貌無し騎士は日本を守りたい! 作:幕霧 映(マクギリス・バエル)
「タイサ! タイサッ! 大変だ! 見慣れない魔獣が出た! 来てくれ!」
木製のドアが開き、切羽詰まった様子の若者がそう叫んだ。
"タイサ"と呼ばれた壮年の男は、しなびた煙草を灰皿に戻し、ソファから体を起こして若者に鬱陶しそうな顔を向ける。
「……俺が行かなきゃあ駄目か?」
「ああ、戦力的には大丈夫なんだけど……"分からない"んだ。まぁ、来ればわかる! 早く行かないとあいつらが殺しちまうよ!」
先に行ってるぞ、と言い残して出ていく背中に舌打ちをしつつ。タイサは部屋着の上に古びた皮のジャンパーを羽織り、胸ポケットに数本の煙草を押し込んだ。
外に出て、冷たい外気に顔をしかめる、
「魔獣も、こんな日はのんびりしてりゃ良いのによ……」
口にさっきの煙草を咥えつつ、もごもご愚痴る。
ベルトに仕込んだ銃とナイフを手探りで確かめてから、歩きだした。
……アメリカは、変わってしまった。
突如として現れた"空を覆う赤色の大樹"により、決定的にイカれてしまった。
人種は分け隔てられ、大樹から降りてきた十三体の"ドミネーター"なんて云うイカれた存在によって統治されている。
文明レベルだって相当落ちた。少なくともこの
「はぁ……」
……あの変革から、
そんな事を思いながら、タイサは煙草に火を着け直した。
「……いや、外じゃ、まだ数日しか経ってなかったりしてな」
ーーアメリカ大陸の時間軸は、おかしくなってる。
それを知る人間は少ない。
タイサとて、勘づいてはいたが知ったのはほんの数年前だ。
とあるレギオンでは数秒でも、別のレギオンでは百年経っていた。なんて事もザラにあるらしい。
……自分たちの感じている時間は、正しくないかもしれない。
それは人を底知れぬ不安へと引きずり込む。だからあえてタイサはこの情報を黙っていた。
もはや、若い層はアメリカの外側がどうなっているかを知りさえしない。知ろうともしない。
ただ、絶対的な庇護者である"ドミネーター"やその"眷属"に従うだけだ。
それで生きていけてしまうのも、タチが悪い。
「……っと」
集落の門に着いた。思考を中断し、魔獣との戦闘に備える。
だが違和感を覚えた。人が集まっているのだ。
普通は魔獣なんて危険な存在に近付こうとはしない筈。特にここの連中は。
だが実際、今は野次馬どもがガヤガヤと騒いでいる。嫌な予感がした。
「あっ、遅いぞタイサ! こっち来い!」
「ははは! 大手柄だぜ、なんたって新種の魔獣だ!」
高ぶりを抑えきれないのか、狩りの興奮冷めやらぬ二人組の男がタイサの手を引いて人混みを掻き分けていく。
この閉鎖された集落において、仕留めた獲物の数や種類は一種のステータスだ。自慢したいのだろう。
しかしタイサは、近付いてくる血の匂いを不快に感じた。
そして人混みを抜け、魔獣が倒れているであろう場所までやって来る。
「しかも見ろ! 生け捕りだぜ!」
「剥製にでもするかぁ?」
二人組は先にズカズカ歩いていき、倒れ伏し抵抗しない魔獣を笑いながら棒で叩く。
距離が遠いためタイサにその細部は見えないが、血溜まりに伏せるナニカがビグンと痙攣した。
「おい、無駄に苦しませ……」
ーーータイサは、その"魔獣"を見て自らの目を疑った。
意識がほとんど無いのだろう。振り下ろされる鈍器を防ごうともしないそれは、どう見ても血まみれの少女にしか見えなかったのだ。
「いやぁ! 弱ぇ弱ぇ! いや、俺たちが強いのか!」
「ははは! 間違いねぇ!」
「……が、ぅ」
年の頃は
幼げだが、整った顔立ちをしている。だが問題はそこではないーー黒髪だ。
このレギオンには、絶対に存在しないはずの特徴を持った人間。
タイサでさえ三十年ぶりに見た。この二人は金髪でない人間など想像も出来ないのだろう。
……だから、こうも簡単に踏みにじれるのだ。
「おらっ! 反撃してみろや雑魚が!」
「ちょっ、やめとけって。死んだら勿体無いだろ!」
二人は無抵抗で衣服さえ纏っていない少女を、笑いながら殴り蹴り、棒で殴打する。
ーーータイサは自分の中で、何かが切れるのを感じた。
「恥ずかしくねぇのかてめぇら……!」
「がごぉっ!?」
男の顔面にタイサの金槌のような拳が食い込み、馬鹿げた軌道で五メートルほど吹き飛ぶ。
パートナーの惨状に混乱したまま固まったもう片方の男の頭を掴み、顔面から地面に叩き付ける。
「おい……! 大丈夫か!?」
「ぅ、あ……」
少女に駆け寄って呼び掛けるが、反応は無い。
血を流し過ぎたのだろう。細い手首からは、ほとんど脈動を感じなかった。
長らく軍属であったタイサには、こうなった人間がどういう状況か分かってしまう。
ーーもうすぐ、死ぬ。
「おい! 医者を呼べ!」
「お前が殴ったんだろ!?」
「そんなクズ共どうでも良い! コイツのだ!」
少女を担いで走り出す。まるで空っぽの鏡像のように軽く、冷たかった。
……これ以上体温を下げるとまずい。
近場の小屋に入り、ベッドに寝かせる。
「タイサ!? その……なによ、それ……!?」
「カーラ、来たか!」
あの場に居たのだろう、集落に数少ない、医療の心得を持つ女が小屋に入ってくる。
ベッドに横たえる少女を訝しげに見ながら、ゆっくり近付いてきた。
「酒と、血液凝固剤と……そうだ、何か布を持ってきてくれ! 腕が折れてんだ!」
「折れてるって……あなたの?」
