんで、あいつの言う事聞くのさ」

 

騎士は弾かれた手を忌々しげに見詰める。僅かに震えた声でアセビにそう問い掛けた。

なぜかその姿が、今にも泣き出しそうな子供の姿と重なって見えた。

 

「……まぁ良いよ。あのガラクタを捨ててからゆっくり話そう……」

 

ぶつぶつと何かを呟いた後、騎士はノンシェイプ・ナイトに振り向いた。

そしてやけに芝居がかった動作で、言う。

 

「こんにちは。親愛なるボクのニセモノ」

「グォ"ォ"ォ"ッ"!」

 

ノンシェイプ・ナイトは、かつて無いほどに昂った様子で騎士に雷撃を飛ばす。

それをものともせずに、アザレアを名乗る騎士は距離を詰めていく。

ーー二人の騎士の、戦闘が始まった。

 

 

「ドミネーターさん! ドミネーターさん!?」

 

決着は一瞬だった。

アザレアの圧勝、ノンシェイプ・ナイトは突如地面に現れた黒い穴へと吸い込まれてしまった。

アセビはノンシェイプナイトが消えた地面に何度も呼び掛けるが、返答が無い。

 

「いやー、弱い弱い! ほんとにドミネーターかっての!」

 

手をパンパンと払い、アザレアは地にうずくまるアセビへと歩を進める。

 

「ほら! ボクの方が強い! 君を守れるんだ! だから、あんな雑魚の事忘れてーー」

「返して、ください……! あの人を……っ!」

「……へっ?」

 

アセビは、涙を流していた。

ーーなんで、なんで?

アザレアには意味が分からなかった。アイツが居なくなれば、自分だけを見てくれると思ったのに。

前までアイツしか日本を守れなかったから、仕方無く一緒にいるだけだと思ってたのに。

どうして、自分が、糾弾されなければいけない?

強者が欲しいものを手に入れるのは、世界の摂理だというのに。

 

「……まだ、分からない事ばかりだ」

 

ため息を付きながら(きびす)を返し、アザレアは山吹に振り向いた。

そして、その手に持たれていたアタッシュケースをじろりと睨む。

 

「あ、"それ"届いてたんだ。気が利くなぁ……あのジジイも」

 

アザレアは、山吹の手から引ったくるようにして銃剣のアタッシュケースを奪い取る。

そしてその背面に、手のひらを触れさせた。

 

【遺伝子コード97%一致。ロックを解除します】

 

「ハイカラで良いねぇ。これ」

 

(いびつ)な金属音と共に変形していくアタッシュケースを悠然と見ながら、アザレアはひらひら手を振った。

そして完全に武器の形状となったその銃口を、山吹へ向ける。

 

「……何のつもりだ?」

「ははは! 冗談だよ! そんな怖い顔すんなって!」

「違う! あいつを……ドミネーターをどこへやったと聞いてるんだ!」

 

この騎士に対する敵意ーーー否、殺意にさえ片足を踏み込んだ感情が、山吹の瞳には灯っていた。

アザレアはそれを呆れの混じった目で見ながら、『しようの無い奴だな、君は……』と言う。

 

「さっきからドミネータードミネーターって……ボクが、日本のドミネーターだよ。それになんだい? もしかしてアイツって君たちに名前さえ呼んでもらえてなかったの?」

 

(あざけ)るように騎士が(わら)う。

 

「可哀想だねぇ! 曲がりなりにも、君たちのために命がけで戦ってたのにさぁ……」

「ーーーっ」

 

山吹もアセビも、アザレアの言葉に反論できなかった。

ーーー自分達は、あの優しくて人臭い騎士に、名前さえ与えようとしなかった。いや、思いもしなかったと言うべきか。

 

「……ま、あのガラクタが今どこにいるのか、って質問には、答えてあげるよ」

 

小馬鹿にした語調で放たれたアザレアの言葉に、アセビは俯いていた顔をばっ、と上げる。

ーーーどこだ、あの人はどこにいる。

きっと、突然知らない場所に飛ばされて困ってる。私が助けてあげなきゃ。

……そうだ。今度は自分が、あの人を抱き締めて『大丈夫』と言ってーーー

 

「たぶん今頃、どっかの大陸で野垂れ死んでるんじゃないかなぁ?」

 

ケラケラと。軽薄に。アザレアが笑う。

アセビは、自分の心が絶望に満たされてゆくのを感じた。

 

■□■

 

山吹 大河の知る結城(ユウキ)・アザレアという人間は、五年前に死亡していた。

『僕は(よわ)き誰かのために生きたい』とか言い残して日本から去ったあいつは、民間軍事会社を組織して世界中の紛争地帯を歩き回っていた、とだけ聞いている。

だがある日、基地の事故に巻き込まれて死んだと"クチナシ"を名乗る老人から知らされた。

 

ーーーなのに、なんだ、こいつは?

