貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
23.新領域
ーーー緑の、香りがする。
「ぐ、ぉお……?」
瞼を開けば木々の間から差し込んでくるまばゆい日光と、かしゃかしゃとひしめき合う葉っぱの音が聞こえてきた。
確か俺はあの騎士にぶん投げられて、黒い穴に落ちたんだ。
そして……ここ、どこだよ。森である事は確かだがーーー
「ぐおっ!? (いてっ!?)」
上体を起こそうと身じろぎをした拍子に肩が枝に掠り、
違和感を覚え自分の体を確認すると、アセビの母に合った時と同じ、幼い少女の姿になっている。しかも裸だ。おかしい、変身した覚えは無いぞ。
とりあえず、寒いし痛いから騎士に戻ろう。
「ガァ"ァ"ッ"! ……ぐぉ?」
いつもの感じで気合いを入れるが、体は組み変わらない。
それどころかイメージさえ沸いてこない。
顔から血の気が引いていくのが分かった。
ドミネーターとしての姿に、戻れない。
ーーーただの、人間になってる?
最悪の仮説が、頭を掠めた。
「があっ!?」
立ち上がろうとしたが、ツタに足が引っ掛かり、転ぶ。
口内に血と土の味が広がった。
「ぐ、が、ぁ……」
転倒した先の地面に、何か煌めく宝石のような物体が鎮座しているのが見えた。
野球ボール程のサイズなそれを、両手を使って包み込む。
僅かに脈動してるように感ぜられ、ほんのり温かい。
……"最果ての魔王"のコアだ。一緒に転移したのか。
「がぐぅぅぅ……」
それは良いとして……あまりに寒すぎる。魔王のコアを湯たんぽ代わりにしても気休めにさえならない。
季節は秋の終わりに近いか、冬の気配が迫ってきているのを感じた。
雪が無いだけマシだが、裸は辛すぎる。しかも身体機能は少女相応だ。小枝でさえ踏み方が悪ければ足から血が出る。そこから病原菌でも入ったら、最悪死にかねない。
俺は注意しながら立ち上がった。
肩を擦りながら少し歩いていると、遠くに洞窟らしき岩のヘリが見えてくる。
おお……! あれで雨風を防げるかもしれない!
ひとまず、あそこを拠点にしてーーー
「グルルルァ……」
「ぐぉっ……!?」
ーーー洞窟から、赤い鱗を持った巨大なトカゲが出てきた。鎌首をもたげ、警戒するように辺りを見渡している。
思わず、口から悲鳴が出そうになる。反射的に地面へ伏せた。
落ち葉の香りに埋もれながら、自分がトカゲの視界の外側に居ることを必死に願う。
「……グルルル」
赤トカゲは、気だるげに洞窟に戻っていく。
自分の心臓の鼓動が、少しずつ緩やかになるのを感じた。
だが、心が落ち着くと頭が働くようになり、脳を凄まじい混乱が襲う。
ーーーなんだよ、あのバケモノ。なんで平然とドラゴンがいるんだよ。
ドラゴンと言っても、あの黒龍とは比較にならない程に弱そうだが。それでも生態系の中に混じって良い存在じゃないだろう。
とにかく拠点の夢は消え去った。
しかも、それと同時にもう一つの問題が発生してしまった。
……ここ、多分日本じゃないよな。
絶対アフリカの奥地とかだろ。ドラゴンいるし。アフリカならドラゴンが普通に歩いてても不思議じゃないな。うん。ははは……
……
とにかく、どうにかして日本に帰らなければ。あの騎士が何をしでかすか分からない。
腰を低くしたまま、洞窟から離れる。
「……がぁっ」
……暗く、なってきたな。気温も更に下がってる。
頭上を覆う木葉のせいで日光ほとんどが遮られ、余計にだ。
しかも前回の人化時から何も食えてないせいで、その時の空腹も引き継いでしまっている。
控えめに言って滅茶苦茶ひもじい。
「がぅぅぅ……」
途方にくれて地面に座るが、尻が冷たい。痛い。
でも……あれ、なんか眠くなってきた……
眠ればきっと寒さも飢えも感じなくなるし、少し休むかーーー
「がぁぁぁっ!?(いやいや!?)」
あぶねぇ!? 馬鹿か俺! 寝たら死ぬぞ!
思い切り自分の頬を叩く。ジンとした痛みにちょっぴり泣きそうになるが、死ぬよりずっとマシだ。
「ぅう……」
……寂しい。アセビと山吹に会いたい。食堂のおばさん元気かな。
ボナパルトは主と仲良くやってるんだろうか。
……誰か、助けに来てくれないかな。
人の身に孤独と飢えがここまで
今までの自分が、どれだけ恵まれた環境に居たのかを再確認する。
「が、うぅ……」
芯まで冷えきった体が勝手に震え出す。
何も口に入れていないのに、歯が鳴り出した。
人の白い柔肌が、ねっとりした血にまみれている。
自分の膝を両腕で抱き寄せ、体育座りのようにすると少しだけ寒さと寂しさが和らいだ気がした。
……よし。動けるぞ、俺。まずは人里を探すか。
もしここがアフリカだったしよう。近くにヤバい部族しかいないとしよう。
たとえそれでも、情のある人間だ。血まみれで裸の少女を見付けたら保護しようと思うだろう。問答無用に殺されはしない。たぶん。
少なくとも今の俺は、庇護者なしでは生きられない。
◆
「がぁっ……!?」
一度星が回り、再び朝日が登り始めた頃。
遠くの方に揺らめく炎のようなものが見えた。
ーーー人だ。人がいる。
一瞬で疲れが吹き飛び、俺はそれに向けて走り出した。
必死に茂みを掻き分けその先に出る。
茂みを抜けた先には、松明を持った門番らしき二人の男が立っていた。
後ろには、集落に通ずるであろう巨大な門がある。
「ぐおっ! ぐぉぉぉ!」
大きく手を振りながら、二人の男に呼び掛けた。
そうすると、男達はぎょっとした顔で俺の方に振り向く。
人の顔が見れたのが嬉し過ぎて、思わず声が上ずってしまっていた。
「■■■■■■!?」
「■■■■!」
向こうの言葉は分からないが、それは予想通りだ。
おずおずと歩み寄ってくる二人の男に自分の人畜無害っぷりをアピールするため、にこにこしながら腕をぶんぶん振る。
「■■■■!」
「ぐ、ぉ、お………っ!?」
ーーー頭に、尋常じゃない痛みと衝撃が走る。意識が混濁し、俺の体は地に崩れた。
震える手で頭を触ると、髪の間から夥しい量の血が溢れている。
男の手には、血に濡れた木の棒が握られていた。
あれで、たたかれ、たのか……? なん、で、?
「■■■■!」
「■■■■■■!」
男達は、うずくまる俺を殺意に満ちた表情で殴り、踏み、棒で叩いた。
腹を蹴りに抉られ、口内に鉄の味が込み上げる。
頭を狙ってくる棒を防いだ腕から、何かが折れる音が聞こえた。
ーーー痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!
視界に血と涙が滲んでくる。肉体的な痛みだけでなく、人から敵意を向けられている事がただ悲しかった。
「■■!」
「ぐ、ぉ……」
防ぎ損ねた一撃が、思い切り頭部に命中する。
脳が揺られ、意識が、遠退く。
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『失墜せし黒龍』編
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『天使の聖骸布』編
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『アザレア』編
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