「俺じゃねぇ! こいつだ!」
「え……だって、ソレ……?」
あいつらの言葉を信じているのか、カーラは本当にこの少女を魔獣だと思っているらしかった。
ふつふつと、言い知れぬ怒りが沸いてくる。
「どう見ても人間だろうが……! 死にそうなんだ! 見てわかんねぇか!?」
「え、ぇえ……わ、分かったわ!」
タイサの気迫に圧され、困惑しながらカーラは走っていく。
「がぅぁ……」
「大丈夫だ……、きっと助かる……!」
『大丈夫、大丈夫、大丈夫』と。
冷えきった手を握りしめながら、何度も言う。
苦痛に歪んでいた少女の表情が少しだけ穏やかになった気がした。
「薬と包帯持ってきたわ!」
「よし……まず血を止めるぞ」
透明な液体に満たされた注射器を手首に刺し込み、カーラは凝固剤を投与する。
消毒のため傷口に酒をかけると、少女は痛みに身をよじった。
慎重に、折れた腕を固定していく。
「これで……応急処置はできたわね」
「助かるか!?」
「……頭が相当傷付いてるから……脳に機能障害が残っちゃうかも。だけど命に別状は無いわ」
『命は助かる』と聞いて、タイサの緊張の糸が切れる。
椅子に座りながら、浅く穏やかに呼吸する少女を見た。
「……それ、なんなの?」
汗を拭いてからタイサの横に座り、カーラはそう問いかける。
「『その子』って言え。……こいつは人間だ。俺達とは違う国のな」
「違う国……? 別の
不思議そうな顔をするカーラに、少女に目線を置いたままタイサが口を開く。
「……ユグドラシルの外。
カーラは、その言葉の意味を理解できない様子だった。
……仕方がない事でもある。この村にいるほぼ全ての人間にとって、アメリカ大陸とは世界そのものなのだから。
◆
「がぁぁぁっ!」
目を覚ました少女は、目に写るもの全てに対して怯えていた。借りてきた猫でももう少しふてぶてしいだろう。
大の男であるタイサは勿論、線の細い女性であるカーラにさえ恐怖している。
あまりにも哀れな様子にタイサがいつもの癖で舌打ちをすると、余計に怖がりだした。
……しまったと、タイサは目頭を抑える。
そして気合いを入れ、無理やり笑顔を作ってから喋りだした。
「お嬢ちゃん? 大丈夫かい? ここはアメリカにある村だよ! みんな楽しく暮らしてるんだ! ハハッ!」
慣れない微笑みに顔を歪め、声のトーンをミ○キーマウスの如く高くして少女に問い掛けるが、そもそも言語を理解していない様子だった。
横でそれを見ていたカーラが大爆笑している。
「なっ、なんで、そんな声出すの!」
「……子供はみんな、ミ○キーを好きなものだ」
恥ずかしさに若干目を伏せながら、タイサは"本命"の準備をし始めた。
持ってきたリュックサックから数枚のプレートを取り出し、少女に見せる。
その全てにはアジア圏のポピュラーな文字が記されており、タイサが習得している言語でもあった。
『選べ』と、目線で少女に伝える。
「……がぁっ」
少女は、恐る恐る一枚のプレートを指した。
その選択に、タイサは自分の目が見開かれるのが分かった。
「……日本人か? お前」
「っ、ぐおっ!?」
久々なので伝わるか不安だったが、タイサの日本語に少女は凄まじい勢いで相槌を打つ。
だが、一つの問題に気が付いた。
「口が聞けないのか?」
「がっ、……がぁぁ」
困ったような顔をしたあとに、小さく頷く。どうやら言葉を理解する事はできるが、話すことは無理らしい。
……やはり、脳に障害が残ってしまったか。だが命が助かっただけでも儲け物だ。
「タイサ!? もしかしてその子と話せるの?」
「ああ……と言っても、一方通行だがな」
かなり警戒心が解けたようで、少女はタイサに近付いてきた。
だが、カーラが手を伸ばすと怯えながらタイサの後ろに隠れる。
「お嬢ちゃん……? 私、カーラっていうの。さっきはソレって言ってごめんね?」
「……がぅ」
少女にそっぽを向かれ、カーラがショックな顔をして崩れ落ちた。
「どうしてタイサが大丈夫で私が駄目なの……? 山賊みたいなのがタイプなのかしら……」
「おい今なんて言った」
だが、カーラの言葉も事実だった。
集落の子供も一人を除いてタイサの人相の悪さを恐れている。
タイサは、嬉しそうに自分の服の袖を摘まむ少女を今一度、見下ろした。
「がぁっ?」
「……お前は、俺が怖くないみたいだな」
頭を撫でようと手を伸ばし……
男からあんな目に合わされたばかりだ、嫌がるだろう。
しかし少女は、顔の前で揺れるタイサの大きな手をじぃっと見つめた後、そっと自分の頭に乗せた。
「おぉ……っ!?」
「ぐぉっ」
『撫でさせてやろう』とばかりに、少女が上目使いでタイサを見上げる。
おずおずと撫で始めると、気持ち良さげに頭を押し付けてきた。
「……やっぱり、変わってる」
……言葉の壁や、人種の壁だってあるかもしれない。
だがそれでも、この子を立派に育て上げようと。タイサは決意した。
「……あの連中は、半殺しにしとくからな」
「がぁ?」
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『失墜せし黒龍』編
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『天使の聖骸布』編
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