 

「大河、煙草とライター持ってないかい?」

自分の横に座りながら煙草を要求してくる騎士に、酷く精神を逆撫でられる。

()()()()()()()()()()()()()

 

「……お前、アザレアじゃないだろう」

「ははは! どうしてそう思うのかは知らないけど、僕は"アザレア"だよ。それは誰にも否定させない」

 

声は笑っていたが、その瞳の奥には底冷えする程に冷たい光が燃えていた。思わず、ゾッとする。

……そして、同時に確信する。ーーこいつは、違う。

本来のアザレアは自分の存在に無頓着な上、恐怖や暴力で他人を抑圧する事を極端に嫌っていた。

 

「……何のために、日本に来たんだ?」

「アセビを守るため」

 

即答だった。

予想外の返答に動揺しながらも、平静を装い会話を続ける。

 

「日本を、じゃないのか」

「国も星もどうでも良い。いっそ滅んでしまえば良い。……だけど、あの子はボクの全てだ。生きる意味を、あの子にもらったんだ」

 

まるで尊い聖句でも読み上げるように、胸に手を当てながら自称アザレアは言葉を紡ぐ。

 

「ーーーあの子のためなら、なんだってするよ」

 

強い、覚悟に満ちた語調だった

 

「寂しいなら寄り添おう。悲しいなら共に涙を流そう。楽しいなら、二人でもっと楽しくしよう……」

 

が、だんだんとアザレアの声に影が差してゆく。

 

「……なのに、なんでアイツなんだ?」

 

それは、他人ではなく自分に対しての問い掛けのに聞こえた。

煮えたぎる怒りや悲しみを堪えるように、震えるほど強く拳を握り締めている。

 

「ボクの方が強い。ボクの方が賢い。ボクの方がたくさんの"(かお)"を持ってる。……ボクの、ほうがーーー」

 

ーーー『ボクの方が、君を愛してるのに』。

隣に座る山吹にさえかろうじて聞こえるかどうかの消え入りそうな声だった。

それを幾ばくかの侮蔑を孕んだ眼で睨みながら、山吹は立ち上がる。

 

「……どこに行くんだい?」

「上へお前の事を報告する」

「嘘つけ、アセビを慰めに行くんだろ? あの子優しいから、あんな奴でも居なくなったら落ち込んじゃうんだ」

 

口の中でだけ、山吹は舌打ちをした。

今アセビはかなり精神が不安定になっている。こいつなんかと会わせたら自殺しかねないぐらいに。

 

「行ってらっしゃい」

 

座ったまま、自称アザレアがそう言った。

 

「……てっきり、無理やり着いてくるとでも言うと思ったんだがな」

「なに? 着いていって良いの?」

「駄目にきまってるだろう……!」

「だよねぇ……?」

 

へらへら笑いながら、虫を払うみたいに『なら早く行け』と自称アザレアが手を振った。

山吹は、"本来のアザレア"から信念と実直さだけを抜き取ったようなこの男に、酷く苛立ちを覚えた。

ーーー今思えばノンシェイプ・ナイトは、どことなくアザレアに似ていた。だから、アセビが妙に懐いたのかもしれない。

 

「……どこに、居るんだ」

 

自称アザレアにノンシェイプナイトの居場所を何度問い(ただ)しても、『知らない』や『どっかのヤベェ大陸』としか答えなかった。

捜索隊を出そうにも、こんな世界だ。見つけられるとも生きて帰って来るとも思えない。

 

ーーーだが、願わくば。

 

「どうか、死ぬな……!」

 

ーーー国のためじゃない。ただ、一人の"友"として。

山吹 大河はノンシェイプ・ナイトの帰還を望んだ。


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